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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
673/930

0629 アティンジョ大公

「今のところ、すべて順調です」

翌朝、朝食を前にした涼が笑顔で告げる。


「まあ、確かにな」

これには、辛口(からくち)アベルも同意せざるを得ない。


「今日は、ちょっとイリアジャ女王の所にお土産(みやげ)を持っていって、その後、本丸(ほんまる)に乗り込みます」

「は?」


涼の言葉の意味をアベルは理解できていないようだ。


「本丸というのは、本拠地のことです」

「うん、その言葉も確かに分からなかったが、行動の意味が全部分からん……」


本丸という言葉はナイトレイ王国にはないだろうと思って涼は説明したのだが、アベルが理解できなかったのはそれだけではないようだ。


「昨日、お土産を持ってませんでしたから」

「いきなり女王に会うとは思わなかったしな」

今日、涼とアベルは、ちゃんとお土産を準備してきているのだ。


イリアジャ女王自身が出張ってくるとは思っていなかったが……その場合は、スージェー王国の代表に渡して、本国まで持って帰ってもらえばいいかなと思って。

他にも、幾人か、あるいはいくつかの国に対して『お土産』がある。


「本当は、グランドピアノ『シェン-ロン』を贈りたかったのですが……皇帝陛下もいいよと言ってくださったし」

「重いだろ。しかも弾ける人もいないし」

「東方諸国の国々、さっさとダーウェイにピアノ留学してほしいですよね」


ピアノ外交は、なかなか難しいようだ。



二人は朝食を食べた後、『自由の風 別館』に向かった。


もちろん、『自由の風亭』のコンシェルジュ……的な人から、『自由の風 別館』に連絡を取ってもらってだ。

同じ系列の宿であるし、できるだろうと。

その際に、イリアジャ女王はすでに宿におらず、いくつかの国との会談に出ていると言われていた。


「外交の場って忙しいですよね」

「多くの国の首脳や大臣たちが一カ所に集まるというのは、そうそうないからな。この機会を逃すわけにはいかんだろう」

アベルが言う。


涼も、地球時代にそんなニュースはよく見ていた。

サミットや、G20のように多数の首脳が集まる場合、その会合前後には、二国間の首脳同士で話し合うというのは記事でよく流れていた。

その辺りは、いつの時代、どんな世界でも変わらないようだ。



涼とアベルは『自由の風 別館』に到着した。

受付の人が驚いたのだが、その理由は、涼の後ろについてきていた二つの<台車>に違いない。

<台車>の上には、人ひとりが入れそうな木箱が載っている。


受付に話は通っていたらしく、特に問題なく渡してもらえることになった。


そして二人は、『自由の風 別館』を出た。



「やっぱり……<台車>だったか? その魔法は初めて見るとみんな驚くな」

アベルが、一台となった<台車>とその上に載っている木箱を見ながら言う。


「そうみたいですね。構造というか仕組みというか、その辺はすごく単純なんですけどね」

涼が首を傾げながら言う。


実際、エンジンのような複雑な動力源があるわけでもなく、浮いたり飛んだりするわけでもない……四輪がしっかり地面につき、形だけなら幼稚園児でも作れる単純な構造なのだ。

だから涼からすれば、かなり簡単な魔法生成物だと思っている。


「先触れ担当一号君みたいなゴーレムがついてきていれば、驚くのは分かりますけどね」

「ああ……友好の証二号君を連れて歩いているルヤオ隊長な」


リュン王府親王羽林軍の隊長であるルヤオ隊長は、二カ月前の例の襲撃以降、常に友好の証二号君を引き連れている。

例外は、皇宮に上がる時くらいだろうか。

その場合も、王府を出る前に何度も何度も二号君の頭をなでなでしてから、名残(なごり)惜しそうに出発するらしい。


「大切にされている二号君は幸せです」

「いや、まあ、それは否定せんが……」

「何ですかアベル。ゴーレムに心は無いって言いたそうな表情です」

「……無いだろ?」

「無いことを、誰も証明できません」


そう、この手の証明は『悪魔の証明』と呼ばれるものだ。


「人の心だって、しょせんはシナプスのオンとオフが、膨大な数連なっているだけにすぎません。つまり突き詰めれば1と0、デジタルなのです。ですがあまりにも膨大すぎるので、現れる『心』という現象が、アナログに見えるだけにすぎません。そうであるなら、いずれはゴーレムや人工知能が『心』を手に入れるのは時間の問題なのです」

