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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0626 外交の人々

『自由の風亭』のカフェで休む二人だが、あることに気付いた。

「訪問客と思われる人たちがかなりいません?」

「ああ、リョウもそう思うか? あれ、宿泊客じゃないよな」


二人が座る席からは、『自由の風亭』のロビーが見える。

そこを、訪れる一団がけっこういるのだ。


そう、一団。


「どう見ても、外交関係の人たちですよね……」

「そうだな。リュン親王たちのところだろうな」

「早く着いても予定を繰り上げられて、街を見て回る時間もないなんて」

「政治に(たずさ)わるってのはそういうもんだろ」


涼が一般市民的な感想を述べ、アベルが国王的な解釈を述べる。

これほどの違いがあるということは、一般市民的感覚のまま国の政治に関わるようになったら……当然うまくいかなくなる。

特に周りの人間は困惑するだろう。


「僕は政治から距離をおきます」

涼がはっきりと宣言する。


「筆頭公爵なんだから無理だな」

アベルがはっきりと逃がさない。


「元々、名誉職的なものだからって引き受けたのに……」

「そういえばそうだったな」

アベルも覚えてはいたらしい。


「世界が何事もなく平和だったら、そうできたんだろうがな」

「おのれ世界!」

アベルが世界のせいにし、涼はそれに乗っかった。


世界を敵に回す国王と筆頭公爵。

これが、世界征服の序章となるのか……。




ドスナジは、コマキュタ藩王国外務省の第五次官だ。

四十三歳、同期の中では出世頭で、四十代前半での次官は十年ぶり。

巨大な外務省の中でも、席次十位という高級官僚であり、間違いなく幹部である。


今回、東方諸国合同会議に出席する外務大臣ジョダールの大臣補佐官として、自治都市クベバサを訪れた。

そして今、超大国ダーウェイの交渉団団長である第六皇子リュン親王に、その外務大臣と共に挨拶してきたところである。


ジョダール外務大臣はドスナジと同じ四十三歳。

元々藩王室(はんおうしつ)に繋がる名門の生まれであり、いずれは宰相(さいしょう)あるいは摂政(せっしょう)として藩王政府のトップに立つであろうと言われている人物でもある。

ドスナジも、まだ共に仕事を始めて四カ月ほどだが、これまでの外務大臣たちと比べてかなり優秀であると感じていた。


いや、これまでの外務大臣たちと比べるのはあまりにも失礼かもしれない。


ジョダール大臣は、際立った生まれの良さでありながら、それをひけらかすことはない。

それどころか、外務官僚たちに対して、非常に優しく接してすらいる。


元々外務副大臣であったのだが、前の外務大臣が隣国スージェー王国からの贈賄(ぞうわい)疑惑(ぎわく)によって失脚(しっきゃく)し、大臣に上がったのだ。

そんなことがなくともジョダールは、いずれは外務大臣に上がっていたのだろうが……想定よりも数年早くなったらしい。


コマキュタ藩王国の大臣は、(そう)じて年齢が高い。

四十代以下の大臣はジョダールのみ。

五十代すらいない。



「リュン殿下はかなり若かったですが、交渉相手としては大変そうな方でしたね」

ジョダール大臣が苦笑しながら言う。


「はい。十九歳ということですが……。ですが今回、敵ではありませんから」

ドスナジ次官が答える。


「そう、共に戦うための会議です。我々コマキュタ藩王国にとっても、いい落としどころは見つかるでしょう」

ジョダール大臣がそこまで言ったところで、ちょうどロビーに着いた。



「ジョダール大臣!」

ロビーで呼びかけられた。


「ああ、ミシタ外交長官」

ジョダール大臣に声をかけてきたのは、クベバサ自治政府のミシタ外交長官だ。

傍らに、補佐官らしき人物がいる。


「例の件について、お話ししたいのですが」

「ああ……さすがにここではちょっと」

「はい、隣に部屋をとっておりますのでそちらで」

ミシタ外交長官はそう言うと、ジョダール大臣を案内していった。



その一連のやり取りを見ていたお腹いっぱいの二人。


「例の件だそうですよ」

「なんだろうな。この辺で話せないってことは、重要な話なんだろう」

ロビーやカフェで話したら、さすがに内容は駄々洩(だだも)れになるであろう。


「さっきのミシタ外交長官って覚えています?」

「リョウが言うってことは合ってたのか、自信はなかったんだがあれだな、大使館の園遊会でヘルブ公に食って掛かってた……ミシタ港湾副大臣だな。傍らにいた人物も、あの時いたよな」

「ええ、ロンファン補佐官ですね。ロンファンさんって、お茶屋さんで襲撃された四人の一人でもあるんですよね」

「そうだったのか? それは気付かなかった」


お茶屋さんの時も、二人は食べ過ぎて休んでいた……。


もはやそういう運命なのかもしれない。



「例の件というのは、このクベバサの独立戦争に関することに違いありません」

「独立戦争?」

涼がなぜか自信満々に宣言し、アベルが胡乱(うろん)げな目で見る。


「独立戦争の際には、宗主国(そうしゅこく)の敵対国に協力を取り付けるのがセオリーです。ですがアティンジョ大公国は、この辺りの国は征服してしまったので、仕方なくコマキュタ藩王国に支援してもらおうということでしょう」

