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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
642/930

0599 共通点

翌朝。

水属性の魔法使いによって簡単にではあるが綺麗に洗われた器は、先触れ担当一号君の手によって、隣家に届けられた。

だが、輪舞邸に戻ってきた先触れ担当一号君の手には、手紙が握られており、涼に渡される。


「ああ、この後、昨日の約束通り、魔法砲撃隊のルヤオ隊長が手甲を持って来てくれるそうです」

涼は手紙を読んで、一気に上機嫌になる。


ちなみにアベルは、すでに毎日の飛翔訓練に入っており、涼の言葉も、その目の前で浮きながら聞いている。

本当に、自由自在に飛べるようになったようだ。


「ついに、空中剣士アベル誕生ですね!」

「なんだそれは……」

「地面に降り立つことなく戦う剣士です」

「いや、この飛翔環、速くはないからな?」


そう、トップスピードで時速四十キロほど。

車と同じほどの速さだ。

走るのに比べれば速いが、戦闘で使うには、状況を選ぶだろう。

離れたところから、一気に大人数で突撃をかけるといった使い方なら効果的だろうが、近接戦の中ではさすがに難しい。


「そこが、空中剣士の腕の見せどころです」

「うん、普通に地上剣士でいい」


空中剣士、誕生せず。



しばらくすると、ルヤオ隊長が一人でやってきた。

手には、箱を持っている。


「ロンド公、こちらがお約束の手甲になります。魔法式の保護も外してありますので、自由に見ていただけます」

「おぉ! ありがとうございます」

ルヤオ隊長が持っていた箱の中に、手甲が入っていた。


涼はひとしきり感動すると、一機のゴーレムを呼んだ。

そのゴーレムは、なぜか首元に、黄色いスカーフを巻いている。

他に、そんなゴーレムはいない……。


「こちら、友好(ゆうこう)(あかし)二号君をお貸しいたします」

「ありがとうございます!」

涼が紹介すると、ルヤオ隊長が嬉しそうに微笑む。


アベルがいつものように、なぜそんな名前なんだと呟いたが……幸運なことに、誰の耳にも届かなかった。



「そうそう、ルヤオ隊長が動かせるように、『登録』をしますので……ちょっと、この二号君の頭の辺りを見てもらっていいですか」

「はい」


涼が友好の証二号君の頭の上に右手を置き、何かつぶやいた瞬間、すこしだけゴーレムの頭が光った。

穏やかな、錬金術の光である。


「はい、登録しました。これで、ルヤオ隊長を『仮マスター』と認識したので、簡単な命令なら聞きますよ。何か命令してみてください」

「え、え~っと……じゃあ、私の後ろをついてきてください」

ルヤオ隊長がドキドキしながら言うと、友好の証二号君は、すぐにルヤオ隊長の後ろに並んだ。

そして、彼女が歩くと、すぐ後ろをついていく。


「おぉ! 本当についてきました! 凄いですね!」

「でしょう? 荷物は300キロ……大人五人くらいまでなら運んでくれますので。それ以上は……持てるんですけど、体のバランスが取れなくて倒れてしまいます。でも、まあ頑丈には作ってありますので、いろいろ試してみてください。分からないことがあったら、いつでも聞きにきてくださいね」

「はい! ありがとうございます!」


ルヤオ隊長は、そう言うと、走って去っていった。

その後ろを、スカーフをなびかせながら友好の証二号君も走ってついていった……。



「東方諸国語も認識するんだな」

アベルが感心したように言う。


「ええ。中央諸国語と東方諸国語の変換辞書を内蔵して、どちらの言語でも認識できるようにしました。喋ることはできませんけど、人間たちが話していることは理解できるのです。アベルも、あの子たちの前で悪口なんて言ってはダメですよ。聞いていないようで聞いている、見ていないようで見ている……子どもというのはそういうものです」

