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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
674/930

0630 ヘルブ公再び

その日の夜、涼とアベルは『自由の風亭』のダイニングで、夕食を摂った。


話題は、昼間聞いたアティンジョ大公の件だ。


「アティンジョ大公は、国元で倒れたって言ってたよな」

「アティンジョ大公も幻人でしたよね? 悪魔とか魔人みたいなイメージだったのですけど……人間みたいですね、倒れるとか」

「気になるな」


涼もアベルも、アティンジョ大公とは一面識(いちめんしき)もない。

むしろ、自治都市クベバサを占領した相手でもあるため、大公と大公国には良い感情は抱いていない。

とはいえ、今回の会議における重要人物の一人なのは確かだ。

その人物が三度も倒れ、それをおしてクベバサにやってくるとなれば……。


「何も起きないといいな」

「アベル、それはフラグです……」


そんな会話を交わしながら、二人はデザートまでしっかり食べた。



そして部屋に戻ろうとしたエントランスで……呼びかけられた。


「リョウ殿、アベル殿」

二人は呼びかけてきた人物を見たが、同時に首をかしげる。

名前が思い浮かばないのだ。


二人ともアイコンタクトを交わすが、どちらの目の中にも答えがない。

二人とも小さく首を振る。


だが、そこで涼の脳裏(のうり)に何かが(ひらめ)いた。


会った覚えはある。


覚えはあるのだが……何か、かなり大変な状況で会った記憶もある……。


(良くない感じの名前だったような……ヒドイ? ワルイ? コワイ? ズルーイ? いや、ズル……ナ? ああ!)

「ズルーマさん!」

涼はようやく名前を思い出した。


「はい」

ズルーマは頭を下げた。


「ズルーマ?」

だがアベルは思い出せていない。


「ほら僕らが大使館を襲撃した時……ああ、いえ、大使館の扉が開いて招き入れられて入っていった時に……」

「今さらごまかしても無駄だろう。そうか、あの時、ヘルブ公の傍にいた奴か」

涼のごまかしを一蹴(いっしゅう)し、アベルも思い出した。


あの時、ズルーマ二等書記官はヘルブ公に胸に魔法陣を刻まれ、アベルと対峙したのだ。


そんなズルーマがここにいるのはなぜ?


「ヘルブ公が、お二人にぜひお会いしたいと」

「ああ、え~っと、僕らご飯を食べて、もう遠出(とおで)はできない……」

「隣の宿に部屋をお取りしております」

「あ、はい……」


涼の抵抗は、あっさり崩された。

アベルは無言のまま首を振っている。


結局二人は、ズルーマに連れられて隣の宿に移動した。



「よく来てくださいました」

二人を迎えたヘルブ公は、例の完璧な一礼で二人を迎えた。


分かっていても、感心してしまう。

涼やアベルであってさえもだ。


「確かに、今回の会議、アティンジョ大公国から招待状をいただきましたけど……会議は明後日からですよ?」

涼が不満を述べた。


「はい。本日は個人的なお願いがあって、こうしてまかりこしました」

そう言うと、ヘルブ公は二人に椅子をすすめる。


そして、すぐに話を切り出した。


「私が暴走したら、お二人に止めていただきたいのです」

「はい?」

「どういう意味だ?」


一切の説明を省いて、いきなり核心を語るヘルブ公、意味が分からない涼とアベル。


「止める方法は首を()ね、魂の器……心臓を突き刺してくだされば大丈夫です」

「ヴァンパイアに似ているな」

「ヴァンパイアの知り合いが?」

アベルが思わず答え、それに面白そうに問い返すヘルブ公。


「冒険者を長くしていると、いろいろ見るんだよ」

「なるほど」

アベルは面白くもなさそうに答え、ヘルブ公は頷く。



「止める方法は分かりましたが、なぜ僕らに?」

「他に止められそうな人を知らないもので」

「暴走というのは……この前、大使館でそちらのズルーマさんの能力がかなり上がったと思うのですが、あんな感じでしょうか」

「そう、とても似ています。私の能力が飛躍的に向上します……身体的能力はもちろん、呪法使いとしての能力も」

「マジかよ……」


涼の問いにヘルブ公は正確に答え、その答えに驚くアベル。

現状でも、かなり強いヘルブ公がさらに……?


