0656 遠征艦隊
「むしろ、よく今までもったと言うべきであろう」
皇帝ツーインが呟く。
「ペイユは騎馬の民ですので、首都を落とされても簡単には降伏しないであろうと言われておりました」
そう補足したのは、司隷台所属で周辺国の情勢にも詳しいリー・ウー刺史。
「極端な話、王が捕まらない限りは負けにはならんということか」
バロー伯に復帰したフー・テンが腕を組んで呟く。
そんな首脳たちとはちょっとだけ離れたところに、涼とアベルは立っている。
いちおう外様というか、作戦そのものに深く関与はしない予定なので。
「アベル、北の方も大変なことになっています」
「海上を移動してくるのに三週間かかったからな。まあ、幻人相手に頑張った方じゃないか?」
「アベルが冷たいです」
アベルの冷静な説明に、不満を表明する涼。
「国が征服されたからといって、それで全て終わりじゃない」
「そ、それはそうですが……」
「民一人ひとりがどう考えるかだろう? 占領された状態でもいいと思うか、かつての状態を取り戻したいと思い立ち上がるか、どちらでもない新たな国になってほしいと思い動くか」
アベルがはっきりと言い切る。
待ってるだけでは何も手に入らない。
誰かが与えてくれるのを待つだけでは何も変わらない。
だから、アベルは解放戦を戦う時、兵士一人ひとり、民衆一人ひとりの力を求めた。
涼一人の戦力での勝利を避け、犠牲が出るのを理解しながらも、兵士が民が、自分たちの力で国を取り戻したという実感を感じられる解放戦を展開した。
「民衆は、そんなに強くありません」
そんなアベルがなしてきたこと全てを理解し、それを素晴らしいと思いながらも小さく首を振る涼。
涼は知っている。
普通に生活している人は、そんなに強くないということを。
せいぜい、自分と大切な人……家族を守るためには全力を尽くすかもしれないが、『国』のような大きな、そして漠然としたもののために戦うのは……そういう風に導くのは難しいと。
「そうだな」
そんな涼の気持ちすら受け入れて、アベルは優しく頬笑み頷く。
この辺りが、王なのであろう。
翌日。
ボアゴーの港にて。
「南の水平線に見えてきました!」
港に係留された第十船のマストの中腹には監視員が上がり、その檣楼から叫んだ。
それを受けて、港でも遠眼鏡を目に確認作業が始まる。
涼とアベルは遠眼鏡は持っていないが、ワクワクしている。
「ついにですよ!」
「どれくらい来るんだ?」
「数は三十隻くらいらしいですけど、全て戦闘艦らしいですから」
「ダーウェイまでくるとか大変だったろうに」
二人ともワクワクしているのは変わらないのだが、涼は純粋な興味、アベルは長い航海の苦労をそれぞれ考えるのだ。
数十分後。
港の外に三十隻の軍艦が停泊した。
軍艦なのは確かだが、何種類かあるようだ。
その中の一隻が、港の中に入ってくる。
「あれはスージェー王国の……」
「ローンダーク号だな」
涼もアベルも知った艦だ。
以前ダーウェイを訪れた際は、リュン皇子の披露宴に外交で訪れていた。
その時、乗せていたのは……。
「スージェー王国護国卿カブイ・ソマル、遠征艦隊を代表してご挨拶させていただきます」
「護国卿、遠き海路、大儀」
カブイ・ソマルが挨拶し、皇帝ツーインがねぎらう。
今回の遠征艦隊は、スージェー王国、コマキュタ藩王国の連合艦隊である。
また明日にはアティンジョ大公国、並びにボスンター国からの艦隊も到着する。
そのうちのいくつかは、東方諸国合同会議で締結された条約での、物資輸送によるものだ。
だがそれだけではなく、ダーウェイ皇帝の権威を示すために大艦隊と陸上部隊が到着することになっていた。
もちろんこれは、皇帝ツーインによるコウリ親王陣営に対する示威行動である。
誰の下にダーウェイの権力があるかを、周辺諸国が示す。
もちろん周辺諸国側にとっても、兵を派遣することで皇帝ツーインに対して恩を売ることができる。
このまま皇帝ツーインが玉座に復帰すればよし。
仮に復帰できなかったとしても、「かつて皇帝であった者から言われたので仕方なく兵を出した」……そう強弁できる。
よほど下手を打たない限り、問題はない。
