表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
676/930

0632 東方諸国合同会議

聞いた瞬間、飛び出していく涼。

それを追うアベル。


涼は会議室のある三階から一階に、一気に階段を飛びおりる。


「マジか!」

アベルは叫びながらも、自分も後を追う。


一階に叩きつけられる瞬間、左腕にはめた飛翔環が淡い光を放ち、地面に向かって風が噴射された。

もちろんノーダメージではないが、着地した瞬間一回転し、直線運動エネルギーを回転運動エネルギーにして逃がす。


それによってアベルも、ほとんど涼から離れることなく正面玄関から外に飛び出した。



そこにあったのは、凄惨(せいさん)な光景。



地面に転がる数百はあるであろう死体。


一台の馬車の周りには呪符が浮き、その馬車を守っているかのようだ。

馬車の前には、一人の男性が立っている。


薄い紫色の礼服は、大公弟としての正装。

長い黒髪はきっちりと結い上げ、淡い紫の輝きを放つ小さな冠で留めている。


いつもなら優男と言ってもいい顔貌だが、今は違う。


冷。


漢字一文字で表すなら、『冷』の字が最もふさわしい。

何の感情も面に浮かべず、全て想定通り、だが不愉快(ふゆかい)……そう言外に言っているかのような。



その光景を見れば誰でも分かる。



アティンジョ大公が襲撃の標的であり、だがそれは完全に防がれた。

防いだのは、この紫の男だと。


当然だ。

彼は南方呪法使い教会十師の一人……それは最強の呪法使いと同義。

誰よりも敬愛する兄、アティンジョ大公を守る最強の盾。



「ヘルブ公……」


思わずアベルの口から漏れたその声が、止まった時を動かしたかのようであった。



「ああ、アベル殿、リョウ殿。心配をおかけしましたかな」

声も表情もいつも通りのヘルブ公に戻っていた。


「そうですよね。襲撃を想定していたのだから、最高の手札(てふだ)を襲撃地点に置いておきますよね」

涼が小さくため息をついて言う。


「いや、まさかこんなことが起きるとは思いませんでした。思わず全力で反撃してしまいましたが……仕方ないですね。どうせ、大公に弓を引いたのです、極刑以外ありえませんし」