「うん、言ってる意味が全く分からん」


涼の言葉を、いつも以上に理解できないアベル。

分からない単語が多すぎると、人の頭は理解しようとする回路をシャットアウトするのかもしれない。


「大丈夫です。僕のこの考えは、故郷においても多分異端(いたん)です」

「……それは大丈夫なのか?」

「どうせ時間が経てば……数十年か数百年か経てば、嫌でも結論が出ることですからね。議論する意味はありません」

「なんか大変そうだな」


全く自分には関係ないという表情と声のアベル。

だが、そのアベルを涼がジト目で見ている。


「何だ? 俺なんか変なこと言ったか?」

「アベルだって経験したでしょう?」

「俺? ゴーレム?」

「いえゴーレムではなくて、その剣です」


涼が指さしたのは、アベルが背負っている魔剣だ。

もちろん今は、(さや)に収まっているので光っていない。


「この剣?」

「意志でもあるかのような動きを経験したことないです?」

「……言われてみればあるかも」

「それですよ。それだって、剣という形状をとっているということは、人によって造られた物でしょう? 人によって造られた物にも心が宿るということです」

「ふむ……。そういえば言われたな、この剣はリチャード王が造ったものだと」

「おぉ……ナイトレイ王国中興(ちゅうこう)()の人ですよね」


六属性全ての魔法を操り、錬金術においても極北(きょくほく)に至ったと言われるナイトレイ王国中興の祖、リチャード王。

涼は、リチャード王は転生者だと確信している。


そもそも、アベルが演奏するヴァイオリン曲パガニーニ『24の奇想曲』は、リチャード王が弾いていたらしい。

もちろん本来の作曲者は、地球のニコロ・パガニーニだ。


全く同じ曲を、たまたまリチャード王が作曲したという可能性もあるが……いや、まずない。

そんな曲ではないのだ、24の奇想曲は。



「名工というより、その道を極めた人によって造り出されたのであれば……心が宿っても不思議ではないと思うのです」

「……まあ、否定する必要はないか。その考えが、物を大切にする気持ちにもつながるからな」


物を大切に扱いましょう。

素晴らしい事だと、涼も思っているので無言のまま頷くのであった。



次に二人が向かったのは、『自由の風亭』の二軒隣にある商会。

そこには『東方商会』の看板が掛かっている。

こちらは商会であるため、特に先触れのようなものは出していない。


実は二人がここを訪れるのは初めてだ。

だが目当ての人物が、ここのトップであることは知っている。


「いらっしゃいませ」

二人が扉をくぐると、上品な物腰で仕立ての良い服を着た壮年男性が、笑みを浮かべて声をかけた。


涼は笑顔を浮かべて壮年男性に言う。

「こんにちは。私は涼、こっちはアベルと申します。スクウェイ会長にお渡ししたい物があって伺いました。取り次いでいただけますでしょうか?」

「えっ……」


一瞬、言葉に詰まる壮年男性。

だが、すぐに表情を戻した。


「失礼ですが、お約束は……」

「ああ、約束はしていません」

「申し訳ありません。会長は、お約束の無い方とはお会いになりません」


威圧的にならないように、丁寧ながらもはっきりと言い切る壮年男性。

当然だ。

涼もアベルも知らないが、会長のスクウェイは自由都市であった当時、約束が無い場合は当時の首相にも面会しなかったのだ。

本店長であるこの壮年男性は、その事を知っている。


