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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0637 アティンジョ大公国

ズルーマ団長代行率いるアティンジョ大公国外交団と共に、大公国首都カムフォーに向かう涼とアベル。

その後ろには、当然のように<台車>に()った氷のオブジェがついてくる。

プライバシーを考慮し、氷のオブジェは中に何が入っているかは見えないようになっている。



だが、涼の表情は硬い。



しかしアベルは全く心配していない。

その理由は明白だからだ。


「やっぱりリョウは、騎乗が苦手だな」

「アンダルシアならこんなことはないのに!」


そう、馬での移動のため、涼の表情は硬いのだ。


これが愛馬アンダルシアであれば、完全な信頼の下、全てを(ゆだ)ねて穏やかな気持ちで乗れるため涼の表情も明るいのだろうが……当然、アンダルシアは帝都ハンリンの輪舞邸にいる。

帝都から自治都市クベバサまで船で来て、帰りもそのまま船で帰る予定だったのだ……アンダルシアも、アベルのフェイワンも、出る幕は無いために輪舞邸でお留守番は当然だろう。


当然なのだが……。


「アンダルシアさえいれば」

(あきら)めろ」

涼の悔しそうな表情に、いつもと何ら変わらない表情で答えるアベル。


アベルの手綱(たづな)さばきは、何の問題もなさそうだ。


「違いを見せつけられています」

「小さい頃からの訓練の成果だ」


そう、アベルは現役の国王陛下。

常に国内外からの視線にさらされる身。

美しく騎乗するのも仕事の一環なのだ。

そのために、小さい頃から訓練を繰り返してきたわけで。



とはいえ、アベルは内心安堵(あんど)していた。

少なくとも表面上は、涼の調子が戻ったから。


もちろん心の奥底では、ヘルブ公の件を気にしているかもしれない。


今はそれでいいとも思っている。

何事も、焦っては良い結果は生まれない。


ゆっくりと適応していけばいい。



アティンジョ大公国外交団の中での二人の扱いは、非常に丁寧なものとなっていた。

それは、ヘルブ公自身が自分にもしものことがあったらこの二人に託すと伝えていたということを、ズルーマ外務事務次官が全員の前で伝えたことによる。


「アベルは、ズルーマさんの首を斬り落としたこともあるのに」

「……なぜ、今さらそれを持ちだす?」

涼が小さく首を振りながら言い、アベルが顔をしかめながら答える。



それは二人が大使館を襲撃した際のことだ。


ヘルブ公によって、胸に星形の魔法陣を刻まれたズルーマは、とても人間とは思えない力を手に入れた。

そんなズルーマとアベルは一騎打ちを演じた。


ちなみにその間、涼とヘルブ公は会話を楽しんだ。

いや、多少の戦闘はあった気がするが……気のせいかもしれない。


最終的にアベルがズルーマの首を斬り飛ばし、心臓を貫き……両手両足も斬り飛ばした。


しかし本当に恐ろしかったのはその後だ。


翌日、二人はズルーマに再び怒鳴(どな)られた。

そう前日、首を斬り飛ばし、心臓を貫き、両手両足を斬り飛ばしたズルーマに……。


聞けば、ヘルブ公が『施術』したらしい。

首には、糸で縫った跡がうっすらと残っていた……。



そのズルーマが団長代行として率いている。



「僕がズルーマさんだったら、真っ先にアベルを八つ裂きにします」

「リョウが助けてくれるんだろう?」

「残念ですが、ヘルブ公の氷漬けを先方に届けるのを優先するので、アベルは自力で……」

「おい……」


物事の優先順位は、人によって違うらしい。


「アベルにはいつも感謝しています。本当ですよ? でもそれはそれ、これはこれです」

「八つ裂きになりそうな時に助けないでいつ助けるんだよ」

「決まっています。アベルがご飯を注文し過ぎて食べきれなくなった時に、僕が一緒に食べて助けてあげますから」

