0068 デビル
きりのいいところで切ったら、少し長くなってしまいました…。
アベルたちが向かう先には、中央大学の調査団たちがいた。
だが、彼らには、周囲の状況を確認する余裕は与えられなかった。
何が起きたか理解していない彼らに向かって、数十もの火属性魔法が飛んできたからである。
「うがぁぁぁぁ」
「熱い熱い熱い」
阿鼻叫喚。
その言葉が、これほど当てはまる状況は滅多にないだろう。
彼らはあくまで研究者である。
しかも、全員が魔法関連というわけではない。むしろ、魔法を使えない者の方が多いのだ。
なぜなら、魔法に秀でた研究者は魔法大学で研究を行うのが主流だから。
そして、戦場に出た経験を持つ者もほとんどいない。
そんな彼らが、突然の攻撃に対応できるわけがない。
対応できたのは、冒険者たちであった。
「魔法使いは、魔法障壁を展開しろ」
魔法障壁とは、一種の無属性魔法であり、多くの攻撃魔法を弾くことが出来る非常に優れたものである。
初級の魔法使いでも使うことができ、冒険や戦場に出る魔法使いたちが最初に覚える魔法の一つだとさえ言える。
ただし、耐久力が高いとは、決して言えない。
そのため、ある程度上級の魔法使いになると、相手の攻撃魔法に自分の攻撃魔法をぶつけて消し去る方法を使う。それは『対消滅』と呼ばれている。
だが、今回の様に多くの非戦闘員を守らねばならない状況となると……魔法障壁以外に選択の余地が無いのも事実であった。
「くそ、あれは一体何なんだ」
「わかりません。これまで見たことのない魔物……魔物ですよね、尻尾あるし」
直立二足歩行、鎧らしきものを着ているモノや、ローブらしきものを着ているモノなど、遠目からなら人間にすら見える。
だが、人間との大きな違いは、爬虫類の様な大きな尻尾が生えていることである。
ある種『異形の者』と言うべきなのかもしれない。
冒険者の疑問に、他の冒険者も明確に答えることは出来なかった。
だが、目を大きく見開いたまま立ち尽くす人物が一人。
総長クライブである。
そして、クライブは呟いた。
「あれは……デビル……」
その呟きは非常に小さいものであったが、近くにいた冒険者には聞こえた。
王都から護衛を兼ねて雇われた、C級冒険者のリーダーであった。
「クライブさん、今デビルと言いましたか?」
「あ、ああ……。私も文献で読んだだけだが、そこにあった特徴にそっくりだ……」
クライブは答えつつも、デビルたちから目を逸らすことは出来なかった。
「くそっ……五十体のデビルとか冗談じゃねえぞ」
リーダーも、デビルの言い伝えは聞いたことがあった。
曰く、神と天使への敵対者。
曰く、魔法が効かない生き物。
曰く、人では勝てない存在。
曰く……そこにあるは絶望。
中央大学調査団に雇われた冒険者たちは善戦していた。
魔法障壁で調査団を守りつつ、タイミングを合わせて魔法での反撃。
だが、言い伝え通り、全ての魔法が弾かれる。
そうなると、取れる方法は一つしかない。
近接戦である。
だが、デビルたちが近付いてこない以上、冒険者の方から討って出るしかない。
彼我の距離は百メートル程。
距離を詰めるのに、十数秒はかかる。
その間、デビルたちの魔法に当たらないように近付かねばならない。
魔法をかわすか、魔法で防ぐか、あるいは盾で弾くか。
それぞれのパーティーで、魔法をかいくぐって近接戦に持ち込むノウハウというのは確立している。
遠距離攻撃魔法主体の魔物というのはいるし、場合によっては、それらを狩る必要もあるからである。
「野郎ども、いくぞ!」
「おぅ!」
そして走り出す冒険者たち。
魔法使いは、魔法障壁で非戦闘員たちを守っている。
神官は、傷ついた者たちの回復を行っている。
前衛たちが、乾坤一擲、デビルたちに近接戦をしかけるのだ。
