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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第五章 リュン親王
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0619 王府防衛戦 下

「飛行軍、全滅!」

「馬鹿な!」

指令所に届いた報告に驚く幕僚(ばくりょう)たち。


「先ほどの火球か……」

リンスイだけは冷静な声だが……心の中では苦虫(にがむし)()(つぶ)していた。


(だから、正門を突破してから冒険者には襲撃させたかったのだ! そうすれば、最初の数人は撃ち落とされたとしても、火球を放っていた(やぐら)を中から制圧して被害を抑えることができたはずだ! それなのに……)


未だ、正門が落とせない。


だが、正門を落とす方法は考えてある。

二級冒険者に襲撃させている間に、後方で準備も整いつつあった。



「リンスイ様、『赤焔針』の準備整いました」

待ちに待った報告が届く。


だが、その言葉に驚いたのは幕僚たち。


「リンスイ様、本当に『赤焔針』をお使いになられるのですか?」

「あれは秘宝中の秘宝……帝都の中で使ったりすれば、申し開きはききませんぞ」

「そもそも、この状況では一発しか放てないかと」

この()に及んでも二の足を踏む幕僚たち。


心の中では幕僚たちに対する悪態をつきまくっているリンスイだが、表面上は冷静である。


「正門が落ちていない原因は、ただ一人、ルヤオのせいだ。あの、ルヤオの『月照因果』を貫き、ルヤオ本人を貫けるものが他にあるのなら教えてほしい」

声音(こわね)は冷静だが、それでも……さすがに抑えきれない苛立(いらだ)ちが言葉に(にじ)んでいた。


そして当然のように、リンスイのこの問いに答えられる幕僚はいなかった。



『赤焔針』とは、ダーウェイ帝室に古くから伝わる秘宝だ。

この場合の秘宝とは、現代の人間では再現不可能であり、理解できない現象を引き起こすものという意味を持っている。


『赤焔針』は、ビンが親王に封じられた際に、第二皇子コウリ親王から管理を任された秘宝である。

コウリ親王は、皇太子が存命であった時代から、三つの秘宝の管理を皇太子より任されていた。

それはある種の、権力の象徴。


だが、第三皇子チューレイが親王に進み、三つの秘宝のうちの一つを、皇太子ではなく皇帝ツーインの命令で渡すことになった。

さらに、第四皇子ビンが親王に進み、残り二つの秘宝のうちの一つを、皇太子はすでに亡くなっていたため皇帝ツーインの命令で渡すことになった。


こうしてビン親王に渡されたのが、『赤焔針』である。


だがそれは、あくまで管理を任せるということであり、使用は許されていない。

使用を許さない旨も明言されている。


そんな中、預けられている『赤焔針』を使えば……間違いなく皇帝からのビン親王への信頼は、完全になくなる。

親王の地位を追われるのは間違いない。

その上、命すらも危うくなる……。



そこまでしてリュン王府を、いやルヤオ隊長を倒すべきか?



