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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0625 クベバサへの帰還

「クベバサよ、私は帰ってきた!」

公船第十船の船首に立った水属性の魔法使いが、自治都市クベバサの巨大な橋が見えた時、こう叫んだという。


隣に立っていた国王剣士は、意味が分からず首を振った。

「どうせいつもの、王道展開がどうとかいうやつだろう」

そう、適当に呟いたらしい。


いろいろ食い違う部分もあるが、昔からこう言うではないか。

気にしたら負けであると。



「六隻から八隻くらい沈めれば、クベバサの悪夢(あくむ)と呼ばれるに違いありません」

「敵をだろ? 味方を沈めたら怒られるぞ」

「あ、当たり前じゃないですか! 確かに味方を沈めても悪夢とは言われるでしょうけどね……味方から」


涼の中では、敵の船をたくさん沈めて、畏怖(いふ)と共に『○○の悪夢』とか言われたいらしい。


「今、戦争中じゃないから無理だろ」

アベルの返事はいつも通り適当だ。


だが、何かを思い出したようだ。

「以前、コマキュタ藩王国からスージェー王国に行く際に、リョウは五隻くらい沈めてただろ?」

「ああ、ありましたね」


コマキュタ藩王国に亡命していたイリアジャ王女を迎えに、レインシューター号に乗ったカブイ・ソマル護国卿がやってきた。

それでスージェー王国に戻る途中、レインシューター号は襲撃されたのだ。


「そういえばあれは、アティンジョ大公国のゴーウォー艦とか言いましたっけ」

「それだな」

涼が思い出した答えを肯定するアベル。


「あれはダメです」

「なんでだ?」

「あれは、船の女王たるレインシューター号の功績として記憶されるべきなのです。女王の伝説として。そこに、僕の名前が出てくるのは無粋(ぶすい)です」

「そ、そうなのか……」


涼はうんうんと頷いている。

それを見て、アベルは小さく首を振る。


人の感性は分からないものなのだ。



「すごいですね、四日も早く到着しました!」

「風が良かったですから」

涼が嬉しそうに言うと、第十船のラー・ウー船長が笑いながら答えた。


この四日間は、涼にとっては貴重な四日間となるであろう。

なぜなら……。


「久しぶりの自治都市クベバサを見て回る時間ができました!」

「見て回るではなく、食べ歩くの間違いじゃないか?」

「ひ、広い意味では同じことです」


アベルがジト目で見ながら言い、涼が反論する。


実際、予定通りに着けば、翌日からずっと会議だったわけで……。

時間ができたのは事実だ。

もっとも、会議に参加するために来たのだ、遊ぶためではない!



クベバサ自由港に到着したダーウェイ交渉団は、下船を始めた。


「やはり港が大きいですよね」

「公船十隻から、一気に下船できるからな」


涼とアベルが下船しようとすると、後ろからラー・ウー船長が声をかけてきた。


「宿には、前の人たちについていってください。お二人も同じ宿に部屋が準備されているそうですので」

「ありがとうございます!」



そう言うと、涼とアベルは下船した。

実は今回、二人ともそれなりの荷物があるのだが、それらは全て公船から荷降ろしをしてもらって宿まで運んでもらうことになっている。

そのため、いつも通りほとんど手ぶらだ。


二人はダーウェイ交渉団についていく。


宿にはすぐに到着した。

自由港のすぐ近くだったらしい。


木造二階建てだが、正面道路に面した部分だけでも百メートルはあるのではないかという大きな宿。

二百人ものダーウェイ交渉団が泊まるのだから、大きいのは当然なのだが……そこは見覚えのある宿。


「あれ? ここって以前……」

「泊まった宿だな」

「確か名前は、自由の風亭……」


そこは素晴らしく豪華でありながら、エレガントでもあるエントランスがあり、宿の従業員たちの所作(しょさ)も完璧。

間違いなく、自治都市クベバサの中でもトップクラスの宿である。


「飯も美味かったよな」

「そうそう。ローンダーク号のスーシー料理長が言ってましたよね。昔、よくここに連れてきてもらっていたと。料理が美味しいお宿という伝統は、長く続くのかもしれませんね」


だが、そこで涼は思い出した。


「そういえばここって、スージェー王国の資本が入っているって言ってませんでしたっけ?」

「ああ、言ってたな」

「今回の会議、スージェー王国からも代表団とか来るでしょう? その人たちはここには泊まらないんですかね?」

「言われてみればそうだな。自国資本が入っている宿があるなら、そこに泊まるのが普通だろうしな」


涼の疑問に、アベルも答えることができない。

なので、答えてくれそうな人に尋ねることにした。


この宿は、従業員たちの所作も完璧。

二百人がいきなり宿に到着しても、ほとんどストレスを感じさせることなくさばいていた。


そんな従業員が、二人にも寄ってくる。

部屋の案内と鍵を渡してくれるためだ。



二人は尋ねられた名前を答えた後、先ほどの質問をしてみた。


「スージェー王国の代表団の方々は、このお宿には宿泊されないのですか?」

「はい、されません。スージェー王国代表団は、広場に面して新しく建てられました『自由の風 別館』の方にご宿泊予定です」

「別館!」

「新しく建てた? なるほど」


従業員のお姉さんの答えに、涼もアベルも驚いた。

新たに別館が建てられていたとは想定外であったため。


「国レベルでの経済が、ちゃんと回っているようです」

「ダーウェイに対してはともかく、他の多島海地域や大陸南部の周辺諸国に対して、アティンジョ大公国が合併してもクベバサは問題ないというのを知らしめるために、今回の会議はここで開くことになったのかもな」

