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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第五章 リュン親王
651/930

0607 響音会 中

「王都は落ちた。王弟と帝国の手に落ちた。民の嘆きが王国の空を覆う。民の(いきどお)りが王国の大地を(はし)る。民の希望が……王国に新たな王を生む。その名はアベル王。辺境の街にて立ち上がらん。王国の暗雲を吹き払う冒険者の王。民の涙をまとめ、侵略者に立ち向かわん」


語るように歌う吟遊詩人ワンア・シー。

その美声と竪琴(たてごと)の音色に、正林殿にいる全員が一心不乱に聞き入っている。


今回は、涼とアベルも聞き入っている。


前回、『龍泉邸』で聞いた時には、恥ずかしさから聞き入る前に冷静さを取り戻してしまい、聞き入ることができなかった二人であったが、今回は違った。

一度聞いて、多少慣れたからかもしれない。


あるいは、全てを諦めたからか。



とにかく、自分たちの事であることを考えないようにして……聞き入った。



「アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり。その魔法は、天を消し、大地を砕き、世界を()てつかす、大いなる水の魔法。ただ一撃にて、十万の大軍を打ち破りしは、夢幻にあらず。人は(たた)えて氷瀑(ひょうばく)、あるいは白銀公爵と(うた)うなり」


最後の、『ロンド公爵の歌』を歌い終わった瞬間……。


「おぉー!」

「やはりいいな!」

「さすがワンア・シー!」


歓声が弾けた。


だが、すぐに収まる。



ワンア・シーが、続きを演奏しようとしていることに気付いたのだ。



「ロンド公爵は西へ向かった、新たなる友好を結ぶために。その空隙(くうげき)に襲い掛かる新たなる脅威。人知を超えし大いなる存在。かつて中央諸国を滅亡の(ふち)に追いやりし魔人の復活。王国は戦った。連合とも結び戦った。だが……敵は人ならず。人を超えし存在」


新たに始まったのは、新たな物語であった。


(よみがえ)りし魔人の攻撃にさらされる王国。数万の影を生み、王国を蹂躙(じゅうりん)する恐るべき魔人……その前に立ちはだかる英雄王アベル。だが……彼の(かたわ)らに、ロンド公爵はいない……」


ワンア・シーの歌声が、新たにナイトレイ王国の歌を紡ぎだす。


固唾(かたず)をのんで聞き入る聴衆。


「大地を覆いつくす影を率い、王国を危地に追いやる魔人、そして眷属(けんぞく)。王国との決戦は東の地で行われた。英雄王に率いられし王国軍、錬金術師が生み出しし大いなる治癒(ちゆ)の力、そして空に浮かぶ金の雌鹿(めじか)の船……。あらゆる王国の力が結集し、魔人を、眷属を、打ち倒す。それは人を超えしものを、人が倒せし瞬間! だが……」


咳払い一つ起きない。


「戦士の血を吸った大地が、魔人の真の力を解放した。……解放してしまった! ただ一人、たった一人の魔人が、王国の全ての力を打ち破る。恐るべき光景! 戦士は倒され、魔法使いは地に伏した。眷属を倒せし英雄王すらも……真の力を解き放った魔人にその剣は届かない。王国の、全ての力が……魔人にねじ伏せられようとしていた」


その瞬間、ワンア・シーの伴奏が激しく、荒々しいものとなる。


「だがまだだ! まだなのだ! 王国の力はまだ残されている! 果てしなき西の地に旅立ったあの男がいる! そう、ロンド公爵。彼のいるべき場所は西の地ではない。王国だ。そう、英雄王アベルの元こそが、彼のいるべき場所! だが、果てしなき西の地にいるロンド公爵では……届かない……。届かない? 本当に? 彼に不可能なことがあるだろうか? ありえない! ありえない! そう、そんなことはありえない! 全てを可能にする魔法使い。彼なら……。そんなことがあるだろうか? あるだろうか? あるだろうか? そう、あるのだ! 起きたのだ! 空を引き裂き、現れる、大いなる水の魔法使い、氷瀑、白銀公爵が! 彼がいるべき場所に! 戻ってきた! 氷の雨を降らせ、切り裂く。英雄王の赤き魔剣、白銀公爵の青き魔剣……二つが一つに、魔人を貫いた!」


