0615 涼対ファン
「いくよ!」
「どうぞ」
次の瞬間、剣戟が始まった。
ファンの攻め、涼の守り。
予想通りといえば予想通り。
だが、予想通りでないものが……。
(速すぎる!)
涼は心の中で叫んだ。
(重すぎる!)
再び、涼は心の中で叫んだ。
ファンの剣が速すぎ、しかも重すぎる。
前回に比べて強くなっていることは予想していた。
だが、明らかに予想以上!
「この前と違い過ぎるでしょう」
思わず愚痴る涼。
「この前と同じだったら勝てないでしょ?」
「いや、この前の段階で、だいぶヤバかったのですが」
ファンが首を傾げながら言い、涼が顔をしかめながら答える。
「リョウをスケルトンにするために頑張った!」
「頑張らなくていいです……」
「青い骨がいいんだよね? 大丈夫、発色も綺麗な感じに仕上げるから」
「いや、スケルトンになりたくないって言ったはずですが……」
涼に掛かるプレッシャー。
かなり厳しい剣戟になりそうであった……。
「これほどとは……まさに人外の戦い」
二人の戦いを見ているミュン提督が呟く。
「助けに入らねばロンド公は殺されるのでは……」
「ダメだ」
ミュン提督を止めるアベル。
「あの二人の戦いだ。俺たちは介入できない」
「しかし……」
「だいたい、そこのラウが許すわけないだろうが」
アベルが言う。
「入ろうとした瞬間、お前たち全員切り刻むぞ」
ラウが面白くもなさそうに言う。
本当にそんなつもりがあるか誰にも分からないが、少なくとも剣戟を邪魔すれば怒るだろう。
その際、万全の体調でないとしても、アベル以外は間違いなく瞬殺される。
それほどの実力差がある……。
「魔法無しであれってのはヤバい。それは俺でも分かる」
アベルは誰とはなしに語る。
「リョウは魔法が使えない。使えば全て、ファンに乗っ取られてしまうからだ」
「そう。だがファンは魔法が使い放題だ。同じ水属性を使う者同士……リョウにとっては最悪の相手だな」
「かのロンド公を上回る魔法使い?」
アベルの言葉にラウが答え、ミュン提督が驚く。
ミュン提督が聞く限り、涼は六聖の一人ローウォン卿並みの水属性の魔法使いだ。
それを上回る水属性の魔法使いが相手?
「いやミュン提督、こいつらはこんな外見だが人間じゃない、いわゆる魔物だ」
アベルがミュン提督の認識違いを指摘した。
「まあ、魔物の定義にもよるが……人間からすれば魔物の一種だな、確かに」
ラウが笑いながら答える。
「魔物……?」
ミュン提督にはよく分からないのだろう。
顔をしかめている。
「リョウが言っていた。お前たちの正体について。だから、魔法制御で上回るのは不可能だろうと」
「ほぉ……俺たちが何か分かるのか?」
ラウが目を細めて問いかける。
「ああ、ドラゴンだろう、それも竜王だろうと」
アベルははっきりと言い切った。
「さすがだな。正解だ」
ラウが頷く。
その瞬間、ミュン提督とその部下たちは口をポカンと開けたまま固まった。
そんな固まった者たちを見ながらアベルは言葉を続ける。
「もしかして、東方諸国においてもドラゴンはすでに伝説上の存在か?」
「まあ、そうだな。人が思い浮かべるあのドラゴンの形としては、もう数百年出ていないからな」
「数が少ない?」
「我ら青竜は、俺とファンだけだ」
「え?」
「二人とも竜王な」
「マジか……」
突然の情報に驚くアベル。
「普通の人間は、ドラゴンになど会わずに一生を終える。それなのに、リョウは二柱、アベルも一柱の竜王と会っている……。異常だな」
そこで大笑いするラウ。
ゴホゴホ咳をしながら。
「リョウにはルウィンの印があるらしいな。ん? もしかして俺にも……?」
「ああ、二人とも、ヌールスにも会ったんだろう? ものすごく僅かに、ものすごくうす~く、ヌールスの印がついてるぞ」
「いつの間に……」
「竜王の印というのは……匂いみたいなもんだ。動物に触ったら匂いが付いたりするだろ? あれと同じ。ただ印が付く先が、手や服じゃなくて魂に付くという違いなだけだ」
「だいぶ違う気がするんだが」
ラウの説明に首を傾げるアベル。
手に匂いが付くのと、魂に付くのが同じとは思えない。
だが、そこでふと思った。
目の前の二人も、竜王だと言った。
ということは……。
