0647 徒歩
第十船一行と別れ、陸路からチョオウチ帝国を目指すことにした涼とアベル。
貰った地図と、禁軍統領ティンから預かった皇帝ツーイン追跡用の錬金道具があればなんとかなるはずだ。
簡単な旅でないことは誰にでも分かる。
恐ろしいほどの困難にも見舞われるであろう。
だが、二人は進む!
皇帝を救い出すために!
そんな悲愴な決意のうちにメイ・ヘイの港町を旅立った……のかどうか。
アベルは時々首をかしげるのだ。
歩きでの旅は大変である。
しかも今回のように、道ではあっても舗装されているわけでもない山道であればなおさらだ。
食料の調達もままならないのが普通だ。
それなのに、二人はリンドーをかじりながら歩いている。
これは本当に、『困難な旅路』なのだろうか?
「アベル、何か言いたいことがあるなら言ってください!」
「いやリョウ、何も言いたいことはないぞ」
「嘘ですね! さっきからチラチラと<台車>を見たり、首を傾げたりしているじゃないですか!」
涼の指摘通り、アベルの視線は彷徨っている。
それも仕方ないだろう。
涼の後ろを、人が三人くらいは乗れそうな<台車>が二台もついてきているのだから。
載っている物のほとんどは、食べ物である。
そして、その<台車>が通る前には、道が氷で舗装される……。
「相変わらずリョウは、芸が細かいなと」
「僕の故郷にはこんな格言があります。神は細部に宿る。細かな部分にまで手を抜かない人が、超一流の頂に達することができるのです」
「そうか。それは大変そうだな」
「何でしょう、うまくごまかされた気がします……」
涼は顔をしかめる。
「四日目からは、森の中を進んだ方がいいってことだったよな」
「ええ。五日で国境に着くそうなので、四日目くらいから道を歩いているとペイユの軍隊に遭遇する可能性が出てくるそうです」
「あっちこっちで戦争か」
「戦争以外で問題を解決する方が、為政者としては有能ですよ」
「その意見には完全に同意する」
涼の言葉に同意するアベル。
「でもこんな事なら、アンダルシアと御庭番を連れてくるんでした」
「御庭番?」
「庭の掃除をしているゴーレムたちです」
「ああ……」
二人の屋敷輪舞邸の庭は、アイスゴーレムたちが掃除をしている。
「けどゴーレムたちは戦闘能力無いだろう?」
「そりゃあ、アベルみたいに剣は使えませんけど、槍を構えて突撃するだけでもけっこういけるんですよ。ルヤオ隊長が褒めていました」
「二号君に率いられて王府を守り抜いたんだったな」
「……それもやっぱり戦争です。帝都の中でも戦争。人の愚かしさの詰まった戦争は、ゴーレムたちからしたらどう見えるのでしょう」
涼は時々、哲学者になるのだ。
「人間は愚かだ、以外に答えがあるか?」
「……ありません」
悲しい話である。
そんな話をしながら、二人は北上した。
途中、地図に書かれた通りに別れ道を選び進んだ。
進んだはずなのだが……三日目。
「これ……道ですかね?」
「獣道と言えんこともないが、普通、獣道は地図には載せんだろう」
二人の前には、道とは思えない道が。
その奥は、どうみてもただの森の中。
木がうっそうと茂っているのが見える。
「道を間違った可能性が、少しだけあります」
「うん、絶対間違ったな」
涼もアベルもため息をついた。
だが、二人とも絶望の淵に沈んだりはしない。
なぜなら……。
「休憩がてら、ご飯を食べましょう」
「そうだな。魚でも焼くか」
そう、豊富な食料があるのだ。
涼の後ろを付いてくる<台車>には、肉や野菜、果物はもちろん魚すら積んである。
もちろん全て涼の氷漬けであるため新鮮!
