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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0628 久しぶりの…… 

「イリアジャ女王、久しぶりだな」

「陛下、ご無沙汰(ぶさた)しております」

アベルと涼は部屋に招かれ挨拶した。


「アベル王陛下もロンド公爵閣下も、お久しぶりです」

イリアジャ女王は嬉しそうに笑みを浮かべてそう答えた。


だが(あわ)てたのは挨拶された二人だ。


「あ、いや、それはだな……」

「アベルが黙っていようと言ったので仕方なく……」

「俺のせいにするな」


そう二人は、スージェー王国に滞在していた時には、国王と公爵という身分は明らかにはしていなかった。

別に隠すつもりはなかったのだが……。


「いえ、構いません。私が勝手に気付いただけです。その辺りのことを、護国卿がダーウェイでお会いした際にお伝えしたと、報告を受けていますが」

「はい……」

「そう聞いた」

イリアジャ女王の言葉に、涼とアベルは(ほお)()きながら答えている。


「できれば以前同様に、リョウ、アベルと……」

「承知しました。リョウさん、アベルさん」


涼の提案を、イリアジャ女王は笑顔で受け入れた。



「そうでした。忘れないうちに、こちらを」

イリアジャ女王はそう言うと、奥の机の上に置いてあった一冊の本を持ってきて、涼に渡した。


「これは……『そんなアベルは、腹ペコ剣士Ⅱ』……おぉ、最新刊ですね!」

涼が嬉しそうな声をあげ、いろいろひっくり返したり、表紙を開いたりしている。


「はい。リョウさんが護国卿にお預けになった原稿を元に、王国内で出版されます。そちらは、原作者様への献本(けんぽん)とお考え下さい」

イリアジャ女王が笑顔で言う。

確かに、涼に渡されたのは中央諸国語で書かれた物だ。



わざわざ涼に渡すために、中央諸国語版が刷られたのだろうか?



「実は、第一巻は中央諸国語版も少し刷ってみたのですが、思いのほか売れ行きが良くて」

「なんですと?」

「王国民の多くは、原作者のリョウさんが中央諸国ナイトレイ王国の方であることを知っています。その人たちのいくらかが、原作の言語で読みたいと……多島海地域語と中央諸国語の両方を買って帰って、見比べながら読んだりしている人もいるようです」

「なんと……」


それは、原作者ですら想定していなかった使い方。


「とても面白い物語ですから。この際に、中央諸国語を学ぶ人たちが増えるのは悪いことではないと思います。私も、読ませていただきましたし」

「おぉ……」


本とは、かくも素晴らしきものなのだ。




その後、ロンク執事長によって飲み物が運ばれてきた。


「コーヒー!」

「そういえば久しぶりだな」

涼が驚き、アベルも何度も頷いている。


ダーウェイではもっぱら、お茶だったので。

二人ともお茶は嫌いではないのだが、久しぶりのコーヒーの香りはまた格別だ。


「ああ……コーヒーの香りは、気持ちが落ち着きますね」

「そうだな、懐かしい気持ちにもなるのは不思議だな」


美味しそうに飲む二人を、笑顔を浮かべながら見るイリアジャ女王。



そこで涼はふと思い出したことがあった。

「そういえば、以前泊まった時には、『自由の風亭』のカフェにはコーヒーもあったと思うんです」

「ああ……そういえば飲んだ記憶があるな」

「ええ、マンデリンコーヒーという名がついていたのを飲みました。でもさっき休んでいる時に見たメニュー表には書いてなかったんですよね」


涼の疑問に答えたのはイリアジャ女王であった。


「お二人は『自由の風亭』に宿泊されているのですね。確かあそこは、ダーウェイ交渉団が全て借り上げていると……」

「はい。実は僕たち、ダーウェイ交渉団の船に乗ってきたんです。あ、もちろん、東方諸国合同会議には正式にオブザーバー……相談役とかで、アティンジョ大公国から招待状を貰ってはいるんですけど」

「なるほど。実は今、多島海地域で採れるコーヒー豆はダーウェイに流れ始めているのです」

「なんですと!」


予想外の展開に驚く涼。

アベルも無言のままだが、目を大きく見開いている。

それも当然だろう。

二人とも、ダーウェイの中心帝都ハンリンにおり、その中でも中心である皇帝陛下の覚えめでたいうえに時々皇宮にも上がり……それなりに有名人になっているはずなのだ。


だが一度として、ダーウェイでコーヒーにありついた覚えはない。


もちろん二人は、コーヒー好きであることを宣伝してはいないのだが……。


「ダーウェイへの納入は、このクベバサの商人たちが中心になっているそうです。以前の自由都市であった頃のクベバサでは、コーヒーの消費量はかなりのものだったのですが……。今は買い付け価格が高騰(こうとう)しているようで、クベバサを素通りしてダーウェイに運ばれているとか」