「ラウとファンの匂いも俺たちに付いたのか?」
「ああ……いや、そこは付いてないな」
「そうか? なんでだ?」
「この体が本体じゃないからだ」
「そう言えば以前も言ってたな、本体で戦ってみたかったと」
前回、涼とアベルが二人と戦った後、ファンがそんなことを言ったのだ。
「さすがに本体では勝負にならん。二人には悪いがな」
「いや、それは当然だと思う」
アベルは、黄金の街で会ったヌールスを思い出す。
確かに、あれほどの存在を敵に回したら……戦いとかそんな問題ではない。
小指の先どころか、息を吹きかけられただけで死ぬかもしれない。
それほどの差を感じた。
人とドラゴンでは何もかもが違い過ぎる。
だがこの青竜たちは、他の種族と戦うのが好きなようだ。
そのために、『器』を使っているのか……?
「さすがに前回、この『器』では勝てないと理解した。だから今回は、もっと『中身』を入れようとしたんだ。で、ファンは成功したが……」
「ラウは失敗してそうなったのか」
「そうだ、アベルと戦えなくて悪かったな」
「いや、俺は全然かまわん。むしろ戦わないで情報を手に入れることができたから、良かったとすら思っているぞ」
「心にもないことを言うなよ」
「え?」
ラウが笑いながら言い、アベルは意味が分からずその目を見返す。
「“エクス”を持った人間が、戦わないで良かったとか……そんなことを言っても誰も信じんぞ」
「そう言われてもな。この魔剣……“エクス”だったか? そんなに物騒か?」
「そこまで純粋な目で言われると、俺の認識が間違っているように思っちまうじゃねえか」
ラウが苦笑する。
「“エクス”はリチャードの剣だった」
「ああ……それはなんとなくそんな気がしていた」
さすがにアベルでも、それくらいのことは考えていた。
リチャード……ナイトレイ王国中興の祖と言われるリチャード王。
「いちおう確認だが、アベルはリチャードの子孫だろう?」
「そうだ」
アベルは、横にいるミュン提督とその部下を見ながら答えた。
全員、固まったままなので。
立ったまま気絶しているというべきか。
「いちおう聞かれたくないこともあるみたいだったので、そいつらは気絶させている」
「それは手間をかけるな」
「気にするな。で、“エクス”だが、リチャード以外は使えなかったはずだ」
「使えなかった? どういうことだ?」
「俺もちらっと聞いただけだが、嫌な奴に持たれるとめっちゃ重くなって、動かすことができなくなるらしい」
「“エクス”が? マジか……」
アベルは自分の愛剣を鞘から抜いて眺める。
いつも通り、赤く輝いているだけだ。
「そんな魔剣の話なんて聞いたことないが……誰が言ったんだ? 重くなって持てなくなるって」
「もちろんリチャードだ」
「そ、そうか……」
ラウは、前回の様に青く輝いておらず、見た目人間であるため、アベルも人間だと思ってしまうこともある。
だがそう、竜王なのだ。
数十万年を生きる……人とは全く違う存在。
「多分その“エクス”は、魔剣のように赤く輝くが、いわゆる魔剣ではないと思うぞ」
「うん? 意味が分からん」
「まあいい。いずれ時が来れば分かるだろ。とりあえずアベルが使えているということは、“エクス”も仮の主人としては認めているんだろうし」
「仮か。ちゃんと認めてもらえるように、もっと努力しないといかんということだな」
アベルはそう言うと、愛剣をちょんちょんと叩き、鞘に納めた。
「人の身は、与えられた時間が短いからな。色々大変だよな」
「そりゃあ……ドラゴンたちからすればな。それでも、あんな風に本体相手ではなくとも、戦える者もいる。リョウは特に努力の権化みたいなところがあるからな」
「確かにな。まあ、リョウが本当に人かどうか、正直分からんが」
ラウの後半の言葉は小さすぎて、アベルの耳には届かなかった。
アベルとラウがそんな話をしている間も、涼とファンの剣戟は続いている。
前回は、剣戟の最中、涼は傷だらけになった。
だが、今回は……。
カキン、カキン、カキン……。
小さな高い音が響く。
剣戟に混じってファンから放たれる小さな氷の礫が、何かに当たって弾かれる音だ。
「すごいねリョウ。当たる瞬間だけ、氷の膜を発生させて弾いた後、丁寧にその氷の膜の消去までやってるんだ」