当然、火打石を筆頭に火おこしの道具も揃っている。
森の中で焼き魚を食べる二人。
その表情は、幸せに満ちていた。
「皇帝陛下は助けにいかねばならないのですが……陛下の体調はいいようです」
「その追跡用の錬金道具は、そんなことも分かるのか?」
「ええ。ちゃんと食べ物も食べて、体調にも気を使われているようです。多分ですけど、地下牢のようなところではなく、屋敷に軟禁とかされているのだと思います」
「『回廊』を開くために皇帝の身柄が必要って……いったいどういう事なんだろうな」
「分かりませんよね。『回廊』ってダーウェイの北西とかにあるんでしょう? 皇帝陛下をそこに連れて行って、何かするんですかね?」
涼もアベルも分からないために言っていることは適当だ。
だが、そんな中から閃くこともある。
「そういえばナイトレイの王城の宝物庫、国王じゃないと開かないとかありませんでしたっけ?」
「ある。宝物庫の中の『英雄の間』な」
涼が思い出したことを言い、アベルが答える。
「リチャード王が錬金術の粋を集めて作ったと言われている」
「そうそう、世界のバランスすら壊しちゃう物とかが入ってるんですよね。国王陛下が開けられるってことは、そういう王家の血とか何かに反応するってことです? そういう系の錬金術ですよね?」
「俺も詳しいことは知らん。だが、登録をする必要があるから、王家の血が流れていればいいというわけではないと思うぞ」
「ああ、そうなんですね」
必ずしも王家の遺伝子やDNAを読み取るわけではないようだ。
そうなると、余計に分からなくなる。
「皇帝陛下の何がいるのか……」
「少なくとも生かしておく必要はあるということだな」
「確かに」
二人は焼き魚を食べてしばらく休んだ後、再び歩き出そうとした。
だが、涼が気付く。
「アベル、北から人が来ます」
「何? この獣道をか?」
「分かりませんが……六人? あ、これ、人じゃなくて幻人です」
「マジか。まだペイユ国内だろう」
「破壊工作とか偵察とかですかね」
アベルも涼も驚く。
ここはまだペイユ国内であり、国境付近までもあと一日は歩かなければならない。
そんな所にまで、チョオウチ帝国軍は進出してきているのかと。
「接敵は五分後。五分後なんですが……」
涼が首をかしげている。
「どうした?」
「幻人六人って言いましたけど、確かにそのうちの二人は幻人なんですが、残りの四人は何か変です」
「変?」
「ええ。詳しいところは分からないのですが、今まで会ってきた幻人とは何か違います」
「ふむ」
涼が何度も首を傾げながら<パッシブソナー>で得られる情報を分析している。
アベルは心の中で首をかしげる。
普通の幻人が二人はいるのだ。
輪舞邸で戦った幻人ユン将軍は、かなりの剣の使い手だった。
あのクラスの可能性もあるということ。
油断できる相手ではない。
「うん、普通の幻人二人は後回しにしましょう」
「ふむ?」
「歩き方から分析すると、他の四人の方が、動きが鈍い気がします」
「そうか」
涼の提案をアベルは受け入れる。
情報を収集し、分析したのは涼だ。
ならばその涼が進言する作戦が最も適切な可能性がある。
「どんな隊形で進んできている?」
「一列です。先頭と最後尾にいつもの幻人」
「なら俺が二番目と三番目を叩く」
「僕が四番目と五番目」
さすがに、これまでも二人で多くの修羅場をくぐり抜けてきた。
二言三言の会話で、分担まででき上がる。
それが戦友。
戦争を嫌う者たちであっても、戦友にはなれる。
いやむしろ、戦友なればこそ、戦争の悲惨さを知っていると言えるのかもしれない。
チョオウチ帝国第一軍第二斥候隊の六人は、すでに国境から一日以上の距離にまで南下していた。
「ペイユ軍後方営に出張ってきた大将軍の命を取ってこい? いつもながら無茶な命令を出す」
第二斥候隊の先頭を走るソンジャン隊長はぼやいた。
そしておもむろに右拳を上げると、第二斥候隊は止まった。
「どうしましたソンジャン?」
最後尾からついてきていたラーラー副隊長がやってきて問う。
「いや、ちょっと地図の確認だ」
「そう……」
ソンジャン隊長の答えに、何か言いたげなラーラー副隊長。
他の四人は並んで立ったままだ。
「どうしたラーラー?」
「いえ……何か嫌な予感がする……」
ソンジャン隊長の問いに、ラーラー副隊長が周りを見回しながら答える。
ソンジャンは眉をひそめる。
こういう時のラーラーの勘は馬鹿にできない。
