0631 円卓
そして二日後。会議当日。
涼とアベルは、用意された馬車に乗って会場に向かっていた。
先だって、各国の外務官吏たちによって事前交渉が行われており、基本的な合意は結ばれるであろうと言われている。
「僕らは偉そうに座っておけばいいのです」
涼の言葉に、胡乱げな視線を向けるアベル。
「何ですかアベル」
「いや……リョウから溢れる適当な感じが……なんというか……」
「失敬な! 今のは、官吏たちの仕事を信頼しているからこその言葉です」
涼がいっそ堂々と言い切る。
「まあ、そもそも俺らは、相談役だからな」
「主役は東方諸国です」
アベルが肩をすくめ、涼も頷く。
そう、二人は相談役、アドバイザー。
そのため署名もしない。
本当に、座っているだけ。
とはいえ正式に、主催国であるアティンジョ大公国から招待された立場である。
その際の涼の肩書は『ナイトレイ王国 筆頭公爵』となっていた。
つまりアティンジョ大公国は、涼=ロンド公爵ということを掴んでいるのだ。
「ダーウェイ皇宮内にも間諜を放っているに違いありません」
「まあ、チョオウチ帝国がどうこう言うんだから、当然各国に対して情報収集は行っているだろう」
涼の言葉に、アベルが当然という顔をして頷く。
「南下してくれば、最初に……というより抵抗の最終線ともなるのがダーウェイだろう。はっきり言って、ダーウェイで止められなければ他の国も滅ぶことになる」
「大変な役割です」
二人の乗った馬車が到着したのは、行政島にある大理石のような白系統の石造三階建て、見る者を圧倒する建物だ。
隣にある黒っぽい石造三階建ての自由議会との対比が美しい。
「元の最高評議会であるとは聞いていましたけど、やっぱり存在感ありますよね」
「白い最高評議会と黒い自由議会……。今ではどちらも使われていないんだよな」
最高評議会は閉鎖、自由議会は永久解散。
自治政府こそ置かれているが、『自由都市』であった時代の面影は無い。
少なくとも政治面では無い。
「それでも、市民たちの生活は悪くないし商業活動も活発だ」
「基本的に、物理面での豊かな生活を享受できていれば、民衆はおとなしいのです」
アベルの言葉に涼が頷きながら言う。
いつの時代も、革命や反乱が起きるのは民の生活が困窮した場合なのだ。
「我がナイトレイ王国は大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫だろ。農業大国だからな」
民の生活が困窮するかどうかのカギは二つ。
エネルギーと食料。
これはいつの時代も、どんな世界においても変わらない、歴史と政治の真理だろう。
アベルはそんな知識など知らないはずなのだが、さすがは現役の為政者。
国王経験者として、国家統治の本質を理解しているようだ。
「悪い国王が税金を上げ過ぎると反乱が起きます」
それは結局、食料、エネルギーを含めた多くの品物の高騰を招く。
「俺は悪い国王じゃないから、王国は大丈夫だ」
「なんという自信……」
「俺が失敗しそうになったら、ハインライン侯が止めてくれる」
「宰相閣下頼りですか! もしハインライン侯が人としての道を誤ってしまったらどうするんですか」
「その時は、筆頭公爵のリョウがなんとかしてくれ」
「えぇ……」
アベルが事も無げに言い、涼がそれは無理という顔で小さく首を振る。
ナイトレイ王国宰相アレクシス・ハインライン侯爵は、極めて優秀な人物だ。
行政のトップとしては言うに及ばず、諜報に関しても中央諸国随一と言われ、武においてもかつての王国騎士団長である。
現在においても、ハインライン侯爵領騎士団は精鋭として知られ、領主代理として侯爵領を取り仕切っている息子のフェルプス・A・ハインラインは、現役のB級冒険者でもある。
はっきり言って、あまりにも巨大な家臣。
普通、国王であれば、これほど巨大な家臣の力は削ごうとするものだ。
もしもの時に、反乱を起こされれば大変なことになるから。
だがこの王様は……。
「ハインライン侯が国王の地位を渡せと言えばくれてやるさ」
「大胆なのかおバカなのか……」
「民が幸せになればそれでいい」
アベルが言う言葉に嘘はない。
もっとも、涼は知っている。
ハインライン侯がアベルを裏切ることはないということを。
王国貴族たちの中で、アベルを国王として最も高く評価している者の一人がハインライン侯であるということを。
なぜなら、それは涼も同じだから。
「こんなちゃらんぽらんな感じではありますが、民のための政治を行おうとしているのは本当なんですよね」
「……馬鹿にしているのか?」
「いいえ、褒めているんです」
涼たちの前に、既にリュン親王とシオ・フェン公主は最高評議会に到着していたのだが、入り口を入ってすぐのところで立ち話をしていた。
相手は……。
「あれ? あの人……」
「ボスンター国ミファソシの代官、スー・クー殿だったか。彼女がボスンター国の代表か」
「ですです。シオ・フェン公主もミーファも嬉しそうです」
二人とも笑顔で話している。
それを横で微笑みながら見守るリュン親王。
スー・クーは、ボスンター第二の規模を誇るミファソシの代官であり、どうも王室にもつながる女性でありながら若い頃は冒険者としても活躍したらしく、その頃に稼いだお金を元手に現在では商売もしており、巨大な牧場を持っているらしい。
しかも強力な魔法使いでもある!
