0069 助けに来たのは……
昨日に引き続き…今日は7000字弱…。
キリのいいところまで一息でとなると、こうなっちゃいますね。
仕方ありません。
時を遡ること四十分。
ダンジョン入り口に設置された魔法団の天幕から走り出て、ナタリーは冒険者ギルドに向かった。
正確には、冒険者ギルドに併設されている宿舎にである。
そのスピードは、常人からすれば大したスピードではないのだろうが、ナタリーにすれば一世一代、空前絶後、全力全開のスピード。
ナタリーの頭の中では、かつてアベルが言った言葉が何度も繰り返されていた。
「ナタリー。もし、どうしても誰かに助けてほしい状況になった時、俺たちがいなかったなら、その時はリョウを頼れ」
今がその時。
ナタリーがギルド宿舎十号室に飛び込んだ時、中にいたのは涼だけであった。
涼は、他の三人が採取してきてくれた魔銅鉱石を使った錬金術を行っていた。
そして、中級ポーションの生成に初めて成功したのである。
キズグチ草をベースに、魔銅鉱石を使って生成するポーション。
最初に涼がこのレシピを見た時には、「飲むものに鉱石混ぜるの?」と思ったものだが、あくまで魔銅鉱石は触媒であり、最後にポーションから取り出さねばならない……この部分の厄介さも、ポーションを自作する冒険者がいないことの理由であった。
そんな成功の余韻に浸っている所に、ナタリーが飛び込んできたのだ。
「リョウさん、助けてください!」
息も絶え絶えとはこの事、ようやくそれだけ言うと、ナタリーは両手を膝について浅い呼吸を繰り返した。
「な、ナタリー?」
何事かと扉を振り返った涼は、最近知った顔の、そして涼以外で唯一知っている水属性魔法使いの女の子であることを認識した。
「とりあえず、水を一杯飲んでから話して」
そういうと、右手に、水を満たした氷のコップを生成して、ナタリーに渡した。
とても普通では無い光景なのだが、今のナタリーにそれを理解する余裕はない。
一息で飲み干すと、少し落ち着いたのか、深い呼吸もできるようになる。
「リョウさん、アベルさんたちがダンジョン内で行方不明になりました。探すのを手伝ってください」
ナタリーのその言葉を聞くと、涼はすぐに立ち上がり、いつものローブ、ミカエル謹製短剣、そして村雨を腰に差した。
「話は移動しながら聞く。行こう」
そういうと、早歩きで宿舎を出ていく。
さすがにダンジョン入り口からここまで全力疾走してきたナタリーは、疲労困憊であったが、ここで足を引っ張るわけにはいかないと、文字通り歯を食いしばりながら涼について行った。
だが……大通りに出たところで、足がもつれて転んだ。
「ああ、ごめん、ずっと走ってきたんだね。配慮が足りなかった。これに乗って。<台車>」
涼はそういうと、長さ二メートル程の氷の荷車を生成した。
かつて、海に打ち上げられていたアベルを乗せて、家まで運んだ<台車>である。
ルンの街の道路ほど平らであれば、問題なく使用できる。
「え、えっと……」
ナタリーはいろいろ戸惑っていた。
なによりも、ものすごく目立っている。
子供たちが、目をキラキラさせながらその台車を見ている。
女性たちは、台車がキラキラ輝いているのをうっとり見ている。
光を反射して輝く台車。
そこに乗るのは、相当に勇気がいるのだ。
だが、連れは待ってはくれない。
「乗る体力も無いみたいだね」
そういうと、後ろからナタリーの腰を両手で掴み上げ、そのまま台車に載せた。
「え……」
あっと言う間の出来事。
そして涼は走り出した。
当然、それを追って台車も走り出す。そういう魔法である。
「きゃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ」
突然の出来事に、ナタリーは叫んだ。
移動中、ナタリーの説明はしどろもどろであった。
無理もあるまい。
突然こんな<台車>に乗せられ、高速移動しているのだから。
だが、最低限のことは伝えることが出来た。
赤き剣と宮廷魔法団の調査団合計五四名が、ダンジョン内で、転移によって飛ばされたこと。
魔道具の機能により、転移先は四十層の可能性が高い事。
同時に、十一層で調査していた千名を超える中央大学調査団も転移した可能性が高い事。
ただし、こちらの転移先は一切の情報が無い事。
「うん、だいたい分かった」
ダンジョン入り口に着き、涼は台車を消した。
同時に、ナタリーは地面にへたり込む。
「そういえば、ナタリーはどうして僕の所へ来たの?」
涼にはそれが疑問であった。
