0666 錬金術師
連合艦隊臨時旗艦公船第十船は、中央先頭でコウリ艦隊に突っ込んだ。
涼が氷の槍を放っていた間も、コウリ艦隊からの魔法砲撃は行われていた。
特に、第十船への砲撃密度はかなりもの。
もちろん、その全ては氷の壁が弾きとばした。
左右に展開したコウリ艦隊の中央部には、ダーウェイ国旗とコウリ親王旗が掲げられた船があった。
その船が、旗艦フェイドーシン。
そこに突っ込んだ第十船。
お互いの旗艦同士がぶつかった。
もちろん一方は氷の壁を展開。
もう一方は船の<障壁>を展開。
そのため、見えない壁同士の衝突。
音はしない。
だがそこには、艦隊戦としては非常に珍しい光景が現出していた。
第十船船首に立つ涼たち連合艦隊首脳。
フェイドーシン船首に立つコウリ親王らコウリ艦隊首脳。
両首脳陣が睨みあう。
口を開いたのは、それぞれのトップではなかった。
「あなたが、噂のローウォン卿ですね」
涼が、フェイドーシン船首に立つ老人を見つけて口を開いたのだ。
「いかにも。ロンド公爵閣下、お初にお目にかかる」
老人が答えた。
二人の直線距離は十メートルほどだろうか。
間には氷の壁と<障壁>とがあり、お互いを隔てているが。
「降伏せよ」
コウリ親王がはっきりと言った。
当然の言葉。
だが言われて連合艦隊は迷う。
艦隊を率いるのはカブイ・ソマルである。
皇帝より正式に指揮権を与えられた。
権限として、降伏権限を持ってはいる。
だが、彼はダーウェイの人間ではない。
ダーウェイの人間で最上位者は、第十船のラー・ウー船長である。
だが彼は、あくまで一つの船の船長でしかない。
今後のダーウェイすべての趨勢を決めてしまうかもしれない決断をするには、さすがに荷が勝ちすぎているのは理解している。
だから連合艦隊は迷った。
「リョウ」
アベルが小さな声でそう呼び、顎でコウリ艦隊旗艦フェイドーシンの甲板中央を示した。
涼がそれを見た瞬間、その表情に怒りが走る。
フェイドーシン甲板には、リュン親王がいたのだ。
周りにウェンシュ侍従とルヤオ隊長がいる。
三人とも、悔しさを押し殺して。
捕縛こそされていないものの、三人を遠巻きにしてコウリ親王の王府軍らしきものたちが囲んでいる。
「人質……」
涼の押し殺した言葉はアベルにすら聞こえない。
最初からこの状況になることが計算されていたのだろう。
二十本という少ない砲撃で始まったことから。
最後には最大火力での砲撃も弾かれたことで、ロンド公爵である涼がいることを確認した。
涼がおらず、連合艦隊すべてを沈めることができたら……それはそれでよし。
涼がいれば、リュン親王を人質にしていることを見せることによって、降伏を迫る。
リュン親王とロンド公爵が協力関係にあるのは、コウリ陣営には分かっているから。
最大戦力である涼を引き抜き、あるいは無力化できれば……結果的に軍事的な衝突とならずに勝利が手に入る。
卑劣である。
卑劣であるが、言ったところでどうしようもない。
戦争なのだから。
ここは戦場なのだから。
数名の犠牲によって勝利を手に入れることができるのなら?
それを選択する為政者は多いだろう。
そしてコウリ親王は、その選択をした。
涼のはらわたは煮えくり返っている。
読みあいで負けているのは理解したし、自分がまだまだであることも理解した。
だがそれは後で振り返る。
今やるべきことは、捕らわれた彼らを保護すること!
