0652 涼対マリエ Ⅱ
「くっ……」
すぐに氷の膜を張って止血する涼。
だが、ダメージは想像以上に大きい。
手首と肘の間を綺麗に切断された。
だがそれは仕方のない犠牲だった。
「首を斬り飛ばすはずだったのに、右腕を入れて虎徹の軌道を変えるなんて……その腕、痛いでしょう?」
「凄く痛いです」
マリエが顔をしかめながら言い、涼は痛みに顔を歪めながら答える。
腕を切断されたのだから痛いに決まっている。
場合によっては、ショック死すらあり得るのだ!
「リョウも日本刀を振るのだから分かるでしょう。片手で刀は振れないわ」
「ええ、分かります」
涼も以前考えたことがある。
片手では振れないと。
それは、悪魔レオノールに片腕を切り飛ばされた後だった。
あの時は、腕が斬り飛ばされると同時に、相手の首を斬り飛ばして勝利したが……今回は違う。
圧倒的に不利な状況になったが、まだ戦いは続く。
「降伏しなさい」
「降伏?」
マリエが降伏を提案し、涼が眉をひそめる。
「降伏した場合、どうなります?」
「そうね……リョウの命は取らないように首領にお願いしてみるわ」
マリエはそう言いながらも、表情は暗い。
つまり……。
「そのお願いが通らない確率は?」
「……九十パーセント」
「ダメじゃないですか」
そう、ここには捕虜の虐待を禁じたジュネーブ条約などないのだ。
降伏しても殺される可能性の方が高い。
見せしめに。
「でも抵抗すれば、百パーセント、私が殺すわ」
「抵抗して、残りの一パーセントに賭けます!」
「一パーセントとか残ってないわよ!」
なぜかボケとつっこみが成立する。
「この状況でボケるなんて大した神経ね」
「強力なつっこみ相棒に日々鍛えられていますからね。この程度はピンチじゃないみたいです」
涼はそう言うと、窓の向こうからこちらを見ているつっこみ相棒こと、アベルを見た。
その視線を追って、マリエもアベルを見る。
「ちょっと私には分からない世界だわ」
「漫才で天下を取るのは簡単ではないということですね」
「そう……あなたたちは、漫才で天下を取るつもりなのね」
「ええ、もちろんです!」
そんな、一見無駄に思える会話をしている涼。
当然、時間を稼ぐためだ。
それは何の時間か?
(だいたいの形は構築できました!)
そして唱えた。
「<アイスクリエイト 右腕>」
その瞬間、涼に氷の右腕が生えた。
「……は?」
さすがに想定外のことに驚くマリエ。
軽く拳を握ったり開いたりして調子を見る涼。
(指一本一本を動かすのは無理ですね。魔法で、掌自体を開く、握るの二つの状態をやりくりするのが限界ですか。アイスゴーレムで使った技術を流用しているとはいえ、急ごしらえでは仕方なし……)
かなり不満も大きいが無いよりはましだ。
涼の基本は剣道だ。
村雨は左手でしっかり握り、右手で動きを導く。
左手一本でも剣を振るだけなら可能なのだ……ただし速さは出ないし、相手の防御をかいくぐるような攻撃も出せないが。
しかし完璧には程遠いとはいえ、この氷の腕があるだけでもかなり違うはず。
「まさか氷で腕を生やすとはね。しかもちゃんと手が動くじゃない」
「当然です。このために錬金術を嗜んできたと言っても過言ではありません」
なぜか自信満々に言い切る涼。
「リョウってさ、こっちの世界に、いつ転生してきたの?」
「え? さあ? 二十年前くらい?」
「あ、若いんだね!」
「若い? はて? マリエさんも若く見えますが?」
「私、多分四千年くらい経ってるよ」
「……はい?」
素っ頓狂な声を上げる涼。
「基本的に、幻人ってのは消滅しないからね」
「消滅しない?」
「体がなくなっても、魂みたいな状態でこの世界を漂って、またどこかの体に入る」
「それが受肉?」
「そうそう。だからいろいろ経験できるんだよ。面白いと思う」
「この世界は、長命な種族が多すぎます」
