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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0646 港町メイ・ヘイ

悪魔の協力で食料が調達されてから七日。


「今日の予定ですよね」

「そう、ペイユ国の港メイ・ヘイへの寄港な」

第十船の第一甲板の(すみ)では、いつものように水属性の魔法使いと剣士が(しゃべ)っている。


先ほどまで、水属性の魔法使いは何やら錬金道具をいじくり、剣士は剣を振っていた。



「岸を視認!」

マストの監視員が叫ぶのが二人に聞こえた。


「ペイユ国の港に、トラブルなく入れるんですかね? この前、ダーウェイとは戦争をしたでしょう?」

「ああ、リュン親王が迎え撃ったやつだな」


二人が幽霊船ルリとの交渉に出向いている間に、ペイユ国が突如南下しダーウェイに攻め込んだのだ。

それに対し、リュン親王が皇帝の命令を受けて北上し撃退した。


もちろんその後、停戦条約は結ばれたそうだが……。



「第十船は沖合に停泊します。港へはカッターで向かいます」

ラー・ウー船長が二人に説明する。


「カッター?」

「救命ボートみたいなやつ?」

アベルも涼もこの辺りには詳しくない。


だが停船し、準備がされているのを見て理解した。


第十船から二十人乗りほどのカッターボートが降ろされている。

それは手漕ぎのボートで、大きめの船には必ず積まれているものだ。


大きな港ならともかく、そうでもない港には入港できない場合が多い。

そういう場合は、今回のように沖合に停泊して、そこからカッターボートに乗って上陸するのが一般的らしい。


「船には副長スン・マーや一等航海士ミャン・マーが残り、私は上陸します。海図を手に入れたいのと、この北の海域についての情報が欲しいので。お二人はどうされますか?」

「行こう」

「ええ、行きます」

ラー・ウー船長の問いに、アベルが即答し、涼も頷いた。


ここから北がどうなっているかは二人も気になっているから。



そして涼とアベル、ラー・ウー船長は、乗組員十七人と共にメイ・ヘイ港に上陸した。



上陸した二十人の元に、さっそく守備兵と思われる者たちがやってきた。

船が沖合に停泊しているのは港からも見えているのだ。

対応としては当然かもしれない。


「我々はメイ・ヘイ港防兵。私は隊長のモア・シュウである。お主らは何者か」

(ひげ)をたくわえ、それなりに立派な装備の男性がそう名乗った。


後ろに控えるメイ・ヘイ港防兵は十人ほどだが、全員槍のようなものを持っている。

槍を構えてはいないが、威圧しようとしているように見えなくもない。



「私はダーウェイ皇宮公船部所属、公船第十船船長のラー・ウー、沖合に停泊しているのが、その第十船です。帝室からの命令を受けての作戦行動中です。港の責任者にお会いしたい」

決して居丈高(いたけだか)ではない。

だが強い、折れないであろうと思わせるラー・ウー船長の名乗り。


防兵隊長のモア・シュウも、一瞬気圧(けお)されたのが、涼とアベルにも見えた。

だが、本当に一瞬だけ。

さすがに隊長だ、部下の前では弱い部分は見せられないのだろう。


「港の責任者は港湾代官だが不在である」

次席(じせき)は?」

「私だ」

モア・シュウ隊長ははっきりと答えた。


「なるほど。ではモア・シュウ隊長、お話したいことがあります。どこか場所はありますか」

「代官所でよかろう。ついて参られよ」



一行が通されたのは代官所の応接室と思われる場所であった。

だがさすがに二十人は入らない。

そのため、ラー・ウー船長と涼とアベルの三人だけが入り、他の十七人は隣室で待つことに。


「まずこちらがダーウェイ帝室、リュン親王殿下からの命令書です」

ラー・ウー船長はそう言うと、以前、涼たちから受け取った命令書を見せる。


もちろん具体的な作戦行動命令が書いてあるわけではない。

簡単に言えば、第十船の行動をリュン親王の権限で承認する、と書いてあるだけだ。

だがそれは、第十船が自由に動く許可であるとともに、その行動の背後にダーウェイ帝室がおり行動を承認しているとも読み取れる。



モア・シュウ隊長は一読すると頷いた。

そして、丁寧に命令書を返す。


「過日、我らペイユとダーウェイとの間で不幸な衝突が起きた」

モア・シュウ隊長が話し始めた。


「我が軍の南下を止めたダーウェイの将帥(しょうすい)はリュン親王だと聞いたが、その命令書の人物と同じ方か?」

「ええ、同じ親王殿下です」

ラー・ウー船長ははっきりと答えた。


正直、モア・シュウ隊長の質問の意図(いと)は分からない。

リュン親王に恨みを抱いている可能性もある。

誰か親しい人物がその戦いで命を落としていたりすれば……あり得るだろう。


だがここで嘘をつくのは悪手。

問われた以上、正直に答える以外にない。

そして正直に答えるのであれば、はっきりと、堂々と答えるのが最も良い。



「そうであるか」

モア・シュウ隊長はそう言うと、ため息をつく。


しばらく無言。


ラー・ウー船長も何も言わない。

もちろん、涼とアベルも。



「あれはペイユ軍人であっても意味不明な南征であった」

ポツリとモア・シュウ隊長が語る。


「意味不明?」

ラー・ウー船長が首を傾げながら問う。

その横で、涼とアベルが顔を見合わせるが……もちろん二人とも意味は分からない。


「誰がどう考えても、我がペイユがダーウェイに勝てる道理などない。力が違い過ぎる。だが王宮で決まり、その命令が軍に降りてきて南征が行われ……多くの将兵がダーウェイの地で散った」

