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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0622 怖い世の中

本日より「第三部 最終章 幻人戦役」開始です。

「いやあ、世界はこんなにも平和で素晴(すば)らしい!」

そんなことを言いながら、楽しそうに食べる水属性の魔法使いがいる。


「飯食ってるからそう思えるだけだろう?」

独自の世界観を築き、魔法使いの言うことに常に反論する剣士もいる。


なんのことはない、涼とアベルがお昼ご飯を食べているだけだ。


「リュン王府が襲撃されてから、もう二カ月ですか」

「あれから、いろいろ変わったな」

「リュン親王の力が増したのが、何より大きいです」

「確かに。自治都市クベバサで開かれる会議には、ダーウェイ代表として出席するんだもんな」

「各国代表が集まるそうですが、そこにダーウェイ代表……つまり皇帝陛下の名代(みょうだい)で出席ですからね。間違いなく、次期皇帝候補の一人ですよ」


アベルも涼も、リュン親王を()している。

当然、皇帝ツーインからリュン親王への評価が上がれば、それは嬉しい。


ちなみに自治都市クベバサでの会議というのは、対チョオウチ帝国の会議である。

主催が、自治都市クベバサを領するアティンジョ大公国という点が、なかなか興味深い点であろう。

なにせ、チョオウチ帝国が問題なのは、抱える幻人たちのせいだ。

そして、アティンジョ大公国の国主たる大公は幻人であり、その弟ヘルブ公も幻人なのだ。


「全員集めてから、みんなまとめて大虐殺(だいぎゃくさつ)という可能性もあります!」

「ダーウェイをはじめ、東方諸国中の敵になるな、アティンジョ大公国は」

言ってみた涼も、受けたアベルも、さすがにそれはないと思ってはいる。

思ってはいるが……。


「思ってもみなかったことが起きるのが世の中です」

「怖いな、世の中」



実際、帝都では思ってもみなかったことが起きている。


「さすがにリュン王府を襲撃したビン親王は、処刑まではいかなくとも親王からは追われると思ったのですが……」

「ああ、未だに親王のままだ」


そう、まさかそうなるとは思っていなかった。


「だがこの二カ月間、ずっとビン王府内で謹慎(きんしん)だろう?」

「それは当然です。自軍も領地に戻されたそうですけど……それだって解散とかしてませんから。いつ、また牙をむくか分かりませんよ」

「皇帝にとっては息子であることに変わりはないからな……。そう簡単に親王の位を奪えんのだろう」

「やはりあの騒動の後、ビン王府に突入して処刑するべきでした」

「冗談でもそういうことは言うな……」



実際、涼は、友好の証二号君を修復した後、その(かたき)をとりにビン王府に突入しようとしたのだ。

それを必死に止めたのが、いつものようにアベルである。


さすがに今回は、ビン親王も罰を受けるはずだからと言って。

確かに罰を受け、ずっと王府に謹慎となっているが……。

実はアベルも、さすがに親王から皇子に戻されるくらいはあるのではないかと思っていた。

実際は、それも起きていない。


「やはり皇帝陛下の体調が良くなかったのが原因に違いありません」

「あの騒動の後だよな、皇宮内で倒れたのは」

「急に倒れるなんて変です! 毒を盛られた可能性もあります」

「可能性はあるが……俺たちにはどうにもならん」


涼もアベルも顔をしかめる。


実際ナイトレイ王国において、アベルの父スタッフォード四世は、長い間、毒を盛られていた。

それが、王弟レイモンドと帝国による王国侵攻の下地作りだったのだ。

その苦い思い出を忘れてはいない。



実はその後、皇帝をお見舞いしたのだが……。


「素人である僕たちではどうにもなりませんでした」

「仕方ない、当然だろう。宮廷医のような者たちがついていたんだ、彼らに任せるのが一番だ」

「今では良くなったそうですが……」


二人は、基本的にはダーウェイ皇宮には関係ないが、内部の人脈はそれなりに持っているのだ。

たとえば工房統領ロン・シェンや、御史台のシャウ司空など……。



だが、そんな二人でも知らないことがあった。

それは、皇帝ツーインが倒れたのとほぼ同時に、時の丞相(じょうしょう)ビャン・ビャンも倒れたことだ。

元々ビャン丞相は、八十歳を優に超えているため、倒れたこと自体を疑う者はその時点ではいなかった。


ちなみに丞相とは、ナイトレイ王国で言うなら宰相(さいしょう)にあたるだろうか。

ハインライン侯が務めている宰相である。

国家行政の実務者トップとでも言うべき地位である。


ビャン丞相は、年齢が年齢であるためあまり人前には出てこない。

あの響音会にもビャン丞相は出てこなかったわけで。

それで、二人とも、ほとんど知らないのだ。



そのビャン丞相が倒れてすぐに、皇帝ツーインも倒れた。



そこでようやく、変だぞと感じた者もいたかもしれない。


皇帝が倒れ、丞相も政務につけない。

さらにそれらを補佐すべき皇太子も立っていない。


その場合、ダーウェイではどうなるのか?