マリエの言葉に、小さく首を振りながら言う涼。
「まあ、いいわ。せっかく生やした腕、どんなものか試してみましょう」
「いや、もう引き分けでいいんですが……」
「私、ノーダメージ」
「ですよね」
マリエは、再び『虎徹』を鞘に納めた。
膝を曲げ腰を落とし、空気が変わっていく。
涼はいつもの正眼の構え。
<アクティブソナー>をオンにし、目を閉じる。
ザシュッ。
再び、涼の右腕が斬り飛ばされた。
今度は氷の。
「飛び込んできたのは分かったのに、反応しきれなかった」
悔しそうに顔を歪める涼。
そして、すぐに腕を再生する。
「分かっても反応しきれない速さで斬ればいい」
マリエはうっすら笑ってそう言ったが、再び涼が腕を再生したのを見ると、顔をしかめた。
「それ、きりが無いじゃない」
「これまで生きてきた努力の成果ですから」
涼は肩をすくめて答える。
結果的には、何度も腕を斬り飛ばされているのだが……。
「つまり、首を斬り落とすしかないってことね」
「いえ、手打ちにして全てを丸く収めるという方法も」
「手打ち落としたけどダメじゃない」
「その手打ちではありません……」
同じ日本出身であっても、二人の会話は平行線のままなのかもしれない。
全員が満足する結果に丸く収めることの、何と難しいことか。
「リョウがボケたいだけだろう」
そんな剣士のつっこみが窓の向こうで呟かれたが、二人には届かなかった。
そして。
突然、涼の飛び込みから第三ラウンドが始まった。
抜刀術を受けるのは難しいとの判断からだ。
当然それは、相手にも理解される。
「受けきるのは無理と判断したのね」
「攻撃は最大の防御です」
マリエの言葉に、虚勢を張る涼。
機先を制して攻撃したくらいで、不利な状況を覆せないことは分かっている。
だがこのまま受け続ければジリ貧になることも理解できていた。
これまでにも、力と速さで上回る相手に、鉄壁の防御で対抗しなんとか逆転してきた過去はある。
だがそんな相手たちであっても、技術的にはそれほど涼と変わらない者たちばかりであった。
しかし今回の相手は違う。
幻人としての力と速さで人間である涼を上回る。
しかも、剣の技術においても涼よりも上なのだ。
認めざるを得ないほどに、高い技術。
涼より高い技術。
そんな相手に、どうやれば勝てるのかは全く分からない。
鉄壁の防御でしのぐ絵が見えない以上、守りに入ればジリ貧になる。
それだけが分かった。
だから攻めてみたのだが……。
「やはり防御も上手い」
「当然でしょ」
マリエは攻撃に特化しただけの剣ではない。
防御技術においても、涼を上回る……。
攻撃し続ける涼。
攻撃し続ければ、距離を取られることはない。
攻撃し続ければ、抜刀術からの一撃を食らうこともない。
攻撃し続ければ……。
「そんな後ろ向きでは勝てないわよ」
涼の袈裟懸けを体さばきでかわし、左下から斜め上方への突きを繰り出すマリエ。
やむを得ず、涼は後方に跳び距離を取った。
突きに対して後方に跳ぶしかなかったのだ。
「戦いの流れ自体が、マリエさんの掌の上で踊らされている気がします」
「面白い表現」
涼が悔しそうに言い、マリエがうっすら笑って答える。
そう、これは明らかに経験の差が大きい。
どう攻撃すれば相手がどう動くか……それは戦闘経験によってのみ、脳内に蓄積されるもの……先読み。
涼とアベルの戦闘経験の差で、涼が最も大きいと思っている差でもある。
それが先読みである。
どうなるか分からない展開……力戦調となれば、先読みに長けた相手に勝つのは至難である。
(分かっているんです。分かっているけど……)
涼は心の中で呟く。
それを避けるためにはどうすればいいかも。
(分かっているんです。でも踏ん切りがつきませんでした)
しかし、ここにきて涼は腹をくくった。
どんな展開になるか分からない。
何が来るか分からない。
それを避けるためにはどうすればいいか?