当然、通すわけはない。


だが……。


「あ、大丈夫です。会長さんに言っていただけば、すぐに通すようにとおっしゃるはずです。僕の名前は涼、こっちの名前はアベルです」

「いや、しかし……」

「もし名前を言っても思い出していただけないようでしたら、こう付け加えてください。自治権を獲得できたのは僕らのおかげでしたよねと」


もちろん、涼は笑顔のままだ。

上の言葉も、脅しのつもりはない。

忘れていた場合に、思い出してもらうための言葉だ。

心の底から、そう思っている。


だが、言葉を受けた壮年男性は、別の受け取り方をしたようだ。


「か、確認してまいりますので、どうぞこちらでお待ちください」

そう言うと、二人をカーテンの奥にある別室のテーブルに導いた。


二人が席に着くと、奥からお茶が運ばれてくる。


「ハイブランドにあるプレミアム待遇ってやつですかね」

涼が嬉しそうに言う。


「よく分からん」

だがアベルには理解できない言葉のようだ。

アベルは国王陛下なのに。



しばらく待っていると、一人の男性がやってきた。

見た目は五十代に見えるが、その力のある緑色の双眸(そうぼう)はもっと深い年齢を経た知性と力を感じさせる。

また髪は全て()りあげられており、緑色の双眸と共に異相と言ってもいいだろう。


「ああ、スクウェイ会長、お久しぶりです」

「こんにちは。リョウ殿、アベル殿、お久しぶりです」


スクウェイ会長は、二人に挨拶するとすぐに木の箱に目を留めた。


「そうそう、長居をするつもりはありません。今日は、こちらのお土産をお渡ししようと思って来ました」

「お土産ですか?」

「今、俺たちはダーウェイにいる」

スクウェイ会長が首を傾げたために、それを解決しようとアベルが言った。


「ほっほぉ」

「あ、そうですね。そこから説明しないといけませんでした」

涼は、自らの不手際(ふてぎわ)に気づき笑った。


「二日前、ダーウェイのリュン親王殿下を団長とする交渉団が到着されましたが、もしやその船に乗ってこられましたか?」

「はい。いろいろありまして……」

「ふむ」


スクウェイ会長は、何事か考えたようだが、すぐに意識を引き戻した。


「お土産をどうぞ」

「ありがとうございます。では開けさせていただきます」

そう言うと、木の箱を開けた。

中には……。


「ほぉ、これは……」

そこに入っていたのは何十もの織物。


「ダーウェイ特産の絹ですな」

「はい。絹織物です」


嬉しそうに言う涼。


スクウェイ会長は、溢れんばかりに入った絹織物を次から次に見た。

冷静さを装っているが、アベルの目にも手が震えているのが分かる。

それだけで、この絹織物が、クベバサでかなりの価値を持っているものだと理解できる。



涼はもちろん理解したうえでお土産にしたのだ。


かつての地球では、この絹織物を世界中が求めた。

絹とは、シルクロード(絹の道)という歴史用語にも残っている通り、世界の歴史にも名を残す特産品なのだ。

当然、この『ファイ』においても、高級特産品であろうという想像はつく。



「しかもその中でも……特上の品」

「皇帝陛下からいただいた物ですから」

笑顔のまま涼は答える。


それを聞いて、スクウェイ会長の表情が明らかに変わった。

そう、それは驚き。


皇帝から下賜(かし)される絹織物など、普通は手に入らない。

それをお土産にする?


