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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0660 費用対効果の懸念

ボアゴーにて皇帝ツーインの帰還が発表された翌日。

代官所で、一人の男が両膝をついて男泣きで泣いていた。


「ティン、よう来てくれた」

「陛下……」

泣いていたのは禁軍統領ティン・メウ。


両膝をついて泣いているティンの両手を取る皇帝ツーイン。


「お主が来てくれれば百人力よ」

「うぅ……護衛に失敗したそれがしを、陛下は……」

涙の止まらないティン。


「あれは仕方のないこと。出発する前にもっと護衛をと言うた、そちの進言を退けたことをずっと後悔しておった」

「陛下……」


リュン親王に皇帝ツーインが生きていることを伝え、その救出を涼とアベルに託した禁軍統領ティンが、御史台(ぎょしだい)のシャウ司空、司隷台(しれいだい)のジューオン大夫のサポートを受けてボアゴーに到着したのであった。



一通り泣いたティン統領は、涼とアベルを見つけると両手を合わせて深く礼をとった。

「ロンド公、アルバート殿、陛下をよく救出してくださいました。心からの感謝を」

「いえ、ティンさん。陛下の賓客として当然の事をしたまでです。お気になさらずに」

涼はそう言うと、救出に使った皇帝ツーイン追跡用の錬金道具を返却した。


「その忠誠を最も捧げているティンさんにお返しいたします」

「ありがとうございます」


ただ一人に、自身の全ての忠誠を捧げる。

簡単なことではない。


再び、皇帝ツーインを守るためにその傍らへと戻っていくティンを見ながら、涼は何度も頷くのであった。



「アベル、我が王国の場合は、ティンさんにあたる人ってウォーレンなんじゃないですか?」

「そうだな。ウォーレンの家は、代々王国の(たて)を輩出してきた男爵家だ。国王を最も近くで守護する家系と言ってもいいかもな」

涼が傍らにいるアベルに問うと、アベルはそうやって答えた。


ウォーレンは元『赤き剣』の大盾使いであり、現在はカーライル伯爵として王国北部の中心貴族となって、文字通り帝国に対する『王国の盾』として揺るがぬ姿を見せている。


「カーライル伯爵になっちゃったので、アベルのすぐ傍で守ることはできないでしょう?」

「いや、まあ、確かにそうだが……」


アベルの言葉を受けて、涼は一つ大きく頷いた。


そして言葉を続ける。

「やはり、アイスゴーレムの出番ですね!」

「え?」

「ウォーレンゴーレムを作って、彼にアベルの盾持ちをさせましょう」

「……はい?」

「大丈夫です。いつものゴーレムは1.5メートル級ですが、ウォーレンゴーレムは特別製2メートル級を作ります。人間ウォーレンと同じ体格なので、アベルも慣れた感じだと思いますよ」

