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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第四章 学術調査団
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0065 魔石の色は薄かった

ダンジョン封鎖が解かれて三日目、アベルたち赤き剣と宮廷魔法団の調査団は、ダンジョン第七層に達していた。


ここまでは何も問題無し。

問題というか、一切の魔物に遭遇していなかった。


第一層から第三層が狼系、第四層と第五層が今回大海嘯を起こしたゴブリンである。

アベルたちは、第四層、第五層まで潜れば、何らかの手がかりを得ることが出来るのではないかと考えていた。

だが、何もなかった。

そして、何もいなかった。



「しかし……これほどまでに何も出ないというのは予想外じゃったな」

アベルの隣でぼやいているのは、宮廷魔法団顧問アーサー・ベラシスである。

若い頃は冒険者だった顧問アーサー。

ダンジョンに潜って、自分が最前線で指揮を執るのは当然と考えていた。


宮廷魔法団の調査団は、全百名。

そのうちの半分が地上で、上がってきた情報の分析を行うチームで、残りの半数がダンジョンに潜って情報を収集するチームである。


その五十名全員が、ダンジョンに潜り、昨日から情報の収集を行っているのだが……これまでほとんど何も出ていなかった。

「何かがどこかにあるはずだ。魔石の色は薄かったのだから」

アベルが答えた。




それは、昨日アベルの耳に聞こえてきた情報だった。


ダンジョンから戻り、ギルドに報告を終えたアベルの背後に近付く影があった。

そして囁いたのである。


「アベル、合言葉は、『魔石の色は薄かった』、です」

その水属性魔法使いは囁いた。

「は?」

「合言葉は、魔石の色は薄かった。僕の後に続けて言ってください。はい、魔石の色は薄かった」

「……魔石の色は薄かった」

涼に言われて、アベルは訳が分からずに繰り返した。

「そう。魔石の色は薄かった」

「魔石の色は薄かった」

アベルが繰り返したのを確認すると、満足したかのように、涼は去って行った。



その後、アベルが、ギルドマスターのヒューに、大海嘯の魔物から採れた魔石の色を確認しに行ったのは当然であった。

それでようやく理解したのである。

魔物たちは、下層で生きてきたモノたちではない。

最近になって、発生したモノであると。




「ゴブリンが大量に混じっていたことを考えると、十五層までの上層のどこかで発生したものだと考えるべきだろう」

十六層より下、便宜上中層と呼ばれている区画は、上層に比べて比較にならないほど強力な魔物が増えてくる。

それらがいる階層をゴブリンが突破できるとは思えない……が……そうは言っても数の暴力は恐ろしい。

中層以下から来たという可能性も、完全には排除できないのは確かであった。


「その中でゴブリンが元々いる階層は、四層と五層、あとは十層と十一層じゃな」

「ああ。四層と五層には何もなかった。魔物も、罠も、何も無かった。そしてここまで見つかった唯一の痕跡は……」

「うむ。数日前に、大規模な魔力の集中が起きたその痕跡がある……もう少し下の層で。それだけじゃな」

「もう少し下……十層からのゴブリンの階層……タイミング的にも大海嘯に関連している可能性がある……」

アベルはそう言いながら、調査団が手に持っている魔道具を見た。

涼が見たら、金属探知機を真っ先に思い浮かべるようなものである。


「しかしすごいな、あの魔道具は。数日前の残存魔力を検知できるのだから」

「うむ。あれが拾った情報を、地上の魔道具に送り、そこで解析をしているのだそうじゃ。風魔法の<探査>を錬金術に落とし込んでなんちゃら言っておったが、さっぱりじゃったわい。王立錬金工房と魔法大学が共同で作りだした物らしい。二人の天才錬金術師の合作じゃと聞いたぞ」