「そいつらに水を飲ませといてくれ。ペイユ人は騎馬の民。草原ならともかく、森の中にペイユの大部隊がいたりはしないと思うが……。とはいえ、何が起きても対応できるように準備だけはしておこう」
「了解」
ラーラー副隊長が、立ったままの四人に水を飲むよう指示を出し、自身も水を飲む。
正確に何がかは分からない。
だが……嫌な予感がする。
今までに感じたことがないほどに、すごく嫌な感じだ。
「ソンジャン、進むのをやめませんか?」
ラーラー副隊長は、自分の口からそんな言葉が出たこと自体に驚いていた。
今まで経験したことないこと。
言われたソンジャン隊長も大きく目を見開いている。
「あ……すいません」
慌てて謝罪するラーラー副隊長。
「どうしたラーラー?」
「いえ……すごく、嫌な予感が」
「思わずそんなことを言うほどに嫌な予感?」
「……はい」
ラーラーが顔をしかめながら頷く。
さすがにそこまで言われると、ソンジャン隊長も考えてしまう。
よく当たるラーラーの勘。
そんなラーラーがここまで言うのは初めてだ。
だが……。
「命令は命令だ」
「はい……」
ソンジャンが決定し、ラーラーも従う。
正直、チョオウチ帝国の軍はできたばかりであり、様々な箇所が手探りと言っていい。
だがさすがに命令に背けば、懲罰が待っている。
構成が全員幻人であるため、『死刑』というものは存在しないが、それでもすすんで命令違反をしようという気にはならない……。
「できるだけ早く任務を果たして、本隊に戻ろう」
「はい」
そうして、六人は再び南に向かって走り始めた。
第一軍第二斥候隊の六人が再び走り始めて十分後。
それは突然だった。
先頭を走るソンジャン隊長が気付いて振り向いた時には、赤い魔剣の男が『器』の一人を打ち倒していた。
魔剣の男は剣速だけでなく、体の動きも速い。
本当にあっという間に、二人目の『器』も打ち倒された。
そして打ち倒された『器』は二人とも消滅した。
その様子を見て魔剣の男は少し驚いたようだが、すぐにソンジャン隊長に向き直る。
まるで他の三人は自分の担当ではないとでも言うかのように。
すでに剣を抜いていたソンジャン隊長だが動けない。
魔剣の男の放つ剣気のようなものに圧倒されてだ。
しかも男の向こうで、さらに二人の『器』が同時に消滅したのが見えた。
敵がもう一人いるようだ。
その敵は、白っぽいローブを着ている……魔法使いか、呪法使いか?
ローブは青い剣を構えてラーラーと対峙している。
向こうも簡単な相手ではなさそうだ。
しかしソンジャン隊長は疑問を抱く。
なぜ、こんな所に敵がいる?
確かにここはペイユの国境から一日以上入っている。
もう少し南に進めば、国境に展開しているペイユ軍の後方基地とも言える後方営があり、そこにペイユ軍をまとめる一人である大将軍が出てきている。
第二斥候隊の役割は、その大将軍の暗殺。
斥候隊とはいえ、人間に比べれば圧倒的に強力な身体能力を持つ幻人であるため、『器』四人を従えての二人の斥候なら十分成功するだろう。
十分な成算がある作戦である。
特に森の中を進んでの急襲は、騎馬の民であり森に入るのを極端に嫌うペイユ軍に対して、かなり有効であろう。
そう説明された。
実際、ソンジャン隊長もそう思った。
それなのに、敵と遭遇した。
それどころか、逆撃を受けた。
しかも、驚くほど強い!
「ちょっと打ち倒しただけで消滅したが、あれが『器』というやつか」
魔剣の男が誰とはなしに言っている。
「そうみたいですね。この二人は、普通に幻人みたいです」
ローブが答えている。
だがその会話を聞いて驚いたのは、『この二人』と言われたソンジャン隊長とラーラー副隊長だ。
(今、こいつらは幻人と言ったか? なぜ我らが幻人だということを知っている? いや待て待て、魔剣の男は『器』とも言わなかったか? ペイユ人がなぜ幻人や『器』を知っている? どこから情報が漏れた?)
ソンジャン隊長は考える。
だが、わずかに表情が動いたのだろう。
正面で対峙する魔剣の男が声をかけてきた。
「どうした幻人、気になることでもあるのか」
魔剣の男は赤毛で、かなりの長身だ。
黒いマントは、だが裏地は血で染められたかのように真っ赤。
何よりも、対峙しているだけで分かる。
驚くほど強い!
そのため、ソンジャン隊長は口を開けない。
認めたくはないのだが、気圧されているのだ。
人間よりも圧倒的に強いはずの幻人である自分が、人間の剣士に!