当然だが、皇帝ツーインらもそんなことは分かっている。
そして、全く問題ないとも思っている。
彼らが企図しているのは、実際の武力衝突は避けたいという一点に尽きる。
コウリ親王が抱えている戦力は、元々ダーウェイの戦力だ。
武力衝突が起きてしまえば、勝っても負けてもマイナスにしかならない。
つまり、武力衝突が起きれば、その時点である種の敗北だと言っていいのだ。
だからこそ、大軍を示して、戦闘を避けるような判断を下すように持っていこうとしている。
実際の戦争を避けるために大軍を擁す。
驚くほど矛盾に満ちているようだが、大軍を準備する本来の理由は戦わずして勝つため……。
「『孫子』にあったよな?」
「およそ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ、というやつですね」
「ああ、それだ。敵国を保全したまま勝利するのが最上で、敵国を撃破して勝利するのは次善というやつだろ。威圧して負けを認めさせて、相手の兵や資源をがっぽりってリョウが言ってたよな」
アベルがそんな説明をし、涼ははっきりと驚いた。
「すごいですね、アベル。さすがというかなんというか……」
「覚えておいて損はないだろう?」
こういう時、涼は素直にアベルの凄みを感じるのだ。
王としての器の大きさとはまた違う、人としての本質的な賢さとでもいうべきか。
人生とはままならないものだ。
そんな「ままならない」ことに、どうしてもぶち当たることがある……その時、それを越えられるかどうかというのは、その人の賢さだ。
では賢さはどう手に入れる? どう磨かれる?
当然、そこまでの経験で手に入れ、磨くしかない。論理的にそれ以外にはあり得ない。
ままならないことにぶち当たってからあたふたしたところで、どうしようもない。
それまでどう生きてきたか、どんな経験をして何を吸収してきたか。
それが、その人の中に賢さを生み、磨いていくことになる。
涼が何気なく言っていた『孫子』を、アベルは身に付けた。
それは日々、アベルが自分の中の賢さを磨いているその証左。
ぼーっと生きているわけではないということだ!
「アベル、僕はアベルに一生ついていきます!」
「な、なんだ?」
涼の宣言を、胡乱げな目で見るアベル。
「アベルについていけば、食いっぱぐれないと確信できました」
「そうか……リョウは正直だな」
「いやあ、それほどでも」
呆れてため息をつくアベル、なぜか褒められたと勘違いして照れる涼であった。
到着したばかりのカブイ・ソマルを含めた首脳陣は、代官所に移動した。
そこで会議を開く。
だいたいの方針は決まっている。
あとは細かな日程の調整と、陸上部隊と海上部隊の連携を詰めるらしい。
当然のように移動する涼とアベル。
他の派兵してきた東方諸国のように、ナイトレイ王国からの代表という側面を持っているので。
「とはいっても、表立って戦うことはないと思うんです」
「ないだろうな。これはダーウェイの、広い意味で言っても東方諸国の戦いだ。中央諸国の一国であるナイトレイ王国が介入する類のものではない」
「でも、全然なにもしないのはまずいです」
「以前、リョウが言ったんだったか、中立はまずいと」
「言いましたっけ?」
「ジュー王国のウィリー殿下に、そう声をかけていただろう」
「ああ!」
解放戦の最中、王都を解放してアベルが新王としての力を示すための祭りが開かれたことがあった。
その中で、涼がウィリー殿下に対して言ったのだ。
『中立でいると、勝者にとっては敵になるだけでなく、敗者にとっても助けてくれなかったという事で敵視されることになる』と。
「あれはそれこそ、マキャヴェッリですよ」
「なるほど、あれがそうだったのか」
「それにしても懐かしいですね」
アベルが理解して頷き、涼が遠い目になって昔を思い出す。
そして、涼はポツリと言った。
「ウィリー殿下は……困難な道を選択されました」
「いつか会いにいってやればいい。リョウの弟子だろう?」
ウィリー殿下は、涼の水属性の魔法使いとしての弟子なのだ。
頑張り屋さんのウィリー殿下は、限界が来るまで魔法の練習をしていた。