「僕らの知り合いって、いろんな方面で活躍する人が多いですよね」
涼が話している三人を見ながら言っていたからだろう。
アベルにも、スー・クーを中心とした人物のことを言っているのが理解できたようだ。
だが事も無げに言う。
「当たり前のことだろう? 何事にも真摯に取り組み、自分の頭できちんと考え、責任をもって判断し行動に移す。それはどんな分野に関わろうとも変わるもんじゃない。それができるやつってのは、何をやってもちゃんとした結果を出すさ。もちろん、全てにおいて一流以上の結果を出すのは難しいだろうが……ハインライン侯みたいにはな」
アベルは笑いながら言ったが、涼の自分を見る目が大きく見開いて驚いているのを見つけた。
「何だ?」
「いえ、アベルがすごくまともなことを言ったので驚いているのです」
「俺はいつもまともなことを言うだろう?」
「……その一言で台無しです」
「なんでだよ!」
二人が案内されたのは、巨大な部屋であった。
窓一つない巨大な会議室。
なぜ会議室と言えるのか?
それは、部屋の中央に、これも巨大と言っていい円卓があるからだ。
「でかい円卓だな……」
「一つの国で二人ずつ座るようです」
アベルが円卓の大きさに驚き、涼が椅子の配置から推測する。
もちろん、その後ろにも何脚かの椅子は準備されている。
各国の官僚、官吏らが座り、代表の相談にのるのだろう。
「やはり円卓会議はロマンがあります」
円卓を眺めながら、何やら呟く涼。
「ロマン? 円卓会議にか?」
隣に立つアベルは、意味が分からないようだ。
「マロンじゃないですよ、ロマンです」
「マロンなんて一言も言ってねーよ。そもそもマロンて何だよ」
「栗です。栗の載ったモンブランケーキは大好きですけど、ここで必要なのはロマンです」
「そうか、モンブランケーキにはロマンがあるという話だな?」
「全然違います! そこでアベルがボケたら、お客さんが混乱するじゃないですか!」
「お客さんって誰だよ……」
憤慨する涼、呆れるアベル。
ある意味、いつもの光景であろうか。
円卓には、国名が書かれた三角形の物体が置かれている。
三角名札などと呼ばれるものだ。
「アティンジョ、ボスンター、ゲギッシュ・ルー、ダーウェイ……コマキュタ、スージェーもありますね。僕らが知っている国は全部入っています」
「そうじゃないと困るだろう?」
「そしてアベル、ちょうどアティンジョ大公国の対面に燦然と輝く国名が」
「ん? ナイトレイ……ああ、うちか」
涼がいかにも、という演出をしたのに、国王陛下は軽く流した。
うなだれる涼。
だが、すぐに復活する。
「アベルの迫害には負けません」
「そうか、頑張れ国王名代」
「え? ナイトレイ王国国王アベル一世として、出席しないんですか?」
「ん? 筆頭公爵としてリョウが出るだろ?」
何やら、国王と筆頭公爵の間で認識に齟齬があるようだ。
「ダーウェイでは、アベルが身分証明のやつを着けてきていなかったので、僕のを使いましたけど……ダーウェイに着くまでは普通に『アベル』で通していましたし、アベルが国王として出た方がいいんじゃないですか?」
「そもそもリョウもだが、ダーウェイ以外では身分を公にしていないぞ?」
「そうですけど……イリアジャ女王も知ってましたし、今回のアティンジョ大公国からの招待状も『ナイトレイ王国 ロンド公爵』宛で来てましたから、けっこうな人に正体は知られてますよ? それにダーウェイ代表のリュン親王とシオ・フェン公主は、二人ともアベルのこと知ってますし」
「いや……もしこの場で、身分証明を求められた時、俺、出せないから」
「ああ……」
そう、その問題は結局解決していないのだ。
だが、アベルは反省している。
「王国に戻ったら、執務中であろうと何だろうと、常に身に着けておくことにする……」
「ええ、ぜひそうしてください」
アベルがため息交じりに言い、涼が苦笑しながら首を振る。
誰しも間違いはある。
誰しも失敗を犯す。
それを反省して、どう次に生かすかが大切なのだ。
「仕方ありません。今回は、アベル一世の名代として僕が代表を務めます」
「ああ、頼む」
