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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0650 正面突破

「マリエ……って誰だ?」

アベルは()で覚えていないらしい。


「マリエ・クローシュさん。ほら、披露宴(ひろうえん)の時に皇宮を襲撃した幻人ですよ」

「ああ……」

アベルも思い出したらしい。


「火属性の魔法使いだったよな」

「ええ。確かに火属性魔法を使いますけど……」

「近接戦もいけそう、か?」

「アベルも、やっぱりそう思いました?」

「なんとなくだがな。リョウもそう思ったのか」

「なんとなく、足の運びがそういう感じでした」

「足の運びか、なるほどな」


涼の指摘に、何度も頷くアベル。

こういう時の涼の観察力は、なかなかのものであることをアベルは知っている。


「かなり厄介な相手だな」

「厄介ですね。魔法は悪魔レオノールクラス、さらに近接戦もこなす幻人。アベル、マリエさんには僕が当たります」

「分かった。俺は皇帝を確保して守り抜けということだな」

「お願いします」



そして二人は丘を降り、『夏の別邸』の前に着いた。



「<ウォータージェット8>」

水の線で切り刻まれる別邸の門。


二人は正面から乗り込んだ。


「マリエ・クローシュさん! 皇帝陛下を返してもらいに来ました!」

涼が剣道で鍛えた音吐朗々(おんとろうろう)たる声を響かせる。


もちろん周囲を、幻人たちが取り囲むが……。


「<アイシクルランスシャワー“扇”>」

扇のように広がる氷の槍が、『器』たちの喉元(のどもと)を正確に貫く。

貫かれた瞬間、全ての『器』が消滅した。


それを見せられれば、他の幻人たちは動けない。


襲撃してきたローブとマントの男が、尋常ならざる者たちであり、人間を圧倒的に上回る自分たち幻人ですら、勝てないと瞬時に理解させられたからだ。


そのため、遠巻きに包囲しただけで誰も手を出さない。



しばらくすると、正面の扉が開き、一人の女性が出てきた。

涼も覚えている、マリエ・クローシュ。


「ああ、やっと救出に来たのね。遅かったわ……ん? ローブ? どこかで会ったわよね?」

「あなたが皇宮を襲撃した際に、攻撃を防ぎましたね」

「そう、思い出した! ダイナミック・スチーム・マインね」

「え……ええ、まあ、その魔法も使いましたけど」


マリエ・クローシュが大きく頷き、涼が首をかしげる。

確かに<動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>の魔法を放ったが、なぜそれで覚えているのだろう?


「そう、ダーウェイ皇帝さんの救出に来たのよね。あっちの寝室で寝ているわ」

「寝ている?」

「さっき献血してもらったからね。もうしばらくは動かさない方がいいと思うけど」

「献血?」


懐かしい言葉を聞いて驚く涼。

いや、そういえば、トワイライトランドでも行っていたか。

ヴァンパイアに必要な人間の血を、献血のシステムを構築して集めていた……。


もしや、幻人もヴァンパイア同様に、人の血が必要なのだろうか?


「幻人もヴァンパイアみたいに人の血が必要なんですか?」

涼は素直に聞いてみることにした。


「え? いえ、そうじゃないわ。ダーウェイ皇帝の血が必要なのは、首領の命令。どこかの『回廊』を開くのに必要らしいわ。よく知らない」

マリエは肩をすくめている。

その言い方から、あまり好きな仕事ではなさそうだ。


「首領の命令には逆らえないからね。あ、ダーウェイ皇帝さんの体調管理はちゃんとやってあるから。献血も、間隔を開けてるから問題ないはずよ」

「あ、はい……」


そこで涼は、ふと閃いた。

一瞬、何の脈絡もないと思ったのだが……もしかしたら、『首領の命令には逆らえない』という言葉がひっかかったのかもしれない。


「もしかしてその首領というのは、幻王ですか?」

涼のその一言を聞くと、マリエは大きく目を見開いた。

比喩(ひゆ)ではなく、目を真ん丸に見開いて……。


「何でその言葉を知ってるの?」

だがその問いは、いっそ静かに、ひそめた声で投げかけられる。


「本人が言ったからです」

「は?」

「知り合いの幻人が、幻王に体を乗っ取られたんです。それで戦ったんですが、その時に幻王本人が言いました」

「あのバカ首領……そういうことがあったんならちゃんと言いなさいよ! 絶対、いいカッコしたいのよね、自分は失敗などしないってイメージで押し通したいんでしょう。そういうのはすぐに剥がれるっての!」


