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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第五章 リュン親王
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0610 派閥

「お昼はパァーっと打ち上げですよ!」

「まあ、頑張ったのは確かだな」


昨日の響音会を二人ともとても頑張ったということで、今日のお昼ご飯はその打ち上げということらしい。

もっとも、いつも通りお昼ご飯を食べるだけなのだが。


しかし……。


「ん? お客様が来ました」

涼はそう言うと、門に走っていった。


アベルはゆっくりと歩いていく。


門では、涼が手紙を受け取って読んでいた。

その傍らには、ツノ付きのゴーレム……先触れ担当一号君がおり、正面には小さな子がいる。

それが、お隣のリュン王府の小間使いの少年であることをアベルは覚えていた。


「承知いたしました。お待ち申しあげておりますと、殿下にお伝えください」

涼がそう言うと、小間使いの少年は頭を下げて、王府に走っていった。



「アベル、打ち上げは中止です」

「リュン親王が来るのか?」

「ええ、何やら相談したいことがあるそうです」

涼はそう言うと、アベルに手紙を渡す。


そして涼自身は腕を組んで考え込んだ。


「どうした?」

手紙を読み終えて、アベルは涼に問う。

何やら、真剣な面持ちだからだ。


「お昼ご飯をどうするか悩んでいるのです」

「あ、うん、そうか……」

真剣な涼、肩透(かたす)かしを食らったアベル。


「もうすぐ十一時……十五分後くらいに殿下はいらっしゃるそうなので、さすがに食べに出るわけにはいきません。かといって、お昼抜きというのも……」

「どうしてもとなれば、店から配達してもらうことができるんじゃないか?」

「出前ですか? それは可能らしいのですが……これから忙しくなるお昼時に持ってきてもらうのは気が引けます」

涼が顔をしかめて首を振る。


「リョウは、そういうところ律儀(りちぎ)だな」

「アベルみたいに、いつもいつも権威をかさにきて配達してもらったりはしないのですよ」

「俺、そんなんしたことあったか?」

アベルが首をかしげる。


「王城にいた時、いっつも執務室に持ってきてもらっていたでしょう!」

「ああ、それはまあ……」

「王城食堂の人たちは、泣く泣くアベルの元に持っていったに違いありません。国王の横暴です!」

「ハインライン侯も、自室に持ってきてもらっていたぞ」

「え? 宰相閣下も?」

アベルの言葉に驚く涼。


涼の中では、宰相ハインライン侯爵の評価は非常に高い。


「ハインライン侯や国王の俺が食堂に現れると、一般の兵士や官吏たちが焦ったり緊張したりするそうだ」

「ああ……」

「まあ、いろいろ話を直接聞きたい場合には足を運ぶが、それ以外は自室に持ってきてもらうようにしたと言っていたな」

「なるほど! 宰相閣下がそう言ったのなら間違いないですね! その提言を受け入れたアベルは、さすが国王の器です」

「なんという手のひら返し……」

涼が感心し、アベルが小さく首を振る。



そんな話をしている間にリュン親王一行が到着し、部屋に入った。


今回、入室したのはリュン親王とリンシュン侍従長だけだ。

一方の主側も、涼とアベルだけ。


挨拶を終えると、リュン親王は早速切り出した。


「ご相談したい事というのは、派閥(はばつ)についてです」

「派閥ですか?」

涼は首をかしげる。


涼も、手紙に相談したいことがあると書いてあったために、何を相談されるのかいくつか考えてはいたが、その中に、派閥についてはまったくなかった。


「確か、他の三人の親王方は、皆さん派閥を持っていらっしゃいますね」

「はい。率直な問いとして、ロンド公は、私も派閥を持つべきだと思いますか?」


なんとも直接的な問いであった。


「と言いますのは、昨日以来、シタイフ層の少なくない者たちから、私の派閥に入る打診を受けているのです」

「昨日と言うと響音会ですね。ああ、もしかしてビン親王殿下?」

「はい。響音会でのビン兄上の振る舞いは、失態(しったい)だったと言っても過言ではありません」

リュン親王の表情は、競争相手の失態を喜んでいるようには見えない。

むしろ、悲しんでいるようにすら見える……。


「実際、この一カ月……ビン兄上の片腕であったリンスイ殿の失脚から、兄上は皇帝陛下の信頼を失っております」

「ああ……」


リュン皇子襲撃事件は、ビン親王の直接の関与を示す証拠は出なかった。

そのため、ビン親王自身へのお(とが)めはない。

だが、皇帝も馬鹿ではない。

揃った証拠から、ビン親王自身も襲撃を知っていた、あるいは許可した可能性が高いという認識は持っているのだ。


しかも、リンスイが関与したことに関しては、証人がいた。

そのため、リンスイはビン親王の元を放逐(ほうちく)されたと言われている。


その上で、響音会でのビン親王の振る舞いだ。


特に、ロンド公爵自身の演奏を求めた件に関しては、その場にいた皇帝も明確に不快な感情を抱き、それは表情にも表れていた。

あの場にいた、ビン親王以外全員が、それを理解するほどに。


それは当然、ビン親王の派閥に属していたシタイフ層の者たちの目にもとまった。

はたして、このままビン親王の下にいて大丈夫なのか?


