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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
699/931

0655 展開

公船第十船は、ダーウェイ南部の街ボアゴーに向かった。

当然それは、帝都ハンリンに寄らずということだ。


「メイ・ヘイの港町で、十分な食料を積むことができました。代官所にも感謝の意を伝えましたから、問題はないでしょう」

ラー・ウー船長が説明する。


「確か、陛下直筆の感謝状みたいなのをお渡ししたとか?」

「はい。メイ・ヘイ港防兵のモア・シュウ隊長も感激しておりました」

涼の確認に、ラー・ウー船長が答える。


以前、不幸な衝突のあった隣国同士だが、それを乗り越えて平和への道を進もうとしているのかもしれない。



ラー・ウー船長が去り、涼は隣で本を読んでいるアベルに声をかけた。


「平和は、本当に素晴らしいものです」

「それは全く同感だな」

「アベル、我がナイトレイ王国も感謝状外交を()し進めましょう」

「なんだそれは?」

筆頭公爵の提案に、首を傾げる国王陛下。


「隣国の領主たちに、アベル王直筆の感謝状をばらまくのです」

「いや感謝状とかそういうのは、滅多(めった)に出さないからいいんだろう? 乱発すると逆効果だぞ」

「そうですか? 書くのが大変だからそんなことを言ってるんじゃないですか?」


涼は胡乱(うろん)げな目でアベルを見る。

いつもとは逆の立場だ。


「考えてみろ。王国の領主が、デブヒ帝国皇帝直筆の感謝状を執務室に飾っていたらどう思う?」

「いつか裏切るに違いありません!」

「だろう?」

「確かに……感謝状外交はやめましょう」

涼は顔をしかめて小さく首を振った。


平和をもたらすつもりの外交であっても、いつも平和的な結果を生むとは限らない。

外交とはなんと難しいものか。



翌日午前。

ラー・ウー船長から、ボアゴーまでの航海予定が示された。


「正確な海図も、確実な風の情報もありませんが、おそらく三週間前後で到着するかと思われます」

「分かった」

皇帝ツーインが頷く。


皇帝ツーインは出航してからずっと、船尾船長室にこもって、書状を書いているらしい。



「ボアゴーで生還を宣言した後に、各地に送るんだろうな」

説明が終わり解散すると、皇帝ツーインはまた船長室に戻っていった。それを見て、アベルが呟く。


「立てよ国民! というやつですね」

「よく分からんが……」

「昔、アベルも似たようなの書きましたよね」


涼が思い出す。

そう、王弟レイモンドと帝国によって蹂躙(じゅうりん)された王国を解放するために、アベルは南部ルンの街で立ち上がった。

その時、国内の領主たちに向かって、共に立ち上がろうと檄文(げきぶん)を書いて送ったのだ。


「真っ先に応じたのが、西部のホープ侯爵家。イグニスさんの実家ですね」

イグニスは外交の専門家で、二人とも使節団で一緒になったことがある。

彼はホープ侯爵の次男である。


「ああ。西部を代表する大貴族ホープ侯爵家、それと南部のルン辺境伯家とハインライン侯爵家がすぐに支持を表明してくれたからな。南部の二つは最初から早い段階での支持を取り付けられると分かっていたが、ホープ侯爵があの段階で支持を示してくれたのは大きかった」

アベルが説明した。


元々、アベルはルン所属のA級冒険者でもあった。

そのため、南部の大貴族が支持するのは、他の王国貴族からすれば当たり前に見えるのだ。

だが、南部だけでなく西部の、しかも王国全体で見ても大貴族の一人ホープ侯爵が早々に支持したのは、インパクトが大きかったと言える。


「今回もそんな感じなんですかね」

「どうだろうな……そもそも相手は、明確な敵と言えるのかどうか」

涼の問いに、首をかしげるアベル。


「それに、元々シタイフ層の半数以上がコウリ親王の派閥だろう? 自分たちの未来を賭けてコウリ親王の派閥に入り、その親王が最高権力を掴んだ……と思われたわけだからな。どう動くのか……」

