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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
705/935

0661 六聖

バントは港町でもあるが、ボアゴーに比べれば港は広くない。

そのため、連合艦隊は港の沖合に停泊(ていはく)している。


バントでの皇帝の本陣は代官公邸に置かれた。

遠征軍は、代官公邸周辺に配置されている。

決して油断はしていなかった。


代官公邸の代官寝室前では、禁軍統領ティンが寝ずの番をしている。

当然、昼間の移動している間も皇帝ツーインの馬車のすぐ横を、騎馬で移動しており……簡単に言えば寝ていない。


だがそれはティン自身が望んだことであった。


眠気を『無くす』ために、必要なものも手に入れた。

それは『カコの実』と呼ばれるもので、覚醒(かくせい)作用がある。


もちろん違法なものではない。

どこかの世界の合成薬と違って、最終的に分解されて全て体外に排出され、依存性も全くないものだ。


ただし、高価。


ダーウェイ南部でしか採れず、その数も少ない。

どうしてもやらねばならない仕事がある、これをやり遂げなければクビになる……そんな時に、中央の官僚が頼る最終手段。


一粒で十二時間は起きていられる。

正確には、マイクロスリープという数秒、あるいはゼロコンマ数秒の睡眠が繰り返されるため、ずっと起きているのに比べれば体へのダメージも少ないのだ。

もちろん、ちゃんと眠るのに比べれば疲労は溜まるのだが……。


それをティンは四十個手に入れていた。


カコの実の産地として知られるのはダーウェイ南部。

その一つ、バロー伯に直接掛け合って。


言うまでもなくバロー伯は先日復帰したフー・テンである。

話を聞いたフー・テンは、すぐに自領から調達してきた。


感謝するティンは、帝都に戻ったら必ず代金は払うと約束した。

だが首を振るフー・テン。

「代金は不要。役目に邁進(まいしん)されよ」

それだけ言うと、自分の仕事に戻っていった。


フー・テンは分かっていたのだ。

皇帝ツーインは命を狙われるかもしれない。

それを阻止し、絶対に命に代えても守り抜く……禁軍統領ティンはそのつもりなのだと。


一度は失敗した。

だから、今度こそは。



その気持ちは、フー・テンには痛いほどよく分かった。

なぜならかつて自分も経験したから。


守り抜けなかった皇太子の件を忘れることなどできない。


だから、ティンには成功してほしかった。



そんなカコの実を夜八時に飲んだ禁軍統領ティン。

翌朝八時まで睡魔は襲ってこない。


襲ってこないはずなのだが……。


「これは眠気? あり得ぬ」

フー・テン以外の者から手に入れたカコの実であれば、本物ではなかったのかと疑ったかもしれない。

だが、フー・テンに限ってそれはない。


五年前、皇太子の暗殺が起きるまで、バロー伯フー・テンは皇宮での役目を多くはたしていた。

その正直さと真面目さ、それでいて高い問題解決能力は、皇太子はもちろん皇帝からの信頼も厚いものであった。

だから知っている。


フー・テンは信用していい。


となれば、眠気を感じる理由が別にある。



ティンは廊下からそっと庭を(のぞ)いてみた。

そこには兵士が巡回しているはずだったのだが……。


「全員が寝ている?」

思わず呟いたが、それは信じられない光景。


だが、事実、目の前で起きている。

当然、疲れて寝ている、あるいは巡回の手を抜いて寝ている……そんなことはあり得ない。

であるならば……。


何か人為的(じんいてき)な方法で強制的に眠らされている。


それが起きる理由として考えられるのは、まずは夕食に何か混ぜられていた?


「いや、私は食べていない」

そう、ティンは常に持ち歩いている水筒から水を飲んだだけだ。

口にしたのは水とカコの実だけ。

それなのに自分にも眠気が襲ってくるのはおかしい。


「眠気を誘う香の類か?」

だが見る限りそんなものはない。

匂いも感じない。


「あまり良くないのは分かっているがやむを得ん」

ティンはそう言うと、カコの実をもう一粒飲んだ。


飲み過ぎは推奨されない。

だが、効果が抜群であることも知っている。


そして案の定、眠気は完全に覚めた。



そうすると、分かってきたことがある。

「精神に直接作用してくる何かがある」


それが、眠気を引き起こすのだ。

ティンは生粋(きっすい)の軍人であり、武人であり、皇帝守護である。

皇帝を守るために、多くの知識を持っている。

その中には当然、魔法関連もある。


「闇属性魔法だな」


ダーウェイ広しと(いえど)も、闇属性の魔法使いは多くない。

ティンもそれは知っている。

だが、いないわけではない。


「護衛を眠らせる……狙いはただ一つ……陛下の命」

ティンが小さく呟いた時だった。


「おい、そこに起きているやつがいるな? 出てこい。どうせ起きているのはお前だけだ」

そんな声が聞こえ、庭に三人の人影が現れた。


ティンが闇属性魔法で寝ていないというのを分かった上で、そんな声をかけてきた。


ティンとしては迷う。


この建物には守るべき主が眠っている。

今いる廊下が戦場になり、主がそれに巻き込まれては困る。

それは一番避けたい。


庭で戦うしかない。

選択肢は他になかった。



ティンは手甲をはめた手に抜身の剣を持って、庭に出た。


「なるほど。やはり禁軍統領ティン・メウか。バーダ、お前の負けだな。統領殿は眠らなかったぞ」

そう言うと、先ほどからずっと(しゃべ)っている人物は大笑いした。

その左隣にいる深くフードを被った背の低い人物は、不満そうに息を吐いている。

右隣のほっそりした人物は無言のまま肩をすくめた。


ティンが持つ情報は少ない。

だが、今、決定的な情報が出てきた。


闇属性魔法使いの名前はバーダ?


