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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第五章 リュン親王
658/930

0614 明かされる事情

「確かに島があるな」

「丘みたいな山が一つありますけど……ほとんど真っ平らな島ですね」

旗艦の船首に立って、アベルと涼は水平線を見ている。


もうすでに、遠眼鏡を使わなくとも島は見えている。


「普通に島だぞ」

「はい……あれほどの島、巡視艇が見落としたとは思えません」

「つまり、最近になってできた島ということだな」

「そうなります。ですが……」

「ああ、まだはっきりとは見えんが、緑が見えるよな」

「おそらく、森や林の類ですよね」

ミュン提督とジュン・カー艦長も、遠眼鏡を覗きながら水平線に見えてきた島について話している。


「最近できたにしても、魔法的あるいは呪法的な何かか」

「あるいは、前からあったけれども<隠蔽(いんぺい)>されていたのかもしれません」

「なるほどな。だがあれほどの島を丸ごと隠蔽となると……」

「ダーウェイの魔法使いや呪法使いでも無理でしょう」


二人は、確たる結論は出ないが、いろいろと可能性について話している。


帝都に戻れば、皇帝に報告しなければならない。

その際、当然皇帝から尋ねられるはずだ。

「なぜ今までその島を見つけられなかったのか」と。

それに対する答えを用意しておく必要がある。


その場になってあたふたする者は、ダーウェイのような巨大な国家で高い地位には上れない……。


「つまり、人ならざる者が関わっているということだな」

「それは間違いないでしょう」

それが、ミュン提督とジュン・カー艦長が出した結論であった。


その結論は、分艦隊の行動指針にも影響する。


「ロンド公、分艦隊はもしものことを考えて、旗艦のみあの島に近付きます。他の艦は、沖合で待機させておこうかと」

「はい、お任せします。我々の事は気にしないで、まずいと思ったら離脱してください。我々二人は、だいたいなんとでもなりますので……」

ミュン提督の提案を受け入れ、状況によっては勝手に離脱してくれと伝える涼。


巻き込まれて分艦隊に被害が出てしまったら、寝覚めが悪くなる。



島に近付くにつれて、さらにいろいろと見えてきた。


「島の向こう側に船が停泊しています」

「コマキュタ藩王国とスージェー王国の艦隊だな」

「良かったです。人を解放してもらっても、船が沈められていたら損害賠償(そんがいばいしょう)を請求しないといけないところでした」

「……ルリの二人にか?」

「ええ。人に迷惑をかけたら、ちゃんと賠償するのは社会人の常識だと思うのです」

「あ、うん……人の常識ではあるよな。だがあの二人、人じゃないから、そういうのは通じない気がするぞ」

「なるほど、確かに。常識が違うというのはいろいろ面倒ですね」


アベルの指摘を受け入れる涼。

人間の常識を、水属性の魔物らしい二人に受け入れさせるのは難しいだろう。

なぜなら、彼らは人間ではないからだ。


「少なくとも、彼らが送ってきた『決闘状』に書かれた内容については、約束を守ってくれるでしょう」

「そうだな。人質の解放、あと勝てばダーウェイにとって貴重な情報だったか。その情報に興味はある」



その島には、かなり大きめの軍船である分艦隊旗艦が着岸できる桟橋(さんばし)があった。

旗艦がゆっくりと着岸する。

甲板上からは、桟橋の向こうに立つ二人が見える。

さらに向こうに、かなりの人数がいるようだ。


涼とアベルを先頭に、旗艦から人が降りていく。

もちろん、船員全員ではない。

ミュン提督と、近接戦に優れているらしい二十人だけ。


他は、旗艦上からこちらを見ている。



「二人とも青くないです」

「そういえば、以前会った時は青かったな」

涼とアベルが囁き合っている。

今回のルリの二人は、人間と同じ肌の色……日焼けした小麦色っぽい。


「やあ、アベルにリョウ……ゴホゴホ、よく来てくれた……ゴホ」

そうやって迎えたのは幽霊船ルリの二人ラウとファン。

もっとも、外見女性のファンは無言のまま手を振っているだけだが。


しかし、挨拶をした外見男性のラウは……。


「ラウ、お前……大丈夫か?」

思わずアベルが声をかけてしまうほどに、体調が悪そうだ。

何度も()き込んでいる。

そして、肩関節が外れているかのように、左腕がだらりと垂れている。


「ああ、実は実験に失敗してな。咳はもうすぐ……ゴホン、治るはずだ。腕も二カ月もすれば治るんだろうが……さすがにこの状態では戦えん。なので、今回の相手はファンだけだ。つまりファン対リョウだけだな」

