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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第五章 リュン親王
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0616 戦闘の後

「馬鹿な……ファンが氷漬けになるなんて……」

ラウが大きく目を見開いて呟いた。


当然であろう。


彼ら二人は青竜だ。

竜王だ。

水属性の魔物の頂点といってもいい。


それが氷漬けにされる?


確かに竜本体ではない。

だが……。


あり得るわけない!



しかし現実は……氷漬けになっている。



これが本体であるドラゴンの体であれば、魔法によらず力づくで氷を割って外に出てこれるだろう。

だが今、器として使っている体では無理だ。

普通の人間よりは、多少頑丈な造りではあるが、それでもドラゴンの体とは比べるべくもない……。


「僕の勝ちでいいでしょうか?」

涼は静かに問う。


勝利条件が明確になっていない勝負。

相手を殺せば勝ちであろう。

相手が降参しても勝ちであろう。

だが、氷の中に相手がいれば、確認が取れない。


ならば、見届け人とも言うべき、相方(あいかた)に問うべきだ。


「認める、リョウの勝利だ」

ラウははっきりとそう告げた。


その言葉を受けて、涼は氷の棺を解凍し、同時にポーションを飲んでおく。

左肩と左腕が修復される。

四肢切断とは判断されなかったようだ。


そして、解凍した中身を警戒しながら見る。

なぜなら、ファンが怒っている可能性があるわけで。


涼はアベルに言った通り、ラウやファンは竜王だと思っている。

それも水属性のドラゴン。

それは水属性の魔物の頂点。

当然、人間などとは、全てにおいて違う。


だからこれまでに、氷漬けにされた経験は無いだろうと。

それが、涼に不覚をとって氷漬けにされてしまった。



怒り狂うかもしれない……。



氷から出てきたファン。

表情は目を見開いて驚いたままだ。


そして、左右を見回し涼を見つける。

涼に向かって走った!


体を強張らせる涼。



「すごいな、リョウ!」


ファンは涼の腰に手を回すと、高い高いの要領で涼を持ち上げて叫んだ。


「え?」

予想外の展開に驚く涼。


「氷漬けにされるとは思っていなかったぞ!」

戦闘中ですら、ほとんど表情を変えないファンが笑顔で声をあげている。


それを見ながら肩をすくめるラウ。

「ファンがあんなに喜ぶのは久しぶりだな」

「戦っている間も、あまり表情を変えないよな」

アベルが指摘する。


「まあな。とはいえ、あれはあれで喜んでいるんだ。だが、今みたいに破顔一笑(はがんいっしょう)というのはかなり久しぶりじゃないかな」

そういうラウも笑っている。



「やっぱりリョウは私の親衛隊になって、毎日戦おう! 青い骨だけじゃなくて、マントも作ってあげるよ」

「いや、何でそうなるんですか……」

「こんな素晴らしい戦い、毎日でもやりたいでしょ?」

「僕は遠慮します。精神的にもちません」

「スケルトンになれば精神的に病むなんてこともないよ?」

「そういう問題ではなくて……」


ファンが今まで以上に、熱心にスケルトンになろうと誘う。

もちろん涼は断り続ける。


「以前リョウは言ったね。スケルトンになりたくないのは、ケーキを食べられなくなるからだと」

「ああ……確かに言った気がします」

「試しに、ケーキの味の分かるスケルトンを作ってみよう!」

「はい?」

「それならスケルトンになるのに抵抗はないはず!」

「いや、あの……そんなことが可能なんですか?」

「分かんない」


食を楽しむスケルトン……内臓の無い彼らが食べた物は、いったいどこにいくのか。



「勝ってしまったがゆえに、更に執着されるリョウ」

「なんでそこで、可哀そうな目で僕を見るんですか!」

「いや、別に……」

涼の抗議を受けて、スッと目を逸らすアベル。

いつもとは、立場が入れ替わっている。


「レオノールといいファンといい、なぜ僕と戦うことにこだわるのか……」

「人気者は辛いな」

「ほら、また、そんな目で見ている!」

再び抗議する涼。


世の中はままならぬもの……。


「剣での戦闘なんですから、絶対アベルがやるべきです」

「でも結局、最後、あれ錬金術だろ? 敵が入ってきたら勝手に凍りつく魔法の錬金術版」

「そう<動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>です。あれをわざわざ錬金術で組んで、鞘に刻んでおいたんです」