「何だろう、絶対に起きなさそうな状況だよな」

「何でですか? アベルの食べ過ぎはよくあるじゃないですか」

「そういう場合、リョウもすでに食べ過ぎな状態に陥っているだろう?」

「言われてみれば……」



アティンジョ大公国外交団の歩みはゆっくりだ。

それは何台かの馬車があるから。


その一つ、最も豪華な造りの馬車は、大公専用らしいのだが……現在は氷漬けになったアティンジョ大公が載っている。

ズルーマが涼に頼み、氷漬けにしてもらったのだ。

腐敗しては困るから。


そんな外交団であるために、当然雰囲気は明るくない。


二人の会話も、実は小声である。


それでも一緒に行かないという選択肢はないわけで。

「仕方ないな」

「世の中、ままならないものです」

アベルも涼も大人であった。



二日後、涼とアベルが含まれたアティンジョ大公国外交団は、首都カムフォーに到着した。

一行はそのまま王宮に入る。


ズルーマと涼とアベルは、氷漬けになったヘルブ公と共に、謁見の間に通される。


三人が入るとすぐに、一人の若い青年が近づいてきた。

「ズルーマ」

「殿下……」


ズルーマがそこまで口にして、言葉を失ってうなだれる。


「よい、報告は受けている」

青年は一度軽く目をつむり、見開いてから涼とアベルを見た。


「ナイトレイ王国のリョウ殿とアベル殿とお見受けする。私は、アティンジョ大公国公子バッシュです」

「殿下、お初にお目にかかります。ナイトレイ王国筆頭公爵の地位を(たまわ)っております、ロンド公爵リョウ・ミハラです」

「護衛のアベルです」


大公位継承者公子バッシュが挨拶し、涼がロンド公爵の身分を明かし、アベルは護衛のアベルで通すらしい。


「ロンド公爵? そう、そうでした、今回の会議に相談役として招待状を送ったという記録を読みました。現在は、ダーウェイにご滞在とか」

「はい殿下、おっしゃる通りです」

「そうですか、公爵閣下が叔父上を……」

バッシュはそう言うと、氷のオブジェを見た。


「中が見えるようにします」

涼はあえてそう言ってから、氷の透過率を変えた。


それによって、氷漬けになったヘルブ公が露になる。


「叔父上……」

バッシュはそう呟くと近付いていき、オブジェに触れる。


「私の力及ばず……」

涼が頭を下げながら言う。


「いえ! ズルーマの報告書を読みました。叔父上はそもそも、自分を殺して暴走を止めて欲しいと言っていたとか。ですが公爵閣下は、叔父上の命を取らずに止めてくださいました。それだけでも……我が大公国にとって、多大な恩恵を与えてくださったと思います」


おそらくは成人したばかりの青年が、氷漬けになった叔父を前にこれほど立派な言葉を口にできることに涼は素直に感心していた。


頭では理解していても、心が受け入れを拒否することはある。

特に、ショッキングな光景であればそれが顕著(けんちょ)に出る。

たとえば親族の氷漬けなど、その最たる例であろう。


だが、目の前のバッシュ公子は気丈(きじょう)に振る舞っている。


彼も大公家の一員なのだ。

小さい頃から多くの面において鍛えられてきた……好むと好まざるとにかかわらず。



「公爵閣下」

「はい、殿下」

「ぶしつけなお願いが一つございます」

「何でしょう?」

「この後、大公の葬儀と私の新大公への即位式典が行われます。全体で十日ほどの日程になるのですが、そちらにご臨席いただけないでしょうか?」

「え……」


涼は驚いた。


考えてみれば、大公が亡くなれば葬儀が行われるであろうし、新たに大公に即位する式典が行われるであろうことも想像がつく。

だが、涼はそこに呼ばれるとは思っていなかったのだ。


まず涼は、アティンジョ大公国とは何の関係もない人物である。

それどころか、非公式とはいえクベバサのアティンジョ大公国大使館を襲撃した人物である……表には出てこない情報ではあろうが、為政者(いせいしゃ)の周辺は当然知っている情報であろう。