親王が代行する。

その中でも、最も長く親王位にある者が。

今回は、当然、第二皇子コウリ親王。



実はこれは、法に定められているわけではない。

法に定められているのは、あくまで皇太子が代行するという部分まで。


だが、数代前の皇帝時に、今回のように皇帝、丞相、皇太子が政務を執れない時があった。

その際、長く親王になっていた人物が、代行者として政務を取り仕切ったのだ。

それはほんの十日間ほどであったし、特に何も問題は起きなかった。


その先例から、今回もコウリ親王が政務を代行した。



もちろん、その話し合いの際には、皇帝のいない太極殿において激論が交わされた。


ただ一人、何も言わずに腕を組んで目を閉じるコウリ親王。

自らは何も言う必要もない。

ここに至る時点で、全ての準備は整っているから。


激論は六部の尚書らを含めた一品侯、二品侯というシタイフ層の中でも高い地位にある者たちが集まって行われた。

第三皇子チューレイ親王もおり、議論に参加した。

だが、第四皇子ビン親王はいない……リュン王府を襲撃したとして、ビン王府内に閉じ込められていたのだ。

そして、第六皇子リュン親王もいない。まだ、ペイユ軍征討から戻っていなかった……。


そんな状態であれば、いかにチューレイ親王が論陣を張ったところで、シタイフ層の過半数の支持を受けているコウリ親王優勢となるのは自明(じめい)


結局、一時間も経たないうちに、コウリ親王が政務代行を行うことが決まった。



皇帝の体調がある程度戻り、起き上がれるようになるまで……そこにいる者たちの多くは、一週間かそこらだと思っていたのだが思いのほか長くなり、三十日ほどかかった。

その間コウリ親王は、特に経済と軍事に関する改革を、精力的に進めた。


いくつかは即効的な効果を現し、他のいくつかは今もじわりじわりと効果を出し続けている。



「まあ、コウリ親王も悪くはなかったです」

「なぜ上から目線なんだ……」

「いっそのこと、親王全員に一か月ずつ政務をさせて、競い合わせるのがいいと思うのです」

「それは下の者たちが振り回されて大変になるからダメだろう」

「まじめな国民は、寝る間も惜しんでお仕事をしています。それに比べればお役人さんなんて……まだまだ頑張れるはずです!」

「なんという偏見……」


涼が強く主張し、アベルが小さく首を振る。


「もちろん僕だって、お役人さんの中には民のためを思って凄く頑張っている真面目な人たちがいる……まあまあいる……それなりにいる……ことは知っていますよ?」

言ってる間に涼の言葉が変わってきたのは、シャウ司空や白焔軍のリーチュウ隊長、ラー・ウー船長やミュン船長らが、全員『お役人』であることを思い出したからだ。


みんな真面目である……。


「……統治者がくるくる代わると大変そうなので、皇帝陛下にはこれからも頑張っていただければと思います」

「なぜ素直に提案を取り下げると言えない……」

涼が強引に結論付け、アベルが不満を述べる。



いろいろと大変なことがあることを認めながらも、涼とアベルは美味しいお昼ご飯を食べ、食事処を後にするのであった。




リュン王府。

二人が推すリュン親王も昼食を終え、食後のお茶を飲んでいた。

横にはシオ・フェン公主が座っている。


「この二カ月で、コウリ兄様との差が広がってしまった」

リュン親王は愚痴(ぐち)をこぼした。


リュン親王が愚痴をこぼせる相手は二人だけだ。

最も信頼するリンシュン侍従長と、最愛の妻シオ・フェン公主。

この二カ月で、二人の愛は深まったと思っているが……政略面においては、満足いく結果となっていないと感じていた。


「リュン様、焦りは禁物です」

だが、シオ・フェン公主は笑顔すら浮かべてそう言う。


もちろんそこで「お前は分かっていない!」などとリュン親王は怒鳴ったりはしない。

むしろ、自分よりも多くを分かっているのではないかと、最近では思うことすらある。

愚痴をこぼす相手ではあるが、同時に、助言を仰げる相手とも認識していた。


「まずはビン親王の力を削いだことは、この二カ月の成果かと」

「それはそうだが」

「それに、先の皇太子殿下が亡くなられてからの五年間、表立っては動かれなかったコウリ親王が、この二カ月は積極的に、それもあえて表に出て動かれました。それはなぜでしょうか?」

「……私のせいか?」

「はい」


リュン親王の答えに、笑顔のまま頷くシオ・フェン公主。


「リュン様の力が増し、表立って動かざるを得ないと判断されたのでしょう。自分では自分の力が増したかどうかというのは見えにくいものです。ですがその場合は、相手側の動きを見ることによって、自分の力が増したのかそれとも減ったのかを判断することができます。リュン様のお力は、間違いなく増しております」