「彼らを捕捉した、我らペイユ帝国の諜報網の凄さに驚いているに違いありません」
向こうでラーラー副隊長と対峙するローブが言う。
(やはり捕捉されていたのか! そうでなければ、こんな森の中で我らを襲撃することはできない。ペイユの諜報がこれほど優れているとは聞いていないぞ……。いや、そもそもペイユは……)
ソンジャン隊長はそこまで思考を進めた後、思い切って言葉にすることにした。
これ以上南下できず、本隊に引き返すことになったとしても、情報を集めて戻った方がいいに違いないから。
「ペイユは帝国を名乗ることにしたのか?」
「え?」
ソンジャン隊長の問いに、ローブが驚く。
突然問われるとは思っていなかったのだろう。
こちらをチラチラと見ている。
「そ、そんなことより、まさか国境をかなり入った場所にまで来ているのが驚きです!」
ローブがそんなことを言い返してきた。
なぜか、魔剣の男が小さく首を振っているが、ソンジャン隊長には意味が分からない。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、何かをごまかしているのかとも思ったが……。
その考えを進めるのを止めるかのように、魔剣の男が打ちかかってきた。
「くっ」
思わずソンジャン隊長の口から声が漏れる。
それほどに鋭い剣閃。
いや、剣だけではない。
『器』を打ち倒した時同様に、体の動きも速い。
だがソンジャン隊長は『斥候隊』の隊長だ。
数の少ないチョオウチ帝国軍において、斥候隊とは切札でもある。
闇に紛れて敵の本隊を急襲し、指揮官を仕留める……そんな切札。
指揮官のいなくなった軍ほど脆いものはない。
ペイユ国の北は、人が住める場所ではないと東方諸国では言われているらしい。
だがそれは、広大な国土、多くの人口を養うことが難しいというだけであり、数千人規模の『国家』だって存在していた。
数百人規模の『国家』だって数カ国は存在していた。
そう、存在していただ。
全てチョオウチ帝国が征服し、現在は存在しない。
そこに暮らしていた者たちは今もそのまま暮らし、帝国に貢物を送っている……。
そんな国々を征服する際に活躍したのが、斥候隊である。
それだけに、斥候隊は個人戦闘に関しては自信がある。
ソンジャン隊長もラーラー副隊長も、斥候隊の中でもかなり個人戦闘に長けた者たちだ。
魔法や呪法は使えないが、そんなものなど必要ないほどに結果を出してきた。
だが、今ソンジャン隊長が対峙している魔剣の男は……。
「強い……」
「お前さんも悪くないぜ」
思わずソンジャン隊長の口から言葉が漏れ、魔剣の男の口からも賞賛が漏れる。
だがソンジャン隊長には分かっている。
魔剣の男が全然本気になっていないということが。
なぜだ?
確かに本気になったとしても、そう簡単に自分も倒されはしないと思う。
粘って粘って、どこかに隙を見つけて逆転するために戦い続けるだろう。
そう簡単には負けないが、なぜ目の前の剣士は本気でやらない?
むしろ時間を稼いでいるように見える?
いや、この場で時間を稼ぐ意味があるか?
その瞬間だった。
「終わりました」
ローブの声がソンジャン隊長の耳にも聞こえた。
チラリと向こう側を見るソンジャン隊長は、その瞬間、思考が止まってしまった。
だが今は戦闘中だ。
だから大きく後方に跳んで、魔剣の男から距離を取る。
そしてすぐに、自分の思考を止めたものを、もう一度しっかり見た。
それは氷の塊。
チョオウチ帝国に住む者にとっては珍しいものでもない。
確かに、あれだけの、全長二メートルほどの氷の塊となれば滅多に見ないが……。
いや、そこではない!
その氷の塊の中に入っているのが……。
「ラーラー……?」
信じたくないことだが、ラーラー副隊長が氷漬けにされている……?
「ショックなのは分かるが、彼女はまだ生きているぞ」
「え?」
魔剣の男が告げた言葉だが、ソンジャン隊長は理解できていない。
生きている?
まだ生きている?
あんな氷漬けになっているのに、生きている?
「本当に?」
「ああ。嘘だと思うのなら、近付いて見てみればいい」
魔剣の男はそう言うと、横に移動した。
ソンジャン隊長はゆっくりと歩きながら、氷漬けのラーラー副隊長に近付く。
そして、ラーラーの顔を見た。
目を見開いたままだが……確かに目が動いた。
「動いた……」
思わず声を出すソンジャン隊長。
「お前さんがいくつかの質問に答えてくれたら、生きたまま解凍してやろう」
「!」
魔剣の男の言葉に驚くソンジャン隊長。
「だが答えない、あるいはこれ以上抵抗するのなら彼女は……」
「いや、答える!」
ソンジャン隊長は逡巡しなかった。
確かに軍の命令は大切だ。
国もそれなりに良くしてくれている。
だが、自分が最も信頼し、大切に思っているのはラーラーだ。
他とは比べものにならない。
「何が聞きたい」
ソンジャン隊長への質問は、魔剣の男がするようだ。
もう一人のローブは、少し離れたところにいる。
「なぜお前たちは、こんな所を走っていた? 国境からけっこう離れているだろう」
「後方営にお前たちの大将軍が到着したという情報が入った。その大将軍を暗殺するのが目的だ」
「あ、ああ、そうか」
ソンジャン隊長のいっそ堂々とした回答に、なぜか少しうろたえる魔剣の男。
自分たちの動きを掴んで襲撃してきたのではなかったのか?