いや、大丈夫ではない。

それくらいは分かる。

だが、今さら第二皇子や第三皇子の派閥には行けない。


ならば……。


それで第六皇子リュン親王の新たな派閥にと考えたのだろう。


そもそも、ビン親王の派閥に属しているシタイフ層の多くは、第二皇子、第三皇子の派閥形成時に乗り遅れた者たちだ。

あるいは、五年前にはまだ力を持っていなかった者たち……。


五年間で伸びてきた彼らに、勢いはある。

だが、ビン親王についたのは、その人格や識見(しきけん)を高く評価してというわけではない。


そんな者たちが、主を乗り換えようとし、乗り換え先としてリュン親王に接触してきている。



感情面から言えば、そんな者たちなど一顧(いっこ)だにする必要はない……。


しかし、この派閥に関する問いは、政治に関わる者にとって非常に難しいものなのだ。



政治に関わらない一般的な感想としては、派閥などというものは悪いものだと感じてしまう。


能力や識見によらず、うちの派閥の人をその立場に据えよう……そんなことをイメージしてしまう。

そして、現実にそういうことはよくある。

そうなった時、周りのサポートする人たちや、民が負の影響を受けてしまう。


そう考えると、当然、派閥などというものはない方がいい。

そんな派閥など関係なしに、優秀な人材を適切な地位に据える。

それこそが正しい組織のあり方だ。


それは事実。

そこを否定できる者はいないだろう。



だが、現実はそうならない……。



ある程度以上の規模の組織になれば、必ず派閥が生まれる。

それはいつの時代、どんな世界においても変わらない。

ということは、人は派閥を作り、群れる生き物なのだろう。


それは、人の本質の一部なのかもしれない。


だが難しいのは、群れるのを嫌う人もいるという点だろう。


本当に、人というのは難しい存在である……。



人は群れる。

政治という、一歩間違えば簡単に失脚し、自分と家族の命が失われる環境においては、余計に群れることによって生き残るしかなくなる。


だから群れる。

だから群れない人を攻撃する。


味方でない者を先んじて排除する……その論理によるのだろうか。



民主主義国家においては、さらに事態は深刻だ。

数は力、群れないものは存在価値すら失う。

国会議員は立法府の人間であるのに、自分一人では新たな法律を提案することもできない。

地元への利益誘導の法律を乱発されては困るからだが……まさに、数こそ力となっている。


結局最後は多数決になる……。

そう、数。


未だ人は、多数決を超える裁決方法を持っていない。

未だ人は、群れる以外の政治の進め方を持っていない。


派閥の否定は簡単だが、現実の政治の世界において、未だ人はそれ以外の方法を知らないのだ。



完全なる独裁なら、あるいは……。



涼は、そんなとりとめもない思考を頭の隅に追いやった。



「派閥を持つべきかという問いでしたが、それにお答えする前に、一つ殿下に確認したいことがございます」

涼は、リュン親王を見て問う。


「殿下は、誰のために政治は行われるべきだとお考えですか?」

「民です」

涼の問いに、リュン親王は即答した。

その視線は、しっかりと涼を見ている。


まったく揺るがず。

まったくぶれず。



そしてリュン親王は、ゆっくりと言葉を(つむ)ぐ。

「以前、ロンド公はこうおっしゃいました。(いち)(いわ)(みち)と」

「はい」


それは『孫子』の一節。

『一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。道とは、民をして(かみ)と意を同じくせしむる者なり。(ゆえ)(もっ)(これ)と死すべく、以て之と生くべくして(うたが)わざるなり』


