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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
686/930

0642 シュンボウル沖

ダーウェイ公船第十船が、アティンジョ大公国の港町ホイアンを出航して十八日目の朝。


「今日、寄港(きこう)するんですよね。シュンボウルとかいう港町に」

「そうらしいな」

涼が問いアベルが答える。


二人とも、比較的朝から活動する方だ。


アベルは六時に目が覚める。

ナイトレイ王国国王となってから毎日六時に起床していたため、冒険者に戻った現在でも勝手に六時に目が覚める。


涼もだいたい六時過ぎには目が覚める。

ただ、気分が乗っている時には深夜まで起きていることがある……たとえば錬金術の本を読んだり、錬金術の研究をしたり……。

そんな時は次の日の朝、起きるのが遅くなるがそれでも六時半には起きる。


そして現在。

第一甲板上でアベルは剣を振り、涼は氷のテーブルを出して何やらいじくっている。


お互いにそんなことをしながらの、今日の確認だったわけだ。



「なあ、リョウ」

「なんですか、アベル」

「それ、けっこう長いこといじくっているやつだよな」


アベルが剣を振りながら、横目で涼の手元を見て指摘する。


「よく分かりましたね。この……十日くらいですか、いろいろ試しています」

涼は微笑みながらも、手元の氷の板に何かを書き続けている。

つまりそれは、錬金術的な何かの研究だ。


氷の板の先には、コップと同じくらいの大きさの、卓上扇風機(せんぷうき)……というより、手持ちの扇風機のようなものがある。

いろいろと魔法式をいじくって、その挙動の変化を試しているらしい。



「ずっと思ってたんだが……もしかして、例の1024の文字列とかいうやつか?」

アベルのその言葉に、さすがに驚いたように顔を上げる涼。

その表情は、明らかにびっくりしている。


「よく分かりましたね! あれ? 僕、言いましたっけ?」

「いや、言ってないが……やってるのを見て、なんとなくそう思った」

「アベル……実はアベルは、素晴らしい錬金術師の素質があるのかもしれません。王国に戻ったら、すぐにケネスに弟子入りしましょう!」

「何でだよ……」

「鉄は熱いうちに打てと言います。思い立ったが吉日とも言います。いける時にいくほうがいいです!」


なぜか錬金術への取り組みと、ケネスへの弟子入りを勧める涼。


だがアベルは肩をすくめて答えた。

「俺、魔法使えないんだが」

「あ……」


そう、一流の錬金術師は一流の魔法使いでもある……錬金術と魔法は、ある種の表裏一体(ひょうりいったい)

魔法が使えないと、錬金術師にはなれないらしい。


「だ、大丈夫です。信じれば道通ずと言います。世界初の、魔法が使えない錬金術師を目指しましょう」

「俺が錬金術にのめり込んでしまったら……書類の決裁は誰がしてくれるんだ? リョウが代わりにやってくれるか?」

「そ、そういうわけにはいきません」


突然降ってくる仕事に慌てる涼。

だが、いい方法がある。

アベルは錬金術の道に入る……それならば!