「……ファンさんの相手は、僕って決まっているんですか」

「当然だろう? この前、俺の相手はアベル、ファンの相手はリョウだったろう?」

「あ、はい……」


ラウがいかにも当然という口調で主張し、涼もそれを受け入れた。

争ったところで仕方がない。

主導権は向こうが持っているのだ。


だが、それだけでは終わらない王様がここに一人……。


「なら俺は不戦勝だな」

「なに?」

「呼ばれた通り来たのにラウは戦わんのだろう? なら、ダーウェイにとって貴重な情報とやら、この段階で半分は教えてもらえると思うのだが」

「むぅ……」


アベルの主張に、顔を見合わせるラウとファン。

ファンは少し不満そうだ。


だが、ラウは一つ頷いた。

「アベルの言うことはもっともだ。ファンは実験に成功したが俺は失敗した。完全に偶然の要素によるとはいえ、不戦敗と言われればその通りだ」

「でも、ラウ~」

「ファンは戦えるからいいだろう?」

「それはいいけど~」

ラウの言葉に、ファンも唇をすぼめて不満顔でありながらも、最終的には頷いて受け入れた。



「約束の情報を半分渡そう。その情報というのは、チョオウチ帝国に関係する情報だ。チョオウチ帝国が何かは、いまさら説明しなくともいいよな?」


まさかのチョオウチ帝国の名がラウの口から出た時に、涼もアベルもミュン提督も驚きの表情のまま固まった。

まさかその情報が出てくるとは思わなかったからだ。


「チョオウチ帝国本国に住む者たちが、人ならざる者だというのも知っているだろう? ダーウェイは皇宮を襲撃されたはずだし」

「チョオウチ帝国に属している人ならざる者……幻人は知っている。ただ、俺たちは人口のどれほどがそうなのかなどは知らん。そもそも、その帝国の人口も知らんがな」

ラウの問いに、アベルが答えた。


だが、思わず答えたが、ダーウェイ提督のミュン提督が答えた方がよかったかとも思った。

そのため、ミュン提督に話を振った。


「ミュン提督、ダーウェイ中枢ではどれくらいの認識がされているんだ?」

「今、アベル殿が言った事とほぼ同じだ。あと俺が聞いたのは、チョオウチ帝国とダーウェイの間にあるペイユ国に対して、ちょっかいを出しているらしいということくらいだな」