「あ、はい……」


ゴーレムは、涼にとっては子どもみたいなものらしい。



そして、アベルは飛翔環と共に飛翔訓練へ、涼は手甲を抱えて錬金術へ。




「う~ん、やはりこれがブラックボックスです」


夕方、アベルが飛翔訓練を終えて庭に降りると、涼がかなり大きな氷の作業台の上で、手甲と飛翔環を並べて、そんなことを呟いていた。


どちらも、氷の板が繋がっている。

涼が、錬金術の時によく使っているものだ。

この板に、魔法式が写し出される。

ある種の、リバースエンジニアリング用アイスボードというか、ハッキングツールというか……。


「ぶらっくぼ……何だ?」

「いえ、解析不能な魔法式というか、意味が分からない文字列というか……実はこの二つに、共通する理解不能な魔法式があるんです」

「火属性の攻撃魔法を放つ手甲と、風属性魔法で空を飛ぶ環で? 全然別物だろう?」

「そうなんです。ですが、この1024個の文字列は共通にあって、しかも同じような個所に……」

アベルの疑問に、涼が首をひねりながら答える。


日本語の文章の中に、突然1024文字の古代エジプトの象形文字、ヒエログリフが出てくるようなものだ。

他と比べてあまりにも違い過ぎるし、あまりにも異質。



「最初は、省魔力化の回路かと思ったのです。飛翔環も手甲も、かなり効率的に運用できるじゃないですか」

「確かに、俺が一日中飛んでいても魔力切れしないもんな」

「そうです! 手甲の方も、普通の魔法使いで三百発撃てるって言ってましたよ。王国の魔法使いって、例えば戦場とかでもそんなには撃てないでしょう?」

「確か……ジャベリン系だと、よくて二十発が限界じゃなかったか?」

「え? そんなに少ないのです? さすがにもう少し……七十とか八十くらいはいけるかと思っていました。リンとかそれくらいいけるでしょう?」


リンは、アベルのパーティー『赤き剣』の風属性魔法使いだ。


「リンはB級冒険者だからな? はっきり言って、王国の風属性魔法使いの中でもトップクラスだ。リンやイラリオンの爺さんを基準に考えたら、全てを間違うぞ」

「普通じゃない人たちだったのですね」


人は、近くにいすぎると、いろいろと見えなくなるのだ。



「まあ、とにかく、省魔力化かと思ったのですが違っていました。逆に、魔力を増幅(ぞうふく)していました」

「魔力増幅? 魔石とかを使ってか?」

「それが違うのですよ。飛翔環は風の魔石を使っていますけど、手甲は魔石を使っていないのです」

「完全に、使用する魔法使いの魔力のみか。それであの威力、持久力というのは凄いな」

「ええ。そう、持久力がすごいのですが、それは、一発あたりに使用される魔力が少なくていいから。なぜ少なくていいかというと、このブラックボックスの箇所が、魔力を増幅してくれるから……う~ん」

「素朴な疑問なんだが……魔石無しで魔力の増幅って、どうやるんだ?」

「できませんよ?」

「……は?」


涼が当然という顔をして答え、アベルが抜けた顔になる。


「魔石もなしに錬金術だけで、魔力の増幅なんてできるわけないじゃないですか。そんなことができるなら、みんなやってますし、魔法使い一人で国を滅ぼすような錬金道具を作っちゃいますよ」

「いや、そんなとんでもない錬金道具を作られたら困るんだが……。そうだよな、増幅なんてできないよな。だが、この飛翔環も手甲も……」

「ええ、できちゃっているのです。流れる魔力を計測してみましたけど、増えてるんですよね~とっても不思議です」


涼は首をかしげるのだが、何度も、まさかねと呟いているのがアベルには聞こえていた。


「リョウは、思い当たる節があるんじゃないか?」

「え?」

「さっきから、まさかねって言ってるだろ」

「ああ……その……ほら、以前僕が言った魔力理論覚えています?」

「魔力理論? 余剰(よじょう)次元とかいうのがどうとかいうのか?」

「それです。もし、このブラックボックス部分がそれを行っているのなら……それを可能にする文字列だというのなら、魔力の増幅はあり得ます。それは正確には増幅というより、余剰次元からの魔力の読み込み、あるいは吸い込みと言うべきかもしれませんけど」


涼はやっぱり首をかしげている。


「リョウがそこまで悩むってことは、錬金術では無理だと思っているんだよな」

「そう、思っています。僕ら魔法使いは、ほとんど無意識にそれ……つまり余剰次元からの魔力の読み込み、あるいは利用を行っていると思うんです。僕ですら、具体的にそれを完全に解析することはできませんけど……ようやく理論にした段階ですからね。でも、この錬金術の文字列を作った人は、それを論理的に可能にする方法をすでに見つけていて、こうやって錬金道具に使っているのです」