「いや……ゴーレムという時点で慣れてはいないだろ」


アベルの呟きは涼に無視される。


「アイスゴーレムなので喋れませんが……まあ、人間ウォーレンも喋らないからその辺も違和感はないでしょう。うん、いけそうですね」

「……そうか?」

護衛対象者アベルの声は、不信に満ちている。


「もう少し飛翔環を研究してゴーレムに組み込めば、もしかしたらアベルの飛翔についていくことができるかもしれません。空中護衛隊です!」

「それはさすがに、どうだろうか……」


アベルが飛翔環で飛び、その周りをウォーレンゴーレムが飛ぶ。

いやもしかしたら、複数のウォーレンゴーレムたちが飛ぶ光景になるのかもしれない……。


「その、ゴーレムとかじゃなくても、王城では王国騎士団とか近衛連隊が守ってくれているぞ?」

アベルは一応抵抗を試みる。


「王国騎士団というと、ドンタン騎士団長らが頑張ってくれているのですね。近衛連隊って、いましたっけ?」

涼が首をかしげる。


「王城内の各部屋の前とかで、槍を持って立ってたりするだろう?」

「ああ! 彼らは近衛連隊だったのですね」


涼が王城内をコソコソ歩いていても、見て見ぬふりをしてくれる善い人たちである。

もちろんそれは、涼がロンド公爵であることを知っているからだが……。


「まあウォーレンゴーレムはすぐにはできないでしょうから、それまでは近衛連隊や王国騎士団に守ってもらってください」

「そうだな、そうする……」


とりあえずは、アベル王の後ろにごついアイスゴーレムが控える光景は避けられることとなった。



それからしばらくして。

涼が呟くように言った。


「アベル、僕は不安で仕方ないのです」

「珍しいな、どうした?」

先ほどまでのウォーレンゴーレムのことがあるとはいえ、涼が顔をしかめてネガティブなことを言うのは珍しいため、アベルは問いかける。


「今の状況に既視感(きしかん)があるなと思っていまして」

「既視感?」

「どこかで見たことのある光景?」

「ああ……ルンだな」

「ええ。アベルが王として立ちあがり、王都の奪還に向かう前、ルンにいた時です」


アベルも頭の片隅で考えていた事なのかもしれない。

涼に言われてスムーズに言葉が出てきた。


「あの時、何が起きたか覚えていますか?」

「さて? リョウが俺の部屋のソファーで、ぬべぇ~っと寝転がって錬金術の本を読んでいたことくらいしか覚えていないな」

「そ、それはいいのです! 悪意のある記憶は削除してください」

「まあ、冗談は措いておいて。もしかして、『五竜』の襲撃か」

「ええ。アベルを暗殺しようと送り込まれてきましたよね」


当時の王国最強パーティー同士が激突することになった。

A級パーティー『五竜』が王弟レイモンドの依頼を受けて、ルンの街にいたアベル王を襲撃した。

アベルを筆頭としたA級パーティー『赤き剣』と熾烈(しれつ)な戦闘が行われることとなったのだ。


「暗殺という手法は()むべき手段です。絶対に褒められない手法です。それでも歴史上、暗殺者の凶刃(きょうじん)に倒れた英雄たちのなんと多いことか。それは驚くほど、費用対効果の高い手法でもあるからです」

「一人殺せば相手の勢力が瓦解(がかい)するんだもんな。その方法をとりたくなる気持ちは分からんではない」

涼が悲しげに首を振り、アベルは肩をすくめる。


どちらも、暗殺という手段が良くないものであるという点は一致しているようだが、忌避感には違いがあるようだ。


「そういえば以前、リョウも言っていなかったか?」

「何をですか?」

「デブヒ帝国の皇帝とか暗殺が必要なら言ってくれと」

「そ、それは冗談です! アベルがもしそんなことを頼んできたら、『アベルは暗黒面に()ちたのです!』とか言って非難してやろうと思っていただけです」

「うん、その考え方が暗黒面な感じがするよな」


冗談を言い合えるのは仲の良い証拠である……。


「そんなに不安なら、艦隊側じゃなくて陸上部隊についていった方が良かったんじゃないか?」

「う~ん……カブイ・ソマルさんに言われた時は、確かにそれは僕が必要って思ったんですよ。でも、皇帝陛下の暗殺という考えが頭の中に生まれてきてからは迷ってはいます。あ、でも今回のやつも、いちおう手は打ってあるんですよ?」

「なんだ、手が打ってあるんならいいんじゃないか?」

「禁軍統領のティンさんもいますし、大丈夫だとは思うんですが……」



そして、皇帝軍はボアゴーを出発した。

皇帝の本隊があえて陸上を進む理由。

それは、形勢を見極められず動けなかった各地の領主たちが、はせ参じてくるのを計算に入れているからだ。


もちろん、安全性を考え、皇帝だけでも艦隊にいてはどうかとの案もあった。

だが皇帝ツーイン自身がその提案を拒否した。

はせ参じた領主たちの手を、すぐに取ってやらねばならないからと。

その一手間が、彼らの心を繋ぐと。


それを聞いてアベルは心の中で頷いていた。

涼は口に出す。

「皇帝陛下って、普通に良君ですよね?」

「本来の姿はこうだったのだろう。皇太子の死がこたえて道を逸れた……」

涼の確認に、同意するアベル。



だが問題は、次の街バントで発生した。

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