幕僚たちの中には、まだまともな判断力を持っているものもいる。

もちろん、この襲撃に参加している時点でお(とが)めなしとはいかないであろう。

シオ・フェン公主を殺害しようが、それに失敗しようが関係なしに。


王府を襲撃しているのだから。


だがそれとて、親王の命令であったために逆らえなかった……そういう擁護(ようご)の声は上がるであろうという計算をしている。

間違いなく帝都を追放され、全ての官職から追われるであろうが。


だが、時が経てば復職の目はあると考えてもいる。

それだけの人脈を、それぞれに持っているわけだし。


しかし……『赤焔針』を使い、完全に皇帝に(にら)まれれば復職の目すらなくなるだろう。

皇帝に睨まれた幕僚を雇おうなどという者は……さすがにいない。


それが、幕僚たちが、『赤焔針』の使用を止めようとした理由であった。



「予備の兵を、全て前線に出せ。魔法使い、呪法使いだけでなく、全てだ!」

「り、リンスイ様……?」

「今以上にルヤオを、処理に忙殺させる。万が一にも『赤焔針』で狙っていることに気付かれないように」

「しかしそうなりますと、射線上に兵が重なります。味方に当たらないように狙うのが非常に難しく……」

「味方ごと貫けばいい」

「なっ……」

「『赤焔針』は、全てを貫く。間に人が何人いようが関係ない」


幕僚たちの懸念を一蹴(いっしゅう)し、リンスイの命令は実行された。



「敵の圧力が増えました!」

魔法砲撃隊員の、怒鳴(どな)るような報告がルヤオ隊長の耳にも届く。


「耐えろ! 敵も時間切れが近いと理解しているのだ! ここを耐え抜けば勝てるぞ!」

ルヤオ隊長が叫ぶ。

彼女の元にも、王府を空から襲撃しようとした者たちを、すべて撃退したという報告は届いている。

さらに、いつの間にか王府内に潜んでいた暗殺者たちにシオ・フェン公主一行が足止めされたことも。


だが空からの襲撃を退けるのと前後して暗殺者たちの排除も完了し、シオ・フェン公主と侍女ミーファは、避難舎の中に入ったという報告も、追加で受けている。

ビジス護衛隊長と他の者たちは、避難舎周辺を固めているはずだ。


あとは、この正門さえ守り抜けばいい。



だが、増した圧力はかなり強い。


本当は、(やぐら)に設置した火属性魔法による自動迎撃を、門にも設置する予定だったのだ。

この襲撃があと一週間遅ければ、その設置も行われるはずだったのに……。

ルヤオ隊長は悔しがる。


今言っても仕方がない。



現状、魔法砲撃隊だけでなく、リュン親王羽林(うりん)軍の一部も守りに参加している。

それは、敵の攻撃が、魔法砲撃だけでなく近接戦もかなりの厚みを帯びてきたからだ。


魔法砲撃が交わされる間の道で、近接戦が繰り広げられている。

そのため、敵の奥の方は完全に見えない。


最初のうちは、友好の証二号君率いる二番隊が敵の魔法使いたちに突撃していっていたが、現在は彼らも近接戦の最中にある。

時々、魔法砲撃隊ギリギリにまで戻ってきて、近接戦を抜けて魔法砲撃隊を襲おうとした敵の剣士らを駆逐(くちく)している。


槍を構えて突撃。


動きとしてはこれだけなのに、なかなか効率的に敵にダメージを与えていた。



「単純な動きであっても、効果的に使えばかなりの成果を上げることができる……。さすがロンド公、私などとはくぐってきた修羅場(しゅらば)の数が違う」

ルヤオ隊長は、友好の証二号君らを見ながら呟く。


もちろんルヤオ隊長も、吟遊詩人によって広まっているナイトレイ王国の歌、ロンド公爵の歌などは知っている。

そのためロンド公爵が、魔法使いであり錬金術師であり、だが戦場の人でもあるというのは分かっている。

それこそが、友好の証二号君らの動きに活かされているというのも。


「私では理解できなかった二号君の認知系魔法式……。ロンド公が戻られたら、きちんと教えてもらおう」


ルヤオ隊長は一つ頷く。


だが今は戦場だ。

集中しなければならない。

彼女は指揮官。

指揮を誤れば正門を突破される。

彼女が倒されても正門を突破されるだろう。


だから、自分が狙われている自覚はあった。


展開している『月照因果』のため、魔法攻撃は自動で迎撃される。

だが、通常の六個の倍、十二個の『月』を展開しているため、頭痛が酷い。

思わず片膝をついてしまうくらいに……。


むしろそんな状態になりながらも、冷静に指揮を執れているのが……ルヤオ隊長が十分、尋常な者ではない証拠であろう。


しかし、そんな尋常ならざる彼女であっても、増大した近接戦を挟み二百メートル以上離れた位置から狙われていることまでは認識できなかった。

しかも、途中にいる味方すら関係なく貫こうとしている攻撃であれば……。



戦場を横断する赤い光。



次の瞬間、ルヤオ隊長は弾き飛ばされた。



弾き飛ばされた瞬間、体をひねり、自分を弾き飛ばした人を見るルヤオ隊長。

だが、それは人ではなく……。


「二号君? どうして?」


驚くルヤオ隊長の視線の先で、今まで自分がいた空間を、一本の赤い光が貫いた。

明確に、自分を狙った攻撃であると瞬時に理解する。

同時に、自分を弾き飛ばして救ってくれた友好の証二号君の胸を、赤い光が貫いたのも理解してしまった。


「二号君!!」



戦場の時が止まる。



驚くべきことが起きた瞬間、人の動きは止まる。



だが、動きを止めない者たちがここにはいる。

彼らは人ではない。


自分たちの隊長を撃った者たちを瞬時に発見し、突撃する!


隊長を失った二番隊。


その突撃は、敵指揮所への一撃。

その突撃は、戦いの帰趨(きすう)を決める一撃。

その突撃は……隊長を(とむら)う一撃であった。




全ての戦いが終わった中に残された、一人の女性と胸を貫かれ動きを止めたゴーレム。


「二号君……」

ルヤオ隊長は、その名前を繰り返すことしかできなかった……。

明日、「0620 王府防衛戦 余」が投稿されます。

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