「なんと……」


悔しさと悲しさがない交ぜになった表情のモア・シュウ隊長。

理解しがたい命令に驚くラー・ウー船長。


二人とも多くの部下に責任を持つ身だ。

だからこそ分かる。

無謀な命令で、部下を死地に送らねばならないその悔しさが。


もちろん上層部の決定というものは、下まで降りてこない多くの情報を考慮したうえで決定されるものだろう。

だから下の人間が「なぜこんな命令が下されるんだ!」そう叫んだとしても、どうにもならないことがほとんどだ。


だが、それでも……。


「降伏した者たちは、虐待(ぎゃくたい)されることなく速やかに本国に送り返されていた。その点、リュン親王の公正さには敬意を払う」

「……」

「戻ってきた者の中に(おい)がいてな。妻が可愛がっていた子で……その時の妻の顔が忘れられん」

「戦いは誰にとっても良いものではありません」


モア・シュウ隊長の言葉に、ラー・ウー船長が小さく首を振りながら言う。

まだ三十歳のラー・ウー船長であるが、実はそれなりの修羅場(しゅらば)をくぐってきている。


そうでなければ、三十歳で公船船長になどなれるわけがないのだ。



しばらく無言の時間が過ぎた後、モア・シュウ隊長が口を開いた。

「失礼した。まだダーウェイの公船が寄港した理由を聞いてませんでしたな。作戦内容は言えないでしょうが、我々に協力して欲しいことがあっての寄港だと思うが?」

「おっしゃる通りです」


ラー・ウー船長は一度言葉を切ってから、話を続けた。


「我々は、さらに北に進むつもりです」

あえて国名は伏せる。


「なるほど、北の国へ」

北の『国』と入れることで、モア・シュウ隊長も理解していることを言外に伝える。


この辺りをお互いに明言しないでおくほうが、後々情報が広がった際に周囲へのダメージは少なくなる。

「まさかチョオウチ帝国だとは思わなかった~」と強弁することができるからだ。


口に出す単語一つで、多くの命が救われることもある……。


「今、北の国境はきな臭い」

「きな臭い?」

モア・シュウ隊長の言葉に、眉をひそめるラー・ウー船長。


きな臭いというのは、嬉しくない言葉だ。


「北の国が、我が国との国境に兵を送ったという話が聞こえてきている」

「それは、このペイユ国と戦争になるということですか?」

「さて、それは分からん。一介の港町の防兵隊長ごときには、国の大事はなかなか流れてこぬさ」

ラー・ウー船長の確認に、自嘲気味(じちょうぎみ)に答えるモア・シュウ隊長。


確かにこのメイ・ヘイ港はペイユ国の港町であり、モア・シュウ隊長はその守備兵の隊長にすぎない。

だがそもそも、ペイユ国には港町と呼べるほどの街自体が少ない。

その中では、実はメイ・ヘイ港はもっとも大きいとさえ言われている。

これは、ペイユ国の実情、あるいはペイユ人たちの理由もある。


ペイユ人は騎馬の民である。


そう、本質的に海に出ない民族であり、その生涯を馬と共に過ごす者たちなのだ。

そのため、ペイユ国内における港町の地位は高くない。



「一つ助言するなら、ここから北の海には船を進めない方がいい」

「何? それはなぜです?」

「北から氷が流れてくるというのもあるが……一番厄介なのは、クラーケンの巣があるからだ」


モア・シュウ隊長の言葉にラー・ウー船長は驚く。


だが船長以上に驚いたのは、涼とアベルであった。

もちろん二人は無言のままだが、顔を見合わせ、同時に顔をしかめた。



そう、またしてもクラーケン! なのだ。



「理由は分からんが、ここ一年ほど、北のクラーケンがかなりの頻度で南下しているのが確認されている。それでも、北にクラーケンがいなくなったとは思えん。だから海から北に進むのはやめたほうがいい」

「ふむ」

モア・シュウ隊長の言葉に、ラー・ウー船長は横を向いた。


アベルがその視線を受けて口を開く。

「俺とリョウで、陸路を進む」

「ええ」

涼も頷く。


「北の国境付近はかなり厄介な地形が多い。馬は無理だ」

「元々馬で行こうとは思っていない。リョウが騎乗は苦手だからな」

「アンダルシアさえいれば……」

モア・シュウ隊長の言葉に、アベルが肩をすくめ、涼が無念な表情で答える。


本当に信頼できる愛馬こそ、旅のお供に最も必要なものであることを実感している……。


「国境までの地図はやる。それほど詳しくはないが、無いよりはましだし、見ればだいたい分かる。正直、海沿いの道は多くないからな。我が国は騎馬の国。内陸部の方が発達している」

「いいのですか? 地図を貰っても」

「構わん、どこの街にもあるものを渡すだけだ」


モア・シュウ隊長はそこで言葉を切った後、言葉を抑えて言った。


「北の国は我々から見ても不気味で、戦争になろうかという相手だ。敵の敵は味方という言葉からすれば、地図を渡すのは悪いことではあるまいよ」


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