アベルの問いにミュン提督が答えた。

だが、それに、ラウがかぶせてくる。

「そのペイユへのちょっかいも、さらに南下してダーウェイを飲み込むのが狙いだ」

「……は?」

あまりの言葉に、()頓狂(とんきょう)な声を出してしまうミュン提督。



「何のためにダーウェイを飲み込む?」

「いくつか理由がある。だがそれは俺じゃなくて、ファンに勝ったら伝える情報だな」

「ここまで来て……」

「そう言われてもな」

アベルが顔をしかめ、ラウが肩をすくめる。


そこまで無言のまま聞いていたファンが口を開いた。

「ラウ、全部伝えてもいいかも」

「は? 戦ってもいないのにか?」

「その情報を知りたいがために、リョウが焦って攻め急いで自滅とかしたらつまらない」

ファンは表情を変えないまま、涼を見て言った。


涼は、どんな表情をすればいいのか分からないために、あーとかえーっととか言っている。

開始早々に一気に攻め込む作戦を読まれたのかもしれない。


「なら、スージェー王国とコマキュタ藩王国の連中にも聞かせよう」



こうして、スージェー王国のカブイ・ソマル護国卿、コマキュタ藩王国のバンデルシュ商会も呼ばれた。


「リョウ殿、アベル殿、申し訳ない」

来て早々、カブイ・ソマルが頭を下げる。


「いえ、護国卿のせいではありませんから。皆さんを勝手に捕まえた、この二人のせいですから」

「うん、リョウの言うことはもっともだ。とはいえ、二人と戦うという目的を達成するためには仕方なかった」

「別の方法として、ダーウェイ帝都に侵攻して街を半壊すれば、二人は戦ってくれるかもという案を私は出したんだよ?」

「それよりはこっちの方がおとなしいと思ったんだ」

「うん、どっちもダメです」

ファンの提案も、ラウの対案も、どちらもダメだと否定する涼。


「他の人に迷惑をかけるのは、社会()としてどうかと思うのです」

「俺たち、人じゃないし」

「そうでした。なら仕方ないですね」

「うん、仕方ないよ」


本当にそうだろうか?


ラウ、涼、ファン……何かずれていないだろうか?

アベルだけが、小さく首を振るのであった。



「単刀直入に言うと、チョオウチ帝国は東方諸国全てを飲み込もうとしている」

「大きく出ましたね」

「最終的には、世界征服が狙いだからな」

「お、大きく出ましたね……」

ラウの説明に、驚く涼。


世界征服。

それは大王たちの夢。

この世に生まれ落ちたからには、一度は目指すべき夢!


「アベルに並ぶ野望に満ちた指導者がいるようです」

「うん、誤解を招く表現は慎もうな。周りに、各国の重鎮(じゅうちん)たちがいる場だぞ」

涼とアベルの会話は、ひそひそと極めて小さな声で交わされている。

いちおう、アベル=アベル一世だとは知られていないはずなので。


だが、アベルは気付いた。


「世界征服というのは、東方諸国だけではないということか?」

「そう、中央諸国もだ」

「マジか……」


だが、すぐに思考を戻す。


「ラウ、なぜ奴らは東方諸国を、いやひいては世界を征服したい?」

「その辺りの理由はよく知らん」

「なに? それなのに、それだけ断定的に奴らの目的を言っているのか?」

「そうだ」

「なぜそう言える?」

「俺とファンは、海上にいる限り、こと東方諸国で起きていることの多くを知ることができる」


アベルの問いにラウが答える。

その横で、ファンも頷いている。


人ならざる者たちの能力は、人には理解できない……。



「率直な質問をしてもいいだろうか」

カブイ・ソマルがラウに向かって問うた。


「ああ、もちろんだ」

ラウが頷く。


「今回の件に関して、国に戻ったら女王陛下に報告せねばならない。その際、情報の出処(でどころ)を明かす必要があるのだが……幽霊船ルリからだと伝えても構わないな?」

「構わない」

「そうなると……幽霊船ルリが、他の幽霊船とは全く違うものだということから説明しなければならない。はっきり言って、私の報告でも受け入れてもらえるかどうか……」

「護国卿といえば、非常に高い地位だろう? 国王に次ぐ権力者か。それでも受け入れてもらえないと?」

「可能性がある」


カブイ・ソマルが正面から問うている。

視線は、しっかりとラウをみつめたまま。


「すまんが、そこは努力してもらうしかない。厄介な情報だからこそ、なんとしても動いた方がいいぞ」

「ふむ」

「そうだな……護国卿。チョオウチ帝国が厄介なのは、幻人のせいだというのはいいな?」

「ああ、それは捕まっている間に聞かせてもらった」

そんな話し合いがあったらしい。


「チョオウチ帝国が抱える、幻人の数が半端ない。だから人の抵抗を簡単に討ち破る可能性が高い」

「数が半端ない?」

涼が問う。


「そう。十万人ほどかな」

「はい?」


あの幻人たちが、十万人?