距離百メートル、時間にして十数秒。
せいぜい、二、三発の攻撃をしのげば懐に飛び込める。
そして想定通り、多くの前衛がデビルたちに近接戦を仕掛けることに成功した。
「おら、死ね! グフッ」
だが……デビルたちは近接戦も強かった。
冒険者たちが、受けた剣ごと切り裂かれた。
力自慢の盾使いが、盾ごと弾き飛ばされた。
高速の槍はかいくぐられ、剣を突き立てられた。
その間にも、デビルたちの後衛から、調査団に対して攻撃魔法が容赦なく降り注ぐ。
魔法障壁は何度も張り直され、魔力切れの魔法使いたちが地に伏していく。
魔法戦で圧倒され、近接戦が通じない。
完全にジリ貧であった。
この頃には、総長クライブを含め、調査団内の魔法を使える者たちも全員魔法障壁を展開している。
だが……戦線の破綻は、すぐそこにまで迫っていた。
アベルたち宮廷魔法団の調査団が到着したのは、そんなタイミングだった。
中央大学の調査団は、前衛が砕かれ、後衛も魔力切れとなり、押し潰されるのは時間の問題。
ようやく、敵を視認できる距離に到達し、確認した敵……、
「まさか……デビル……」
神官リーヒャが思わず呟いた。
「うむ、まさにデビルじゃな。なんとも珍しいモノじゃが……向こうの調査団はほとんど倒れておる。あの魔法障壁を支えているのはクライブじゃろう」
顧問アーサーは、中央大学調査団を守る最後の魔法障壁を展開しているのが、クライブ一人であることを見て取った。
非戦闘員であり、学者でしかないクライブであるが、そこはさすが中央大学総長である。
その地位に恥じない姿を見せていた。
「横撃を加える。魔法団、三射合一用意」
顧問アーサーの号令に伴い、宮廷魔法団の団員たちが、遠距離攻撃魔法の呪文を唱える。
「撃て!」
魔法団から放たれた、貫通力の高いジャベリン系の魔法が、今まさに総長クライブの魔法障壁を砕かんとしていたデビルの集団に突き刺さる。
その一撃で、十体を超えるデビルを戦闘不能に追い込んだ。
「すごい……デビルには魔法が効かないのに……」
神殿でデビルについて学んだリーヒャが、目の前に展開した信じられない光景に驚愕した。
「それは正確じゃないわい。三人一組で、敵の一体を狙えばデビルの魔法障壁を打ち破ることは可能じゃ。これがワイバーンの様な『風の防御膜』じゃと、無理なのじゃがな」
顧問アーサーはそう言って小さく笑った。
(倒せはする。倒せはするのじゃが……数が多すぎる。魔力を馬鹿食いするジャベリン系は、せいぜい放てて四発……全ては倒し切れん。最後は近接戦が必要になるか)
笑って見せながらも、心の中で、顧問アーサーは指揮官として冷静な計算をしていた。
その後、少しずつ距離を詰めながら繰り返された三射合一。
合計四度の攻撃で、デビルを三十体以上は倒していた。
だが、魔法団の団員もアーサーを除いて、全員魔力切れで気を失っている。
中央大学調査団も、ついに最後のクライブも力尽き、倒れている。
残った戦力は、残り魔力僅かの顧問アーサー、そして赤き剣の四人だけであった。
翻ってデビルの側は、まだ二十体近くが残っている。
しかもその集団の後方には、頭一つ大きな体躯の、そして桁違いの存在感を放つデビルがいる。
「なんかヤバそうなのがいるな。よし、あとは近接戦で削る。ウォーレン、単縦突撃で突っ込むぞ」
アベルが指示すると、ウォーレンは巨大な盾を構えて走り始めた。
その盾と身体に隠れるようにして、アベル、リン、リーヒャが一列で続く。
デビルから見ると、巨大な盾が近付いてきているように見えるに違いない。
ウォーレンはその巨大な体躯と、巨大な盾の装備から、動きが鈍いと思われがちなのだが、決してそんなことはない。
トップスピードはアベルにも匹敵し、持久力はほぼ無尽蔵。腕力は、巨大なオーガすら上回る。