「奪われる前に消し去ってしまえば奪われません」
「そう、哲学的だね」
「いや、ちょっと意味が分かりませんが」
ファンが感心したように言い、涼は事実を説明しただけなので哲学的だという感覚は分からない。
必要な時に生成し、必要がなくなったら消去する。
最も基本的なことを、丁寧に行う。
涼の行動の、一番奥深いところにあるものはそれだと思っている。
だから、それを忠実に行うことにした。
しかし……。
「うぐっ」
くぐもった声を漏らし、突然吹き飛ぶ涼。
涼的には突然吹き飛んだが、離れて見ている人には何が起きたか一目瞭然であった。
「いきなりでかい氷の柱が生まれて、リョウの腹にめり込んで吹き飛ばされた?」
「質量攻撃は強いよな。受ける側は体重分しか慣性は使えないのに、魔法で攻撃する側は速度を乗せられる……この世界は不条理だ」
「シツリョウとかカンセイとか……リョウみたいな言葉を使うな」
「うん? そうか? アベルは城では習わなかったのか?」
「ああ、習わなかった」
アベルは素直に首を振る。
「いずれは、みんなそういう言葉を使うようになるだろうさ」
「そうか?」
ラウが事も無げに言い、アベルは顔をしかめた。
「いきなり吹き飛ばされました」
「その、後ろの大木にぶつかる瞬間、水の塊で衝撃を吸収した?」
「よく分かりましたね」
「ラウがそういうのよくやる。ブツリとか言ってた」
「……はい? 物理?」
ファンの言葉の中に、驚くべき単語が混じり涼は大きく目を見開いた。
ちょっと、アベルと一緒にこっちを見ているラウを見たかったが、ファンはその余裕を与えてくれない。
カキン、カキン……。
ファンの連撃を受け流す涼。
当然、人外の力で振られる剣である以上、正面から村雨で受けるのは避けたい。
村雨が折れることはないだろうが……受け続ければ涼の腕がいかれる。
とはいえ、涼はいつも疑問に思っている。
村雨は、水属性魔法によって氷の刃が生じる剣だ。
だが、魔法無効空間でも使えた。
それに、目の前のファンも乗っ取ることはできないようだ。
どうせなので、聞いてみることにした。
「この村雨……氷の剣なのですが、ファンさんでも制御は奪い取れませんよね?」
「制御? ああ、そう、消し去ったり自分のものにしたりね。うん、できない」
「これ、魔法無効空間でも使えたんですけど、なんででしょう?」
「さあ? くれた人に直接聞いてみるのが一番じゃない?」
「これをくれた師匠は……首から上が無いので喋れません」
「えっ……」
リョウの言葉に、驚いたように目を大きく見開くファン。
あまり表情が変わる事のないファンが、初めて大きく表情を変えたのを見た気がした。
「あいつ……リョウにその剣をくれたのって、水の妖精王よね? そのローブとかブーツとかくれたのと同じ」
「はい、そうです」
「首から上が無いから喋れない……?」
「はい、話したことありません」
「やっぱりあいつ変わってるね、意味不明だよ」
ファンが小さく首を振っている。
意味不明らしい。
涼にとっては、何もかもが意味不明だが。
どちらにしろ、圧倒的に不利な状況は変わらない。
(アルバ邸を思い出します)
涼が心の中で浮かべたのは、トワイライトランドのアルバ公爵邸での戦闘だ。
魔法無効空間での剣戟。
相手は、ランド屈指の……というより、ヴァンパイア屈指の剣士だった。
力、速さで上回られ、技術でも互角……。
(あの時は、持久力が僕を救ってくれました)
いつまで経っても崩れない涼に、相手が焦ってくれたのだ。
だが今回はそれも期待できない。
なぜならファンは、一度涼が勝っている相手だから。
誰でも、自分が一度負けた相手が崩れないからといって、焦って強引に攻めたりはしない。
強いのは分かっているのだから。
むしろ崩れたと見えても、とどめを刺すために突っ込むのをためらうくらいだ。
罠ではないかと考えて。
負けるということは、そんな心理的な傷を後々まで引きずる事でもある。
(その辺りを使えればいいのですが……)
そう、涼がファンに勝っている点というのはただ一つ。
以前勝ったことがある。
ただ、それだけだから。
どうすれば、そんな心理的傷に付け入ることができる?
