0623 1024の文字列
皇宮内禁城、太極殿前広場。
そこにはリュン親王とシオ・フェン公主を筆頭に、その供回りと侍女、さらにリュン王府親王羽林軍、それらをサポートする礼部など、二百人が整列していた。
なんとか体調の戻った皇帝ツーインが、東方諸国合同会議に出席するリュン親王らを送りだすセレモニーが行われたのだ。
ちなみに、涼とアベルも皇帝のすぐそばにいる。
二人も、オブザーバーとして参加するために。
これは、ダーウェイとは関係なしに、主催するアティンジョ大公国から正式に招待状が届いたためである。
もちろん、自治都市クベバサまでの移動には、リュン親王一行に便乗させてもらうが。
「ロンド公も一緒というのは心強い」
「陛下、リュン殿下の成長は著しいものがあります。会議でも、素晴らしい成果を持って帰るに違いありません」
皇帝ツーインの言葉に、笑顔で返す涼。
この場に、リュン親王だけでなくシオ・フェン公主もいるように、今回の会議には夫婦で出席する。
これは、シオ・フェン公主の故国であるボスンター国からも会議に出席するため、外交上もその方がいいであろうという皇帝ツーインの配慮によるものであった。
それは、リュン親王としても願ったりだ。
はっきり言って、二カ月前のリュン王府を襲撃された件はまだ忘れていない。
その際、王府に残していたシオ・フェン公主の命は、半分諦めた……。
もちろん仕方なく諦めたわけではない。
すぐにとって返したいと思ったが……。
だから、一緒に会議に行けるのは後顧の憂いがないという点では非常に良いものであると。
もしかしたら、皇帝もその事を考えての配慮だったのかもしれない。
今回、十隻の公船と、二十隻のダーウェイ艦隊で合同会議に向かう。
リュン親王とシオ・フェン公主、その供回りと侍女らは公船第一船に搭乗する。
当然、第一船の船長はミュン船長である。
第一から第七船までにリュン親王の家臣たち、第八から第十船に礼部が乗っている。
ちなみに、涼とアベルは第十に搭乗している。
当然、第十船の船長はラー・ウー船長である。
搭乗時に、第十船の副長、一等航海士、公船戦闘指揮官を二人は紹介された。
副長スン・マーと一等航海士ミャン・マーは、以前の公主護衛の際にも話したことがある。
二人とも身長は涼と同じほどだが、がっちりとした体格で二十代後半、多分兄弟だ。
顔貌がとても似ている。
ほとんど髪を剃り上げているのが副長スン、少し髪が長めなのが一等航海士ミャン。
だが公船戦闘指揮官リンシンとは初顔合わせのはずだ。
恐らく二十代後半の女性で、黒い髪はショートで、顔は優しそうな感じである。
そんな優しそうな女性が、戦闘指揮官?
そもそも、公船戦闘指揮官という役職がよく分からないが……。
「公船戦闘指揮官というのは、どんなお仕事なんですか?」
分からないので、涼は素直に尋ねることにした。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
「公船が戦闘を行うことになった際、その指揮を執ります」
笑顔で答える指揮官リンシン。
その答えでもイメージは湧かないのだが、涼の中にはスージェー王国海軍ローンダーク号の女性副長である、レナ副長が思い浮かんだ。
隣を見ると、多分アベルの頭の中にも、同じ人が浮かんだようだ。
もっともレナ副長は接舷戦では真っ先に敵船に飛び込んでいく女性であり、普段の立ち居振る舞いも凛とした美しさを感じさせた。
だが目の前の指揮官リンシンは、どう見てもほんわかとした雰囲気なのだ。
だが涼もアベルも知っている。
人は見た目では分からないと。
「リンシンは優秀です。この船が戦闘に巻き込まれても、安心して乗船してもらえますよ」
ラー・ウー船長は笑顔でそう言うのであった。
元々、涼とアベルは、リュン親王やシオ・フェン公主から第一船への搭乗を誘われたのだが、丁寧に断っていた。
いちおうダーウェイの正使たるリュン親王とは別に、オブザーバー参加なので……。
それに、いろいろ試したいこともあったから。
涼とアベルは、第十船の第一甲板にいる。
降り注ぐ太陽の光が眩しい。
帝都を出航して沖合に出ると、アベルが手元を見て告げた。
「『中黄』地域を出たらしい」
それは、手元にはめた飛翔環に新たにつけられた機能だ。
それによって、『中黄』にいるのか、外にいるのかが分かる。
なぜそんな機能がつけられたのか?