それを傍から見ていた涼は、いつもハラハラしたものだ。
「そうですね、機会があったら」
涼は少しだけ寂しそうに言う。
様々な事情から、涼が行くのはなかなかにはばかられるので……。
代官所大会議室で、首脳陣による会議が行われている。
それは中央の大テーブルの上にダーウェイ全土の地図が置かれ、図上演習も兼ねているかのようだ。
補給系のいくつかの詳細が詰められた後、陸上部隊と海上部隊の編成の話になった。
今のところ、海を北上するのは、ボアゴーに駐留するバシュー伯艦隊を除けば、全てダーウェイ以外の国の艦の連合艦隊である。
もちろん、それぞれの船足の違いもあるのだが、それ以上に大きな違いがあった。
そこに言及したのは、第十船のラー・ウー船長。
「スージェー王国の常勝提督とも言われるカブイ・ソマル卿の前で言うのは心苦しいのですが、ダーウェイ艦隊と他国の艦隊では戦になりません」
ラー・ウー船長とはそれなりに長く付き合っている涼ですら、その内容の過激さには驚いた。
もちろんラー・ウー船長の表情を見れば、他国の艦隊を馬鹿にしているわけではないのは分かるが……。
しかし、言われたカブイ・ソマルもうっすら笑顔を浮かべて頷いている。
言われる理由が分かっているらしい。
とはいえ、他の者は誰も頷いていない。
むしろ首をかしげている。
一番首をかしげているのは皇帝ツーインだ。
「もちろん武力衝突が起きないに越したことはないし、そのために揃える大軍である。だがもしもの時、それほどの差があるというのは……余には分からんのだが、カブイ・ソマル殿、どうだ?」
「陛下、ラー・ウー船長がおっしゃるのは、ダーウェイ艦に積まれた『魔法砲撃』と『魔法障壁』の事にございましょう。それであるなら、おっしゃる内容は事実です」
カブイ・ソマルが見ると、ラー・ウー船長は頷いた。
認識は一致しているようだ。
カブイ・ソマルが説明を続ける。
「私はリュン殿下の婚礼後、ダーウェイ艦隊の演習をかなり見せていただきました。その上で言いますが、戦いとなったら一方的に我らは沈められるでしょう」
「なんと……」
思わずそう言ったのは、バロー伯フー・テン。
かつては戦場を闊歩したフー・テンであったが、それは陸上。
艦隊戦には詳しくない。
それは彼だけでなく、ここにいるダーウェイ人の多くもそのようだ。
「ダーウェイ以外の東方諸国では、艦隊戦は接舷戦が主流です。ほぼ唯一の例外は、アティンジョ大公国のゴーウォー艦。あれは魔法使いを艦に乗せ、その魔法使いたちが魔法を放つある種の砲撃戦を展開しますが……。まあ例外です」
「接舷戦というのは、敵の船にぶつかって乗り移り、制圧するということです」
カブイ・ソマルの説明を、ラー・ウー船長が補足する。
「ですがダーウェイ艦隊は、船に設置された魔法砲撃を行う錬金道具によって、近付く前に相手艦を攻撃し沈めます。接舷戦になりません」
「だから一方的に沈められると」
皇帝ツーインも理解したのだろう頷いた。
「武力衝突が起きないのが一番ですが……もしも起きた場合にどうするのか。それは今のうちに考えておくべき事かと思います」
そう言って、ラー・ウー船長が締めくくった。
首脳陣の視線が皇帝ツーインに向く。
皇帝ツーインは、カブイ・ソマルを見て問いかけた。
「カブイ・ソマル殿、何か妙案はあるか」
それは、カブイ・ソマルの表情に何か答えがあるように見えたからの問いかけであった。
その期待に応えるように、カブイ・ソマルは頷く。
「陛下、実はございます」
そして、ある水属性の魔法使いの方を見て言った。
「ロンド公爵閣下のお力添えをいただければ問題ないかと」
その瞬間、首脳部全員の視線が涼に向く。
いつもの涼ならうろたえたかもしれない。
だが今回は、自分に話が振られるであろうと予想していたため、自信満々だ。
うっすら笑みすら浮かべている。
そして、はっきりと言い切った。
「お任せください」
第二部以降、一度も出てきていないウィリー殿下。
もちろん理由があるのですが……ええ、第一部と第二部の間の三年間に起きた「ある事」が……。
その「ある事」もいつかどこかで書かれるのですが……。




