0627 別館
リュン親王らダーウェイ交渉団が自治都市クベバサに到着した翌朝。
『自由の風亭』の中庭では、一人の剣士が剣を振っていた。
少し離れたところでは、ローブを着た魔法使いが氷の椅子と机で、本を読んでいる。
そこへ、二人の女性がやってきた。
「ロンド公爵様、少しよろしいですか?」
「シオ・フェン公主、もちろんです、どうぞ」
涼はそう言うと、氷クッション付きの椅子を二脚生成した。
シオ・フェン公主と、侍女ミーファ用だ。
「どうぞ、シオとお呼びください」
「僕も、涼と呼んでください」
知り合ってからそれなりに経っているのだが……お互いの立場の変化が、最も公式な呼び方をさせてしまっていたようだ。
「リョウ様は、以前、このクベバサに滞在されたことがあるのですよね?」
「はい。それこそボスンター国の前に滞在していたのが、このクベバサでした」
シオ・フェン公主は、ボスンター国の出身だ。
「ちょうどその時に、クベバサはアティンジョ大公国に併合されたとか」
「そうですね。クベバサの艦隊主力が……いろいろあって壊滅して。ほとんど抵抗なく併合が行われました」
「その艦隊主力の壊滅は、アティンジョ大公国の策謀だと思われますか?」
全く表情を変えることなく、パスタとスパゲッティは同じものだと思われますか、とでも問うかのように軽やかな口調のシオ・フェン公主。
涼ですら、一瞬、何を問われているのか把握し損ねるほどの口調と内容の落差。
だが実は、その事については何度も考えてきた。
「おそらく、大公国の策謀でしょう。もちろん、あそこに何がいるのかを正確に知っていたわけではない。ただ、異常があることは知っていて、クベバサ艦隊を派遣するように首相を動かした……」
「壊滅せず、戻ってきても情報収集に貢献するということですね」
涼が答え、シオ・フェン公主も頷く。
そう、どう転んでも大公国にとって悪いことにはならない。
しかも壊滅してくれれば、今回のように大公国にとっては犠牲を払わずにクベバサを手に入れることができる。
百年にわたって、ずっと手に入れようとしてきた『自由都市』クベバサをだ。
「そう考えると現状は、アティンジョ大公国の思い描いた通りと」
「そうなりますね。この会議に関しても、大公国が率先して開催を望み、開催地にもクベバサを提供しています。ここまでくると、チョオウチ帝国の南進も最初から知っていたのではないかと思えてきます」
シオ・フェン公主も涼も、そこで頷いた。
さすがに、アティンジョ大公やヘルブ公が、北のチョオウチ帝国と繋がっているとまでは思わない。
だが、チョオウチ帝国の動きが、寝耳に水であったとも思えない。
「今回の会議で話し合われるのは、チョオウチ帝国に結束して当たるということです。それ自体に反対する国はいないでしょう。矢面にも、地理的にダーウェイが立つことになります。それもいいでしょう。しかし……」
「素直に会議が進むとは思えませんよね」
シオ・フェン公主と侍女ミーファが去った後、アベルが涼の元に来た。
「なんか難しそうな話をしていたか?」
「謀略家の集いでした」
アベルの適当な問いに、眼鏡クイッのふりをしながら答える涼。
涼の中では、謀略家と呼ばれる人は眼鏡をかけているイメージなのだろうか……。
「シオ・フェン公主は、なんかそんなのもこなせそうな気がするが、リョウは無理だろ?」
「そ、それは自覚していますよ。でもそれを言ったら、アベルもじゃないですか」
「そうだな。俺もその手のやつは苦手だ」
涼もアベルも、謀略家からはもっとも遠い人種なのだろう。
根が善い奴で、基本的に優しいから……。
「国家を運営していくためには、謀略家的な人も必要だとは思うんです」
「王国だと、ハインライン侯が担っている部分だな」
「そうです。アベルはいつも、宰相閣下に感謝してくださいね!」
「感謝しているぞ。リョウも、ハインライン侯に迷惑をかけないようにしろよ」
「僕は、常に品行方正な筆頭公爵ですから大丈夫です」