ナタリーは、涼以外の水属性魔法使いとして気にかけてはいたが、はっきり言えばそれだけである。
アベルへの手紙の仲介を手伝っただけ。
それ以来、一度も会っていなかった。
それなのに、ナタリーは、真っ先に涼の所に来たのだと言う。
「以前、アベルさんがおっしゃったのです。もし、どうしても誰かに助けてほしい状況になった時に自分がいなかったら、リョウさんを頼れと。リョウさんなら必ず助けてくれるからと」
「なるほど、アベルが……」
涼が発した言葉はそれだけであったが、何らかの決意をしているのは、ナタリーにもわかった。
「よし、では潜ってくるよ」
そういうと、涼はダンジョン入り口に向かった。
ダンジョン入り口は封鎖されていた。
当然である。中で何が起きたかわかっていないのだから。
入り口には、ギルドの依頼を受けた冒険者二名が歩哨のごとく立っている。
「通るぞ」
だがそんなのはお構いなしに、涼は通ろうとする。
「いや、ダメだ。ダンジョンには誰も入れるなと言われている」
「僕はD級冒険者だ。<アイスウォール>」
そういうと、涼は、自分と冒険者の間にアイスウォールを張って捕まらないようにし、ダンジョンへの道を確保した。
「な、なんだ、透明な壁? こら、お前ダンジョンに入るな」
そんな声を置き去りに、涼は第一層への百段の階段を小走りに降りて行った。
第一層の大広間。
「<アクティブソナー>」
周囲の水分子を伝って、『刺激』が拡がっていく。そして物に当たって反射してくる。
「確かに何もいない」
九層まで何もいなかった、というのは前日までの情報で流れてきていた。
アクティブソナーは、あくまでその確認に過ぎない。
魔物はいなくとも、ダンジョンの各階層は非常に広い。
下の階へ降りる階段の配置も、けっこう時間を食う配置なのである。
そもそも、三十層より下の階層については、ギルドにも地図は無く、階段の位置も完全には把握されていない。
それを四十層まで下っていては辿り着くのにどれほどかかるか……。
そこで涼が考えていたのは、階層の底を抜く方法であった。
アニメや漫画でよくある……涼も何かの作品で見た記憶がある!
問題は、ダンジョンの壁や底が異常に堅い、あるいは再生能力が凄まじい場合であったが……ソルジャーアントを思い出したのだ。
第一層でソルジャーアントを見た話をした時、アベルは「ソルジャーアントが縦穴を掘って一層までやってきているから」と答えていた。
蟻が穴を掘れるのなら、人間だって掘れるはずだ!
普通の人には難しいかもしれないが、涼ならやれる。
そう、何といっても水属性の魔法使いなのだから。
「<アブレシブジェット6>」
直径二メートルほどになるように、正六角形の頂点の位置にアブレシブジェットで穴を穿つ。そしてそれらを、時計方向に六十度回転させると……。
底が抜けた。
直径二メートルの穴が開き、涼は躊躇なく飛び込んだ。
高さは十メートル程……そのまま落ちても、きちんと受け身を取れば怪我はしないと思うが、足を痛める可能性がある。
地面に着く瞬間、足の裏からウォータージェットを噴き出し、ほんの僅かな浮力を得た。
もちろん簡単ではないが、背面全体からウォータージェットを噴き出して突貫するのに比べれば簡単である。
そもそも、足の裏からのウォータージェットは、これまでにも何度も涼の命を救ってきた技術だ。
主に海中の魔物との戦いから、ではあるが。
この方法で、順調に三十九層まで涼は降りて行った。
その途中、一匹の魔物にも出会わなかったのは、本当に奇妙なことであった。
「とはいえ、考えるのは僕の仕事じゃない」
涼が今やるべきことは、アベルと合流し、無事地上に連れて還ることである。
「この下が四十層……ならば<アクティブソナー>」
三十九層全体に『刺激』が拡がっていき……四十層への階段にまで到達。
階段を降りようとしたところで、拡がりが途絶えた。
「ん? 結界みたいなのがあるのか……」
ここで、ナタリーが教えてくれた情報を涼は思い出した。
一瞬だけ四十層からの反応があったが、すぐに途絶えたと。
「何が起きてるかわからないのは不安だけど、仕方ないですね……」
そう呟くと、今まで通りの魔法を唱えた。
「<アブレシブジェット6>」
三十九層の底が抜け落ちる。
開いた穴に涼は飛び込んだ。
穴を抜ける際、ほんのわずかな抵抗を感じる。
それと、世界が反転したような感覚。
(悪魔レオノールとの戦闘を思い出させる感覚……封廊と言っていたかな? でも、あの時のより、何というか濃度が薄い感じ? 出来そこないの封廊か?)