もちろん付けたのは涼である。
「ではアベル、試してみてください」
「分かった」
アベルは答えると、左腕にはめた飛翔環に右手で軽く触れる。
その瞬間、飛翔環の一部が、一瞬だけ赤く光った。
「赤く光ったぞ。『中黄』外用に切り替わったということだよな?」
「そうです。アベル、ゆっくりと……」
「ああ」
アベルは真剣な表情で頷く。
一度目を閉じた。
そして、目を見開くと……浮いた。
「おぉ……」
涼が思わず声を漏らす。
計算上はいけると思っていても、実際にそれが形を成すのを見れば感動するものだ。
アベルは浮き上がるだけではなく、ゆっくりと飛び始めた。
甲板上を、船首から船尾へ。船尾から船首へ。
マストの上の方に飛び、別のマストにさらに飛び。
『中黄』にいた時に比べれば、速度は遅いが、操作性は変わらないようだ。
「最初に、甲板上を飛翔する許可が欲しいと言われた時には、何のことかと思いましたが……。本当に飛べるのですね」
「ああ、ラー・ウー船長。飛翔の許可をいただき感謝しております」
第十船のラー・ウー船長が、飛翔するアベルを見ながら涼の元に来て感心したように言う。
「『中黄』で空を飛ぶ事ができる腕輪については、私も聞いたことがありましたけど……まさか『中黄』の外でも飛べるとは。あれはリョウさんが、いろいろ作り直したのですか?」
「中身を、多少触りましたけど、本体はそのままです」
そう、涼が触ったのは本当に少しだけなのだ。
飛翔環の魔法式は、隅から隅まで調べた。
調べ尽くしたと言ってもいいだろう。
その結果、涼が理解できる部分に関して見た場合、『中黄』でしか飛べない制限は無かった。
つまり、涼が理解できない部分にそれがある。
涼が理解できない部分は一カ所だけ。
例の、1024文字の部分。
日本語の文章の中に、突然古代エジプトのヒエログリフが入ってくるような、理解不能、意味不明な1024の文字列。
そこだけは理解できなかった。
この1024文字が、魔力を増幅しているのは理解していた。
だが同時に、『中黄』地域でのみ動く制限もかけていたということになるだろう。
この1024文字は、錬金術が行使される中で、何度もループ機構の一部としても使われているのが分かった。
つまり、かなり重要な部分だ。
だから涼は、この1024文字を通さない……バイパスを作った。
起動から終了まで、この1024文字を通らない魔法式のルートを。
その結果が現在のアベルの飛翔環だ。
もちろん、1024の文字列を使わない弊害は大きいだろう。
すぐに、その結果は出るはずだ。
十分ほど飛んだあと、アベルは下りてきた。
「どうですかアベル」
「ああ、速度はかなり遅くなるが、操作性とかは変わらない。だがやはり……」
アベルは少し疲れているように見える。
「俺は魔法使いじゃないからよく分からんが、多分、魔力の消費量が増大したと思う。疲労感も半端ない」
「やっぱり……」
そう、これが1024の文字列を通さなかった場合の懸念。
魔力増幅の文字列を使わないのだから、かなりの魔力消費量になるだろうと思っていたのだが……。
「アベルって、闘技とか剣技を放つじゃないですか? あれに換算するとどれくらいですか?」
「そうだな……かなり高度な『剣技:絶影』一回分くらいか」
剣技:絶影は、魔法にしろ物理にしろ、遠距離攻撃全てを回避する剣技の中でもかなり上級な技だ。
涼は、闘技や剣技は、魔力を使って行使されると考えているため、それに換算してもらったが……連発はなかなか難しいと言われる剣技一回分となると、けっこうな魔力消費だと言えるだろう。
「1024の文字列……やはり優秀ですか」
涼は何度も頷いた。
そこに、アベルが何か疑問があるらしく、涼に尋ねた。
「リョウが言っていた1024の文字列が、魔力の増大と『中黄』地域でのみ使用可能にしていたということだよな」
「ええ、そうです」
「その文字列って、ルヤオ隊長が作った魔法砲撃隊用の手甲にも使われているって言ってなかったか? そうなると、その手甲も『中黄』地域でだけ使えるということか?」
「アベル、いい質問です」
アベルの問いに、涼は何度も頷く。
「実は飛翔環と手甲の文字列、詳細に見比べたらですね、一文字だけ違っていたんですよ」
「マジか」
「それでルヤオ隊長に聞いてみたら、『中黄』地域でのみ使うものは飛翔環のを、他の地域でも使う可能性があるものは手甲のを使うようにと、昔、師匠に言われたそうです。ただ、魔力増幅の効果は、飛翔環に使われている『中黄』専用のやつの方が圧倒的に高いそうですよ」
それを聞いて、アベルは何度も頷いた。
「それでか。リョウが、ルヤオ隊長の師匠……ローウォン卿だったか、その人物の行方を方々に聞いて回っていたのは」
「ええ、ええ。いろいろと聞いてみたかったのです。でも結局、見つかりませんでしたね。ルヤオ隊長が言うには、コウリ親王の陣営に属しているということでしたけど……帝都にはいないのかもしれません」
世間から隠れている人を見つけるというのは、とても難しいらしい。
属する陣営が分かっているのに、見つけられないのだから。
「船長! 第一船から手旗信号です!」
「うん? 二人は来れるか?」
ラー・ウー船長は手旗信号を読み解くと、隣にいる涼の方を見た。
「二人って、僕とアベルのことですよね?」
「ええ、おそらくは」
「行けますと伝えてください」
「船を出しますか?」
「いえ、空を飛んで」
その後、涼とアベルは空を飛んで第一船に行ったのであった。