冒険者でありながら、王国一の盾使いと言われるのは伊達ではないのだ。
もちろん単縦突撃では、アベルだけではなくリンとリーヒャもついてくるため、スピードは抑えている。
それでも百メートル無い距離なら、二十秒もかからずに詰められる。
その間のパーティーへの攻撃は、全てウォーレンの盾が弾く。
デビルの集団に到達すると、その勢いのまま、盾でデビル前衛を吹き飛ばした。
吹き飛ばして穴が開いたところに、ウォーレンの後ろから躍り出たアベルが切り込む。
さらに、リンとリーヒャが即席『二射合一』とも言うべきか、同じ標的に向けて近距離魔法を叩き込む。
そうやって開いた穴に、再びウォーレンが入り込み、盾でデビルを吹き飛ばして橋頭保を確保していった。
『赤き剣』は、ウォーレンを中心に、右にアベル、左にリンとリーヒャが展開。背後を取られないように、切り込んだ地点から扇の様に開いて行く。
その中で、殲滅速度はアベルが最も速い。
デビルの剣をまともには受けずに流し、相手の体勢が崩れたところで首を刎ね飛ばす。
だが、中には異常に剣の扱いに習熟した個体もいて、手こずることもある。
今まで戦ってきた魔物の中では、トップクラスに厄介な相手であった。
『赤き剣』が突撃してきた後は、デビル後衛たちの魔法の標的は、中央大学のクライブから、赤き剣と魔法団のアーサーに替わっていた。
さらに、前衛が破られると、攻撃はアベルたちに集中した。
さすがに魔法をかわしながらの近接戦となれば、アベルでも相当な負担を強いられる。
魔法使いのリンと神官のリーヒャであれば、なおさらである。
そもそも、魔法使いには魔力切れのリスクが常につきまとう。
魔法障壁を展開しながら攻撃魔法を放つ、ということは出来ない。
どこかの水属性魔法使いなら出来るのかもしれないが……いや、そもそも、その水属性魔法使いは『魔法障壁』というものを使ったことが無いが……中央諸国においては、魔法の同時発動の手法は確立していない。
となると、短時間で障壁と攻撃を切り替えながら戦わざるを得ないのである。
しかも今回は即席の『二射合一』で。
普通はすぐに破たんするのだが、リンもリーヒャもこれまでの数えきれない程の戦闘によって、鍛えられていた。
B級パーティー『赤き剣』の名は伊達ではなかった。
単縦突撃からの近接戦で、十二体のデビルを葬った赤き剣であったが、彼らにも限界が近付いていた。
最初の破たんは、やはり魔力切れであった。
リーヒャのライトジャベリンに合わせて、リンがエアジャベリンを放った瞬間、リンが倒れた。
「リン!」
目の端でその光景を捉えていたアベルが叫ぶ。
「リンは魔力切れ。ウォーレン、カバーして」
リーヒャはそう叫ぶと、リンの身体を引っ張って退がる。
そこにウォーレンが身体ごと盾を入れ、追撃されないようにしている。
『赤き剣』が持っていたマジックポーションもすでに底を突き、リンの魔力も底を突いた。
リーヒャの魔力もほぼゼロになっており、魔法障壁一回分の魔力すらも残ってはいない。
残りのデビルは六体。そのうち一体はボスらしき個体。
だが、ボス以外にも、六体のうちの三体は、これまで倒したデビルよりも明らかに雰囲気の違うモノたちであることにアベルは気付いていた。
「ボスとその取り巻き三体か……」
「アベル……あのボス、もしかしたら魔王子かもしれない……」
ウォーレンの盾の後ろから、リーヒャが囁いた。
「……は?」
何を言っているんだリーヒャ、そんなわけないだろう、何を言っているんだリーヒャ、あっはっはっはっは。
現実逃避して、そんなことを言いたくなったアベル。
だが、リーヒャが冗談を言っているわけではないことは、理解している。
「左右の眼の色が違う……あれは魔王子の特徴の一つ」
確かによく見ると、右目が赤で、左目が金色である。