「これほどの品を『お土産』としていただいてしまいますと……私はいったいどうすればよいのでしょう、恐ろしくなりますな」

「ああ、いえいえ、ちょっと知りたいことがあるだけなのです」


スクウェイ会長も心を落ち着かせて尋ね、涼も笑顔のまま答える。


「今回の東方諸国合同会議を主催するアティンジョ大公国に関して、何か特別な情報などないかなと。例えば出席者とか……」

「なるほど。どこからお話ししましょうか……。そう、クベバサは併合されて以降、ヘルブ公が統治しています」

「やっぱり……」

涼が思わず呟く。

アベルも無言のまま頷く。


「もちろん、最高執政官は旧自由都市時代の大臣が就けられるのですが……ただの飾りです」

間接統治とはそういうものだ。


「今回行われる東方諸国合同会議で、初めてアティンジョ大公がこのクベバサを訪れます。実はそれに合わせて、不穏(ふおん)な動きがあります」

スクウェイ会長のその言葉に、涼とアベルは思わず顔を見合わせる。


二人の頭の中に浮かんだのが、先日カフェから見た光景と会話。


コマキュタ藩王国のジョダール大臣とクベバサ自治政府のミシタ外交長官が話していた。

『例の件』と。


「それは……コマキュタ藩王国や自治政府も関わっている?」

「……お二人の耳にすら入っているのですか」

涼が確認し、スクウェイ会長はむしろ苦笑しながら答えた。


「クベバサに到着したばかりのお二人すら知っているのなら、当然ヘルブ公周辺も知っているでしょう」

「だろうな。あえて放置……いや、泳がせているのか」

「泳がせている理由は……」

一網打尽(いちもうだじん)にするためだろう」

涼の言葉に、アベルが断言した。


小さい組織があっちこっちで動いているのを一つ一つ潰していくのは、けっこう面倒だ。

他の組織が潰されているという話が流れると、すぐに地下に潜られてしまうからである。

それよりは、ある程度動かせてみんなが集まったところを一気に潰す方が圧倒的にやりやすい。


冒険者時代の盗賊討伐や、国王としての諜報員狩りの経験からアベルは知っていた。



「ただコマキュタ藩王国は、今回の件からは完全に降りたようです」

「ほぉ」

「元々乗り気ではなかったようですが」

スクウェイ会長が答える。


その顔をチラリと見て、アベルは問うた。


「それで、スクウェイ殿は加担しているのか?」

「もちろんしておりません」

アベルの問いに、一瞬の遅滞(ちたい)もなく答えるスクウェイ会長。


「併合された時、なんとか自治権を手に入れることができました。お二人の協力によって。それはとても貴重なものです。数十年後ならともかく、今、大公を襲撃したところでクベバサにとっていいことなど何もありません。それどころか、襲撃が成功しようが失敗しようが、締め付けが厳しくなるでしょう。それはよくありません」