自信に満ちた表情で言い切る涼。
首を傾げ胡乱気な視線のアベル。
自信とは本人評価が全てであり、周りの人たちからの評価は関係ないのだ。
その日のお昼も、二人は街に繰り出した。
繰り出したと言っても、お昼ご飯を食べるだけだが。
「アベル、さすがに二日連続で醜態をさらすわけにはいきません。僕らは名もなき冒険者ではなく、人によってはナイトレイ王国の筆頭公爵と護衛剣士だと知っているわけですから」
「王国の名に傷がつくということだな。確かにそんなことになったら、故国の民に申し訳が立たんな」
口では殊勝なことを言っている二人だが……。
目と鼻を駆使して美味しそうなお店を探す様子からは、再び失敗を繰り返す匂いがプンプンしている。
昨日は、少し裏通りにある『嬉食庵』であった。
今日は、広場に面したお店を物色している。
そんな二人の近くで、多くの荷物が運び込まれていた。
「宿か?」
「大規模な外交使節団が到着したんですかね?」
アベルも涼も、荷物運びの邪魔にならないような場所から、キョロキョロと見ている。
「あの看板が宿の名前か?」
「『自由の風 別館』? 僕らが泊まっている『自由の風亭』の新しい別館って、これですね」
涼が『自由の風亭』の従業員に尋ねた時に、スージェー王国の外交団はこの別館に入ると聞いていた場所だ。
「なるほどな。じゃあこの荷物は、スージェー王国の荷物か」
「リュン皇子の婚礼の儀には、護国卿のカブイ・ソマルさんを送り込んできましたからね。多島海地域が落ち着いたから、大陸にまで外交を伸ばそうとしているのかもしれません」
「国内が安定してこそ、外交に力を入れることができるからな」
「そういうのを聞くと、アベルもちゃんと王様をしていたんだなと思います」
「決して得意じゃなかったが、これでも外交に関しても努力していたんだぞ」
苦笑するアベル。
確かに、隣接する大国の指導者たちが、帝国のルパート六世や連合の執政オーブリー卿などであればいろいろと大変だったろうというのは、涼でも想像がつく。
「すいません、少し移動してください」
「申し訳ありませんが、馬車が着きますのでこちらには近づかないでください」
護衛兵であろうか、『自由の風 別館』入り口前に、スペースを確保し始めた。
「偉い人が到着するみたいです」
「今回の、スージェー王国の責任者だろう」
「誰でしょう。また、護国卿のカブイ・ソマルさんですかね?」
「この前、ダーウェイ帝都に来て戻ったばかりだろう? そうそう続けて国を空けれんだろう」
「となると、さっきカフェで見たジョダール大臣とかみたいな、外務系の大臣さんですかね」
「それが妥当だろうな」
別に二人は急いでいないために、護衛兵たちが確保した場所の外から、なんとなく見ていた。
そこに一台の馬車が到着して、一人の女性が降りてくる。
「おぉ……」
「ああ、綺麗」
「どこかの王女様かしらね」
二人の周りにいるクベバサ市民たちが、降りてきた女性を見てそんな感想を言っている。
その女性が誰なのか……涼もアベルも知った女性だ。
「まさか……」
「イリアジャ女王がお出ましとはな」
そう、涼もアベルも知っている人物。
新たに、スージェー王国の女王となったイリアジャ女王であった。
イリアジャ女王は馬車から降りると、周りをぐるりと囲んだクベバサ市民たちに向けて、笑顔を浮かべながら軽く手を振った。
手を振りながら、ある一点で目を留めた。
かなり驚いた表情になる。
目を留めた場所には、二人の男性が立っている。
一人はローブの男性、もう一人は剣士の男性。
ローブの男性が笑顔を浮かべて小さく手を振り、剣士の男性も笑顔を浮かべながら頷いている。
イリアジャ女王は『自由の風 別館』の扉をくぐりながら、傍らに付き従うロンク執事長に言った。
「表に、お世話になったアベルさんとリョウさんがいらっしゃいました。部屋にお連れしてください」
涼とアベルは『自由の風 別館』に案内されるのであった。