<<アベル、時間を稼いでください>>
<<……分かった>>
突然の涼からの『魂の響』に驚きつつも了解するアベル。
小声ですら聞き取られる可能性を考えたのだろう。
見た限り、涼は前を向いたまま、いつも通りだ。
だがアベルには分かる。
意識が別のものに向いていると。
恐らくは錬金術。
頭の中で、錬金術的な何かをしている……魔法式の構築か改良か。
「まあ、いい」
涼はアベルを信頼して時間稼ぎを頼んだのだ。
自分はそれを遂行するだけ。
アベルは腹をくくると、すっと腕を前に伸ばした。
「ダーウェイでは、それが王の道か!」
アベルによる、王の威厳を伴った言葉がコウリ艦隊首脳を打った。
カブイ・ソマルや、ラー・ウー船長らも、アベルの突然の言葉に驚く。
親王を前にしてアベルが突然叫んだから。
だがアベルが指す先に……。
「リュン殿下……」
フェイドーシン甲板上にいるリュン親王らを見つけ、ラー・ウー船長が呟く。
カブイ・ソマルも、リュンの披露宴に出たためにその顔は知っている。
そして、コウリ親王のいわば競争相手であるということも。
コウリ艦隊旗艦の甲板上にいる理由。
つまり人質であるということ。
アベルはそれを指摘した。
同時に、アベルは指弾することにより、意志によらずして捕らわれていることをこちらは理解したと、リュン親王らに伝えてもいるのだ。
そんな中、向かい合う両首脳陣はアベルの行動に驚いたのだが……。
涼を除けば、驚いていない人物が一人だけいる。
それは弾劾された本人。
「なるほど」
コウリ親王はそう呟くと、一つ頷き言葉を続けた。
「ロンド公爵の護衛アルバート……だが一部では『アベル』と呼ばれている人物。伝え聞くロンド公爵の周りに『アベル』という人物がいる……『ナイトレイ王国の歌』の中にも出てくる。ロンド公爵が常に付き従う人物。英雄王アベル一世、それがあなたでしたか」
驚くラー・ウー船長とローウォン卿。
カブイ・ソマルは知っていたために驚いていない。
「だとしたらどうする、コウリ親王」
アベルの視線は正面からコウリ親王を射抜く。
それはまさしく王の目。
「英雄王たるアベル陛下に説明する必要があるとは思えませんが……三人の犠牲で戦が避けられるなら採らない理由はないかと」
「そんな王に民がついてくるか! 民に戴くことを恥だと感じさせる王などありえん!」
「見解の相違ですな、陛下」
「民あってこその国であろうが」
「いいえ、国あってこその民です。国がなければ、民は生きていけません」
はっきりと言い切るコウリ親王。
それを聞いた瞬間、アベルは理解した。
シャウ司空がコウリ親王を嫌い、皇帝ツーインが皇太子として立てなかった理由を。
国のために、民に犠牲を強いる。
現実問題として、そういう場合はある。
政治が、少数より多数の幸福を追求する手段であることを考えればやむを得ない面かもしれない。
だが、それでも……政治に携わる人間は、それが当然だと思ってはいけない。
アベルはそう思っている。
高所、大局から自国、あるいは他国との関係を見なければならないからこそ、そこに住む一人一人の民のことを常に意識しておかねばならないと。
それこそが、『民あってこその国』であると。
しかし、目の前の親王は……。
「民とは、王が国を治めるための道具ではないぞ」
アベルが重く、本当に重く紡ぎだした言葉。
それに対してコウリ親王は何も言わない。
アベルの言葉に感銘を受けなかったことは分かる。
その視線は、先ほどからずっと無言のままの涼に向いていた。
「なぜロンド公爵は身分を明かしたのに、アベル王は護衛剣士などと称して身分を隠していたのか不思議に思っていたのですが……」
コウリ親王が、無言のままの涼を見て言葉を続ける。
「なるほど、吟遊詩人に謳われるだけの忠臣ロンド公爵。自らに視線を集めることで、主君が狙われることを防いでいたわけですね。さすがに、英雄王アベルがダーウェイに来たとなれば大変なことになるでしょうから」
コウリ親王ははっきりと涼に向かって言う。
だが涼は、視線は前方コウリ親王を含めたコウリ艦隊首脳の方を見ているが、無言のまま。
その様子を訝しむコウリ親王。
そして、ローウォン卿。
「まさか……」
ローウォン卿がそう呟き、甲板中央のリュン親王らを見た瞬間。
涼の目に意識が現れた。
「もう遅いです。出でよ、ニール・アンダーセン!」
涼が唱えた瞬間、リュン親王ら三人を囲うように氷の潜水艦ニール・アンダーセンが、フェイドーシン甲板中央に錬金術で生成された。
つまり、生成された瞬間から、リュン親王らはニール・アンダーセンの中。
「こんな特殊な生成方式に変更するのに時間がかかってしまいました。アベル、時間稼ぎナイスです!」
「おう」
涼が親指を立ててサムズアップでアベルに感謝し、アベルは驚きながらも感謝を受け入れた。
アベルも、錬金術を使ってリュン親王らを救い出すのだろうとは思っていたが、まさかニール・アンダーセンを敵旗艦の甲板上に生成するのは想定していなかったからだ。
「<氷槍乱雨>」
ローウォン卿の氷の槍がニール・アンダーセンに降り注いだ。