ヘルブ公はいっそ清々(すがすが)しく言い切った。


恐らく彼にとっては、この襲撃など些事(さじ)なのだ。


反乱分子がいろいろいるから、この際まとめて一網打尽(いちもうだじん)にしてしまおう。

その程度。



ヘルブ公は軽く身だしなみを整えてから、馬車の扉を開けて中の人物に言った。

「兄上、全て整いました」


そして扉を完全に開ける。


ゆっくりと馬車から降りてくる一人の男。

かつては黒かったであろう髪は完全に白髪となり、しかし丁寧に頭の上に結い上げて、小さな金色の冠で留めてある。

肌の(つや)もなく、一見重病人ではないかと思えてしまう。


だが、その眼光は鋭い。

強烈な意思の力は、抑えようとしても抑えきれないのであろう。


紺色の大公の正装に、白髪がやけに目立つのだが、いちど顔を見ればそれら全てを忘れてしまうほどの眼光。


それが、アティンジョ大公であった。




アティンジョ大公とヘルブ公が正面玄関から最高評議会に入っていくのを見守る二人。


「何かの資料でありましたよね、大公とヘルブ公って、十五歳違いって」

「ああ。それにしてはアティンジョ大公は老けて見える、か?」

「ええ。七十歳くらいに見えます」

「だが眼光は鋭い」

「そうなんですよ。他がそんなんだから余計に目立ちますね」


二人ともなんとなくは理解している。

幻王とかの乗っ取りに日々抵抗しているから、老けて見えるのではないかと。



アティンジョ大公とヘルブ公が建物の中に入ったのを確認してから、涼とアベルも玄関をくぐる。


「それにしても、ヘルブ公は容赦(ようしゃ)がないですね。表、何百人死んだのですか」

「まあ、そのために泳がせていたんだろうしな。襲撃させて、まとめて返り討ちにする。ここで手心(てごころ)を加えるヘルブ公じゃないだろう」

「そうなんですけど……。テロは何も生みませんけど、返り討ちにあっても何も生みません」


涼はそう言うと小さく首を振る。

アベルは肩をすくめるだけで何も言わなかった。

テロという言葉が、よく意味が分からなかったので。



「会議、ちゃんと進むといいんですけどね」

「藪から棒になんだ?」

涼が(ささや)くように言い、アベルが首をかしげて問う。


「僕の故郷には、『会議は踊る、されど進まず』という有名な言葉があります」

「何だそれは? なんで会議が踊るんだ?」

「いえ、昼間はちゃんと会議をするんですよ? でも何も決まらずに……そして夜になると舞踏会(ぶとうかい)が開かれるのです。そこではみんな楽しそうに踊るのですよ」

「何でそんなことに……」


それはナポレオン戦争後の、ウィーン会議の様子を皮肉った言葉である。

この会議には、ヨーロッパ中の主要な君主や統治者が参加したが……まあ、いろいろあってなかなか会議が進まなかった。

主宰(しゅさい)したオーストリア宰相(さいしょう)メッテルニヒの考えもあって、あえて引き延ばされた側面が強いのだが……。


「その会議は、数十カ国の君主たちが集まったのですが、条約の締結まで九カ月ほどかかりました。もし、今回のもそうなると……」

「そんなに長い間、国元を空けられんだろう」

アベルは顔をしかめている。


涼はそれを見て思った。

アベルは長く王国を空けていますと……思ったのだが、さすがにそれは口に出すのは控えた。

誰も離れたくて国を離れたのではないからだ。


全ては魔人が悪い。


「まあ、俺も長く王国を空けているがな」

「自分で言っちゃうんですか……」

アベルが自分で言い、涼はため息をついた。


「あえて言わないようにしていたのに」

「うちは空けても大丈夫だ。優秀な家臣たちがいるから」

「まあ、それは否定しません」


自分がいない間を、安心して任せておける人がいるというのは、実はかなり(まれ)な状況だ。



「そう言えばさっきの円卓ですけど、ボルは無かったですね」

「ボル……聞いた覚えが……ああ、『幽霊船ルリ』に襲われた船が所属していた国か。ローンダーク号のゴリック艦長とかが言っていたか。諸島国家だろ?」

「それです。さすがに遠すぎるってことでしょうか」

「多分そういう事だろうな。そもそも、小さすぎる国は呼ばれていないんじゃないか? 大陸の国でも小さい国はあるだろうが、だいたい俺たちが聞いたことのある国だけだったろう」

「ああ確かに。多島海地域から呼ばれて来ているのも、大国として知られているらしいコマキュタ藩王国とスージェー王国だけですね」


対抗する性質上、ある程度の国力を持つ国にだけ声をかけたのだろう。

実際、小国は声をかけられても困るであろうし。


「決して差別ではないのです」

「いや、当たり前だろ?」

「発生する義務を考えたら、誘われるだけでも困るのです。この会議に出席するだけでもお金がかかります。それは全て、国民の皆様が払ってくださる税金でまかなわれるのです」

「小国にとっては馬鹿にできない出費かもな」

「どこかの二人組のように、ダーウェイの船に三食昼寝付きで乗せてもらって、お金も払わずにやってくるのとはわけが違います」

「自分で言ってるそのセリフ、どういう気持ちで言っているのかに俺は興味がある」


涼もアベルも、無料どころかご飯までいただいている……。



そんな二人が会議室に戻ると、四つの席以外はすべて埋まっていた。


涼とアベルのナイトレイ王国の席二つ。

アティンジョ大公とヘルブ公のアティンジョ大公国の席二つ。


涼とアベルが座ると、スージェー王国のイリアジャ女王と目が合った。

涼が軽く頭を下げる。

イリアジャ女王はにっこりと微笑む。



そうして、ようやく主催国の二人が入ってきた。

アティンジョ大公とヘルブ公が、円卓の最後に空いた二席に着き、ついに会議が始まるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