「アベル王身代(みが)わりゴーレムを作るのです!」

「……はい?」

「アベルの代わりに、書類に決裁をしてくれるゴーレムを作成して、そのゴーレムに仕事を任せれば大丈夫!」

「そいつは……ちゃんと書類の内容を判断して、決裁してくれるのか? なんでもかんでもサインするんじゃないか?」

「そこはアベルの腕しだいですね」


アベルの懸念に、なぜか自信に満ちた表情で言い切る涼。


「ちゃんとしたゴーレムを作れるかどうかは、アベル次第です」

「そんな……錬金術を始めて数週間とかで、ゴーレムを作れるのか?」

「それは無理です。錬金術の深淵(しんえん)(ふち)に立つくらいに習熟(しゅうじゅく)しないと……」

「じゃあ俺、間に合わないだろ」

「そ、そうかも……」


一流になるには、何事も時間がかかるものなのだ。


「アベル錬金術師計画は放棄(ほうき)します」

涼は残念そうに首を振るのであった。



「まあ、俺の錬金術はいいとして、その1024の文字列だ」

「そうでした」

「それを使えば、魔力が増幅されるんだよな」

「ええ、それは間違いありません」

「それを、リョウの錬金道具に使うという話か?」

「そこなんですよ問題は」


アベルの指摘に、首を少しだけ傾げる涼。



「使えるものは何でも使う……そういう考え方も確かにあるのですが、なんというか……よく分からないものを自分の魔法式の中に入れるのに抵抗があるのです」

「ああ……」

「便利なのは分かるんです。でも、やっぱり理解してから使いたいというのが正直なところです」

「だからいろいろ試しているのか」

「そういうことです」


涼が頷く。


涼の気持ちはアベルにも分かる。


便利だと言われるものを使った方がいい……確かにそうかもしれない。

だが使うにしても、理解して、納得してから使いたい。

なんでそうなるのか分からないけど、なんかいい……そういうのには、微妙に居心地(いごこち)の悪さを感じてしまう。



「当然のことでしょうけど、この文字列は、文字の並び……文字の順番を入れ替えると効果が無くなることが分かりました」

「まあ、文字『列』だもんな」


アベルは剣を振るのをやめ、テーブルの近くに来て涼が生成した氷の椅子に座った。


「多分これも、世界の(ことわり)に働きかける文字列なのは確かなんです」

「世界の理?」

「なんというか……そう、ほら中央諸国の魔法って、詠唱(えいしょう)するじゃないですか?」

「ああ、するな」

「あの詠唱は、世界の理に働きかけて、魔法を発動しているわけですよ」

「そうなのか?」

「ええ。トワイライトランドの真祖(しんそ)様が言ってました。真祖様、世界の理に働きかける『音の(つら)なり』を発見したわけですね。それが詠唱ということみたいです」

「すげーな」


涼の説明に、素直に真祖を称賛するアベル。


どんな『音の連なり』でもいいというわけではない。

どれほどの組み合わせがあるのか……無数の組み合わせのある『音の連なり』の中から、世界の理に働きかけ魔法を生成するものを発見した……。


それが詠唱。


確かに、凄すぎる。



錬金術に使われる魔法式は、その『文字の連なり』版だ。

世界の理に働きかける文字の連なり。


これもまた、簡単なものではない。


日本生まれの涼的には、音の連なりが『祝詞(のりと)』、文字の連なりが『お(ふだ)』みたいなものだと、以前から勝手に認識していた。

その認識はそれほど大きく外れてはいなさそうだと、最近は確信している。



「まあ、そういう文字の順番も含めて、いろいろ試しています」

「試すのも大変じゃないか?」

「もちろん大変ですよ。でもそれが実験であり研究です」

涼が重々しく頷く。

だがアベルは気付いていた。涼の頬がヒクヒクしていることに。


「大変だが(うれ)しいんだな」

「う、嬉しいのは確かですけど、大変なんですよ? だからアベルには、僕をいたわって欲しいですね」

「いたわる? 具体的にどうするんだ?」

「アベルの分のお肉をくれたり、デザートをくれたりするのが一番いいと思うんです」

「うん、嫌だ」

「そんなにはっきりと……」


他の人の食べ物を奪うのは簡単ではない。




船が進みシュンボウルの港町に近付くにしたがって、かなり島が増えてきた。

「島が多いな」

「これだけ島が多いと、いきなり海賊船が現れる、みたいなことがあり得ます!」

アベルの言葉に、涼が反応する。


さすがの涼も……海賊に襲撃される体験をちょっとしてみたいと思っている涼であっても、ここで襲撃されるのは望んでいない。

だから顔をしかめている。


二人が船首でそんなことを話していると、ラー・ウー船長が近づいてきた。

「おっしゃる通り、この辺りは海賊もどきが幅を利かせている海域です」

笑いながら言う。


二人の会話が聞こえていたようだ。


「海賊もどき?」

涼が首をかしげる。


「標的の船の周りを囲うのです……実際に標的の船に乗り込むことまではほとんどないのですが、脅す感じですね。通行料を取るわけです。もちろん、ダーウェイの法には反していますので、海賊もどきと言われます」

ラー・ウー船長が答える。

その言い方からして、かなり詳しいようだ。


涼にはピンときた。

「もしかして、この第十船の食料補給って、その人たちから?」

「はい。金さえ払えば誰にでも売ってくれます。海賊もどきとは言っても海の民たちなので、信義(しんぎ)にもとることもしません。実際彼らは、シュンボウルに住む漁師たちだったりします」