ぶつかる要素の多くが互角なら、駆け引きで顕在化させることも可能だったかもしれない。
相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩……涼が口癖のように言うその言葉によって。
しかし、力にも速さにもこれだけの差があると、なかなかそうはいかない。
ファンも、それだけの差があることを理解しているから。
前回の対戦で、涼の力と速さを理解している。
その上で、それを上回る準備をしてきた。
その結果が、明確に表れている。
剣で上回れない。
魔法で上回れない。
ならば……そう、あれしかない。
「出でよ、ニール・アンダーセン!」
その涼の声によって、ナイフの鞘が淡く光った。
錬金術の光だ。
氷の潜水艦が、涼と対峙するファンの背後に現れる。
その瞬間、ファンの注意が後背に向かおうとする。
当然だ、涼の鞘が光ったのは見えた。
錬金術が行使されたのは分かる。
そして、背後に何かが生じたのも感じた。
それで、涼に全神経を向けたままなどありえない。
過去の敗北が、心理的な傷が、背後の確認を促してしまう。
そこを突く!
ニール・アンダーセンの生成は囮。
ファンの意識をわずかでも涼から逸らすための囮。
ファンが後背を確認しようとした瞬間、上体を低くして一気に飛び込む。
下段から伸び上がるように、村雨がファンを襲った。
ファンの胴を一刀両断する軌道。
しかし、ファンが左手を差し入れ村雨の軌道が逸れた!
ファンの左腕は斬り飛ばされるが、そこは問題ではない。
ファンが、横にローリングしながら上体を前に倒し、右手一本でもった剣を前方に突き出したのだ。
前方……涼がいる。
涼は攻撃直後……むしろ、ファンの剣に向かって自分からも突っ込んでいる。
とてもよけきれる距離ではない。
ファンの剣はリョウの左肩に突き刺さり、体の回転と共に抉った。
肩から先……涼の左腕が死ぬ。
「関係ありません! 敷設、『動的水蒸気機雷Ⅱ』! マーク256魚雷、32本、前部砲門解放。発射!」
涼の声に応じて、ニール・アンダーセン号の前部砲門が開き、魚雷が発射される。
ファンはローリングしながら前方に飛び込み、背後に現れたニール・アンダーセン号から距離をとったが、それを追尾するように発射される32本の魚雷。
「凍れ!」
錬金術によって生成されたものだと理解して乗っ取ることを瞬時に諦め、全ての魚雷を凍らせるファン。
だが、それも罠。
ファンがニール・アンダーセンから距離をとるために飛び込んだ先にあるのは……今、『錬金術』によって生成された『動的水蒸気機雷Ⅱ』の機雷群。
体が触れた瞬間、機雷が連鎖反応して……ファンは凍りついた。
「錬金術で生成された氷です。ファンでも制御は奪えません」
左肩に重傷を負った涼であったが、何とかファンを氷漬けにしたのであった……。




