表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
646/933

0603 別れ

「いやあ、良いことをした後は気持ちがいいですね!」

新たに仲間に加わった冒険者を含めた御史台(ぎょしだい)一行と、なぜ連れてこられたのか本当に分からないリー・ウー刺史が輪舞邸を去った後、その庭で涼が背を伸ばしながらそう言った。


「まあ、悪いことではないからいいんじゃないか?」

アベルは肩をすくめながら言う。


「アベルはいつもそうです! (しゃ)(かま)えた答えばかり。そんなのがカッコいいという時代はもう終わったのです! 国王陛下なのですから、もう少し社会の流れを理解してほしいものです」

「斜に構えた? そんなつもりはないぞ」

「そんなアベルに、挑戦状をたたきつけてやるです!」

「挑戦状?」


涼の意味不明な論理展開に、首を傾げるアベル。

まあ、その辺りはいつものことなので、実はまったく気にしていないのだが……。

挑戦状というのには興味があるようだ。


「アベルは、飛翔環でまあまあ空を飛べるようになりました」

「そうだな」

アベルはそう答えると、スッと浮いて空中でバク転をしてみせた。



「しかし! 飛翔環の全開能力に挑戦する覚悟はありますか?」

「全開能力?」

わざとらしくニヤリと笑って問う涼。

よく分からず、再び首をかしげるアベル。


「その飛翔環って、速さはそれほどでもないじゃないですか?」

「まあ、そうだな」

最高時速は、せいぜい四十キロといったあたりだ。

ゆっくりの車くらいの速さだろうか。


「でも、それって、リミッターを設定して、わざと遅くしてあるんです」

「……ああ、以前言ってたやつか?」

「そうです。そのリミッターを解除すれば、その五倍くらいの速度まで出せます」

「……」

五倍の速度で壁にぶつかる光景を想像して、アベルは小さく首を振った。


「一般の人は、今の速さで十分楽しいと思うんです。アベルだって楽しいでしょう?」

「ああ、楽しい」

「でも……戦闘に使うには難しいですよね」

「そうだな。近接戦で使うものではないだろうな」

涼の問いに、アベルは頷く。



わざわざ近接戦で、飛翔環を使う必要性などないというのが一番だが。



「でも、今の五倍の速さで飛べるとなったらどうです? 夢が広がりませんか?」

「夢は広がるが……」

「どうですか、剣士アベル! 元A級冒険者アベル! あなたは飛翔環の限界に挑戦してみる気はありますか!」

「それは、すぐ挑戦できるのか?」

「五分もあれば」

「やってくれ」


アベルは自らの飛翔環を外して涼に渡した。

即断即行……国王アベルの真価であろうか。



五分後。


涼によってリミッターを外された飛翔環をはめたアベル。

「よし、いくぞ!」



ドンッ。



鈍い音を発して、アベルは壁に激突し、崩れ落ちた。



「アベルーーー!」


その後、輪舞邸の庭に横たえられたアベルが、涼特製ポーションを浴びるように飲ませられたという記録が残っている……。



「いきなり五倍は無謀でした」

「……死ぬかと思った」

アベルがしみじみと言う。


ここまで心のこもった『死ぬかと思った』を、涼は初めて聞いた。


「なあ、リョウ。いきなり五倍とかじゃなくて、二倍とか……そういうのはできないのか?」

「できますよ?」

「そういうのから、徐々にやっていくのがいいと思うんだ」

「確かにそうかもしれません。とてもまともな意見だと思います」

「さすがに死にかけたからな」


時速二百キロで壁に衝突する経験をすれば、仕方ないだろう。


しかし、ふと涼は思った。

時速二百キロで生身の人間が壁に衝突すれば、普通は死ぬ。

だが、アベルは生きている。


多分、衝突する瞬間、あるいは直前に、常人ではありえない反射神経で飛翔環に命令を出したのだろう、止まれと。

だからきっと、衝突した瞬間は二百キロよりはスピードは落ちていた……のだと思う。


さすがの涼も、目で追い切れていなかったために推測するしかないのだが。



涼は、再びアベルの飛翔環を受け取り、リミッターを調整する。

具体的には、魔法式の該当箇所に数字を入れるだけだ。

つまり魔法式として組み込まれた段階で、素養のある者なら最高速度を引き出すことができるようにしてあるということ。


もちろん、直接魔法式をいじれる状態には、普通の人ではできない。

そんな普通の人は、飛翔環の魔法式をいじるな……製作者はそうも言いたかったのかもしれない。



無事、購入時の倍の速度まで出るように調整した飛翔環をアベルははめて、再び飛んだ。


