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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0658 発表

アティンジョ大公国艦隊とボスンター国艦隊が寄港した。


「アティンジョ大公国艦隊の指揮権を、皇帝陛下に移譲いたします」

「ボスンター国艦隊の指揮権を、皇帝陛下に移譲いたします」


両艦隊の指揮官から、指揮権を預かるダーウェイ皇帝。


「ダーウェイ皇帝の名の下に、スージェー王国カブイ・ソマル護国卿に、両艦隊ならびにダーウェイ艦隊の指揮権を移譲する」

「謹んでお預かりいたします」


こうして、ダーウェイのバシュー伯艦隊を含めた今回の連合艦隊全ての指揮権が、カブイ・ソマルに移譲された。


これは、戦場に出る前にやっておかねばならないプロトコル。


指揮権の統一。

指揮系統の明確化。


これがされていないと、ただの烏合の衆となる。


陸上部隊は、皇帝ツーイン自身が率いる皇帝親征。

海上部隊は、皇帝ツーインの名の下にカブイ・ソマルが率いる連合艦隊。



「あとは北上するだけですね」

涼が嬉しそうに言う。

戦争は悲しいものだが、大部隊や大艦隊を前にすれば気分が高揚するのは仕方のないことなのだ。


それに、必ずしも戦うのが目的ではない。

預けてあるダーウェイの大権を、皇帝ツーインの元に戻すための移動だ。


「堂々たる示威行動だがな」

苦笑しながら言うアベル。


「実際の武力衝突を避けるために大軍を動かす……文字だけだと本当に意味が分かりませんよね」

「仕方がない、そういうもんだ」

涼とアベルは肩をすくめた。



しばらくすると、涼が口を開いた。


為政者(いせいしゃ)は難しいです」

「なんだ突然」

涼の言葉にアベルが首を傾げる。


「アベルは、心の中で皇帝陛下を非難しているでしょう?」

「非難? ああ……そこまではないが、な」

アベルは、涼の言葉に思い当たる節があるのだろう。頬を掻いてから言葉を続けた。


「今の状況のいくつかは、皇太子の死後、皇帝が呆けたのが原因……いやそこまでは言わんが、遠因ではあると思っているからな」

「確かにそういう側面はあるのですが……子供が亡くなったのですから、仕方ないですよ」

「為政者には、それは許されん」

「そ、それはそうですが……」

アベルが断言し、涼は言葉に詰まる。


もちろんアベルが言わんとするところは、涼も分かっているのだ。

多くの民の生活に責任を持つ為政者は、常に、そう何があろうとも常に、(まつりごと)を忘れることは許されない。

なぜなら、それによって民を不幸にしてしまうから。


「アベルは厳しすぎます」

「だが間違ってはいない……リョウも分かっているだろう」

「分かっています。分かっていますけど……」


アベルが紡ぐのは王の言葉。

涼が吐くのは一般人の気持ち。


「それでも……呆けていたことを、過ちを犯していたことを自覚し、取り戻そうとするのは悪いことではないと思うのです」

「そうだな、それは大切なことだ」

「悲しい気持ちを抱きながらも、政に邁進しなければならない。なんて大変な……」

「大変なのは確かだな。普通の仕事なら、心の整理ができるまで休ませるだろうからな」

「為政者はそんな時間は与えられない」

「そう、生きている限り、その地位にいる限り、常に為政者だからな」

涼もアベルも小さく首を振るのであった。




そして翌日。

ついに、ダーウェイ皇帝ツーインの帰還が発表された。


これは先に、チョオウチ帝国によって亡くなったと発表されていたため、それを打ち消す意味でも大々的に発表する必要があったのだ。


現在、ダーウェイ南部ボアゴーにおり、この後、北上して帝都ハンリンに戻る。

それに諸侯と共に周辺国も同行するという発表もなされていた。



一般のダーウェイの民からすれば、死んだと言われていた皇帝が生きていた、それは良かったな。

変な混乱も起きなさそうだな、くらいの意識であろう。


実際、それでいい。


今回の発表は、ダーウェイ内のシタイフ層に向けての発表なのだから。



「ほ、本物なのか?」

「『政策伝達線』を使って、各街に届けられたそうだから……」

「通称『六部線』? 皇宮からダーウェイ全土の領主館と代官所に宣旨を伝えるものだろう? あれを発することができるのって、六部の尚書、丞相、一品侯、親王、それと皇帝陛下。ということは……」