「錬金術……」

「なんじゃアベル、錬金術に興味があるのか?」

顧問アーサーが、アベルがそんなものに興味あるとは思わなかったと言わんばかりの表情で見ていた。


「いや、ない。俺は無いのだが、ある友人が、もの凄く興味があるらしくてな」

「アベルに友人。それは驚いたな」

顧問アーサーは、心底驚いたようであった。

「なんだ。俺にだって友人くらいはいるぞ」

「ふむ……まあ、冒険者になって良かったのかもしれんな」




ダンジョン封鎖が解かれて四日目。

赤き剣と宮廷魔法団の調査団は、第八層と第九層を調査していた。

そして明日、本命と思われる第十層の調査予定である。


アベルたちが第九層を調査している横を、王国中央大学の調査団が進んでいった。

その中には総長クライブ・ステープルスの姿も見て取れた。



「中央大学の連中、やけに足が速いな」

宮廷魔法団の調査団は、各階層に到達すると、階層中に拡がり大海嘯の痕跡を探して回っていた。

そのため、探索のスピードは決して早くはない。

だがそれを差し引いても、王国中央大学の調査団のスピードは異常であった。

まるでこの層には何もないから調査する必要はない……そう決めつけているかのような……。


そんなアベルの疑問に、隣にいたリーヒャが答えた。

「中央大学は、今回の大海嘯の魔物は、三八層よりも下に生きていたモノが出てきた、と考えているみたいよ」

「そうなのか?」

「ええ。昨日、調査団にいる元同僚に聞いたから確かよ」

そう言うと、リーヒャはにっこり笑った。


「同僚……王都神殿時代のか。けど、そんな機密をペラペラしゃべって、そいつは大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。神官はどこでも引く手あまただから」

腕のいい魔法使い自体が、決して多くないのである。

その中でも、各パーティーに絶対必要とさえ言える回復要員、光魔法を使える神官は、常に需要が供給を上回っている状態であった。


「それと、さっきの中央大学の護衛たち、見たことない人たちだったでしょ?」

「ああ、この街の冒険者じゃないな」

それはアベルも気づいていた。


中央大学は、総勢三五〇〇人を超える規模の調査団で乗り込んできている。

その中には、護衛としての冒険者や、荷物持ちも入っているが、それ以外にも現地、ここルンの街で冒険者を雇っていた。

だが、先ほど降りてきた中には、この街の冒険者は一人もいなかったのである。


「王都から連れてきた冒険者らしいの。ルンで雇った冒険者は、ほとんどD級冒険者だったらしく、基本的に、地上との連絡確保と調査団全体の食料確保の仕事をさせられているそうよ」

「無駄な使い方な気もするが……王都の冒険者じゃ、ダンジョンに慣れてないだろうに。まあ、ルンの街の冒険者たちが、変な危地に置かれないでお金を稼げる、というのならそれはそれでいいか」

アベルは肩をすくめて言った。


考えようによっては、やりがいは無くとも危険は少ない依頼、とも言えるからだ。

何が起こるかわからない大海嘯後のダンジョンに、好き好んで潜りたい冒険者はあまりいないだろう。



「アベルよ、クライブたちがサクサク行きよったぞ。あのまま十層に突っ込んだりはせんじゃろうな?」

部下たちを見回った後、顧問アーサーはアベルの所に戻って来てぼやいていた。

「リーヒャが言うには、彼らは今回の魔物は三八層より下から来たと想定しているらしいので、さっきの勢いのまま十層に入るんじゃ?」

「なんと……」

さすがに顧問アーサーも絶句した。


しかしそこは百戦錬磨。すぐに思考を切り替えた。

「まあ、それならクライブに、鉱山のカナリアになってもらうかの」

そういうとニヤリと笑った。




王立中央大学総長クライブ・ステープルス擁する調査団は、九層を調査する赤き剣と宮廷魔法団を尻目に、十層へと足を踏み入れようとしていた。


「クライブ様、この十層がゴブリンたちの層になります」

「関係ない。あの魔物共はもっと下層からやってきたのだから。さっさと進みます」

秘書の報告も、クライブにはどうでもいいことであった。

(大海嘯の謎を解いて、なんとしても次期学術長にならなければ)