マリエは幻王に毒づいた。

涼は何も言えずに、無言のままだ。



ひとしきり毒づいた後、マリエは何かに気付いたようにアベルを見た。


「そうそう、ダーウェイ皇帝の寝室に行ってもいいわよ。そっちの剣士さん、あなたもそういえば皇宮にはいたわよね。シャドーストーカーを切り刻んだ」

「ああ、いた」

「でも、私と戦ってくれるのは、そっちの魔法使いさんでしょう?」

マリエはそう言うと、うっすら笑って涼を見る。


「どうしても戦わないといけませんか?」

「ええ、当然よ。個人的には、ダーウェイ皇帝さんを連れ帰るのは全然かまわないんだけど、何もしないで奪い返されたってなると、首領に怒られるのよね。それに……」


そこでほんの少しだけマリエの笑いが変わった。

今までのこぼれるような笑いから、凄惨(せいさん)さを感じさせる笑いに。


「あなた強いでしょう? 私、強い人と戦うの好きなの」

「ああ……戦闘狂……」

「そうね、否定はしないわ」


涼は空を見上げて嘆くのだ。

なぜ自分はいつも、こういう境遇に身を置いているのかと。


「僕は平和主義者なのに」

「嘘つき」

「え?」

「あなたも笑っているじゃない」

「そんな馬鹿な!」


そう、涼が気付いていないだけ……うっすら笑っているのだ。


「本当に平和を愛する人は、そんな足のさばき方はしない」

「え……」

「魔法だけじゃなくて近接戦もできるんだ?」

「あなたもでしょう、マリエさん」



そこには、二人の戦闘狂がいた。



アベルは言われた寝室に移動し、皇帝ツーインが寝かされているのを確認した。

脈を取り、問題ないことを理解する。

そして、二人が対峙している前庭側の窓を開けた。


「皇帝は大丈夫だ」

そして涼に知らせた。


それを受けて頷く涼。


「これで、気兼ねなく戦えるかしら?」

「はい。問題ないですね」


笑い合う二人。

だがその笑みは……戦いに身をさらす者たちの笑み。


「改めて名乗るわ。七星将軍マリエ・クローシュ」

「ナイトレイ王国、ロンド公爵リョウ・ミハラ」

「いいわね! ナイトレイ!」

「え?」

「カッコいいじゃない」

「ですよね! それに比べると……」

「そう……なんでうちはチョオウチなのよ……」


嘆くマリエ。

だが、ふと何かを思い出したように頭を上げた。


「あなた、水属性の魔法使いだったわよね?」

「ええ、そうですけど?」

「ということは、あなたがヘノヘノ・モヘジね」

「え?」


突然の指摘に驚く涼。

そんな偽名を使った覚えは確かにあるが……今、本名を名乗ったばかりだ。


「ガリベチとユン・チェンに、ヘノヘノ・モヘジって名乗ったでしょ?」

「なぜ……」

「そんな見え見えの偽名、ダメじゃない」

「はい?」

「自分が転生者だと言ってるようなものよ」

「……はい?」


涼は今、聞こえてきた言葉を理解し損ねた。

今、目の前の女性マリエは何と言った?


「……転生者と言いましたか?」

「ええ、言ったわ。リョウあなたは転生者でしょう?」

「それはつまり……」

「そう、私も転生者よ」



涼が認識した、三人目の転生者であった。



「最初に思ったのは、ダイナミック・スチーム・マインよ。マインって機雷(きらい)でしょ? しかもスチーム? 水蒸気? そう、あの魔法は、空気中の水蒸気を機雷みたいにする魔法だったわよね。魔法そのものというより、魔法名で転生者を感じたわ」

「で、でも……」

「そう、あなたが作った魔法とは限らない。命名者があなたとは限らない」

「はい」

「でもさっき確信した。リョウ・ミハラだし……黒髪だし……どう見ても日本人じゃん」

「そこまで……」


マリエの指摘に何も言い返せない涼。

まあ、事実を指摘されているので、言い返す必要はないのだが。


「そうそう、私も日本人よ」

「でも髪が緑……」


そうマリエは、濃い緑色ともいうべき長い髪を垂らし、大きな黒い瞳の美女だ。

黒い瞳はともかく、濃い緑色の髪?


「ああ、これは、『受肉』する時に選べるのよ。今回は緑色の髪にしてみたの、目立つでしょ?」

「目立ちます……。いや、そうじゃなくて『受肉』?」


なにやら不穏な単語が出てきた。


「そう……私たちは受肉と呼んでいるけど。そもそも幻人は肉体が滅んだ後、魂だけがこの世界を彷徨うの」

「なんですと……」

「そして魂が入る『塊』が見つかると、そこに入って幻人になる」

「えっと……『器』の人たちは……」

「彼らは『器』として作られた存在だから、ずっと『器』のままよ。彼らの中に魂が入ることはない、彼らは人形なの」


幻人もいろいろ難しそうだ。



「さて、じゃあそろそろ戦いましょうか」

「やっぱり戦うんですね」

「当然よ。戦わないでダーウェイ皇帝を連れて行かれたらさすがにまずいもん。でもそれが無かったとしても、あなたとは戦ってみたいわ、リョウ」

「仕方ありません」


その時、ようやく涼は、マリエが左手に持つ剣に気付いた。

(さや)に入っているが、細く反っている……。


「日本刀?」

「ええ。これが一番しっくりくる」

マリエが笑いながら鞘を払う。


「この前、皇宮を襲撃した時には持ってませんでしたよね?」

「よく覚えていたわね、あの直前に折っちゃって……。鍛冶師にすっごい怒られたわ、でもこうやって新しいのを打ってもらった」


みせびらかすマリエ。


「ああ……美しいですね」

「でしょう?」

涼が称賛し、マリエが頷く。


「リョウの得物(えもの)は?」

「僕はこれです」

涼はそう言うと村雨(むらさめ)を引き抜き、刃を生じさせた。


「氷の刀!」

「村雨と言います」

嬉しそうな涼。


「抜けば玉散る……南総(なんそう)里見八犬伝(さとみはっけんでん)ね」

「まさに!」

マリエが頷きながら言い、涼も再び頷く。


「いいわね! 私の虎徹(こてつ)と勝負よ!」

「おぉ! ならば、いざ!」



こうして、戦いの火ぶたが切られた。

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