少し疑問に思うソンジャン隊長であるが、今、気になるのはラーラー副隊長のことだけだ。
できるだけ早く氷の中から解放してやりたい。
「次の質問は何だ? 俺はできるだけ早く、彼女を解放してやりたい」
「お、おう。次は……そうだな、ここからチョオウチ帝国の首都まではどれくらいかかる?」
「首都? なぜそんなことを聞く?」
「そんな質問をしていていいのか? 彼女をできるだけ早く解放したいのだろう?」
「くそっ! 国境まで……徒歩だと二日。そこから首都までは徒歩で四日だ」
「結構近いんだな」
「ここは北国だぞ? それ以上北に行けば、さすがに我々でも生きていけん」
アベルの素直な感想に、眉をひそめて答えるソンジャン隊長。
「首都までの地図が欲しい」
「ほら! 持っていけ」
アベルが一か八かで放った質問に、即答し懐から地図を出して渡すソンジャン隊長。
よっぽど早く解放したいらしい。
「チョオウチ帝国がダーウェイの皇帝を攫ったと聞いたが本当か?」
「なぜそれを知っている? 首都までの道といい、ペイユ国はダーウェイと協力でもしているのか?」
ソンジャン隊長が首をかしげて尋ねる。
それを聞いてアベルは頷いた。
この斥候隊の隊長は、自分たちをペイユ国の人間だと思っていると。
「そこは聞かない方がいいぞ。お前たちを解放するのが難しくなる」
アベルが声のトーンを落として言う。
それは効果があったようだ。
「悪かった! 何も聞かないから、今のは忘れてくれ」
ソンジャン隊長は慌てて言った。
それを受けて、鷹揚に頷くアベル。
「ダーウェイ皇帝は確かに拉致した。王宮ではなく、『夏の別邸』にいる」
「いいのか、そんなことまで言って」
「チョオウチ帝国の人間なら、誰でも知っている事だ」
「その夏の別邸とやらは首都にあるのか?」
「ああ、首都の南に隣接している。首都を目指していけばいい」
「その別邸の守備兵の規模は分かるか?」
「それはさすがに分からん。だが、多くはないはずだ」
ソンジャン隊長は顔をしかめながら答える。
ラーラー副隊長の生殺与奪を握られている以上、素直に全ての質問に答えたいと心の底から思っているが、知らないことは答えようがないから……。
「皇帝陛下も幻王陛下も、主力を率いてペイユ国境付近に布陣しているから」
「皇帝……幻王……」
アベルの呟きを聞いて、初めてしまったという表情になったソンジャン隊長。
さすがに幻王のことは言い過ぎかと思ったのだ。
「げ、幻王は……」
「その存在は知っている。幻人に対して何ができるかもな」
アベルははっきりと言い切った。
そして言葉を続けた。
「皇帝の狙いはダーウェイ、幻王の狙いは中央諸国だと聞いている」
さすがにその言葉は想定外だったのだろう。
ソンジャン隊長は大きく目を見開いている。
「お前たちが思っている以上に、俺たちは情報を掴んでいるということだ」
アベルが言うと、観念したかのようにソンジャン隊長は言った。
「『皇帝』はダーウェイを支配したい、『王』は中央諸国に進出したい。そういう話は聞いている……だが、理由は知らん。俺たちは従うしかない」
そこにあったのは、いつの世にもある権力者に振り回される国民の姿であった。
他にもいくつかの細かな情報を提供してもらい、尋問は終わった。
約束通りラーラー副隊長は氷から解放される。
「ラーラー!」
「……ソンジャン、足を引っ張った」
「構わん! お前が無事ならそれでいい」
ラーラーを抱きしめるソンジャン。
二人は、かなり広めの氷の覆いの中にいる。
透明ではなく、少し青みがかった氷だ。
「半径十メートルの氷で覆っています。何もしなければ、六日後に勝手に開きます。こちらに水と食べ物も置いていきますので、できればおとなしく待っていて欲しいです」
「分かった」
ローブの説明に、ソンジャン隊長が頷いた。
確かに、氷の器に入ったかなりの水と食料が置かれてある。
二人で六日、問題なく生き残れそうだ。
そして、魔剣の男とローブは北の方に歩いていった。