道とは、民の気持ちを為政者に同化させることができるような政治。

それが正しい政治であり、それをちゃんとやっておけば、民は、為政者と生死を共にしてくれる。

だからこその、一に曰く道。



兵法書として知られる『孫子』だが、その主眼は、国の統治論である。

いかにして国を維持するか。

いかにして国を強くするか。

いかにして国を統治すればよいのか……。


国の統治の中における、戦争の位置付けを明確にしたのが『孫子』。


戦争を進めるにしても、その目的はどこか……決して、戦って勝つ部分ではない。

戦わずして勝ち、相手の戦力をそのまま自国の戦力として飲み込み、自国を強くするべし。



当然、国の基礎として何を考えるかと言えば、民ということになる。


それこそが、国の最も基礎であり基本。

その上に、戦争、外交、その他諸々は構築されていく。



「一に曰く道。民こそが国の根幹(こんかん)。であるならば、政治は民のために行われるべきだと私は考えます」

リュン親王がもう一度言い、涼は頷き、言葉を続ける。


「殿下、そこを外さなければ国の政治が誤ることはありません。為政者は、常にその事を頭の中に考えておかねばなりません」

「はい」

「そして、それさえ考えていれば、他の事は些事(さじ)です」

「え?」

「派閥を作るのか、あるいは作らないのかも些事」


涼は少しだけ微笑んでそう言うと、お茶を一口啜る。


そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「目的と手段を混同してはなりません。目的は民のための政治、それを成すための手段としてどうすればいいかをお考え下さい」

「はい……」

「民のための政治を成そうとする時、派閥が無いとできないでしょうか? 派閥があれば必ずできるでしょうか?」

「いえ……」

「民のための政治を成そうとする時、派閥が無ければできるでしょうか? 派閥があると絶対にできないでしょうか?」

「いえ……」

「そう、派閥があろうがなかろうが、できる場合もあればできない場合もある。結局のところ、派閥というものはその類のものです。それがないと、絶対にできないものというわけではない。それがあれば、絶対にできるというものでもない」


そう、このダーウェイという国は身分制の国なのだ。

準独裁国家と言ってもいい。


派閥の長に、誰でもなれるわけでもないし、大きな派閥を持っていなければ帝位を争う競争に勝てないというわけでもない。



数は力だが、数だけが力ではない。



「つまり……派閥を作るも作らないも自由。好きにしてよいと」

「はい」

リュン親王の答えに、頷く涼。


「ただ、一つだけ……私の個人的な意見ですが……」

「はい、お願いします」

「積極的に派閥を作る必要はないし、すり寄ってくる人材におもねる必要もないと思いますが……将来の、殿下が考える国の構想に有為(ゆうい)と思われる人材には、他の勢力から潰されないように目をかけておくのは良い事かと思います」

「なるほど」

涼の提言に頷くリュン親王。


「決して、自分の派閥として囲い込んでおく必要はありません。ただ目をかけている、君のことは見ているぞと、本人に感じさせておくことは悪いことではないでしょう。見ていてくれている人がいる……それを意識するだけで、人は困難を乗り越えることができる場合がありますので」

(きも)(めい)じておきます」


その後もいろいろと話して、涼とリュン親王の会談は終了した。

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