「魔王じゃなくて、魔王子?」
「ええ。魔王子は、魔王への覚醒の可能性があるデビル。同時に四体しか存在しない。その中の一体が魔王になる。神殿ではそう教わったわ」
「名前は聞いたことがある。強い……よな?」
「勇者以外が倒した記録は無い……わ……」
そこまで言って、さすがのリーヒャの声も震えた。
今代の勇者は、西方諸国にいると言われているが……詳しい話は中央諸国には伝わってきていない。
勇者は、一つの時代にただ一人。
「とりあえず、魔王子以外を倒す方向でやってみる。心配するな……と言っても無理かもしれんが、何か想定外のことが起きて、この結界みたいな空間が割れたりとか、そういうことが起きるかもしれないしな。希望は捨てるなよ」
「アベル……」
アベルはにっこり笑ってデビルたちに向き直った。
普通のデビルが二体、強いデビルが三体、そして魔王子らしいデビルが一体。
三体いる強いデビルですら、アベルは一対一で勝てるとは思えなかった。
ましてや魔王子は……力の底が全く見えない。
絶望的……。
(いや、グリフォンに目の前に立たれたあの時に比べれば、まだましなのか……)
ロンドの森からの帰還の途中、突然目の前に舞い降りたグリフォン……あの状況よりはましなのだとアベルは思うことにした。
すると、余計な力が抜けていくのを感じた。
「まずは雑魚二体から……」
アベルは、通常のデビル二体に向けて一気に踏み込んだ。
デビルが横薙ぎに剣を振る。
それを、さらに前傾姿勢になりかわすと、そのまま懐に入って、下から心臓を突く。
魔石を砕いた手ごたえを感じた。
先ほどまでの戦闘から、心臓付近に魔石があることは確認してある。
そして他の魔物同様に、魔石を砕けば消滅することもわかっていた。
突いた剣を抜き、抜いた勢いのまま身体を一回転させて、倒したデビルを置き去りにし、その勢いのまま、二体目のデビルの首を刎ねる。
デビルを一撃で倒すなら、魔石を砕くか首を刎ねるか。
アベルは経験からそう学んでいた。
そしてようやく、最後の試練に立ち向かうことができるのである。
だが、そこでアベルの想定外のことが起きた。
魔王子が手を前に上げたかと思うと、魔法を放ったのだ。
標的は、ウォーレンの盾。
ウォーレンは盾ごと、そして後ろにかばっていたリーヒャとリンも後方に弾け飛んだ。
「リーヒャ!」
アベルが思わず叫ぶ。
「大丈夫! 三人とも大丈夫だから」
リーヒャが叫び返す。
なぜ魔王子がそんなことをしたのか。
すぐに理由は判明した。
魔王子が、取り巻き三体を抑えて、剣を携えて前に出てきたのだ。
アベルと一騎打ちを望んでいるらしい。
「その場所を確保するために三人を弾き飛ばしたってか。デビルってのは乱暴だな」
言葉が通じるとは思えないが、アベルはあえて口に出した。
魔王子が、ほんの少しだけ、ニヤリと笑った気がした。
まあ、下等な生物が一騎打ちをしようなどと思うわけはないわけで……強そうな相手への敬意なのか、ただ単に暇だから遊ぼうとしているのか、それはアベルにはわからない。
だが……、
(まさに僥倖。本来なら取り巻き三体を倒さないと届かなかった魔王子と、いきなり戦えるのだから。まあ、勝てるかどうかは別問題なんだろうがな……)
アベルは油断なく剣を構える。
魔王子は、右手に剣を持ち、その手は下に降ろしたままである。
だが、決して油断しているわけではないことはアベルには分かっていた。
今までのデビルたちが振り回していた剣とは違い、細い。
決して巨剣ではない。
刃の長さも一メートル程度であり、デビルの膂力を考えれば、相当なスピードで振るわれるであろうことが想像できる。
しばらく続いた静寂を破ったのは、魔王子であった。
彼我の距離を一瞬で詰め、右下から剣を切り上げる。
(速い!)
