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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0659 参内

「リュン殿下が参内(さんだい)いたしました」

その言葉は、太極殿(たいきょくでん)で驚きをもって迎えられた。


ダーウェイ皇宮禁城内の太極殿は、朝政が行われる中心である。

そこで皇帝は政治を執り行う。


だが現在、その主はいない。

代わりに国政を司っているのは、第二皇子コウリ親王であった。


そのコウリ親王からの度重(たびかさ)なる参内要請を、病に()せっているという理由で断り続けていたのが第六皇子リュン親王。

一カ月以上も参内しなかったそんな人物が突然参内したとなれば、多くの者が驚くのは当然かもしれなかった。



「親王リュン、病が()えましたゆえ参内いたしました」

「待っておった」

リュン親王が口上を述べ、玉座に座ったコウリ親王が答える。


本来、玉座に座っているのが皇帝であれば、次に声を発することが許されるのは皇帝である。

だが……。


「兄上にお尋ねしたき儀がございます」

リュン親王が声を出した。


「殿下、無礼ですぞ!」

その声はもちろんコウリ親王からではない。

玉座に座るコウリ親王の横に立つ若い人物からだ。


「今声を上げたのは、バルフォ伯ですかな?」

あえて静かに問うリュン親王。


静かだが、いやだからこそ言い知れぬ圧迫感を感じさせる。


「ほぉ」

小さく、本当に小さくコウリ親王がそう呟いたのは誰の耳にも届かなかった。

恐らくこの場にいる者の中で、彼だけが気付いた。

リュン親王の変化を。


「いよいよ、虎が本性を現したか」


心の中でうっすら笑うコウリ親王。

だがそれとは関係なく、この場は進んでいる。


「確かに声を上げたのは私です」

バルフォ伯と呼ばれた人物が答える。

「現在は、丞相(じょうしょう)補に任じられております」

一見、堂々と答える。

だがよく見れば、指先が震えているのが分かるであろう。


久しぶりに現れたリュン親王の、言い知れぬ圧迫感にバルフォ伯もさらされているのだ。


「これは()なことをおっしゃられる。丞相補とは行政を取り仕切る丞相の補佐。その地位に任じることができるのは皇帝陛下のみのはず。さてバルフォ伯は、いつ皇帝陛下よりその裁可(さいか)をいただいたのですかな?」

「た、大権を預かるコウリ殿下より任じられました」

「コウリ殿下が皇帝陛下の代理を務められるのは法によって定められているからではありません。過去の慣例によってです。当然、皇帝陛下のみが持つ高位の任命権は与えられておられぬはず。コウリ殿下がそれに背いてバルフォ伯を丞相補に任じられた? 嘘ですな」

「う、嘘?」


断定するリュン親王に、驚くバルフォ伯。


「コウリ殿下は(さい)()け、法にもお詳しい方。そのような無法なことをされるはずがございません。当然、バルフォ伯がおっしゃるのは嘘と言わざるを得ないでしょう」

「な……」


いけしゃあしゃあとはこの事。


当然、この場にはコウリ親王もいる。

玉座に座っているのだから当然だ。

だから余計に、リュン親王が自分で言った事を、欠片も本気にしていないというのは全員が理解している。

それどころか、言葉ではバルフォ伯を打っているが、その実、コウリ親王を弾劾(だんがい)しているというのも全員が理解していた。


「ふふ……」

思わず玉座で笑うコウリ親王。

決して大きくない笑いだが、全員の視線が集まる。


「ちとリュンと二人で話したい。皆のものは外に出ておれ」

コウリ親王のその一言で、コウリ親王とリュン親王以外の全員が太極殿の外に出た。

扉と窓も全て閉められる。



「兄上、大権を皇帝陛下にお返しください」

二人だけになると、リュン親王は早速切り出した。


だが本来は言う必要すらない言葉。


ダーウェイ皇帝はただ一人、ツーインのみ。

その皇帝が、ダーウェイ全土に対して帰還したと宣言したのだ。

これまでと何も変わらず、元に戻る……式典なども必要なく、元に戻る。



本来はそうだ。



確かに、チョオウチ帝国から、ダーウェイ皇帝の死が東方諸国中に広報された。

だがそれが何だというのか?