「なるほど。国レベルでの宣伝ですか。ありそうなことです」


アベルの推論に、涼も頷く。

その手のアピールは、地球においてもよく行われてきた。


サミット、オリンピック、万博……催し物の開催地選考は外交なのだ。


「いずれ我がナイトレイ王国も東部で……」

「そうだな。東部か北部かで行うことになるかもしれんな」

「のこのこと集まってきた帝国と連合の首脳を一網打尽(いちもうだじん)にしちゃダメですからね!」

「うん、絶対やっちゃダメなやつだな」


信義(しんぎ)にもとる行動をとるのは良くない。



二人にあてがわれた部屋は、前回同様、最上級のスイートルームであった。

聞くところによると、リュン親王とシオ・フェン公主、礼部の責任者として加わっている次官、それに涼とアベルが、最上級の部屋らしい。


「い、いいんですかね、そんな厚遇(こうぐう)を受けてしまって」

「いいんじゃないか? ダーウェイが勝手に決めたんだろう?」


涼は市民的な感覚で驚き、アベルは国王的な感覚で当然のように受け入れる。

この辺りは、経験の差だろうか。


「とはいっても、この前泊まったのと同じ部屋だよな」

「やっぱりあの時スージェー王国は、僕らを最上級でもてなしてくれていたということですね」


二人は、イリアジャ女王の賓客(ひんきゃく)であった。

なんだかんだありながらも、二人は上質なお宿に泊まることが多いのだ。


「アベル、いつも贅沢(ぜいたく)なお宿にばかり泊まっていては、冒険者としての心を忘れてしまうかもしれません!」

「んあ?」

「僕らは冒険者です。冒険者の基本は野宿、交互に見張りに立って魔物の襲撃に(おび)えながら夜を越えるのです」

「一般的にはそうだな」

「アベルは、最近それが少ないと思います」

「何でだろうな?」

「甘やかされているからです!」


涼は、ビシッとアベルを指さして言い切る。


「そうか、俺は甘やかされているのか」

「ええ、甘やかされています」

「そうだリョウ、ちょっとお手本を見せてくれ」

「え?」

「野宿で、魔物の襲撃に怯えながら見張りに立つやつ。俺はその間、この宿で寝ておくから」

「不公平です!」

「甘やかされない冒険者の姿を、リョウには見せてほしい」

「僕は甘やかされたいです!」

「……素直だな」


手のひら返しとはこのこと。



二人は船から運ばれた荷物を部屋において、一階に下りていった。


「四日間の自由を得ました」

「まあそうなんだが……。とりあえず昼飯だろ」

そう、ちょうどお昼時だ。


「そういえば、この自治都市クベバサは美味しいお店が多いんでしたよね」

涼が嬉しそうに言う。


「そうだったな。どうする? 久しぶりに『嬉食庵』に行ってみるか?」

アベルのその提案は、とてもスムーズに行われた。

そのため、最初は涼も笑顔だったのだが……。


明確にアベルが提案したものを理解した時、表情が激変した。


それは、恐ろしいものを見る顔。


「なんだ? 俺、何か変なこと言ったか?」

「いえ……アベル、『嬉食庵』がどんなお店だったか、覚えていますよね? それを知っていて提案しているんですよね……」

「俺らがクベバサに着いて、最初の昼飯を食べたところだろう?」

「ええ、ええ。そして二日目もお昼ご飯を食べたところです。しかも、二回とも轟沈(ごうちん)しました」

「轟沈って……。まあ、確かに、食べ過ぎて動けなくなったな」


涼が絶望的な表情のまま言い、アベルは苦笑しながら答える。


そう、二人はあまりにも美味しすぎて、注文し過ぎて、食べた後、動けなくなったのだ。

広場に面したお茶屋さんで、お腹の回復を待った思い出がある。


「無謀と書いてアベルと読む……」

「意味が分からん」

「あんな恐ろしい経験をした所に、アベルはまた行きたいと……」

「ん? リョウは行きたくないか?」

「……行きたいです」

「よし、じゃあ行こう」


そう、なんだかんだ言いながら、美味しいものは正義だ。

その誘惑に勝てる者などほとんどいない。

少なくともここにはいない。


大丈夫!

油断しなければいいだけだ。

食べ過ぎないように意識すればいいだけだ。


『嬉食庵』がいけないのではない。

アベルが悪いわけではないし、涼が悪いわけでもない。

誰も悪くない。


油断するのがいけないだけだ。


油断せずいこう!



そうして、二人は『嬉食庵』に入っていった。



食べ終えて、出てきた二人。


「油断しました……」

「無謀だったか……」


そう、二人は食べ過ぎた。

そう、二人は食べ過ぎてしまった。

そう、二人は……やっぱり食べ過ぎたのだ。


美味しいものの恐ろしさ。


美味しいものは正義である。

美味しいものは暴力でもある。

油断してはいけないと心に期していた者たちですら、その暴力によって打ち倒す。



恐ろしきもの、(なんじ)の名は美味(びみ)



悪魔を倒し、魔人をねじ伏せる涼ですら、美味の前には無力。

民を従え、絶大にして熱狂的な支持を受けるアベルですら、美味の前には無力。


二人は、ほうほうの体で、『自由の風亭』のカフェに入って、お腹を休めるのであった……。

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