「皇帝陛下御本人と考えるべきだろう」


皇宮ではそんな噂話が広がっていた。



「うろたえるな!」

そこは皇宮に隣接した巡防隊。

巡防隊は、帝都の治安を守る巡防兵らの役所である。


その巡防隊の訓練所で、そんな噂にうろたえていた部下たちを一喝したのが、巡防隊統領として巡防兵を取り仕切る一品侯ハウ・ギン。


「我らの役目は帝都民を守ること。その安寧のために治安を守ること。忘れたか! 皇宮で何が起きようが放っておけ! 役目に邁進せよ」

「はっ!」

主の檄に、外に駆けだしていく巡防兵。

彼らの表情には、すでに迷いは無くなっていた。


ハウ・ギンは、すでに六十歳を超えているが外見からは全くそう見えない。

190センチを超え、全身筋肉と言っても過言ではない堂々たる体格、強面の顔に強烈な眼光。

その全てが対峙した者に巌のような印象を与える。


そんなハウ・ギン自身がまったく揺るがない姿を示すことによって、部下たちも迷いがなくなる……ハウ・ギン自身がそのことをよく理解していた。



「おうおう、もの凄い声が表にまで聞こえておったぞ」

そう言いながら巡防隊の訓練所に入ってきたのは、御史台のシャウ司空であった。


「シャウ殿か。我とて怒鳴りたくなどないが……巡防兵が迷えば帝都民に迷惑がかかる。仕方あるまい」

ハウ・ギンは顔をしかめたまま小さく首を振った。



二人はハウ・ギンの執務室に入る。


「それにしても良いのか、こんなに堂々と出歩いて」

「ふむ?」

ハウ・ギンが切り出した。


「皇帝陛下の帰還に手を貸したのはシャウ殿であろう? あと司隷台のジューオン殿もか……リー・ウー刺史が動いていたという報告が来ておるからな。我が掴んでおるくらいの情報だ、コウリ殿下も掴んでおるぞ」