「でも僕ら、ダーウェイでコーヒーを飲んだことないのです」

「あら、そうなのですか?」


涼の言葉に、イリアジャ女王は首をかしげる。

そして何かを思い出すようにして言葉を紡いだ。


「確かダーウェイへのコーヒー貿易の中心になったのは、第二皇子コウリ親王という方だったはずです。コウリ親王と関係の深い商人の方々が扱っていると聞いた覚えが」

「なるほど……だから僕らのところには流れてこなかったのですね」

「珍しいものを取り扱えるというのは、商人にとっては圧倒的に有利だからな。コウリ親王は、シタイフ層だけではなく商人たちにも受けが良さそうだな」

「お金を握る商人たちからの支援は、権力争いをする者にとっては何よりも力強い支援になります。そこから入ってくるお金によって、お金でなびくシタイフ層や軍人さんたちを味方につけることができますからね」

「その辺りの権謀術数(けんぼうじゅっすう)にも()けているということか」


涼もアベルも、それを汚い手法だとは思わない。


涼は地球の歴史から、アベルは国王、王子として国家の中枢で見てきた事例から、当たり前に行われる行為だと認識している。

もちろん、法に触れるような事であればさすがに眉をひそめるかもしれないが……。



「リュン親王にもそれに対抗させましょう!」

「コーヒーにはコーヒーか? だが、どこから仕入れる?」


アベルの問いに、涼は無言のままイリアジャ女王を見る。


「ダーウェイ皇宮内が、次期皇帝位……その前の次期皇太子の座を(めぐ)って割れているのは護国卿から聞きました。お二人は、第六皇子リュン親王殿下を推していらっしゃるのですね?」

イリアジャ女王は笑顔を浮かべたまま確認する。


「はい、実はそうなのです」



涼はこれまでの経緯をかいつまんで話した。



「というわけで、多島海地域で採れるコーヒー豆を、リュン親王が手に入れられるとなれば、そこにダーウェイ商人たちは寄ってくると思うのです。当然そこから、仲介手数料的なお金がリュン親王の元には入ってくるでしょう。戦うには、勝ち抜くには、お金は必要です!」

涼が力説する。


イリアジャ女王は少しだけ首をかしげる。

「スージェー王国で採れるコーヒー豆をリュン親王の側に回す……それくらいの余裕はあるでしょう」

「おぉ!」

「ただ、運ぶための船がありません」

「え?」


イリアジャ女王の言葉を、涼は理解できない。


「王国の商人たちは、すでに船を全て稼働(かどう)させています。もちろん、今も新たに造船していますが……コーヒー豆を運ぶための商船がありません」

「ああ……」

涼にも理解できた。


コーヒー豆を手に入れても、それをこの自治都市クベバサまで運ぶ商船がない。

もしかしたら、このクベバサからダーウェイまで運ぶための船もないかもしれない……。


だが、そこに福音(ふくいん)が。


「このクベバサから先は分からんが、ここまで運ぶ船ならなんとかしてくれる商人がいるんじゃないか?」

「いますか、そんな人たちが」

「そこもコーヒーの取り扱いには一家言(いっかげん)あるな」

「そんなところが……」


涼は考えた。

いっぱい考えた。


そして思いついた!


「蒼玉商会!」

そう、蒼玉亭ブレンドというかなり美味しいコーヒー豆の配合を持つ商会だ。

だが、蒼玉商会は……。


「スージェー王国ではなく、隣国のコマキュタ藩王国の商会ですよ?」

そう、隣国でライバル国と言ってもいい、コマキュタ藩王国を代表する商会だ。


「そうだな。だが、イリアジャ女王も知らない商会じゃない」

「はい。藩王国に残っていた、私に付き従って来てくれた人たちを、全員王国に送り届けてくださった商会ですね。覚えています」

そう、蒼玉商会は、その返還事業を担いきちんとやり遂げた。


「それに、リョウが書いたあの本……」

「あの本? ああ、『そんなアベルは、腹ペコ剣士』ですね。ちゃんと名前くらい覚えてください!」

「いや覚えているが言いたくなかっただけだ……」

「そういえばあれを、コマキュタ藩王国内で売る権利を交渉しているとか言ってましたね。あの出版権ってスージェー王国政府が持っているのでしょう? ということは……」

「はい、蒼玉商会とスージェー王国政府との関係は、かなりいいですね」


イリアジャ女王は何度も頷いている。

確かにライバル国を代表する商会ではあるが、関係性はいい。

ということは……。


「国境を越えての連携(れんけい)……」

「ライバル国同士が協力し合うなんて、胸が熱くなる展開ですよ!」


全ては、コーヒーのために。

いや、全ては、涼がコーヒーを飲むために。

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