他国が宣言したからといって、それは何らの法的根拠も持たない。


他国が、「お前の国のトップは死んだ!」と言ったからといって、言われた側は「はい?」という感じだ。

死んだのかどうかを決めるのは、その国の法。

ただそれだけ。


ダーウェイ国内では、皇帝ツーインの死については何も発表はされなかった。

新皇帝の就任直前に発表されるものだからだ。

そうでなければ、権力の空白が生じる。



死の発表の前に、本人が生きている、戻ってきたと宣言してしまった。



コウリ陣営としては、あれは偽物だ……そう強弁することが可能である。

恐らくそうするであろうと思って、リュン親王は参内した。

強弁すれば、当然その後、軍事的衝突に繋がる可能性が高まる。


それは誰のためにもならないとリュン親王は理解して。



「知っているかリュン、なぜ私がジュン兄上の死後、皇太子に立てられなかったか」


ジュンとは、亡きジュン皇太子のこと。


コウリ親王の突然の言葉に、リュン親王は言葉を失った。

それは、問いかけるコウリ親王の言葉は一見優しげであるが、その奥に怒りを感じたからだ。


投げかけられた疑問自体にも答えることはできない。

それは、リュン親王自身も長く疑問に思い、未だに答えの出せない問いであったから。


「いいえ」

だから、それだけしか答えることができない。


「私が、ジュン兄上を殺させたと父上は疑っておいでだったのだ」

「まさか……」

リュン親王の驚きは本物だ。


確かに、時の皇太子ジュンが亡くなれば、次の皇太子には第二皇子コウリ親王が立てられるであろう。

皇太子に立てられれば、その先の皇帝位に繋がる。

だから皇太子を殺害した……理屈は分かる。



だが、分かるのは理屈だけだ。



そもそも、あれだけ人的にも錬金術的にも警備が厳重な東宮(とうぐう)において、寝ている皇太子を殺害するなど不可能。

少なくとも、未だにどうやってあの犯行が行われたのか、誰にも分かっていない。


「私は、父上ではダーウェイの(かじ)取りはできないと思っている」

「兄上、それは……」

リュン親王が言おうとするのを、手を出して止める。


「リュンも分かっているだろう。父上は決して暗愚(あんぐ)ではない、だが武を軽視し芸にばかりうつつを抜かしておられる」

「それは……」

「だから十年前、ジュン兄上が皇太子に立てられ、その後のダーウェイの行政に関わられたのを見て安心した。ジュン兄上なら、皇帝位に就いた後もこの国は大丈夫だろうと」


はっきりとそう言い切るコウリ親王の言葉には、一切の怒りも、迷いも含まれていなかった。

ただ、少しの悲しみだけをリュン親王は感じとった。



「だが五年前、兄上は亡くなられた」



小さく首を振るコウリ親王。

そして、衝撃的な言葉を告げた。


「実はその時にはすでに、北方が危険になるかもしれないという情報を掴んでいた」

「なんですって」

「今でいうチョオウチ帝国の件だ。当時はまだ国名などは分かっていなかった」

「その事は他の方には……」

「もちろん伝えた。父上にもジュン兄上にも」


コウリ親王は顔をしかめて言葉を続ける。


「父上は取り合わなかった。皇太子であるジュン兄上に、政治の全てを任せられていたからと言えばそうかもしれんが。その兄上はさすが、すぐに動かれた」

再び小さく首を振った後、言葉を続けた。


「そのすぐ後だ、兄上が東宮内の寝所で暗殺されたのは」

「まさか、チョオウチ帝国が?」

「それは分からん。奴らであっても、星辰網の突破は容易ではないようだからな。御史台(ぎょしだい)からの報告に書いてあっただろう?」


コウリ親王が指摘するのは、ユン将軍の体内に刻まれていた星辰網の魔法式などを吸い出そうとした魔法陣の話だ。