簡単だ。
必ずこれが来る……そんな展開に持っていき、『必ず来るそれ』を狙い撃つ。
マリエの剣において、必ず来る技。
仕切り直しから、必ず来る技。
だがそれこそが、最強の技。
(抜刀術を狙い撃つしかありません)
一度は迎撃した。
だがそれは、まだ右腕があった頃。
今、右腕は氷の仮腕。
どうしても、生身の腕に比べると反応が遅れてしまう。
そんな右腕で、抜刀術を迎撃しなければならない。
だから逡巡し、自分からの攻撃なども仕掛けてみたが……。
(賽は投げられました)
涼の決断に対応するかのように、マリエは『虎徹』を鞘に納めた。
膝を曲げ腰を落とし、空気が変わっていく。
涼は村雨を頭の上に掲げ、珍しく上段の構え。
(<動的水蒸気機雷Ⅱ-アクティブ>)
さらに<アクティブソナー>をオンにし、目を閉じるのは変わらない。
剣閃が交差した。
神速の踏み込み、超速の抜刀のマリエ。
それに合わせ『前に踏み込んだ』涼。
間合いがずれる。
涼は前に踏み込んだ状態で体を右に向く。
マリエの抜刀が正面から襲ってくる位置へ。
抜刀術は右腕一本で刀を持ち、放つ。
剣速はかなりのものとなるが……。
その『虎徹』に向かって、両手で持った村雨を振り下ろした。
吹き飛ぶ『虎徹』。
そう、涼の狙いは武器。
武器を吹き飛ばせば相手は攻撃できなくなる。
普通なら。
「私は魔法使いでもある」
わずかな対消滅の光の後、武器を吹き飛ばしたはずのマリエの声が、すぐ背後から聞こえてくれば涼でも焦る。
「<氷棺>」
後ろを確認している余裕はない。
だが絶対に何か攻撃してくる、しかも魔法で。
ならば、自分自身を氷漬けにしてでも防御を上げるしかない。
しかしそれは、自らの移動を放棄するということ。
その場に鎮座するしかないということ。
「<フレイヤスフィア>」
涼を中心に半径十メートルの炎の壁が生じる。
そこから中心に向かって、涼の氷の棺に向かって収縮する。
「さらに重ね掛け! <融合プラズマ>」
数億度にもなるプラズマは、瞬時にあらゆるものを蒸発させる。
全てのものが消え去った。
炎の球体が解除される。
中には何もなかった。
氷の棺も……。
肩で息をするマリエ。
『虎徹』が飛ばされた瞬間に、手足に付けた四つの特製飛翔環フル稼働からの空中機動。
涼の背後に回り込む際、飛翔環からの風属性魔法が水蒸気の機雷に触れたが、対消滅の光が舞っただけ。
一気に、<フレイヤスフィア>で逃げ道を塞ぎ、<融合プラズマ>で蒸発させた。
これほど、重い魔法の連続使用は、無尽蔵の魔力を有すると言われる幻人であってもかなりきつい。
一時的に、体内の魔力はほとんど消費したであろうし……。
「勝てたからよし」
そう言った瞬間、マリエの首が斬り飛ばされた。
さらに氷の刃が胸に刺さり、正確に心臓の手前で止まっている。
「僕の勝ちです。マリエさん、降伏してください」
いっそ静かに涼は言った。
「……負けを認める」
斬り飛ばされた首がそう言ったのが聞こえた。
次の瞬間、涼は村雨をマリエの体から引き抜き両膝をついた。
そこに、窓から飛び出してくる剣士が。
「リョウ!」
「アベル……勝ちましたよ」
明日の「0653 涼対マリエ Ⅲ」で二人の対決はおしまいです。