法から外れた者たち……いわゆるアウトローと呼ばれる者たちは、一見怖く見える。

実際、彼らの流儀(りゅうぎ)を知らない者たちには怖い対応をされることもままある。


だが、『海に生きる者』という(きずな)のあるもの同士であれば……。



船首に立つ涼とアベルの横でラー・ウー船長が、何度も遠眼鏡(とおめがね)を見ている。

島のある海域に近付いた先ほどに比べると、かなり首をかしげることが多くなった。


そして、ついにマストに向かって叫んだ。

「監視! 漁船は見えるか?」


マストの中腹には監視員が上がり、周囲を警戒できる檣楼(しょうろう)がある。

檣楼は、マストをぐるりと巡り360度移動できるようになっている……。


しばらくしてから、檣楼の監視員が叫び返した。


「船長、漁船は一隻もいません!」



その答えを聞いてすぐ、ラー・ウー船長が怒鳴(どな)った。

操舵手(そうだしゅ)! 面舵一杯(おもかじいっぱい)!」

「アイサー! おぉぉもかぁぁじ!」

ラー・ウー船長の命令に操舵手が答え、舵が右に切られる。


さらにラー・ウー船長は、近くの伝声管に叫ぶ。

「機関最大! 最高速でこの海域を離脱する!」

「機関室了解!」

ラー・ウー船長の命令に、機関室から応答がある。


おそらくは、スージェー王国海軍のローンダーク号の『風吹機関』ように、錬金術的な航海用の道具が設置されているのだろう。

明らかに速度が上がった。



そんな命令を、驚いた顔で見る二人。

いつもは、どちらかと言えば穏やか、あるいは飄々(ひょうひょう)とした感じのラー・ウー船長が、海の男とも言える荒々しさを垣間見せながら次々に命令を出していったからだ。