結界らしきものを抜け、下を見ると、異形のモノが膝をついたアベルに迫っている所であった。
しかもそのアベルは、膝をついたまま剣を構えている。
(アベル、立ち上がれない? とりあえず、仕切り直してもらいましょう)
涼は唱えた。
「<アイスウォール10層>」
アベルと異形のモノとの間にアイスウォールが生成され、二人を分ける。
そして涼自身は、異形のモノと焼け焦げた数百体の死体の間に降り立った。
(あれは……中央大学の調査団とかかな……ひどいものだ)
それだけ思うと、アベルの方へと歩き出した。
その間、異形のモノたちを含めて、誰も何も言葉を発することは無かった。
「アベル、怪我はないですか?」
涼でも、常識的なセリフを吐くことはある。
「ああ……。どうしてリョウがここに……」
「助けに来たに決まっているでしょう。というか、怪我してないのに立ち上がれないって……ああ、脳震盪とかその辺ですね。アベルともあろうものが、脳震盪で殺されそうになっていたとは……まだまだですね」
涼の言葉に、アベルは泣き笑い一歩手前の表情になりそうなのを、なんとか堪えた。
「うるせー。ちょっと足を滑らせただけだ」
「剣士が足を滑らせるとか……いや、まあよくありますか」
涼は、師匠たるデュラハンとの剣戟を頭に浮かべ、湿地帯ってけっこう足元悪いよね、というのを思い出していた。
「とりあえず、いろんな人が心配しているみたいなので帰りましょう」
「帰りたいのは、やまやまなんだが……」
そういうと、アベルは異形のモノの方を見た。
「あれは僕が倒しておきます。問題ないですよね?」
「いや、リョウ、待て。あれは魔王子だぞ!」
慌てて涼を止めるアベル。
「魔王子? 魔王の子供? まあ、そんな冗談は別の時に言ってください。魔王関連が、あんなに弱そうなわけないでしょ」
「魔王子は、将来魔王になる魔物……みたいなのらしい。それに強い!」
「なるほど、やっぱり魔王の子供みたいなのですか。道理で弱そうです」
そういうと、涼は魔王子に向き直った。
そこで、ようやくデビルたちも我に返ったようである。
一騎打ちを邪魔する者に対する制裁。先ほど、魔法で邪魔をした中央大学調査団の冒険者たちを焼き尽くしたように、その制裁は容赦なく実行された。
魔王子の取り巻き三体から、涼に向けて六本の炎の矢が飛ぶ。
(<アイシクルランス6>)
その全てを、アイシクルランスで個別に迎撃する。
魔法を他の誰かに習ったことのない涼は、魔法障壁というものの存在自体を知らない。
そのため、アイスウォールやアイスシールドで弾くか、水属性の攻撃魔法をぶつけて消滅させるかで迎撃するしかないのである。
もっとも、それで困ったことは、今まで無いのだが。
(<ウォータージェット3>)
迎撃し、間髪いれずに、取り巻き三体それぞれの首の後ろから発したウォータージェットが、その首を横から薙ぐ……三つの首が転げ落ちた。
同時に、取り巻き三体の身体も、首から血を噴き出しながら倒れる。
取り巻き三体が炎の矢を放ってから、ほんの数瞬の間の出来事であった。
何が起きたのか、認識できたものは誰もいない。
超一流の剣士であるアベルですら、認識できなかったのである。
(リョウがいつもの氷の槍で迎撃したのは辛うじてわかったが……その後、何をした? 何でデビルたちの首が落ちている? 意味がわからん!)