全ての視線はワンア・シーへ。


「再び王国は救われた。英雄王と白銀公爵、大いなるその力によって!」



その瞬間、完全な静寂(せいじゃく)が正林殿を覆った。



パチ、パチ……。

パチパチ、パチパチ……。

パチパチパチパチパチ……。


拍手の嵐。


「最高!」

「素晴らしい!」

「まさに傑作!」

「アベル様―!」

「ロンド公爵様―!」


爆発したかのような歓声、感情の発露(はつろ)

そこに、身分の差はない。

シタイフ層から帝室に至るまで、拍手している。

中には、涙を流している者も……。



この場で、感動していないのは二人だけ。


「最初のやつは、以前聞いたので平常心で聞くことができました……」

「だが、新しいやつは……恥ずかしかった……」

涼とアベルは、下を向いている。


とても恥ずかしかったらしい。


二人が物語の主人公なのに。



喝采(かっさい)の中、三十分間の休憩となる。

二人は皇帝ツーインに招かれ、文華殿に移動した。


これには、かなりホッとした。

あのまま正林殿に残っていたらどうなっていたか……。



「さすがはワンア・シー、素晴らしい歌であったわ」

二人と違って、ご満悦な皇帝ツーイン。

いつも彼の後ろに、ほとんど無表情のままかしこまる総太監ですら、心なしか笑顔があり機嫌が良さそうに見える。


「おっしゃる通りで」

恥ずかしさは未だに抱いたままだが、涼は皇帝の感想に同意した。


「あの新しい歌は、ロンド公が話して聞かせたのかな?」

「はい。私とアルバートで……」

皇帝ツーインの問いに答える涼。

その隣で、アベルが無言のまま頷く。


「歌の中に、魔人が出てきたな。この東方諸国においても、演義の中には出てくるものがある」

「そうなのですか?」

演義というのは、小説のようなものだ。

つまり、この東方諸国においても魔人が出てくる古い物語があるということだろう。


「無論、いずれもはるか昔に書かれた、さらに昔の話であるから……本当に伝説の中にだけ出てくる者たちだな。だがそれが、王国では蘇ったと……?」

「おっしゃる通りです、陛下。中央諸国においても、魔人の存在はほとんど伝承の中にだけあるものでした。実際、今回の魔人の復活は九百年ぶりとかだと聞きました」

皇帝ツーインの言葉に、涼が答える。


今回戦った、東の魔人であったガーウィンが蘇った経緯は実はよく知らないが、王国の南に封じられていた魔人の封印が解けた瞬間には立ち会った。

その際に、中央神殿の伝承官ラーシャータ・デヴォー子爵からいろいろな話を教えてもらえたために、けっこう知っているのだ。



「伝説の中にだけ存在する者たちが蘇るというのは……恐ろしいことよの」

「まさに」

皇帝ツーインがしみじみと言い、涼が頷く。


皇帝ツーインの言葉は、為政者(いせいしゃ)としての言葉だ。

過去に対処の実例がなく、対策マニュアルもノウハウもないものに、国レベルで対処することの難しさ。

国という、その図体(ずうたい)が大きすぎるがゆえの動けなさ。


それを知っているからこそ、初めて遭遇(そうぐう)する出来事に対して、対処速度が遅くなる。

それはとりもなおさず、初期のうちに、ある程度の犠牲が出てしまうということだ。


国は大きな組織だ。

だから、ある程度のダメージを受けても、崩壊という致命的な状態にまではそうそう至らない。

だが、致命的な状態には至らぬまでも、そこで暮らす民の中には命を落とす者も出てくる……。


それはやむを得ない犠牲だろう。

どうしても避けられなかった犠牲だろう。


だが、残された家族に面と向かってそう言えるのか?