「理解しているようで安心した」

スクウェイ会長の説明に、アベルは頷いた。


「ですが……私の手の届かないところで計画が進行しています」

「元最高評議会の手の届かないところなど、あり得るのか?」

「私だって全能ではありませんよ」


スクウェイ会長は苦笑する。

そして言葉を続けた。


「最高評議会のメンバーは、私以外にもいましたから」

「なるほど。他の元最高評議会メンバーが関わっているのか」

「なんとかして止めようとしているのは確かです」


スクウェイ会長は顔をしかめて言った。

そして言葉を続ける。


「それに関連して、アティンジョ大公の周辺からある情報が洩れてきました」

「ふむ?」

「ここ一カ月で、アティンジョ大公は少なくとも三度倒れたそうです」

「倒れた?」

アベルはそう言うと、涼を見る。

涼もアベルを見るが、どちらの顔にも答えは書いていない。


「そんな状態でクベバサに来るのだから狙いやすいだろうと……」

「体調が悪いのなら。周辺の警備はより厳重になるだろう?」

「アティンジョ大公は、本人の武の力もかなり高いことで有名です。ですが体調が悪ければ、全力は出せないだろうと」

「なるほど。確かに千載一遇(せんざいいちぐう)好機(こうき)に見えるかもしれんな」


アベルも顔をしかめながら頷く。

チャンスだと思っている者たちを説得し思いとどまらせるのは非常に難しい。


「そういえば、アティンジョ大公のクベバサへの到着は今日だったはずです」

「襲撃者が諦めるくらい厳重な警備をされていることを祈るしかないか」




行政島にある元首相官邸。

現在は、クベバサ総督府となっていた。

そこの主、クベバサ総督は、南方呪法使い教会十師の一人にして現アティンジョ大公の同母弟、ヘルブ公である。


そのヘルブ公が総督府に到着した馬車の前に(うやうや)しく片膝をつき、馬車から降りてきた人物の前でさらに頭を下げて挨拶した。

「兄上、ようこそおいでくださいました」

「プラク、出迎えご苦労」


プラクとはヘルブ公のファーストネームだ。

だがもう、彼をプラクと呼ぶ人物は、目の前にいる兄のアティンジョ大公しかいない。


「プラク、急いで話しておきたいことがある」

「はっ。では会議室に」

ヘルブ公は先に立って案内する。


彼の元にも、アティンジョ大公が本国で倒れたという話は届いていた。

それを聞いたために、クベバサへの訪問をやめてはどうかと提案したのだ。

だが、こうしてやってきた。


急ぎの話というのが、それに関することであろうというのはヘルブ公にも分かる。



会議室に入り人払いがされると、アティンジョ大公はすぐに話を切り出した。

「プラク、これから言うことは勅命(ちょくめい)である」

「はっ」

ヘルブ公は片膝をつく。


勅命とは、大公から下される至高にして最も優先度の高い命令だ。


「私が自我(じが)を失い、あるいは体を乗っ取られ、あるいは暴走したとプラクが判断した時には、わが命を絶て」

「え……」

「首を()ね、魂の器を砕け。よいな」

「し、しかしそれは……」

「プラク、お前にしか頼めぬ」

「……承知いたしました」


どんな場面でも泰然自若(たいぜんじじゃく)、あるいは傲岸不遜(ごうがんふそん)ともいえるヘルブ公が、顔を真っ青にして(うつむ)いた。


勅命とはいえ、さすがに受け入れるのに時間がかかる。



一分後。

顔色が戻り、ヘルブ公は尋ねた。


「兄上、その理由を教えていただけますでしょうか」

「どうやら北のやつらの中に、幻王がいるようだ」

「馬鹿な!」


思わず声をあげるヘルブ公。

そんな声をあげることも稀なことだ。

それだけ、あり得ないということ。


「『魂』の入った幻人すら数百人のはずです。その中に幻王が生まれたとおっしゃるのですか?」

「プラクは、私が未来を読めることは知っておるな?」

「はい」

「それで『視えた』」

「まさか……」

絶句するヘルブ公。


「もちろん確実ではない。未来を変えることはできる。実際、私にもしものことがあった場合に殺すことを頼んだから、変わるはずだしな」

アティンジョ大公は笑った。


「幻王が、幻人を操ることができるというのは知っています。しかしここ千年、現れませんでした。それが今現れて、しかも兄上を……」

「今現れた理由は分からん。だが、狙いが私で良かった」

「え?」

「プラクであったら大変なことになっていたわ」


アティンジョ大公は再び笑う。


「お前は、私と違って強力な呪法使いでもある。それこそ、たった一人で大陸南部を灰燼(かいじん)()すほどに」

「……」

「幻王とて万能ではない。プラク、心を強く持て」

「兄上」

「私ですら、心を強く持つことによって、三回抵抗した。お前なら絶対に乗っ取られたりはしない」

「本当に……本当に幻王なのですか?」


アティンジョ大公は胸をはだけた。

ちょうど、心臓の上に……。


「星形の魔法陣。しかもこれは……」

「南方呪法使い教会の十師たるヘルブ公であれば、これが何か分かるであろう?」

「<傀儡(くぐつ)>……変形型ですが……」

「そう、<幻王傀儡>の魔法陣だ」


その魔法陣は四分の三がはっきりと赤く染まり、残りはまだ薄い赤い線だ。


「次、攻撃を受ければ恐らく私は落ちる」

「兄上……」

「よいな、迷うな。必ず首を刎ね、魂の器を砕け」

「……はい」


アティンジョ大公は、優しい笑みを浮かべて頷いた。

自分にとって後顧(こうこ)(うれ)いはなくなったと感じたのであろう。


「私の命が尽きれば、国元にいる公子バッシュが大公位を継ぐ手はずになっている。あれは確かに私の息子だが、幻人ではない、人間だ。幻王に体を奪われることはない。支えてやってくれ」

身命(しんめい)()して、必ず」

ヘルブ公は頭を下げた。



だが、その表情に一抹(いちまつ)の不安があることにアティンジョ大公は気付いた。


「どうしたプラク?」

「もし……もしも、私まで幻王に乗っ取られてしまったら……」

「心を強く持てば、お前なら大丈夫だ」

「はい……」

「それでも不安か?」

「正直に言えば、不安です」


ヘルブ公は正直に言った。

昔から、兄であるアティンジョ大公の前では嘘をつかない。


「私を止めるのはプラクに頼んだ。他の者では無理であろうからだ。だがプラクを止めるとなると……生半可(なまはんか)な者では無理であろう。誰ぞ、心当たりはあるか?」

アティンジョ大公の問いに、少しだけ考えてからヘルブ公は答えた。


「一人……いえ、二人、心当たりがございます。今夜にでも足を運んできます」

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