学術長とは、王国における学問行政のトップともいえる立場である。

財務における財務卿、軍事関連における軍務卿などと同様に、学問分野それぞれへの国家予算の割り当ての権限などを持つ、国家中枢を担う非常に高い地位の一つである。


根回しは十分に行ってある。

あとは、誰からも後ろ指をさされないだけの研究実績を積み上げればいいだけだ。

そう考えると、この大海嘯の原因について大きな発表をすることが出来れば、まず間違いなく学術長のイスを手に入れることは出来るであろうと思われた。

そのために、わざわざ王都からこんな辺境にまで出向いたのである。


「しかし、研究職の者を含めて多くの者のスタミナが……」

「む……学究の徒だからといって体を鍛えなくていいというわけではないでしょうに。仕方ない。今日はこの十層までにします。十層で野営すると後ろに連絡を」

中央大学の調査団は、地上に戻らず、三八層まで野営を重ねて降りていくつもりであった。

そのために、テントなどの野営設備、食料、歩哨の交代要員など、潤沢な資源を投入する予定となっていた。




翌日。

前日に、九層までの探索を終えた赤き剣と宮廷魔法団の調査団は、いよいよ本命ともいえる第十層の探索に臨もうとしていた。


「やはり、昨日のうちに中央大学の調査団は十層に入っていた様だ」

「ふむ。それなのに問題が起きたという報告は上がってきておらんようじゃな……十層は何もないのかのぉ」

アベルと顧問アーサーは、話しながら第十層に足を踏み入れた。

「まあ、うちはうちでやることは変わらん。残留魔力の検出をさせるわい」

「俺は、十層に罠が発生していないか見て回る」

そういうと、顧問アーサーとアベルは別れた。



ある程度以下のダンジョンを探索する場合、パーティーに必ず必要な人材がある。

それが、斥候と呼ばれる、罠を見つける人材である。

ルンの街のダンジョンの場合、十層以下から、罠の存在が知られている。

つまり、十層より下に潜るのであれば、斥候が必要になってくるということだ。


だが、赤き剣には斥候はいない。

剣士アベル、神官リーヒャ、盾使いウォーレン、魔法使いリン。

この四人だけである。


だが、赤き剣は三十層以下まで探索したことがある。

では、その時、罠はどうしたのか?

アベルが罠を発見し、場合によっては解除したのだ。

斥候のいないパーティーなのだから仕方ない、とアベルは諦めているが、これは非常に器用だと言わざるを得ない。


もちろん、本職の斥候ではないため、全ての罠を解除できるわけではない。

そのため、パーティーでのダンジョン探索の際にも、基本は罠を避けて進む、という形であった。

とはいえ、ここ二年程は地上依頼ばかりのため、罠解除の腕も鈍っている……とアベル自身は思っている。



ダンジョンに、なぜ罠が存在するのか。


学説として確定してはいないが、主流の考えとしては、

「何らかの理由により、ダンジョンが罠を生成している」というものである。

ごく少数の考えとして、ダンジョンの魔物が作り出しているという学説もあるが、最近はほぼ淘汰されつつあった。


どちらにしろ、毒、落とし穴などがルンのダンジョンでは非常に多く、十層以下を探索する場合には、斥候は必須とさえ言われていた。


(十層にも毒が噴き出る罠があったと思うんだが……全く無いな)

アベルは、赤き剣の四人で十層を歩き回っていた。

「罠も無く、魔物もいない……」

リンも首をかしげながら話していた。

「中央大学の調査団も、魔物には出会わなかったらしいので、この十層ではなく次の十一層が本命になるのかしら?」

リーヒャは、昨日も中央大学の同僚から情報を集めて来たらしい。


「連中は、十一層に移っているんだろう?」

「ええ。午前中のうちに、十一層に移動したみたいよ」

宮廷魔法団が準備している携帯食を食べながら、四人は十層を回っている。


「このまま何も起きなければいいんだがな……」

アベルは呟いた。


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