だが実はそれが当たり前。

ここは船の上。

船長の一つのミスが、船員全ての命を危機にさらしてしまう。



「ああ、すいません、驚かせてしまいましたか」

ラー・ウー船長がようやく、驚いている二人を見て苦笑した。


「離脱すると言ったか?」

「ええ。この状況は普通じゃありません」


アベルの確認に、ラー・ウー船長が頷いた後、説明を続けた。


「シュンボウル沖合のこの辺りは、嵐でもない限りは必ず漁船が数十隻浮いています。もちろん漁をしているのですが、同時に監視も兼ねているのです」

「さっき言ってた、海賊もどきの?」

「そうです。これだけの晴天で、漁船が一隻もいないというのは普通ではありません」


確かに空には、雲一つない青空が広がっている。


「もしかしたら先手を打たれたか?」

アベルが呟いた時、マストの監視員が叫んだ。

「正面島の裏から船影!」


さらに別の監視員が叫ぶ。

「シュンボウルの港からも船が出てきます!」



ラー・ウー船長が遠眼鏡を見ながら叫ぶ。

「船種は?」

「まだ分かりませんが、けっこう大きいです!」

「不明ですが、軍艦と思われます!」


ラー・ウー船長が伝声管に怒鳴った。

「『公船魔法障壁』展開! 左舷砲門開け! 砲撃戦用意!」


次の瞬間、第十船を包み込むように<魔法障壁>が展開された。

さらに、左舷の船腹から何やらパカパカという音が聞こえてくる。


気になった涼とアベルは、第一甲板から身を乗り出して第十船の左側船腹を見た。

何やら、小窓が開いている。

十数カ所の(ふた)がぱかっと開いているのだ。


そこから、木製の何かが突き出している。

そう、最初は『何か』だったのだがよく見ると記憶にあるもの。


「あれって、ルヤオ隊長たちが最初に使っていたやつじゃ……」

「ああ、魔法砲撃隊が緑荘平野で組み立てて使っていたやつだな」


見た記憶があるのは当然だ。


「アベル……我がナイトレイ王国の船って、接舷(せつげん)戦が中心ですよね?」

「そうだぞリョウ……スージェー王国など多島海地域もそうだったろう?」

「いちおう大陸南部のアティンジョ大公国のゴーウォー船とかいうのは、魔法砲撃がありましたけど……」

「魔法使いが放っていたんだよな。それに比べると……」

「ダーウェイは、本当に()()()が展開されそうですよね」


アベルも涼も、船腹からいくつも突き出した錬金道具の意味は分かる。

これから起きるであろう展開も、なんとなく分かる。



「ルヤオ隊長らが、最初『魔法砲撃隊』と言っていたが……それは艦隊戦にも活かされているということか」

「さすが超大国。錬金術の進歩も、周辺国家よりも先を行っています」


科学技術の発達は、まず初めに軍事面において顕著(けんちょ)になる……それは多くの時代、多くの地域で見られる現象だ。

それは、この『ファイ』においてもそうだということなのだろう。



「艦種特定! 高速砲撃艦ベイファンヘイ型、六隻!」

「港から出てきたのも、同じくベイファンヘイ型、十六隻!」


監視員がマストから叫ぶ。


「先手を打たれていたか」

ラー・ウー船長が顔をしかめて呟く。


「船長?」

アベルが問う。


「ええ、我々が補給をするなら、このシュンボウルの港町しかないと読まれていたようです。恐らく町はコウリ親王陣営の誰かに占領されているでしょう」

「出てきた船は、ダーウェイ艦隊か?」

「はい。それも帝都ハンリンの正規軍にのみ配置されている足の速い船です。しかも魔法砲撃も強力。先に、ハンリンから回しておいたのでしょう。仕方のないこととはいえ、この第十船とお二人が北に向かうというのは、皇宮に読まれていたのかもしれません」

「さすがコウリ親王というところですね」


アベルが確認し、ラー・ウー船長が敵の厄介さを述べ、涼がコウリ親王は油断できない相手だと再認識する。


そんな会話を交わしている間に、第一甲板上にも人が整列した。

三脚のようなもので、甲板上に何かを飛ばす錬金道具のようなものが設置されていく。

魔法砲撃を行うものではないようだ。

機関銃……に見えなくもないが、仰角(ぎょうかく)、つまり上方に向かって撃つような形をしている……。



「敵は二十二隻か。大丈夫か?」

「ああ、それは大丈夫です」

アベルの心配そうな問いに、ニヤリと笑って答えるラー・ウー船長。


「この船は仮にも『公船』です。異国から王族を移送することもあれば、ダーウェイの皇族方を乗せることもあります。当然それは、ダーウェイで最も沈みにくい船ということでもありますから」

ラー・ウー船長がそう言い切った時、報告が行われた。


「左舷砲撃、甲板迎撃準備、整いました」

報告したのは、公船戦闘指揮官リンシン。

ショートの黒髪の女性で、普段はとてもほんわかとした柔らかな印象なのだが今は違う。


一本芯が通ったような、この人になら任せても大丈夫、そう感じさせる。


「了解。リンシンまだ撃つなよ。こちらからは絶対に手を出すな」

「アイサー!」



迎撃用の魔法道具の準備など、ほんの少し前までは慌ただしい雰囲気を感じさせていた第一甲板上であったが、今では逆に落ち着いているように見える。


「戦闘前だというのに落ち着いているように見えます」

「ああ、俺にもそう見える」

涼がアベルの隣で(ささや)き、アベルも同じくらい小さな声で答えて頷く。


「全ての準備が整ったということなんだろう」

「なるほど」

準備するまで慌ただしいのは何においても当然だ。


号令がかかって一分や二分で、全員が持ち場まで移動する。

そして対応の準備を整えるのだ……場合によっては着替えたりもある。

それは慌ただしいだろう。


だが準備が整えばこの通り。

この後、戦闘になるかもしれないのにだ。

それこそが、訓練に訓練を重ねてきたその証。


「今回は見ているだけで良さそうです」

「レインシューターの時とは違うな」


涼とアベルが思い浮かべたのは、コマキュタ藩王国から脱出してスージェー王国に戻る際、レインシューター号が襲撃された時のことだ。

あの時、涼がレインシューター号を覆う氷の壁を張り、反撃として<アイシクルランスシャワー“扇”>を放って、アティンジョ大公国のゴーウォー船五隻を沈めた。


あの時のレインシューター号は、敵国たるコマキュタ藩王国に単騎乗り込むため、兵装は全くないも同然であった。

恐らく、護国卿カブイ・ソマルとしても、国境まで移動させたスージェー王国海軍と合流すれば問題ないと計算していたはずだ。


その計算すら上回って行く手を阻もうとしたアティンジョ大公国。


もっとも、涼が手を貸さなかったとしても、レインシューター号は多少傷つきながらも突破できたのであろうが……レインシューター号を傷つけたくなかった涼が介入した。



今回はそれとは違う。



具体的にどう違うのかはまだ分からないし、相手は二十隻を超える軍艦なのだが……それでも大丈夫な気がする。


そして、砲撃戦が始まった。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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