想定以上のスピードであったため、かわしきれないとふんだアベルは、切り上がってくる魔王子の剣を上から押さえつける。
いや、押さえつけようとしたのだが、身体ごと吹き飛ばされた。
(人外のスピードに人外のパワー。これは厄介だ)
押さえきれないと判断した瞬間に、自分から後方に跳んだためにダメージは全くない。
ダメージはないのだが……倒せるイメージも全く湧かない。
今度は、魔王子は上段に構えている。
(いやいや、さっきは切上げだったから、後方に跳んで衝撃を逃がしたが、上から叩かれたら力を逃がすことが出来ないだろ)
構えだけで相手を絶望的にさせる……。
普段なら、アベルがそちら側である。
(技そのものが凄いというよりは、スピードとパワーを活かしきった剣。だが、足の運びなどからも素人のそれではない。取り巻きを抑えて一騎打ちを挑むだけあって、自信はあるということか)
アベルも剣を構え、じりじりと距離を詰める。
だが、その瞬間、魔王子に向かって、横から十を超える魔法が放たれた。
中央大学調査団に雇われた冒険者の魔法使いたちが、休んでなんとか貯めることができた魔力の全てを込めた魔法。
それを、敵のボスらしい魔王子に向けて一斉に放ったのである。
魔王子も油断していたのだろうか、あるいはアベルとの一騎打ちに集中していたからなのか、放たれた全ての魔法が魔王子に命中した。
魔法使いたちは、再び完全な魔力切れとなり、放った瞬間に全員が気を失う。
これは、結果を知ることが無かったという意味において、幸せだったのかもしれない。
なぜなら、この魔法攻撃は、全く何のダメージも与えることは無かったからである。
「全ての魔法が弾かれた……」
ウォーレン共々、魔法団の辺りにまで吹き飛ばされていたリーヒャは、その光景を見て思わず呟いた。
「普通のデビルなら三射合一で倒せるが、あれは魔法では無理かもしれん……」
魔力切れ寸前の青白い顔をしながら、顧問アーサーは思わず口にした。
デビルたちの反応は激烈なものであった。
取り巻き三体は、次々と火魔法による遠距離攻撃を中央大学調査団に加えた。
「くっ……」
すでに魔法障壁を展開する魔力は、誰にも残っていない。
中央大学調査団はもちろん、魔法団にも、赤き剣にも……。
デビルたちの攻撃を止める術を持たないアーサーは、唇を噛んで耐えた。
リーヒャは膝から崩れ落ち、その目からは、とめどなく涙があふれた。
そんな悲惨な状況ではあったが、アベルの意識の内には、ほとんど入ってきていなかった。
目の前の戦闘に集中しきっていたのだ。
上段に構えた魔王子は、間違いなく突っ込んでくる。
ただ一度のチャンスしかない。
そして、それは来た。
先ほどよりもさらに速い踏み込み。だが、それは想定内。
魔王子の、踏み込み以上に速い打ち下ろしがきた。
それがアベルの狙い。
「剣技 零旋」
突っ込んでくる敵の攻撃を、ゼロ距離で、右足を軸に四五○度回転してかわし、その勢いのまま敵の左側面に剣を突き刺す技である。
まさに、必殺という言葉がこれほど似合う技は無いだろう。
回り込み、魔王子の左から突き刺したアベルの剣……。
だが空を切った。
魔王子が、上体をわずかに後ろに逸らし、かわしたのだ。
「馬鹿な……」
思わず漏れる言葉。
それは剣戟において、致命的な隙となる。
魔王子が、剣を持っていない左手の甲でアベルの顎を下から殴った。
裏拳の様に入った左手を、とっさにアベルは避けたのだが、ギリギリ顎をかすめた。
脳が上下に揺らされる。
当たる直前、上体を逸らすと同時に後方に跳んだため、なんとか距離はとれたが、完全に脳震盪であった。
人間の脳の構造上、鍛えてもどうにもならない弱点。
跳んだ先……だが、立ち上がることが出来ない。
辛うじて剣は手放していない。
地面に片膝をついたままではあるが、アベルは剣を構えて、ゆっくりと近付いてくる魔王子を睨みつけた。
「アベル!」
遠くからリーヒャの呼ぶ声が聞こえる。
(すまんリーヒャ、これはさすがに無理かもしれん……)
だが、ここで三度戦況が変わる。
天井が割れ、岩の塊が落ちてくる。
さすがに、何事かと上を見上げる魔王子と取り巻き三体。
同時に、アベルの耳に懐かしい声が聞こえた。
「<アイスウォール10層>」
空白・改行込みで8000字を越えてしまいました。
三話ぐらいに分けた方が、なろう的にはいいのかもしれませんが…でも、今日の話は一息で読んでほしいですから…仕方ないですよね。