「……さすがシオだな。シオに言われると、本当にそんな気になる」


シオ・フェン公主の説明に、リュン親王もようやく笑みを浮かべて頷いた。

信頼し、手を(たずさ)えて高みを目指す二人……。



そんなリュン王府訓練場の一部では、激しい剣戟が繰り広げられている。

この二カ月で、時々行われるようになった模擬戦だ。


片方はシオ・フェン公主の侍女ミーファ。

相手はリュン親王の侍従長リンシュン。


それを見守るのは、王府親王羽林(うりん)軍ルヤオ隊長と、輪舞邸御庭番(おにわばん)二番隊隊長友好の証二号君。


それらを遠巻きにして、数百人の王府軍の兵たちも見ている。



ミーファとリンシュンの模擬戦は、すでに三十分続いている。

その間、ルヤオ隊長を筆頭に、観客たちは固唾(かたず)をのんで見守っていた。


ミーファが飛び込んだ。

途中で、肩のフェイントを入れる。


それによってリンシュンの剣が僅かに揺れた。


ミーファの下段からの切り上げ斬撃。

そこにリンシュンが剣を入れて防……がずに、ミーファの剣の方向を変えて流した。

流しつつ一回転して、裏から狙う。


だがそれはミーファの読みの中にある。


ミーファ自身も細かいステップで、リンシュンの回転に合わせて移動する。

リンシュンの死角を移動する。


そこに剣を突き出し……。


その瞬間、リンシュンが消えた。


「えっ」


しゃがんだのだと理解したのは、下から喉元(のどもと)に剣を突き付けられてからであった。



「参りました」


ミーファがはっきりと告げる。


「おぉ~!」

「さすが侍従長」

「いやミーファさんもすげー!」

「まだ十六歳だぞ!」

「二人ともすごすぎだろ……」


そんな歓声の中、リンシュンがミーファに声をかけた。

「さすがですねミーファ。最後の死角移動はヤバいと思いましたよ」

「いえ、リンシュンさんこそ凄いです。これで十三勝十四敗、勝ち越されてしまいました」

「十六歳でその剣……末恐ろしいというべきか、公主様の元にいてくれて心強いというべきか」

リンシュン侍従長は笑いながら言う。


これほどの剣士が、侍女として最も傍にいる……それは驚くほど希少なことだ。

しかも、金や名誉で釣っているのではない。

心の底から、シオ・フェン公主を護りたいと思って傍にいてくれる。


リンシュン侍従長も、主たるリュン親王がシオ・フェン公主を深く愛しているのは知っている。

その愛する相手を守る人がこれほど強いというのは、本当に心強い。


「また、手合わせして欲しい」

「はい。こちらこそ、お願いいたします」

リンシュン侍従長の言葉に、ミーファは笑顔で頷いた。

そして、公主の元へと戻っていった。



「リンシュン殿、良いものを見せてもらった」

そう声をかけたのは、友好の証二号君を引き連れたルヤオ隊長だ。


「ルヤオか。ミーファの剣は凄いよな、あれで十六歳というのだから……正直、末恐ろしい」

リンシュン侍従長の声が、いつもの冷静な声音よりも少しだけ高いことにルヤオ隊長は気付いた。


「確かに凄い剣だが……それ以上にリンシュン殿は嬉しそうだ」

「うん?」

「いや、何でもない」

ルヤオ隊長はそう言うと、傍らの友好の証二号君の頭を軽くポンポンと叩いた。


全てを透徹(とうてつ)した視線で二人を見る友好の証二号君。

もし彼の口がきけたとしたら……いったい何と言ったであろうか。




同時刻、コウリ王府の一角。

「さすが殿下ですな。たった一か月で、ダーウェイが力を取り戻す道筋をつけられました」

そう語るのは八十歳を超える老人。

ダーウェイ一と言われる水属性の魔法使いにして錬金術師、ローウォン卿である。


「しかしローウォン卿、実際に政務で回ってくる資料全てを見て実感いたしました。これほどまでにダーウェイが弱体化していたとは」

コウリ親王は小さく首を振りながら答える。


想定はしていた。

皇帝ではなく親王であるとはいえ、自らの情報網からもダーウェイ全土の情報は上がってくる。

接する情報量は、皇帝本人とそれほど変わらない自負があったからだ。

だが……都合の悪い情報は、中央に上がってくる前に地方の段階で握りつぶされていることがあまりにも多かった。


「この五年間で、驚くほど腐敗が進行していたようです」

コウリ親王はため息をつく。


「おそれながら殿下、五年だけではございませんぞ」

「うん?」

「皇帝陛下が帝位に就かれて二十五年、四半世紀の間、ずっとダーウェイの力は減る一方です」

「さすが半世紀も、兵部として国を守る最前線にいらしたローウォン卿のお言葉は重いですな」


顔をしかめ直言するローウォン卿、同じように顔をしかめ、そうかもしれないと同意するコウリ親王。


「ですが父上が皇帝です。我々はそれに従うのみ」

「……(しか)り」

「一か月しかありませんでしたが、私がつけた道筋を、父上が潰されないことを願うだけです」

コウリ親王は苦笑するのであった。



その後、コウリ親王の部屋を出たローウォン卿。


「チョオウチ帝国が力を持ってきた以上、時間的な猶予(ゆうよ)はない。国のため、民のため……いろいろとやむを得んか」

呟きよりも小さなその言葉は、当然、誰の耳にも届かなかった。

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