「むぅ……皇帝陛下こそ、最高権力者ですよ?」

「そうだが、(さら)った相手から死んだという発表が出されているからな。今帝都にいる連中は、皇帝が生きていることを知らんだろう」

「確かに……」

「実は生きていると知らされた後、どう動くか」

「難しいですね」


アベルも涼も建前(たてまえ)は分かっている。

本来のトップたる皇帝が戻ってきたのだ。

皇帝位に戻ってもらい、今まで通り国が回っていけばいい。



そう、建前はそう。


一見、全て丸く収まるように見えるのもそう。



だが現実は、全く異なる様相(ようそう)を見せることも知っている……。



「シタイフ層の人たちがコウリ親王の下についているように、それぞれのシタイフ層の人たちの下にも家臣たちがいます」

「そうだな。その家臣たちも家族や、さらなる下働きの者たちを抱えている。行動の選択は、そんな者たち全てに責任を負ったうえでなされることになる」

「正義感だけで選ぶことはできなくなっちゃうんですよね」


これでも、アベルも涼も王国の中でいろいろと見てきたのだ。

だから、コウリ親王の派閥に入っているシタイフ層の者たちに対しても、一方的に弾劾(だんがい)したくなどはない。


「直接的な武力衝突にならないといいのですが」

「ボアゴーに行くのも、そのための布石(ふせき)だ」

アベルがはっきりと言い切る。


「戦いたくないなあ、攻めてこなければいいなあでは、戦いは回避できん。その感情を持つ時点で、相手に対して、戦力的に圧倒的優勢ではないということだ」

「まあ、こっちが圧倒的に強ければ相手は攻めてきませんからね。確かに、攻めてこなければいいなあなんて、考えることもないですね」

「圧倒的優勢でないのなら、相手は攻めてくるかもしれん。どうすればいい?」

「……こちらが圧倒的優勢になる?」

「そうだ、それが一番だ」


涼の答えにアベルは頷いた。

それが王としての解答。

国を導く者として採るべき手なのだと、自信をもって答える。


「こういう時、アベルって本当に王様なんだなと思いますね」

「……普段はどう思っているんだ」

「腹ペコ剣士」

「聞かなかったことにする」




帝都ハンリン、コウリ王府の一角。

コウリ王府には、食客(しょっかく)として多くの人材がいる。

種類も様々、立場も様々。


だがその中でも最も有名な人物の一人は、間違いなく六聖ローウォン卿であろう。

最強の水属性魔法使いとして、魔法使い、呪法使いの頂点たる六聖の一角を占めながら、帝都最高の錬金術師としても知られている。


そんなローウォン卿は、普段足を運ばない王府の一角を歩いていた。

特に理由はない。

なんとなく、その日、その時に足がそこに向いただけだ。


だがその建物には、極めて珍しい人物たちがいた。


「なんと、火のブウォン、風のレオ・リン、闇のバーダとは……。冒険者六聖の三人が揃っているとは珍しいの」

「あん? 何だローウォンの爺さんじゃないか」


ぶっきらぼうな口をきいたのは火属性の魔法使いブウォン。

魔法使いなのだが、身長は190センチ近く、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)なその外見は、どう見ても剣士のような近接職に見える。