だがその全ては、ニール・アンダーセンの外装にはじき返される。
「生成と同時に『錬金外装』も起動しています。クラーケンすら突き破れなかった防御、貫けるかもっと試してみますか?」
ニヤリと笑って言う涼。
その表情は自信に満ちている。
「なるほど、これは硬いな」
ローウォン卿は、一度顔をしかめるが、すぐに言葉を続けた。
「外からダメなら内からじゃな。溺死させればよい。<無限湧水>」
ローウォン卿が魔法を唱えたが、何も起きない。
「なに?」
さすがにはっきりと顔をしかめる。
「ニール・アンダーセンの中で水を発生させ、リュン殿下らを溺死させようとしたのですね。ですがそれは不可能です」
「なぜじゃ?」
「ニール・アンダーセンは魔法を通さないからですよ」
「馬鹿な!」
衝突してから初めて、ローウォン卿がはっきりと驚きを口にした。
「そんなことはあり得ん!」
「そんなことはあり得るんです」
涼がドヤ顔で言い返す。
元々涼が持つ、地球における理論物理学的知識を元に、魔法に敷衍した『複層氷』の賜物だ。
それゆえ、この『ファイ』の知識しかないものであれば、それがどれほど深く魔法と錬金術に関する研究をしてきた者であっても、『あり得ない』と叫びたくなるのは分かる。
「ホレイショー、この天地のあいだには、人間の学問などの夢にも思いおよばぬことがいくらでもあるのだ、なのです!」
「ほれいしょーとは何じゃ……」
ハムレットのごときセリフを述べる涼、意味の分からないローウォン卿。
「人の知的探求はとどまることを知らない、その結果、魔法を遮断することも可能になる……っぽいというお話です」
「なるほど」
涼の言葉をかみしめる様に何度かうなずくローウォン卿。
「おもしろい」
それは呟くような声。
「おもしろい」
先ほどよりは大きな声。
「おもしろい」
普通に聞こえる声。
「実におもしろい!」
それは狂喜の声……。
ローウォン卿の狂喜の声。
「実におもしろいですな、ロンド公! まさに魔法の不思議、錬金術の極致……人が人たる所以……探求し、探求し、そして探求する。ああ! 素晴らしきかな! 知らぬということは、これから知れるということ! なんたる歓喜! なんたる至福! なんたる愉悦!」
「イラリオン様もですけど、こういう人たちは、普通の人には怖い印象を与えるようです」
涼は、歓喜に震えるローウォン卿を見る周囲の人たちの反応から呟く。
カブイ・ソマル、ラー・ウー船長、他にもフェイドーシンの甲板にいる者たちもだ。
アベルはイラリオンを見慣れているからだろうか、ああやっぱり、という表情だが。
コウリ親王は全く表情に出ない。
いや、うっすら笑っている。
多分、ローウォン卿のこういった面も分かったうえで傍に置いているのだろう。
「ロンド公爵閣下! ぜひ、抱えていらっしゃるそのホレイショーとかを、わしにも教えていただきたい」
何か誤解しているらしいローウォン卿が涼に求める。
「お断りします」
当然断る涼。
誤解を解こうかとも思ったが、それは諦めた。
ホレイショーに犠牲になってもらえばいいだけだ……。
ごめんなさい、シェークスピア。
「断る? ああ、なるほど! 欲しければ盗めと。欲しければ力を示せと。当然ですな! 口を開けていれば餌をもらえると思うのは傲慢。ひな鳥だけに許された特権……人には許されませんな。いや、まったくまったく」
狂気のままに狂喜するローウォン卿。
涼はすでに、平和的解決は諦めている。
「ローウォン卿」
「ああ、殿下、これは無理ですぞ。人質にしていたリュン殿下はロンド公の氷の中。力づくで勝利するしかありません」
「ほかの水属性魔法使いの魔法生成物を、あなたなら奪い取れるのでは?」
「ええ、殿下、以前確かにわしはそう言いました。ですがあれは魔法の場合です。あの甲板上の氷の覆いは、ロンド公爵が自身の錬金術で生み出したもの。錬金術で生み出したものは奪い取れませぬ」
「そうですか」
なぜか嬉しそうに……いや、純粋に戦えるのがうれしいのだろう。
笑いながら説明するローウォン卿。
顔をしかめるコウリ親王。
だが、決断は早かった。
「ならばやってください」
「そう言うであろうと思っておりましたぞ! <無限湧水>」
ローウォン卿が再び唱える。
だが再び何も起きない。
「ローウォン卿は、この第十船の甲板上に膨大な水を発生させて溺死させようとしたのでしょう」
「いかにも。なるほど、この正面の氷も魔法を通さないようになっておるのですな!」
涼が冷静に解説し、ローウォン卿が狂喜に満ちたまま理解する。
「ならば、本当に力づくでやるしかないということ! 『星霜輪環』」
ローウォン卿が唱えた瞬間、涼は上を見た。
ぶつかる前から発動させていた<パッシブソナー>に反応があったからだ。
上空に、百以上の何かが発生した。
次の瞬間、連合艦隊に氷の雨が降り注いだ。
ちょっと試験的に、魔法は<>、錬金術は『』にしてみました。
本日、2022年11月15日(火)コミックス第2巻発売日です!
小説2巻同様に赤い表紙が目印。
第6話から第10話まで載っております。
ぜひぜひ、よろしくお願いいたします。




