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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第五章 リュン親王
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0618 王府防衛戦 中

「よし。ロンド公のゴーレム隊突撃に合わせて、魔法砲撃を行う」

ルヤオ隊長が命令する。


「やっぱり、あれってロンド公爵の……」

「黄色いのを首に巻いていたのって、以前隊長がいじくっていた……」

「嬉しそうに頭を撫でてるのを何回か見た……」

そんな会話が魔法砲撃隊の間で交わされる。


「敵の砲撃は、私が迎撃する。魔法砲撃隊全員で、敵の襲撃隊を砲撃」

「了解!」

ルヤオ隊長のさらなる命令に、全員頷く魔法砲撃隊。



前方では、ゴーレム御庭番二番隊による突撃が敢行(かんこう)されていた。


もちろん彼らは、本来戦闘用ではない。

ベースとなったのは水田管理ゴーレムであることを考えれば、当然であろう。

そのため、いわゆる戦闘をするための体の動き……膝を曲げ、腰を落として重心を低くし、腰の回転に合わせて腕を突き出して槍で突く……そんな動きはできない。


彼らにできるのは、腰に槍を構えて突撃。

適時、腕を前に突き出して、槍で突く。

ただ、この二つだけだ。


だが、彼らしか持っていない特性がある。



それは硬さ。



彼らは、涼が生成した氷でできている。

当然それは、恐ろしく硬い。

<アイスウォール>で換算すると、二十層並みの硬さといえる。


涼としては、その硬さで盾になってくれればと思っていたのだが……二号君を先頭に突撃をしている。

しかもその突撃力は、驚くほど高い。


「全ての魔法が弾かれます!」

「横から槍で突いても通りません!」

「あいつらの槍、何でも貫くんです!」


二番隊の突撃を受けて、襲撃隊は混乱していた。


後方に置かれた指揮所からも、前方の魔法使いたちが混乱しているのは見える。


「あれは、何だ?」

「おそらく、ゴーレムかと……」

「隣の輪舞邸からでしょう」

「ロンド公はいないはずだろうが!」


今回の襲撃では、輪舞邸には手を出さないことが徹底されている。

主であるロンド公爵がいないとはいえ、どんな備えがあるか分からないからだ。


吟遊詩人に歌われる魔法使いが、屋敷の庭でゴーレムを動かしているというのは結構知られている。

御史台(ぎょしだい)の人間は、かなりの人数が輪舞邸には入ったことがあり、その際に見たからだ。

もちろん、そんな御史台の人間たちも、あえて外部の人間に輪舞邸の中で見たことを広めて回ったわけではない。


だが、たとえば家族に言ったりするかもしれない。

交際相手と話題のロンド公爵の話をした際に、少し漏らしたりすることもあるかもしれない。

御史台の人間同士が、輪舞邸のゴーレムのことを話しているのを、別の人間が聞いてしまうこともあるかもしれない。


人の口に戸は立てられぬ。


様々なルートから、輪舞邸のゴーレムの話は多くの人に知られるようになっていた。


別に涼にしても、秘密にしておこうとは思っていないので、広がっても特に問題はないのだが……。



そんな輪舞邸のゴーレムがこの場に現れるのは、誰にとっても想定外であった。


輪舞邸には手を出していない。

それなのに、勝手にゴーレムがやってきて襲ってきた。


「ロンド公爵は、いったいどういうつもりだ!」

リンスイでなくとも、そう叫びたくなるであろう。


もっとも涼であれば、王府を襲撃する人たちに言われたくないというところだろうが。



あまりにも硬いゴーレムたちによって、襲撃隊の前衛魔法使いたちは、かなりの傷を負い、今までのような一斉砲撃はできない状態となっていた。

もちろん、魔法使いたちだけでなく、剣士や、槍に似た(げき)を使う戟士たちもいるのだが……彼らもゴーレムの突撃を止められないのだ。


そこに……。


「敵の砲撃だ!」

「<魔法障壁>を張れ!」

「いや、ゴーレムをなんとかしてくれ~」



完全に混乱しているのが指令所からもみえる。


「正門を落としてからと思ったが、やむを得ん」

リンスイが(かたわ)らの幕僚(ばくりょう)に命令する。

「例の冒険者たちを解き放て。王府に入れておいた暗殺者たちと連携して、シオ・フェン公主を殺せ!」


この襲撃は時間との勝負だ。

帝都を守る巡防兵なら、出てきてもなんとでもなる。

ビン王府軍の印を出せば、簡単には手を出してこれない。


だが、皇帝の禁軍が出てくれば話は別だ。

実力が違う。

何もかもが違う。


ビン親王は、すでに皇帝から疑いの目を向けられている。

そんな状況では、皇帝禁軍は明確な排除命令を受けて出てくる可能性が高い。



事前に、王府に運び入れる荷物に潜ませて潜入させた暗殺者たちが、シオ・フェン公主を襲撃しているという報告はリンスイの元に届いている。

避難舎に入るのを阻止している。

だが、護衛が強いためにシオ・フェン公主の命を奪うのは難しいとの報告も受けている。


本来は、暗殺者たちが足止めをしている間に正門を突破し、それに合わせて二級冒険者たちがシオ・フェン公主を暗殺する予定であった。


だが、正門が破れない……。


ルヤオ隊長率いるリュン親王羽林軍が精鋭であることは分かっていた。

だがそれでも、遠征軍に兵を出し戦力はかなり落ちているとの情報を得て、十分な算段の下に今回の襲撃を行ったのだが。


「ルヤオだけでも厄介なのに、ロンド公のゴーレムだと? ここで襲撃に失敗すれば、さすがに私も粛清(しゅくせい)されるぞ」