実際、ブウォンは火属性の魔法使いなのだが、剣士としての力も帝都冒険者の頂点にあり、六聖と並ぶ物理職の頂点『六剣』にも名を連ねていた。

三十歳と冒険者としては(あぶら)の乗り切った年齢であり、もちろん特級冒険者である。


その横にいるのは、ブウォンとは対照的にほっそりした外見の風属性の魔法使いレオ・リン。

ブウォンと同い年の彼は、自分の体と同じほどの大きさの杖を持ち無尽蔵とも言われる魔力から、攻撃魔法の連続生成で圧倒する。

優しげな外見とは裏腹に、苛烈(かれつ)な連続攻撃魔法は凄まじいの一言に尽きる。


最後に、灰色のマントに深くフードを被った背の低い男性、闇属性の魔法使いバーダ。

中央諸国や西方諸国では闇属性の魔法使いはかなり珍しい。

そんな事情は東方諸国でも変わらず、他の五属性に比べて少ない。

とはいえ、人の精神に影響を及ぼすことができる闇属性はあらゆる場面において強力であり、中央諸国などのように()み嫌われることはなく逆に重宝(ちょうほう)される。

そんな東方諸国の闇属性魔法使いの頂点が、このバーダである。

常にフードを目深にかぶり、顔をはっきり見た者はいないと言われている……。



「六聖の三人が旅支度(たびじたく)? さて……わしは見んかったことにしたほうがよいのかの」

「分かってんじゃねえか爺さん。知ってるのは殿下だけ。これで分かるな?」

「ふむ。しかしまだ『標的』はどこに現れるか分かっておらんのじゃろう?」

「動きの激しい伯がいるんだとよ。おっと、さすがに言えるのはここまでだ」

火属性魔法使いブウォンはそう言うと、肩をすくめた。


「やはり、わしは何も見なかったことにするわい。お主ら、失敗するなよ? 六聖とは言え……『標的』の周りには厄介な者たちがおるぞ」

「おい爺さん、()めてんのかよ?」

ローウォン卿の軽口に、怒りの波動を(にじ)ませ言い返すブウォン。


「六聖とかはどうでもいいんだよ。知らんやつらが勝手にそう言ってもてはやしているだけだからな。だが間違えるな、俺たちは特級冒険者だ」

ブウォンははっきりと言い切った。

特級冒険者という言葉に、プライドを滲ませて。


「特級冒険者は失敗しないんだよ」

そう言うと、三人は出発していった。


それを見送り、姿が見えなくなってからローウォン卿は呟いた。

「お主らが失敗すると、わしが出張る羽目になるんじゃ……それは避けたいからの」




第十船がメイ・ヘイの港町を出航して三週間後、ボアゴーに到着した。


「お待ちいたしておりました」


一行を迎えたのは、涼とアベルには懐かしい人たち。

一人は、バシュー伯ロシュ・テン。

もう一人は、その叔父(おじ)……。


「久しいな、フー・テン」

元ボアゴー副代官、フー・テンであった。


息災(そくさい)なようで何よりだ」

「陛下のご寛恕(かんじょ)をもちまして」

嬉しそうな皇帝ツーイン、感謝しているフー・テン。


かつてバシューのさらに南部、バロー伯の領主であったフー・テンは、皇太子が住まう東宮(とうぐう)の警備を担当していた。

ちょうど担当していた晩、皇太子が東宮内の寝所において何者かに殺害された。

その結果、フー・テンはバロー伯の地位を失い、甥であるバシュー伯ロシュ・テンの領地内で副代官となったのだ。


だが皇帝ツーインを見るフー・テンの目に、恨みがましさは全くない。

それどころか、心からの敬意が捧げられているようにすら見える。


一方のフー・テンを見る皇帝ツーインも、久しぶりに会えて嬉しそうだ。



その後、フー・テンは皇帝ツーインの後ろに、意外な人物たちを見つけた。

「冒険者のリョウとアベルであったな? 久しいな」

「ご無沙汰してます」

「フー・テン殿も元気そうだな」

涼もアベルもにこやかに挨拶したのだが……。


そこで慌てたのは別の人物であった。

「叔父上、その方々がお話したロンド公爵とアルバート殿です」

急いで説明したのはバシュー伯ロシュ・テン。


もちろん、ロシュ・テンも最初はそんなことは知らなかった。

だが今では、さすがに涼がロンド公爵で、アベルがその護衛剣士アルバートであることは知っている。


「なんと……。それは失礼つかまつった」



一行が移動したボアゴー代官所には、軍が整列していた。


「バシュー領の兵たちですが、実は一部……」

バシュー伯ロシュ・テンが説明を始めるが、すぐに言葉に詰まる。

何か言いにくいことがあるのだろう。


「よい、怒らぬから言うてみよ」

皇帝ツーインが促す。


「はい。実は隣接するバロー領の兵たちも、力になりたいとやってきておりまして」

「バロー? そうか、フー・テンの領地であったな」

ロシュ・テンの説明に、皇帝ツーインは頷く。


「陛下、申し訳ございません」

頭を下げる元バロー伯フー・テン。


「領民たちもフー・テンの力になりたいのであろう。ここで余について都に上れば、お主の復帰も早まると彼らも考えたのであろうよ。領主であった時に、良き政治を行った証だな」