簡単に突破できるのであれば、わざわざそんな方法をとって情報収集しようとはしないであろうから。


「だから私にも、ジュン兄上を暗殺したのが誰なのか、どの勢力なのかは分からん」

「……」

「だが、父上は私がさせたと思われた」

再び、言葉の奥に怒りが(にじ)む。


「疑うのは仕方あるまい。皇太子の位に近いのは確かに私だった。だがそれなら、きちんと調査すべきだ。そうすれば私の身の潔白も証明されたはずだから」

「……」

「だが調査もされず……この五年でビンまで親王に封じられた」


リュン親王は無言のままだ。

正直、何を話せばいいのかすぐには分からなかった。

次期皇帝位の先頭を余裕で走っていると思われたコウリ親王が、これほど苦悩していたのは正直予想していなかった。



だがしばらくすると、聞いてみたいことが頭に浮かぶ。


「先日、私も親王に封じられました」

そう、その事に関してはどう思っているのか。


「いずれはそうなるだろうと思っていた」

いっそ優しい声音(こわね)でそう言い切るコウリ親王。


「リュンは親王にふさわしい。私はそう思っている。チューレイやビンよりもね」

「……そうなのですか?」

「リュンはジュン兄上に似ているのだよ」

うっすら笑いながらコウリ親王は言う。


「だがそれは、私が皇帝になるのには厄介だということでもある」

「兄上……」

「結婚して、拍車(はくしゃ)がかかったしな」

はっきりと笑うコウリ親王。


「もし、私に何かあったらリュンが次期皇帝になれ」

「……は?」

「それがダーウェイの国と民のためだ」

「そ、それは兄上や私が決めることではありません!」

「いいや、我々が決めることだ」

断言するコウリ親王。


「父上ではこの国は守り切れん」

「そんなことはありません! 兄上や私が支えれば……」

「なぜ支える? 私やリュンが皇帝になれば良いではないか。その方がこの国のためになるだろう?」


正論の恐ろしさ。

論理の暴力。


「父上が、未だ皇帝だからです。それを親王が排除しようとすれば秩序が乱れ、それは国の乱れに繋がります」

「父上が退位されれば問題ないということだな?」

「そ、それは……」

コウリ親王に正面から問われ、答えに(きゅう)するリュン親王。


「父上が率いる軍が、北上してくる」

「軍?」

発表されたのは皇帝ツーインの帰還のみだ。

皇帝が率いる軍の情報はまだ入ってきていないはず。

それなのに知っているということは……。


「今回の動きを、兄上は事前に知っていたのですか?」

「当然だ。あれだけ大きく動けば……多島海地域からも来ているのだぞ? 気付かない方がどうかしている」

「気付いていたのに動かなかった? どう動くか待っていたのですか?」

「いや。今回のように、戦力を揃えて北上するであろうことは分かっていた。ダーウェイ本軍が戦う気を持たないように戦力を揃えてな」


コウリ親王ははっきりと言い切る。


「私も軍を率いて南下する」

「……」

「リュンも、それについてきた方が良いのではないか?」

「……私もついていってよろしいので?」

「もちろんだ。チューレイは北伐大将軍だから無理だし、ビンがついてきても仕方ないだろう。だがリュンなら大歓迎だ」

「……承知いたしました」


承諾するリュン。


「先ほども言った通り、父上が退位すれば問題ない。そこは一致したな?」

「それはそうですが……父上が頷くとは思えません」


そうして、リュン親王は太極殿を去った。


その後の、コウリ親王の呟きはもちろん聞こえなかった。

「亡くなられれば、強制的に退位したことになるんだよ」

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