皇帝ツーインの言葉は、それら苦しいこと全てを経験から心の中に持っている為政者の言葉なのだ。



そんな話をしているうちに、三十分の休憩時間が終わる。



最初同様に、皇帝ツーインについていき、涼とアベルは正林殿に入室した。

第一部と同じ席に着く。


二人ともすぐに気づいた。

演奏が行われる舞台に……。


「グランドピアノが……」

「重いだろうに、運んだのか?」

涼とアベルは驚く。


そこには、前半まではなかった存在感のある、アベルが言うところの黒い(いびつ)なテーブルが置かれてあったからだ。

だがすでに、テーブルの形状ではなく、(ふた)が斜めに開かれ、磨き抜かれた蓋に反射して内部に張られた(げん)が見えている。


「あの、張られた弦を弾いて音を出しているのか?」

「ええ、ええ。あの弦を、内部の装置が叩くのです」

アベルが問い、涼が答える。


ピアノを弾ける涼も、グランドピアノの構造にそれほど詳しいわけではない。


そう、だからこそずっと不思議に思っていたのだ。


この世界にピアノを生み出したロン・シェン。

恐らく彼は、涼同様に転生者だろう。

それは多分間違いないのだが、だからといって……ピアノを作れるのか?

地球にいた頃に、ピアノは弾いていたのかもしれない。

だが、それで、ピアノを一から作る事ができるかと言われれば……たとえば涼にはできない。


だが、ロン・シェンは作り上げた。


下賜(かし)された『シェン-ロン』一番台を、毎日輪舞邸で弾いているが、地球にいた頃に弾いていたピアノと全く変わらない。

もちろん、ピアノも楽器であるために、製造会社によっていろいろと違いはある。

特に(けん)の重さはかなり違う。

だからこそ、かのショパンコンクールでは、演奏者が三社から四社のピアノの中から、演奏用のピアノを好きに選択することができるのだ。


その度に、ステージ上のピアノは入れ替えられる……。


多分、この舞台上にあるピアノも、そうやってここに運ばれたのだろう。



そうこうしていると、一人の女性が出てきた。


そして、ピアノを弾き始める。


もちろん涼の知らない曲だ。

だが、今までシタイフ層たちが演奏してきた、ダーウェイ風と言ってもよい、美しい旋律で帝都を流れる南河が目に浮かぶような、緩やかな旋律(せんりつ)を元に作られた曲。


多くの人が、目をつむり、ゆったりと耳を傾ける心地良い曲。



そんな曲が三曲演奏された。



その後、工房統領ロン・シェンが現れ、演奏した女性と共に挨拶をする。


「この度は、グランドピアノ『シェン-ロン』のお披露目の時間をとっていただき感謝いたします」

から始まり、いくつかの制作秘話が語られた。


だが、多くの人が求めているのはそういうことではないようで……。


「本日より、『シェン-ロン』の受注を受けつけます。ご注文は、尚宝監(しょうほうかん)までお願いいたします」


その瞬間、皇子たちの家族はもちろん、シタイフ層のほとんどの奥方たちが、すぐ後ろを向いて自家の侍従や家人たちに何かを伝えた。

そして、侍従や家人たちが正林殿を出ていった。


おそらく向かった先は……。


「あの人たち、全員尚宝監に注文しに行ったんですかね?」

「あの勢いからしてそうだろう」

涼の問いに、アベルが頷く。


尚宝監は、ダーウェイ皇宮における芸関連の取りまとめをしている部署だ。

尚宝監の太監は、ロンが外で演奏していたのを叱った人物。

この後、注文をさばくのに大変になる幻を、涼とアベルは見た気がした……。



ピアノは舞台後方に下げられた。

暢音閣に戻されるわけではなく、この一台は正林殿に置かれたままになるのかもしれない。

学校の体育館に、必ず一台置かれていたように……。



そして、皇子たちによる第二部が始まるのであった。

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