正直、涼にも意味が分からない数字だ。


隣のアベルも、ミュン提督もポカンとしている。


「だから、今伝えているんだ。実は幻人の中でも種類があるが……それでも、どうにかした方がいいんじゃないかと思って伝えている。正直俺たちは、人の国がどうなろうとどうでもいい。幻人が世界を征服しようとどうでもいい。だが、リョウやアベルは困るだろう? そっちのダーウェイの提督も困るだろう? だから教えてやっているんだ」

「ラウ嘘つき」

ラウの説明に、ファンが呟くように言う。


「おい、ファン!」

「ラウはね、幻人が嫌いなんだよ。昔、いろいろあってね」

「幻人が嫌いなのはお前もだろ!」

「うん、私も嫌い~」


ルリの二人は、私怨(しえん)から今回の情報を教えてくれたらしい。

もちろん、その方が信頼できるというものだ。



「超大国ダーウェイと(いえど)も、一国だけではその南下を止めるのは簡単ではないということだな」

「そうだ。南下はすぐではない。だが、何年もの時間はないぞ」

ミュン提督の言葉に、ラウが頷く。


「アティンジョ大公国にも知らせた方がいいのではないです?」

「いや、その必要はない」

「どうしてですか?」

「あの『二人』は知っているからだ。だからそれを前提に、国を動かしてきた」

涼の問いにラウが答える。


それを受けて、涼とアベルは無言のまま見合った。

そして頷いた。

ラウが言う『二人』とは、アティンジョ大公国の幻人二人の事だ。

大公その人と、その弟ヘルブ公。


二人は北の幻人が南下してくることを知っていたから、ゲギッシュ・ルー連邦と自由都市クベバサを併合して力を集めたと。



「できるだけ早く国に戻る必要が生じましたな」

ずっと無言のまま聞いていた蒼玉商会会長バンデルシュが結論を出す。

それを受けて、護国卿カブイ・ソマルが頷いた。


「スージェー王国とコマキュタ藩王国の船団は、出発していいぞ」

ラウが突然許可を出した。


「……いいのか?」

アベルが訝しげに問う。


「できるだけ早く戻って対策を立てたいだろう? ダーウェイの艦隊も構わんが?」

「足の速い艦で帝都に報告する。私はここで最後まで見届ける」

ミュン提督はそう言うと、後ろに控えていた部下に指示を出し始めた。



「僕らが勝ったら教えてくれる、ということだったのですが……」

「ファンが伝えていいと言ったしな」

「そうなると、わざわざ戦う必要は……」

「うん、リョウがスケルトンになるのなら、戦わなくてもいいよ」

「はい、スケルトンになるのを避けるために戦います」


そう、ファンは涼を、スケルトンにしたいのだ。

前回の幽霊船上での戦闘の時からずっとそうだった。


「そういえば、今回は島ですけど、幽霊船は?」

「海中にいるよ?」

「えっと……乗ってる人たちの息は……」

「スケルトンは呼吸しない」

「なるほど。便利ですね」

「でしょ? だからリョウも……」

「遠慮します」



慌ただしい別れの挨拶を交わし、スージェー王国とコマキュタ藩王国の船団は島を後にした。

さらに、ダーウェイ分艦隊からも、二隻の足の速い船が帝都に向かって出発した。


これらが、東方諸国始まって以来の動きに繋がるとは……さすがに涼も予想できなかった。



島に残ったのは、ラウとファン、涼とアベルとミュン提督とその部下九人。


「さて、これで後顧(こうこ)の憂いなく二人には戦闘を楽しんでもらえるな」

「いや、戦闘を楽しんだことなんてないんですが」

「リョウは嘘つきだな。真面目な顔のまま嘘をつく」

涼の答えを、笑いながら否定するラウ。


自信満々の否定。


「アベルも言ってやってください。涼は真面目で優しくて、戦うのが苦手な魔法使いだと」

「俺はリョウと違って嘘つきじゃないからな。そんな嘘は言えん」

「裏切り者……」



「じゃあ、リョウ、やろうか」

「仕方ありません。魔法無しの魔法使いがどこまで戦えるか、もう一度試してみましょう」

ファンが嬉しそうに言い、涼が肩をすくめながら受ける。


二人の、二度目の戦いが幕を開けようとしていた。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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