「でも、アベル王は横に座っているじゃないですかと言われたら……脅されたんです、全ての責任を僕に取らせるつもりなんです、と答えるかもしれません」
「は?」
「それとも、アベルは全ての記憶をなくしてしまい、ここにいる外見アベルな人は、アベル一世としての記憶を持っていないのです……とか、無理な説明でもします?」
「それ、無理だろ」
「ええ、ナイトレイ王国の信用に瑕がつくでしょうね」
はたして……。
「何はともあれ穏便に頼む……」
「努力してみます」
交渉とは全く関係ない部分で、二人は岐路に立たされるのかもしれなかった。
二人が話している間に、ゲギッシュ・ルー連邦の代表団が入ってきて席に着いた。
初老の男性が一人代表席に着き、隣は空席のようだ。
初老の男性の後ろの椅子に、四人ほど官僚たちが座っている。
「そういえば、ゲギッシュ・ルー連邦ってアティンジョ大公国寄りの人たちが、内戦を勝ったんですよね」
「そうらしいな」
「大陸南部は、大公国の手に落ちましたか」
涼が、何かもったいぶった言い方をしている。
それをアベルはチラリと見たが、何も言わない。
「大公国の手に落ちました」
再び繰り返される涼の言葉。
「……その言葉の響きがカッコいいとか、好きだとか言うんだな」
「よく分かりましたね! 何々の手に落ちるとか、カッコよくないですか?」
「それだけ繰り返せば誰でも分かるわ。カッコいいかどうかは分からんが……大公国が力を持ったのは確かだろう」
「敵に回らないことを祈るばかりです」
「いや、敵には回らないだろう? そもそもこの会議だって、大公国の主催で開かれているわけで」
アベルが常識的な意見を述べる。
「今になればここクベバサを含めて、アティンジョ大公国が大陸南部の統一を急いだのが、チョオウチ帝国の南下に備えてだったのだろうとは分かるんですが……」
「うん?」
「ほら、ヘルブ公がわざわざやってきて頼まれたじゃないですか。これでアティンジョ大公とヘルブ公が幻王とかいうのに乗っ取られていいようにされたら……」
「チョオウチ帝国は労せずして大陸南部を手に入れる。それはつまり……」
「ダーウェイを南北から挟み込むことになるかもしれません」
アベルも涼も、そうなって欲しくはないと思っている。
だが、なって欲しくないと思う事と、実際にならないというのは全く別物だ。
なって欲しくないと思いながらも、もしなってしまった場合のことを考えて手を打っておく……それができる人というのは、実のところ、そう多くはないのかもしれない。
「もしアティンジョ大公国が乗っ取られたら、ダーウェイにとっては、あの国が非常に重要な立ち位置になるかもしれんな」
アベルがそう言いながら見たのは、円卓に近寄ってきたボスンター国代表スー・クー。
「そうですね。ボスンター国が間に入るわけですから」
涼も頷く。
ちなみに、二人が知らない情報がある。
それは、ボスンター国とアティンジョ大公国との間にある密林が、『迷わずの森』と呼ばれていることだ。
迷わずの森と呼んでいるのは、ボスンター国だけでなくアティンジョ大公国においても。
つまり、あの密林を通過するのは不可能と言われている。
いや、言われていた。
逆に、二人しか知らない情報もある。
『迷わずの森』に黄金の街を作っていた竜王ヌールスは、もういないということだ。
はたして、『迷わずの森』は現在でも中に入っていけないのか。
それは、誰も知らない……多分。
次に円卓についたのは、多島海地域大国の一つ、コマキュタ藩王国の代表。
「『自由の風亭』のロビーで見た人です」
「ジョダール大臣って呼びかけられていたか」
「東方商会のスクウェイ会長は、コマキュタ藩王国は大公襲撃には手を貸さないと言っていました」
「結局、襲撃はどうなったんだろうな……」
アベルが言った瞬間であった。
扉を開けて駆け込んできた人が叫んだ。
「大変です! この建物が襲撃されました!」
10月11日現在、東京の紀伊國屋書店(めっちゃ大きいところです!)で、『水属性の魔法使い』が全巻平積みで置かれているそうです!
(情報感謝!)
アニメ化が発表された餅月望先生の『ティアムーン帝国物語』に引っ張られて。
なんてありがたいことでしょう!