「おお、いいなこれ!」

「何事も、一歩一歩進んでいく方がいいですね。一気に頂上を狙うと……」

「ああ、死ぬな」

涼もアベルも、しみじみと言って頷いた。




その日の午後。

輪舞邸に珍しい来客があった。


スージェー王国中央海軍第一艦隊所属、遠洋巡航艦ローンダーク号のゴリック・デュー艦長と、レナ副長を連れて、カブイ・ソマル護国卿がやってきたのだ。


明後日、帝都を発って国に戻るので、その挨拶回りらしい。


ローンダーク号は、涼とアベルをスージェー王国から自治都市クベバサまで運んでくれた船である。


クベバサでもいろいろとお世話になった。

アティンジョ大公国の艦隊と共に青い島に(おもむ)いたり……。



「ようこそいらっしゃいました、カブイ・ソマルさん。お久しぶりです、ゴリック艦長、レナ副長」

涼が(あふ)れんばかりの笑顔で挨拶する。


だが、三人のうち、明らかにおかしい人が一名……。


ゴリック艦長が歩いている時、右手と右足が同時に出ていたのを涼もアベルも見た。


カブイ・ソマル護国卿とレナ副長はそんなことはない。



一通りの挨拶を受けた後、涼はカブイ・ソマルに尋ねる。

「ゴリック艦長は……どこかお悪いので?」


船旅中はもちろん、クベバサにおいても、こんな艦長は見たことがなかったからだ。


「いえ、単純に緊張しているだけです」

笑いながら答える護国卿カブイ・ソマル。

その横で、苦笑するレナ副長。

ひきつった笑いを浮かべるゴリック艦長。


勝手知ったる涼とアベルが相手だ。

緊張する理由が分からない。



部屋に入り、座る時にもゴリック艦長はカクカクしている。



「ダーウェイに来てから、既知のリョウ殿がロンド公爵であることを知り……これはダーウェイでは広がっておりませんが、アベル殿がアベル王であることを知ってから、艦長は緊張してしまいまして」

「ああ……」

カブイ・ソマルの説明に、涼もアベルも頷く。


だが、涼はふと首をかしげる。

「僕はともかく、アベルの正体はなぜ知ったのです?」

「それは、女王陛下が教えてくださいました」

「イリアジャ女王が?」


カブイ・ソマルの説明に、やはり首を傾げる涼。

なぜ、イリアジャ女王が知っているのか分からないからだ。


「実は女王陛下は、お二人がスージェー王国にいらっしゃる段階で、正体に気付かれておられたようです」

「なんと」

「吟遊詩人が歌う『ロンド公爵の歌』を、女王陛下が私に歌ってくださり……謎解きもしてくださいました」

「もしかしたらとは思っていたが」

アベルが小さく頷く。


「え? アベル、気付いていたんですか?」

「いや、全然確信はなかったがな」

「それでも、なぜ教えてくれなかったんですか……」

「確信なかったし、そもそも言うような事でもないだろう。俺は俺、リョウはリョウだ」

「まあ、そうですけど……」

不満そうに、頬を膨らます涼。


だが、そこで何かを思い出したように、ハッとした。


「スージェー王国に戻る際に、できればこれを持って帰っていただきたいのです」

そう言って涼が部屋の奥から持ってきたのは、紙束。


「イリアジャ女王に……あ、でも中央諸国語なので、そちらで翻訳してもらって渡していただけると嬉しいです」

「そちらは……?」

「拙作『そんなアベルは、腹ペコ剣士』の続巻です」

「なんですって!」


三人とも、大きな声をあげた。

この時ばかりは、ゴリック艦長も緊張が解けている。


「あ、あれ? 艦長さんと副長さんも知っているんですか?」

『そんなアベルは、腹ペコ剣士』がスージェー王国で出版されたのは、涼とアベルを乗せたローンダーク号が王国を出発して以降のはずだ。

ゴリック艦長とレナ副長は読んでいないはずなのだが……。


「もちろんです」

そう言って、レナ副長が懐から一冊の本を取り出した。

文庫版のような、携帯しやすいタイプだ。


「愛読書です!」

いつも冷静なイメージのあるレナ副長が、少し興奮気味に頷いている。


「あ、ありがとうございます」

涼の方が、びっくりしてしまった。



「今回のダーウェイ訪問の際に、この携帯版を持ち込みまして」

カブイ・ソマルが笑いながら言う。


よく聞くと、東方諸国語版も手土産(てみやげ)に何人かに配ったらしい。


「そ、そうですか……」

原作者が知らない間に広がる著作。

出版社ならぬ出版国の全面バックアップ……おそるべし。



「その続巻……女王陛下にということですが、陛下の許可がいただければ国元で出版してもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです」