意味が分からなかったのは、もちろんアベルだけではなかった。
一番納得できていなかったのは、魔王子だったかもしれない。
ただ、何らかの方法で、部下たちが一瞬で倒されたことだけは理解できた。
その目に浮かぶ憎悪。
一般デビルたちがどれほど倒されようと、全く表情を変えなかったが、取り巻き三体がやられたのはさすがに頭にきたようである。
そんな、激しい憎悪のこもった眼を、涼に向けた。
「その手の視線はもう慣れましたよ。右手に持っているのは剣? ふむ……」
いちおう、涼も村雨を腰から抜き、氷の刃を発生させる。
それを見て、魔王子が一瞬表情を強張らせた様に見えた。
「ほら、魔王子とやら、かかってくるがいいよ」
言葉は挑発的だが、構えに隙は全く無い。
それは、魔王子も理解していた。
上段に振りかぶったまま、容易には動けなくなっていた。
魔王子が上段に構えたまま動かないのを見て、涼も上段に構える。
滅多にやらない構えである。
涼が最も得意とするのは正眼……中段に剣を置き、攻撃にも防御にも移行しやすい基本中の基本の構え。
上段に構えれば、それは完全攻撃型となる。
実際に構えてみればわかるが、相手の攻撃を、剣で受けることは出来ない。剣で流すことも出来ない。
つまり、剣を使わずにかわすしかないのである。
防御力ゼロ。だからこその完全攻撃型。
その完全攻撃型に構えたまま、じりじりと、すり足で間合いを詰める涼。
最初は、わずかだけ後ろに下がったが、下がるのをやめて迎え撃つ決断をした魔王子。
そして……、
魔王子は一気に間合いを詰め、打ち下ろした。
「遅い」
涼は、魔王子の打ち下ろしを、半歩だけ右足を斜め前に出してかわすと、体勢の崩れた魔王子の横に回り、首を後ろから斬り落とした。
魔王子の飛び込みも、打ち下ろしも、十分に速い……だが、涼が想定していたのは……、
「レオノールはもっと速かった……」
そう、悪魔レオノールの飛び込みは、まさにブレイクダウン突貫と言うべき、おそらく風魔法を使っての音速を超える飛び込み。
かつて、あの片目のアサシンホークも見せた音速を超える飛び込み。
それを想定していた涼にとっては、魔王子の飛び込みは遅すぎたのだ。
見ていたアベルはあっけにとられた。
(なんだそれは……)
アベルが身に付けている剣術とは、根本的に何もかもが違う。
足の運びも、重心の移動も、もちろん剣そのものも!
だが、涼の剣が尋常なものでないことはわかった。
天性のものではないのだろう……膨大な練習と考えられないほどの鍛錬、そして恐ろしいほどの実戦訓練、それらを経て身に付けた剣術。
ただ一太刀であったが、アベル程の剣士であれば、そこに詰まった膨大な情報を理解するのは、難しくなかった。
我に返るまでしばらくかかった。
我に返り、もう一度何があったかを理解した後、アベルは涼の方を向いた。
そして、涼にありがとう、と声を掛けようとして、気付いた。
首を斬り落とされた魔王子が、倒れていないことに。
そして、それは、涼も気づいていた。
「首を斬り落としても死なないとか……ちょっと厄介ですね」
後方に跳んで、距離を取る涼。
「その耐久力はすごいですが……。ですが、魔王というものは、もっと強いものです。少なくとも、あなたみたいに弱いものではない。とは言っても、言葉が通じないのですよね」
涼が言ってる間にも、魔王子は落ちた首を拾い、元あった体の上に置いた。
繋がった首回りが、シューシュー鳴っている。
「その再生能力は、まあまあですが……そうですね、どこまで再生できるか試してみましょうか。<アブレシブジェット256>」
魔王子の周りに発生させた、氷研磨材入り256本の水の線が乱数軌道で動き、空間ごと切り刻む。
かつて、悪魔レオノールを(おそらく)切り刻んだ、現在における涼の奥の手である。
あの時は、レオノールの尋常でない再生スピードに、決定打を放つことが出来なかったが……。
乱数軌道の途中で、涼の耳に「パキン」という何か硬質なものが割れた音が聞こえた。
その瞬間、細分化されながらも、そこから再生しようとしていた魔王子の身体は、完全に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
「魔石を割った……」
硬質な物が割れた音は、魔王子の魔石が割れた音であった。