「そうかもしれんな」

いつものように矍鑠たる雰囲気のまま茶を啜るシャウ司空。


「そんな者が巡防隊を訪れたら、迷惑をかけてしまうかのう?」

「御史台と巡防兵は、帝都の治安を守る要。連携するのが当然と考えれば問題ないであろう」

はっきりと言い切るハウ・ギン。


御史台も巡防兵も、帝都の治安を守る者たちだ。


現代日本で言うなら、検察に近い御史台と、警察に近い巡防兵と言うべきだろうか。

ただ、そこまで厳密には分けられていないため、今回のようにトップ同士で情報の交換が頻繁に行われる。

そういう意味では、実質的に御史台を取り仕切るシャウ司空が、巡防隊統領のハウ・ギンを訪れるのは自然であろう。


さらに……。


「愚息らを鍛えてもらっていることも感謝しておる」

「ガジ、グザ、ゴボな。なかなか御史台の仕事も板についてきておるぞ」


アベルが三色と命名した三人は、様々な経緯があって、現在では御史台預かりとなっていた。


「あれは三男、四男、五男でしたか。確かハウ・ギン殿のご長男は、この巡防隊でしたな。ご次男は禁軍でしたか?」

「うむ。次男は、ティン統領に鍛えていただいた」

シャウ司空の確認に頷くハウ・ギン。


「禁軍統領ティン殿は、未だ行方が知れませんが」

「もう帝都にはおらん」

シャウ司空の言葉にはっきりと言い切るハウ・ギン。


「ほぉ?」

「シャウ殿、わざとらしいぞ。お主であろうが、かのロンド公爵の屋敷にかくまわせたのは」

「はてさて、何のことやら」

わざとらしくごまかした風を装うシャウ司空。


帝都の治安を司る巡防兵。

帝都内で起きる多くの情報が、その統領たるハウ・ギンの下には集まってきていた。

その中に、ティン統領が輪舞邸にかくまわれているということもあったのだ。


「もしそうだったのなら、なぜ家探しをされなかったので?」

「ティン統領は罪に問われていたわけではない。法を犯したわけでもなく、帝都民に危害を加えたわけでもない。捕まえる必要を認めぬ」

「ですが、皇宮からは出頭せよとの命令が出ていたかと」

「皇宮の事など知るか」

顔をしかめて言い切るハウ・ギン。


「皇帝陛下の勅命ならともかく……たかが兵部の出頭命令など、巡防兵が従うべき命令の中にはないわ」

「まあ、確かに」


巡防兵は、皇帝から直接、帝都の治安を守る役割を与えられている。

それゆえに、その統領は『一品侯』という最上位の官位を与えられているのだ。

兵部など各六部のトップたる尚書たちですら『二品侯』でしかないことを考えると、その地位の高さと格の高さはかなりのものなのである。


ちなみに司隷台のトップ司隷大夫ジューオンは二品侯。

実質的に御史台を取り仕切る司空シャウも二品侯だ。



「ボアゴーにおられるのは本物の皇帝陛下です」

突然、シャウ司空は言い切った。


だが、ハウ・ギンはうろたえない。

「分かっておる」

ただそう言っただけだ。


「帝都外の情報も掴んでおいでで?」

「違う。『六部線』を使われたからだ」

「ほっほー」


六部線とは、ダーウェイ全土を結ぶ行政用通信網のようなものである。

だが基本的には受信専用であり、発信することができるのは皇帝、親王、丞相と六部の尚書、それと一品侯だけなのだ。

この権限を持っている者たちは、帝都からでなくとも発信することができると言われている。


そして今回、それが証明された。


「我は一品侯。六部線の錬金道具を確認すれば、誰が発信したものであるか分かる」

「なるほど。それで陛下御自身の発信であることが分かったと」

ハウ・ギンの説明に頷くシャウ司空。


「さすが中央試験最上位合格者の頭脳は衰えておりませんな。先ほど届いたばかりのその情報、さっそく皇宮に行って確認して参られたのじゃろう?」

「我の十年前の最上位は、シャウ殿とジューオン殿であったろうが。殿試で議論などお主らしかやっておらんわ」

初めて呆れたような表情となるハウ・ギン。

それを受けて苦笑するシャウ司空。


「五十年経っても言われるとはのぉ」

「五十年間、そんなことをした者は誰もおらんということだ」



毎回十万人以上が受験するダーウェイ中央試験。

二百人前後が合格するのだが、その中でも最上位三人が、皇帝からの口頭試問である『殿試』を受けることになる。

当然その三人は、行政官として栄達していくのだが……。


見るからに武人の典型と言われる一品侯ハウ・ギンも、四十年前、そんな最上位者の一人であった。

元々古くから名門とも言える家の出身であったが、自分の力を試したいと中央試験を受けて、実力で中央の行政官として出世したのだ。


「まあハウ・ギン殿が、陛下がご存命であることを理解されているのであれば、わしの役目は何もないわい」

「何?」

「お主は高い地位にあるシタイフ層の一人でありながら、どの派閥にも入っておらぬからな」

「それを言ったら、シャウ殿やジューオン殿もであろう?」

「まあ、わしらは……のぉ」

ハウ・ギンの指摘に、笑うだけで具体的には何も言わないシャウ司空。


「さて……今回の発表で、他のシタイフ層はどう動くのか」

「自らの仕事に邁進すればよいだけだ」

シャウ司空の呟きに、ハウ・ギンはそう言い切るのであった。


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