カブイ・ソマルの確認に涼はにこやかに頷く。


続巻を待ち望まれているというのは、作者冥利(みょうり)に尽きるというもの。



ただ一人……。

「まだ読んでいないんだが……困ったな」

そんな呟きを発した腹ペコ剣士がいたらしい。




新たな原稿を抱えて、護国卿一行が去った輪舞邸。

だが、この日の午後の客は、彼らだけではなかった。


「商会長さんお久しぶりです。バンヒューも、ようこそいらっしゃいました」

涼とアベルが出迎えたのは、コマキュタ藩王国(はんおうこく)マニャミャの街の商会、蒼玉商会の商会長バンデルシュと末の息子バンヒューであった。


「ロンド公……いえ、あえてリョウ様、アベル様と呼ばせていただきましょう。ご無沙汰(ぶさた)しております」

バンデルシュがにこやかに微笑んで、バンヒューも並んで挨拶した。



もちろん、バンデルシュもバンヒューも、この『輪舞邸』に挨拶に来ているのだから、涼がどのような立場なのかは完全に理解している。

それでもあえて、以前知り合った時の『リョウ様』『アベル様』で挨拶した。


この辺りは、商人なればこその一流の交渉術といえよう。


必要以上に距離をとらず、しかして近すぎず。


交渉において、最大の武器は相手からの信頼である。

というよりも、相手から信頼してもらうことこそが、関係を築くうえで最も大切にして、最も難しいことと言ってもいいだろう。


信頼してもらえれば……よほど変な要求でない限りは通る。

そもそも、そんな変な要求をこれまでしているようなら、信頼されていないだろうが……。



「実は明後日、帝都を発って国元に戻ることになりまして。そのご挨拶に伺いました」

「明後日? もしかしてスージェー王国と……」

「はい、カブイ・ソマル護国卿もみえられたかと。護国卿の分艦隊と、うちの商艦隊は合同で戻ります。その方がお互いにとって安全ですから」


バンデルシュが笑顔で説明した。

涼も笑顔でうんうんと頷く。


だが、心の中では驚いていた。

(商会長さんの言う通りなんですけど……多島海地域でのライバル国同士で、しかもどちらも海洋国家。船の運用に関しては、国の機密もあると思うんですが……それでも一緒に戻るという判断はいったい誰にとって有用なのか)


もちろん、どちらにとっても有用である事は理解できる。

双方にメリットがあるからこそ、お互いのトップは合同で戻ることにしたのだ。

表には浮かんでこない、バンデルシュ商会長とカブイ・ソマル護国卿の思惑がいろいろとあるに違いない……。


「もしかして……蒼玉商会は、今後、帝都での定期的な商売も考えていらっしゃいます?」

涼はただの(ひらめ)きでそう言ったのだが、バンデルシュ商会長は少し驚いた表情を見せた。


少し笑って答える。

「いずれはと考えておりますが……もう少し、自治都市クベバサからこの帝都までの海域に関して、習熟してからになるでしょう。今のところは、不定期で行ったり来たりということになります」

「なるほど」


その商売を見越していたからこその、今回の訪問だったわけだ。

さらに、ライバルであるスージェー王国海軍と同行することによって、不足している何かを補完できるのではないかとも思っているのかもしれない。



商人たるもの、一手でいくつもの利益を得られないか探るのは、ほとんど本能。



「決して安全が保障された航海ではないでしょうに……トップである商会長自らが先陣切ってというのは、凄いですね」

「最上位者が先頭に立たねば、他がついてきません」

涼の言葉に、笑いながら答えるバンデルシュ商会長。


バンデルシュ商会長は答えた後、アベルの方を見た。

アベルもその視線を受けて頷く。


当然、バンデルシュ商会長は、アベルが吟遊詩人に歌われるアベル一世であり、自ら先頭に立って率いて解放戦争を戦い抜いた人物であることを理解している。

だからこその視線。


言葉にされない部分にこそ、多くの情報が詰まっている。

それを理解するには、受け手側に経験が求められるのかもしれない。



「今、国元では、速度と航続距離を重視した船を建造しております。それが完成すれば、多島海地域とダーウェイは、もっと近くなるでしょう」

「おぉ!」

バンデルシュ商会長の言葉に、驚きの声をあげる涼とアベル。


二人とも、中央諸国でも西方諸国でも、船の進化を見てきた。

その進化によって、海を使うことによって距離が縮まる……それはとりもなおさず、行き来が容易になるということを理解しているのだ。


それが、この東方諸国でも起きている。

それを聞けて、なんとなく嬉しくなったのであった。



「また、私か息子たちがダーウェイに伺うかもしれません。その際はよろしくお願いします」

「私は、また戻ってきたいです」

「その際は、ぜひこちらにお立ち寄りください」

「気をつけてな」

バンデルシュ商会長とバンヒューが挨拶をし、涼とアベルが送り出す。


商人たちの別れは、笑顔であった。


このお話で、長かった第四章がおしまいです。

もっとも、この「第三部 東方諸国編」は、あまり章の区切りは関係ない感じですが……。


明日から「第五章 リュン親王」が開始されます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