涼はこれに関しては自信があったのだろう、胸を張って説明している。


「錬金術で生成したやつは奪われないって言ってたよな。ニール・アンダーセン号の時に」

「それです。さすがアベル、よく覚えていましたね」

「なかなか衝撃的な内容だったからな。つまりそれは、竜王に対してすら有効と?」

「そうですね」


そこでアベルは何かに気付いた。


「リョウの水属性魔法は凄いが……錬金術を使えば、リョウを氷漬けにすることも可能ということか?」

「えっ……」


論理的にそうなる。


「そ、そそそそれは……」

その可能性を今まで考えたことが無かったようだ。


しばらく言葉に詰まった後、認めた。


「確かにそうなります」

顔をしかめている。

罠にかかって、錬金術の氷の中に閉じ込められる絵を想像したらしい。


「これからは、魔法だけでなく、錬金術に対するカウンターも何か考えておかねば」

錬金術の高みもまだまだ先にある……。



二人とは少し離れたところで話していたラウとファンがやってきた。


「遊びに付き合ってくれてありがとうな」

「命がけの遊びとか勘弁(かんべん)してほしいのですが」

ラウの言葉に、素直に答える涼。


この二人にとっては遊びでも、人間にとっては命がけなのだ。


「そうは言ってもな、種族特性はどうにもならん」

「種族格差の是正は行われないのでしょうか……」

「代わりといっては何だが、何か良いものを渡すということで手を打とう」

「……貰えないよりは貰えた方がいいです」


ラウの提案に乗る涼。


何も期待していなかったところに、良いものをやると言われれば乗るべきだろう。

断ったところで、涼が得られるものは何もない。

この後も、非対称な戦闘を強いられるだけだからだ。

あっちは負けてもたいしたことなく、こっちは負けたら死んでしまうという非対称性。


ならば、貰えるものは貰っておくべき!



「すごくいいものが欲しいです!」

「欲望に素直だな……」

涼が主張し、アベルが首を振る。


「僕の命を懸けての戦闘だったのですから。それに見合ったものが……」

「いちおう、勝てばダーウェイに関する情報をやるということで、それは始まる前にもらったやつだよな」

「うぐ……それはそうですが……」


アベルの冷静な指摘に、言葉に詰まる涼。

その通りなのだが……。


「そうだな……良いものが欲しいか。何なら良いものになるんだ?」

「やっぱり骨じゃない? 白い骨と青い骨を両方あげるとか?」

「僕は犬じゃないです……」

ラウが首をかしげて考え、ファンが多分素直な提案をし、涼が拒否する。


「となるとべたなやつか?」

「国、金、美女とか? 東方諸国なら、王族を殺してきてすぐにあげるよ?」

「いや、だから、何で悪魔と同じ提案に……」

二人の提案を、再び退ける涼。


「悪魔の奴らもリョウにそんな提案をしたのか? 好きじゃないが、見る目はあるよな」

「尊敬はできない相手だけど、良いものを見抜く目はあるんだよね、悪魔って」

「なぜ、敵なのに力を認めるライバル的ポジションなんですか……」

ラウとファンにとって、悪魔は敵だがライバル、みたいなポジションらしい。


黄金の街で竜王ヌールスから聞いた、ドラゴンと悪魔の戦いが涼の頭の中に蘇る。

お互いに死力を尽くした戦いだったとか。



涼は小さく首を振る。


「全力で戦いあったからこそのライバル関係? なんですか、その少年誌王道展開は」

涼のそんな呟きは、誰の耳にも聞こえなかった。



「骨でも国でもないとなると、俺らがやれるものって無いんじゃないか?」

「難しいよね~人って。私たちは海、人は陸で生きるから……いろいろ違うしね」

ラウとファンが会話している。

二人は二人で真剣に、涼にあげるものを考えているらしい。


涼は、ふと思い出したことを尋ねてみた。

「多島海地域とかでも、海の魔物が北から南に向かっていたのですけど、あれって何ですか?」

そう、クラーケンの大群にも遭遇した……。


「あれこそ幻人たちのせいだな。あいつらの動きで、北の魔物たちが逃げ出した」

「なんでです?」

「幻人たちは、魔物を捕まえて使役(しえき)する。それは知っているか?」

「ああ……そういえば」

ラウの問いに涼は頷く。

隣でアベルも頷いている。


虎山でも緑荘平野でも、幻人は魔物を率いていた。


「それを海の魔物にもやろうとしたんだな」

「……海の魔物も使役できる?」

「いや、できない」

「よかったです」

涼は心から安堵した。


使役されたクラーケンの大群が向かってきたら、ダーウェイ艦隊も大変なはずだ。

涼のニール・アンダーセン号でも、一体ならともかくクラーケンの大群相手となれば、勝つのは難しいだろう。

もちろん、いずれは戦い、倒せるようにしようと思っているが……。


本当にやるべきことが多すぎる!