「大使館のは、ヘルブ公がズルーマさんの胸に魔法陣を描きましたよね。今回も、誰かに描かれて……操られて暴走するってことですかね?」

「そう……そうですね。チョオウチ帝国にいる幻王に描かれて、彼に操られます」

「チョオウチ帝国?」

「幻王?」


アベルも涼も首をかしげる。

ここで、想定していない言葉が出てきたからだ。


北の果てにあると言われるチョオウチ帝国がここに?

そもそも、幻王という言葉は初耳であるし。



「お二人は、私と兄上……アティンジョ大公が幻人であることはご存じですね」

「ああ、知っている」

「幻王というのは、ごく(まれ)に……数千年に一度という頻度で現れる、全ての幻人を意のままに操ることができる存在です」

「そんな者が……チョオウチ帝国の中にいるというのか」


ヘルブ公の説明に、アベルも顔をしかめて答える。

横にいる涼も無言のままだが、顔をしかめている。

東方諸国みんなで対抗しようというこのタイミングで、非常に嫌な情報だ。



「そうですね……お二人は、魔王というのはご存じですか?」

「魔王というと……あの、魔王か?」

アベルはちらりと涼を見る。

涼も小さく頷く。


なぜいきなり魔王の話になったのか分からないが、二人とも魔王は知っている。

そもそも、現在の魔王ナディアのことも知っている。

彼女は何の因果(いんが)か、勇者ローマンと結婚し、ナイトレイ王国に住んでいる。

しかもルンの街……実は、涼の家のお隣さんだ。


「魔王は魔王軍を(おこ)すと、魔物を意のままに操ることができます」

「魔王の因子(いんし)……」

ヘルブ公の言葉に、涼が呟く。


「まさか魔王の因子まで知っているとは……」

それを聞いて驚いたのはヘルブ公だ。


「魔王の因子というのは、多くの魔物の中に生まれながらにして存在し、魔王が軍を興すと、強制的に魔王軍に付き従うことになる、『制約』あるいは『呪い』のようなもの。一度励起(れいき)した魔王の因子は、しばらくは励起したまま。『神のかけら』をある程度取り込むと、時間と共に基底(きてい)状態に戻るが……だから、魔王軍は人間とぶつからざるを得ない……」

「リョウ?」

「マーリンさんが、そう説明してくれたことがあります。だから、中央諸国と西方諸国では長きにわたって、人と魔王らとの争いが続いていると」



その説明を聞きながら、ヘルブ公は心の中で頷いていた。

自分がこの二人を選んだのは間違っていなかったと。

とても人間とは思えないほどに、この世界の精髄(せいずい)に近付いている……いや以前聞いた、悪魔やルリを知っていたことを考えると、近付き過ぎていると言ってもいい。


「本当に、あなたたち二人は人間なのですか?」

思わず漏れる言葉。


「見ての通り俺は人間だが、リョウは知らん」

「なっ……僕を生贄(いけにえ)に自分だけ逃げだすなんて、アベルは人間の風上にもおけません!」


アベルの突然の裏切りに憤慨(ふんがい)する涼。

言うまでもなく、二人はただじゃれているだけだ。



「魔王の因子まで知っているのであれば話は早いです。簡単に言えば、幻人と幻王の間にも、同じような関係があるということです」

「つまり幻王が望めば、強制的に幻人は従わざるを得ない?」

「そうなります。ただ、心の強い幻人はその強制力を弾くことができると言われています。特に、魔法使い、呪法使いであればなおのこと」

「つまり……ヘルブ公、あんたは強制されない可能性がある?」

「ええ、可能性はあります。ですが、もしもの場合のために……」

「俺たちに依頼するわけだな」


アベルはそこまで言うと、椅子に深く座りなおした。


暴走を止める……その方法は、首を刎ね心臓を刺し貫く。

自らの命を絶ってほしいという依頼。


簡単な依頼ではない。

だが……。



「分かりました、受けましょう」

涼が受けた。


「おい、リョウ」

驚くアベル。


「アベル、受ける以外の選択肢はありません」

「それは分かっているが……」

いつにもまして決断の早い涼に、戸惑うアベル。


もちろんアベルも分かっている。

受ける以外にないということは。


「首を斬り飛ばす感覚は好きになれん」

「いつものように、お前はクビだって言うのと同じですよ」

「うん、意味が分からん」


だがアベルも結局受け入れた。


「分かった、引き受けよう」


「ありがとうございます」

ヘルブ公は立ち上がって、完璧な一礼で感謝した。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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