涼が説明する。


頭に浮かべていたのは、イギリスから独立しようとしていたアメリカが、フランスから協力を取り付けようとした地球の歴史だ。


「せっかく自治権を手に入れたのに独立しようとするのか? まあ元々独立国家だったことを考えれば、気持ちはわかるが……ちょっと早すぎないか? もう少し力を(たくわ)えてからとか……」

「それでは遅いのです! クベバサの民は、アティンジョ大公国の圧政によって、毎日泥水(どろみず)(すす)りながら生きているに違いありません! それを見かねて、自治政府とかの人たちが独立を画策(かくさく)しているに違いないのです!」


なぜか力強い目でアベルを見ながら、涼は何度も頷いている。


「そうか……」

アベルは反論を(あきら)めた。


別に涼の言った通りであろうとなかろうと、どちらでも自分には関係ないと思ったからだ。

そう、他国の事情に口を出すのはやめたほうがいい……。


別に目の前の涼も、独立戦争とやらに介入しようとはしないはずだ。

もちろん、そんな独立戦争が起きたとしてもだ。


正直、そんなものは起きないとアベルは思っている……。



「やはり独立軍が最初に攻めるなら、本国から来ている行政府のトップですよね。そこを攻めて人質にできれば、一気に流れを決められるかもしれません!」

涼は妄想(もうそう)(つむ)いでいる。


場所は行政島ですよねとか、動員できる兵力によって確保しておく場所も考えないといけませんよねとか言っている。


何度も言うが、もちろん、全て妄想だ。



だが……。



「俺たちがクベバサを出た時、この街の最高権力者はヘルブ公だったよな?」

「そうですね。直前に、元首相のノソンさんが最高執政官とかいうのになっていましたけど、亡くなったんですよね」

「そうだったな。もしかして今も……」

「このクベバサの行政トップは、今もヘルブ公?」


アベルと涼はお互いに見合う。

もちろん、どちらの顔にも答えは書いていない。


「ちょっとご挨拶に……」

「やめろ」

涼を止めるアベル。


火のない所に火をつけることになりそうなのでアベルは止めた。


「どうせ会議では会うんだろうがな」

「会議の場が戦場ということですね!」


なぜか悲壮な決意をして頷く涼。

いつものように、アベルは小さく首を振るのであった。




部屋に入っていったクベバサ自治政府のミシタ外交長官と、コマキュタ藩王国のジョダール外務大臣。


部屋に入る早々、ミシタ長官が切り出した。

「大臣、どうでしょうか?」


何がどうなのかなど言わない。

言うまでもないと言わんばかりに。


だが問われたジョダール大臣は顔をしかめている。

冷静であれば、それだけで大臣の返答を推測できてしまうであろうほどに……。


「長官、この話は聞かなかったことにします」

「大臣……」

「あなただってやりたくはないはずだ。違いますか、長官」

「……」

「成功しても、本当にクベバサの民のためになるとは思えません。失敗すれば当然、さらにアティンジョ大公国からの締め付けは厳しくなるでしょう。明確に、私はやるべきではないと思います」

「……」

「ミシタ長官、あなたの後ろにいる人にお伝えください。コマキュタ藩王国は、アティンジョ大公暗殺には協力できないと」

「はい……分かりました」



こうして、短い会談は終了した。



外に出たコマキュタ藩王国の二人。


「ジョダール大臣……」

「次官も今の件は聞かされていましたよね?」

「はい、国元で」

「それなりの人数が知っているということが分かります。そんなもの、成功するわけがない」

「……」

ジョダール大臣は顔をしかめて小さく首を振る。

ドスナジ次官も無言のまま頷く。


「北からの脅威(きょうい)に一致して立ち向かおうというこのタイミングで……アティンジョ大公がクベバサを訪れるからという理由で暗殺……。ミシタ長官も損な役回りを」

「ミシタ長官はこの暗殺計画に反対なのですね?」

「当然です。彼はまともな行政官です。暗殺などという手法は、どんな理由があっても取るべきではないと分かっています」

「それでも今回来たのは……」

「上から言われたか、家族が脅されているか……」

「そんな……。そんな卑劣(ひれつ)なことが許されていいはずがありません!」


ドスナジ次官が声を抑えながら憤慨(ふんがい)する。

それを見て、ジョダール大臣は少しだけ笑った。

ドスナジ次官の正義感が心地よかったのかもしれない。


「どんな国であっても、大臣などになれば多かれ少なかれそういうことはあります」

「まさか! 我が藩王国においてもですか?」

「ええ」

ジョダール大臣は笑いながら頷く。


「市井の民は知らないことですし、知らない方が幸せですよね」

ジョダール大臣はそう言うと、驚くドスナジ次官を連れて、馬車に乗り込むのであった。


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