「特級冒険者バーダ? まさかお前たち、六聖か」

「おっと、こいつは口が滑っちまったな」

中央の大男がわざとらしく笑う。

190センチ近く、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)なその外見……剣も()いている。

もし六聖というのなら、六剣にも名を連ねる……。


「火属性の魔法使いブウォン……」

「おぉ正解! さすが禁軍統領ともなると、ヤバい奴の名前は全部覚えているのかな」

絞り出すように口にしたティン、ニヤリと笑って余裕のブウォン。


その差はそのまま、二人の間にある圧倒的な実力差でもある。



「分かるだろう? 六聖三人で皇帝陛下の命を貰いにきた。禁軍統領ティン、あんたが強いのは知っている。だが、それは人の中でだ」

「……」

「六聖とは人外。俺たちのうち一人でも、あんたを楽に倒せる。しかし、それは依頼の中に入っていない。依頼は皇帝の命、ただ一つ。もちろんそれを邪魔する相手を排除する許可は貰っているが、正直やりたかない。だから、あんたは邪魔するな」

主上(しゅじょう)が……仕えるべき主が殺されるのを、むざむざ見過ごせとでも言うのか?」


口から絞り出されたティンの声は、震えていた。

それは恐怖ゆえではない。

怒りゆえだ。


「私は一度失敗した。それを主上は許してくださった。そんな主の身を、自分の命惜しさに差し出すとでも思っているのか?」

言葉だけでなく、体すら震わしながら怒るティン。


「あり得るか! そんなことはあり得ない!」

「死ぬぞ?」

「殺さば殺せ! この身と引き換えにしても主上の命は守る! 二度も失敗は許されない。主上が許しても俺が許せない!」

そこまで言い切って、逆にティンの震えは消えた。


怒りはその体に内包され、むしろ冷静さを取り戻したようにすら見える。


「いいだろう。俺が相手をしてやる」

火属性の魔法使いブウォンが剣を抜いて、対峙した。




(立ち会うだけで分かる、強すぎる)

ティンは心の中で呟く。


勝ち目がないのは分かる。

嫌でも分かる。


だが……。


(負けるわけにはいかない!)



戦端を切ったのはティンであった。


強い相手であるのは分かる。

だからこそ自ら動き、死中に活を求める!



カキンッ。



弾き飛ばされる剣。


「うぐっ」


そのまま腹を剣で貫かれ、さらにもう一度今度は背中から剣を突き立てられるティン。

自分に何が起きたのか、全く理解できなかった。


ただ一つ分かったこと。

それは負けたということ。


勝負は、ただ一合で決した。


「馬鹿……な……」

「気合は良かった。だが、これが俺とあんたの差だ」

地面に崩れ落ちるティン、淡々と事実を述べるブウォン。


「禁軍統領ティン、主が殺されるのをそこで見ておけ」

勝ち誇るでもなく、粛々(しゅくしゅく)と仕事を遂行しようとするブウォン。


「また……私は……失敗するのか……」

ほとんど声にならないティン。

悔し涙が浮かぶ。



ティンを庭に放置し、建物に入ろうとした三人の特級冒険者。

だが、五本の青い光が三人を横から襲った。


「む?」

三人とも<障壁>を張って防ぐ。


五本の青い光は、三人と建物の間に立ちふさがった。


「人形?」

「ゴーレム」

「氷のゴーレムだ」

火属性のブウォンが首を傾げ、風属性のレオ・リンが(ささや)くような声で言い、闇属性のバーダがはっきりと言い切る。


三人の前に立ちふさがったのは、槍を腰に構えた五体のアイスゴーレム。


「氷ってことは、あれか? 例の公爵閣下か?」

「間違いなく、ロンド公爵だ」

ブウォンの問いに、バーダが答える。


「だがロンド公爵は艦隊の方だよな? 沖合に停泊している……」

「皇帝への襲撃を予想して配置しておいたのだろう」

「なるほど。なら、やることは一つだな」


ブウォンはニヤリと笑うと、唱えた。


「<業火煉獄>」

その瞬間、ゴーレムたちの足下から何十本もの炎の柱が立ち昇った。


しかし、彼らは動かない。

溶ける、あるいは砕けるゴーレムたち。

放たれた魔法が抵抗できないほど強力である以上、よけるしかないはずなのだが……その場を動かない。

まるで、その場を動けば侵入を許してしまうから……だから体を張って侵入を阻止し続けているかのような。


だが炎の柱は、無情にも彼らを襲い焼き続け……五体のゴーレムは消滅した。


「ふん、他愛(たあい)もない」

ブウォンが口に出した瞬間だった。



空気が変わった。



三人とも同時にそれを感じる。

すぐに周囲を見回す。

地面に寝ている守備兵たちと、息も()()えの禁軍統領ティンがいるだけだ。


「これは……」

「上!」

ブウォンの呟きに、バーダが叫んだ。


空に二つの人影。


一人は、黒いマントを羽織った赤毛の男であり。

もう一人は……怒りに満ちた、白ローブの黒髪の男であった。

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