その言葉は、(ささや)くような声であったために、周囲の誰にも聞こえなかった。




王府内。避難舎まで五十メートル。

シオ・フェン公主一行は、そこで足止めされていた。


「暗殺者どもが……どこから現れた」

「先に、王府内に潜んでいたようです」

「ルヤオ隊長の錬金術をかいくぐってか? とんでもないな」


話しながらも、侍女ミーファも護衛隊長ビジスも、剣を止めない。


敵に手傷を負わせてはいるが、致命傷を与えるまでには至っていない。

それは、敵が距離をとっているためである。

その狙いは……。


「足止め?」

「主力が正門を破るのを待っているのか?」


侍女ミーファも護衛隊長ビジスも、冷静に判断しながら戦っている。

この二人を中心に、侍女らとリュン親王羽林軍の数人が、シオ・フェン公主を護っていた。

足止めはされているが、敵の暗殺者が突っ込んでこないこともあって、こちらも致命傷は負っていない。



その時、ミーファは月の光が(かげ)ったのに気付いた。


思わず空を見上げる。

少し離れた空に、何かが浮いている……。


「あれは?」

「どうした?」

ミーファの言葉に、ビジスも空を見る。

そこには、月の光を反射した数十の影が……。


「敵の増援か?」

「空から?」

ビジスもミーファも、それは想定していなかった。


みるみるうちに影は増え、ついに、月を覆い隠す。


「百、くらいいるか?」

「はい。(たこ)のようなものでしょうか? 身体能力が高いです」

飛翔環による飛行襲撃ではなく、グライダーのようなものに乗っての襲撃のようだ。


「けっこうな数ですね」

シオ・フェン公主も空を見上げ、呟いた。


「ですが……」

「ええ、問題ありません」

ミーファの言葉を、シオ・フェン公主が継ぐ。


彼女たちは、確信している。

空からの襲撃は成功しないということを。



「王府とは、小城。しかもこの王府は、錬金術師でもあるルヤオ隊長が設計したものです。飛翔環による空からの襲撃すら想定しています」

シオ・フェン公主が呟く。


そもそも、リュンが皇子であった時から、三親王には(うと)まれていた。

それどころか、直接襲撃されたことすらあった。


その上で親王に封じられれば、今まで以上に命の危険にさらされることになる。

それが分かっているのであれば……居城はそれを防ぐ設備がつけられるべきだ。


それが技術的に難しいものであればともかく……担当するのはルヤオ隊長。


彼女は、ダーウェイ一の水属性の魔法使いにして錬金術師といわれる、ローウォン卿の愛弟子。

まだ十九歳であるにもかかわらず、ダーウェイの錬金術師で彼女の名を知らぬ者はいない。


そんな彼女が、主たるリュン親王を守るために設計したこの王府。

襲撃者の想定をはるかに上回る防御力によって、正門は未だ落ちない。


飛翔環のあるダーウェイ『中黄』である以上、空からの侵入、襲撃は想定の範囲内……。



ドンッ。ドンッ。ドンッ。



重低音が、一秒ごとに響く。

王府の角に建てられた(やぐら)から、重低音と共に火球が空に向かって放たれた。

その火の玉は、狙い(あやま)たず空を覆った影に一つ一つ直撃する。


直撃するたびに燃え上がる影。

断末魔の叫びをあげているようだが、地上までははっきりとは聞こえてこない。


「錬金術による自動迎撃?」

ビジス護衛隊長が誰とはなしに問う。


「ルヤオ隊長が王府を離れていても守るように、王府設計の段階から組み込んでいたそうです」

シオ・フェン公主がうっすら笑いながら答える。


さすがに、これはド派手だ。


ボスンター国の公主として、小さい頃から国最高レベルの錬金術師や、錬金道具に触れてきたシオ・フェン公主であっても、ここまで大掛かりな錬金道具は見たことがない。


「さすがダーウェイというより、さすがルヤオ隊長と言うべきでしょう」

「おっしゃる通りです」

シオ・フェン公主の言葉に、ミーファが頷いた。



火球が当たった影たちは、ほとんどが空中にいる間に燃やされつくすのだが、いくつかはギリギリでかわし凧に当たって、凧が燃えている。

もちろん、影本人たちは空から落ちるのだが、落ちた先が……。


「輪舞邸に落ちているのですが……」

「落ちる途中……空中で凍りついているように見えます」

「……輪舞邸も、この王府に負けず劣らずの防御機構なのでしょう」

ビジスとミーファが驚きながら声をあげ、シオ・フェン公主は小さく首を振っている。


「ロンド公はいらっしゃらないはずですが……」

「ルヤオ隊長が言っていました。ロンド公はもの凄い錬金術師だと」

「はい。ロンド公のスカーフを巻いたゴーレムの中身を見ながらですね。ルヤオ隊長ですら理解できない部分が多いとか」

ビジス護衛隊長は事実を述べ、シオ・フェン公主が記憶をたどり、侍女ミーファが補足する。


ルヤオ隊長が、友好の証二号君の内部を見ているところに、シオ・フェン公主らが遭遇したことがあるのだ。

その時、ルヤオ隊長は目をキラキラ輝かせながら、理解できない部分があると言ったのだ。

それはもう、本当に嬉しそうに。


「どちらも凄い錬金術師です。そんな方々二人がリュン様に味方してくれているというのは、本当にありがたいですね」

シオ・フェン公主のそんな言葉に、ミーファとビジスは、大きく頷くのであった。



氷漬けにされて輪舞邸に落ちた者たちが、先触れ担当一号君に率いられた、輪舞邸御庭番一番隊のゴーレムたちによって庭の一角に集められていたのは、ここだけの秘密である。


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