「ただ、使役しようとする時に使う呪法は、海の魔物たちが大嫌いなやつなんだ。それを大規模に使ったから、みんな南に向かって逃げ出した」

「素朴な疑問なんですけど、ラウやファンからは魔物は逃げないのです?」

「どういう意味だ?」

涼の問いの意味が分からず、ラウが首をかしげて問い返す。

ファンも首をかしげている。


「いえ、単純に竜王ほど怖い魔物だったら逃げるのではないかと……」

「いや、逃げないぞ。俺たち、あいつらに危害を加えたりしないからな」

「え? 食べないんですか?」

「食べない」

涼が驚きながら問い、ファンが頷いて答える。


「そもそもドラゴンは、魔物や動物を食べる必要はない」

「なんですと!」

ラウの言葉は涼を驚かせた。


なぜなら……。


「うちのお隣さんのルウィンさんとか、その配下? のドラゴンとか、お肉大好きですよ?」

そう、魔物の肉が大好きだ。

特に、涼が香辛料(こうしんりょう)で味付けしたお肉と、おにぎりの食べ合わせが最高だと思っているっぽい。


「ああ、ルウィンが快楽主義者なだけだ」

「えっ……」

「食わなくとも生きていけるが、あいつが食うのが好きなだけだ」


人は甘い物を食べなくとも生きていけるが、甘い物が大好きな人は甘い物を食べる。

多分、そういうことだ。


「知りませんでした……」

「だからあいつら紅竜は、人がいないロンドに住み着いているんだろ」

「そんな深い理由が……」

「深いか?」

涼は重々しく頷いたが、隣で話を聞いていたアベルは同意できなかったようだ。


人それぞれというのは、使い勝手のいい言葉である。



涼が話を戻す。


「その呪法使いたちの、海の魔物が嫌がる何かを船に付ければ、海で襲われない船になれますかね」

涼のその言葉に、最も驚いたのはアベルであった。


「そんなことを考えていたのか?」

「ええ、ええ。ほら以前言ったでしょう? 西方諸国では、海の魔物除けの魔法式が開発されたと。なかなか効果があると」

「言ってたな。だが、クラーケンに効果があるかは正直分からんとも」

「そうです。ですが、その呪法使いのやつなら……たとえばそれが呪符みたいなお札なら、それを船に貼っておけば襲われないかなと」


涼は得意そうに話した。

なかなかの閃きだと、自分でも思ったらしい。


だが……。


「それはあまりお勧めしないぞ」

ラウが顔をしかめている。

隣でファンも顔をしかめている。


青竜の竜王様たちからは、あまり良い提案だとは思われなかったようだ。


「確かに、クラーケンとかは基本的に逃げ出すが……メガロドンとかは、めっちゃ襲うぞ?」

「メガロドン?」

「ずっと昔にいた、体長二十メートルくらいのサメを思い出しました……」

ラウの説明に、アベルが首をひねり、涼が地球の記憶から答える。


数百万年前から数千万年前に海の中にいたと言われる巨大なサメ……もしや、この『ファイ』には今もいる?


「でかいサメか……まあ魔物なんだが、外見はだいたい合ってるか」

「おっきいやつは五十メートルくらいになるよ」

ラウが頭に浮かべながら答え、ファンが両手を広げておっきいを表現している。


海の中には、クラーケンよりも怖い魔物がいるらしい。

やはり、人が入っていくべき世界ではないのか……。



ああでもない、こうでもないと話し合った結果。

宝飾品に落ち着いたらしい。

「とりあえず、これで」

ラウが渡してきたのは、拳半分ほどの驚くほど青い宝玉。


「これは魔石じゃないですね」

「普通の宝石? あ、でも石じゃないのか」

「石じゃない?」

ファンの言葉に、涼が首をかしげる。

魔石じゃないなら宝石なのでは?


「青竜の涙だ」

「ドラゴンドロップ……!」


世界中の多くの物語に出てくる、ドラゴンから生み出される宝玉。


「何か効果は……」

「いや、何もないぞ?」

「あ、はい……」

ラウの一言に、肩透かしを食らう涼。


「何だ、効果があるものがよかったか?」

「いえ……」

「ならこれはどうだ? 全ての陸上生物を死滅させるアーカーシャの……」

「いえ、けっこうです!」

そんな危なそうなものはいらない。


「このドラゴンドロップ……青竜の涙をいただきます!」

涼がそう宣言すると、ラウとファンは嬉しそうに頷いた。


だが、涼はここで一言言っておかねばならないと思った。


「ただ、他の人に迷惑をかけないでください」

「うん?」

「こう人質に取るとか、街を半壊して僕を誘い出すとかはやめてほしいのです」

「分かった。じゃあ、戦って欲しくなったら直接リョウのところにいくね!」

「え……ああ、はい……まあ、それで……」

ファンの言葉に、不穏な光景を頭の中に浮かべながらも、しかたなく頷く涼。


「この後、ダーウェイの都に行ってリョウに戦いを申し込み……」

「連戦は困ります」

ファンの言葉に、かぶせるようにはっきりと言う涼。


ここではっきり言っておかねば、大変なことになる。


「分かった。一日空けて、明日……」

「ダメです!」

「分かった。一週間空けて、来週……」

「ダメです!!」

「分かった。一カ月後の、来月……」

「もう少し空けてください……」


丁々発止(ちょうちょうはっし)の交渉の結果、半年間は時間をとることになった。


「半年間、ばっちり鍛えるから」

「俺もそれまで鍛えるかな」

ファンとラウはそんな言葉を発しながら、去っていった。



「アベル、僕はすごく疲れました」

「大変そうだな」

「他人事みたいに言ってますけど、次はアベルもラウと戦うんですよ?」

「そう……なんだよな。俺たち、何か間違ってるんじゃないかな?」

奇遇(きぐう)ですね。僕もそう思います。絶対、何か間違っていると思うんです。運命とか宿命とか、そういうレベルで……」


運命とは何なのか。

宿命とは何なのか。

二人は、見つからない答えを探すのであった。


どんまい。

そして明日から、涼とアベルのいない帝都で起きた……。

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