さらに、大公弟を氷漬けにした人物でもあるのだ。

助けを求められたとはいえ。


迫害したりはしないまでも、式典への参加を求められるとは思っていなかった。


それに、普通、国主の即位式などというものは、国内外に告知され数か月後に周辺国からの代表も出席したうえで行われるものだ。

なぜならそれは、国内向けだけでなく、国外向けの式典という側面も持っているから。


だが、新大公となる目の前の人物は、すぐに大公即位式を行うらしい。



「もちろん、私が出席させていただければそれは光栄なことですが、それほど早く即位式をされるので?」

「はい。実は父……アティンジョ大公はクベバサに向かう前に言っておりました。自分にもしものことがあったら、すぐに大公に即位しろと。詳しくは説明しませんでしたがただ一言、『蠢動(しゅんどう)を許すな』と」

「蠢動……」


バッシュ公子の言葉に、小さく首をかしげる涼。

蠢動を許すなの正確な意味は分からない。

だが、アティンジョ大公国はゲギッシュ・ルー連邦を支配下に置き、自治都市クベバサも支配下に置いた。


しかも、ごく最近。

しかも、準軍事的手段で。


このタイミングで力のあった大公が亡くなり、大公国の隠然(いんぜん)たる力の象徴でもあった大公弟ヘルブ公も姿を消したと分かれば……確かに(うごめ)きだす者も出てくるかもしれない。



「幸い、親衛隊を中心とした国軍は私の即位を後押ししてくれています。ですので、できるだけ早く権力の移譲を行い、確たる体制を築きたいのです」

「なるほど」


バッシュ公子の言葉に、深く頷く涼。


アティンジョ大公の死亡が伝わり、外交団が戻ってくるまでの間に、バッシュ公子を含めた多くがすでに動いていたのだ。


見せる隙はできるだけ小さく、できるだけ短く。


相手の元に情報が届く前に動く。

それは、素早く権力を握る基本。



それから十日間、涼とアベルはアティンジョ大公国王宮別邸に滞在した。


まさに、賓客(ひんきゃく)として下にも置かないもてなしを受けた。


何事もなく葬儀、即位式が続けて行われ、バッシュは新たなアティンジョ大公に即位した。



「ロンド公爵閣下、ありがとうございました」

「いえ、陛下、私にできる事はこれくらいですので」

バッシュ新大公が感謝し、涼も答える。


「叔父上……ヘルブ公は、このまま保管させていただきます」

「いつの日か……必ず解放を」

涼はできない約束はしない。

だからここで断言はしない。


だが心の中で固く誓った。

幻王を倒し、ヘルブ公を解き放つことができるようにすると。



そうして涼とアベルは王宮を送りだされた。

アティンジョ大公国内の港町ホイアンまで、馬で向かうのだ。


もちろん、バッシュ新大公は馬車を出すと言ってくれたのだが……東方諸国の馬車は、お世辞(せじ)にも乗り心地がいいとは言えない。

涼は丁重(ていちょう)に断り、ゆっくり大公国内を見学しながらホイアンに向かうと伝え、こうして送りだされた。



「とりあえずお仕事は終わりました」

「全て完璧にとはいかんが、今やれることは全部やれたんじゃないか?」

「ええ、そうだと思います」


そんな会話を交わしていた二人の前に、一人の人物が姿を現した。


いや、人物と言っていいのか……。

だが少なくとも、このアティンジョ大公国首都カムフォーにいるはずのない……。


全長150センチ。

体は全て氷、青色。

人間ではない……。


そして首に、黄色いスカーフを巻いている……。


「え? 友好の証二号君?」


そうそれは、涼が制作しルヤオ隊長に預けてあるはずのゴーレム、友好の証二号君であった。


ここに、友好の証二号君が現れる意味とはいったい……。

明日公開「0638 驚愕」にて明らかに!

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