むしろ嬉しそうに言う皇帝ツーイン。


そして大きく頷いた後、言葉を続けた。


「よい。いずれバロー伯は、お主に戻すつもりであったからな。それが少し早まるだけだ。今ここで、お主をバロー伯に再び封じる」

「へ、陛下!?」

それはさすがにフー・テンにとっても想定外だったのだろう。

完全に声が裏返っている。


「退位しておらぬ以上、まだ余はダーウェイ皇帝のはずだ。問題あるまいよ」


こうして、フー・テンは五年ぶりにバロー伯に封じられた。


それが伝えられると、バロー領の兵士たちを中心に歓呼(かんこ)が起き、広がっていく。


「良かったですね、フー・テンさん」

「ああ、リョウ……いや、ロンド公、感謝いたす」


涼としては「リョウ」呼びでもいいのだが、皇帝ツーインやその家臣たちの手前、ロンド公爵呼びの方がいいのかもとは理解している。

身分を使い分けるのは、けっこうめんどくさいものらしい。



「皇太子殿下が暗殺されたあの時、場合によっては、わしを含めて一族全て極刑にという意見すら出たかもしれん」

「なんと」

「だが、陛下が私のバロー伯としての地位を取りあげられ、地方の副代官として赴任する沙汰(さた)を下された。周りに何も言わせず、まず、帝都から遠ざけてくださったのだ。しかも、赴任先は甥であるロシュ・テンの領地。全て陛下のご寛恕。陛下が即断されなければ、どうなっていたか」

「あの時は、まだ余にも判断する力が残っておった」


フー・テンが涼に説明しているところに、皇帝ツーインもやってきてそう言った。


「ジュンが亡くなったと聞いた瞬間は、ダーウェイをなんとかせねばと思っておったのだ。それゆえ、すぐにフー・テンの判断を下したのは良かったと思っておる。だが、それから日に日に気が落ち込んでいきおった。考えれば考えるほど、もうジュンはおらぬのだと……。呆けてしまったのだ」


ジュンとは皇太子の名前らしい。


皇帝ツーインはその時のことを思い出しているのだろう。

顔を歪めている。


自らの過去の過ちを思い出すのは、誰であっても心地の良いものではない。

だが、それを乗り越えなければならない場合もある。

それは多くの場合、自分のためではなく……自分よりももっと大切なもののため。


「最近になってようやくジュンの気持ちが分かってきた気がするのだ」

「皇太子殿下の気持ち?」

「あれは、皇宮の外に出て民と触れ合うのを本当に好んでいた。正直あの頃は、余にはその理由は分からなかったのだが……」


皇帝ツーインはそこで小さく首を振ってから言葉を続ける。


「単純な話であったわ。民が喜ぶ姿を見るのが嬉しかったのだ」

「ああ……」

「ずっと皇宮に()もりっぱなしの余には分からぬ事であった。それゆえ、最近はたまに皇宮の外にも出るようにしておる」


それをやりすぎて、攫われてしまったのは何とも言えんが。

そう言いながら苦笑する皇帝ツーイン。


攫われた事すら笑い飛ばせる状態にまで、いろいろと回復してきたようだ。



「例の者たちは?」

「はっ、明日到着予定だそうです」

皇帝ツーインの確認に、バシュー伯ロシュ・テンが答える。


それを聞いて皇帝ツーインが頷いた瞬間、報告が入った。


「北方より緊急です!」


皇帝ツーインが受け取り一読する。

そしてすぐに傍らのバシュー伯ロシュ・テンに渡す。


ロシュ・テンの言葉は驚くべきものであった。

「ペイユ国がチョオウチ帝国に降伏……」


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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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