「……それはすごいな」

「ええ、すごいです。というより、異常です」


涼は何度も頷く。

そもそも涼が、『魔力とは余剰次元の重力である』ということに思い至ったのは、地球時代に理論物理学の『(ちょう)(げん)理論』に興味をもち、小学生の頃からその手の本や雑誌を読みまくっていたからだ。


だがこの文字列を作った人物は、そんな理論の背景がない中でこの文字列を見つけた……それを異常と呼ばずして何というのか。


「それはさっきの……ルヤオ隊長が見つけたわけではないよな」

「違うと思います。飛翔環にも使われていますからね」

「ああ、そうだったな」

涼が否定し、アベルも思い出す。



「なあ、リョウ、素朴な疑問なんだが……」

「はい?」

「その手甲って火属性魔法で、飛翔環は風属性魔法だろう? それなのに同じ魔法式、って言ったよな? 魔法陣じゃなくて」

「ええ」

「以前、魔法陣はどの属性の魔力を流してもいいが、魔法式は適切な属性の魔力を流さないといけないと教えてくれたよな? 火属性の魔法を発動する魔法式なら火属性魔法使いの魔力、風属性魔法を発動する魔法式なら風属性魔法使いの魔力を。それなのに、そのぶらっくぼなんとかのやつは、『同じ』魔法式なんだよな? 手甲は火属性で、飛翔環は風属性なのに」

「そう、アベル、素晴らしい着眼点です!」


アベルの疑問を、涼は称賛した。


それこそまさに、『魔力とは余剰次元の重力である』ことの肝の一つだからだ。

そして、重力を扱うことに長けた魔人たちが、他の属性の魔法をも使うことができる……そこに結びついていくことだから。


「これは完全に推測なのですが、この魔法式は、魔力が六つの属性に分かれる前……あるいは変化する前に取り扱う魔法式なのですよ」

「六属性に分かれる前? 火、風、水、土、光、闇に分かれる前? あれって、分かれるものなのか?」

「僕の魔力理論ではそうですね」



そもそも、地球の理論物理学においても、E=mc²の式が表す通り、古典物理学たる相対性理論においても、すでにエネルギーと物質は等価交換できる本質的に同じものであった。

更に原子よりも小さな物理の世界を扱うようになった素粒子物理学においても、エネルギーも物質も、全ては『弦』の振動にすぎない……。


つまるところ、突き詰めれば本質的に同じもの。


物理学における四つの力、『重力』、『電磁気力』、『強い力』、『弱い力』も元は同じもの。

宇宙創成時は同じものであったのが、宇宙の圧力と温度が下がっただけで、四つの力に分かれたものだ。

それは、すでに物理学の世界では共通の認識となっている。


元は一つ。

それが分かれる。

その流れが、世界の理……。



「明日にでも、ルヤオ隊長に聞いてみましょうか」


人に聞けばわかるのであれば、聞いてみるのも悪くない。

全てが分かるとは思えないが、何かの手掛かりは得られるかもしれない。


ルヤオ隊長には、友好の証二号君も貸し出してあるのだし。


「友好の証二号君の調子はどうですか? とか言いながら、明日お隣さんを訪問しましょう」

布石は万全だ!



「そういえばリョウ、その貸し出したゴーレム……」

「友好の証二号君です」

「その、二号君の動力源は、リョウ自身じゃないのか?」

「アベル、これまたいい質問です」


涼はアベルの質問を再び称賛した。


素晴らしい質問をすることができるというのは、高い知性を持っている証なのだ。

そして、自分の頭できちんと考えることができていることの証でもあるのだ。


だから、素晴らしい質問をしたら、褒めるべきである、何度でも。


「以前はそうだったのですが、いろいろ試験的なことをやっています」

涼はそう言うと、手甲と飛翔環を持って、庭から部屋の中に歩いていった。

アベルが後ろからついていく。


入ったのは、いつも涼が錬金術研究の際に籠もる部屋。

中央に、大きな氷製の机があり、その上に青い魔石が二つ台座の上に載っていた。

片方の台座が、うっすら光っているように見える。

錬金術の光だ。


「もしかして、あの光っている台座の魔石から……」

「ええ、あれから魔力を送っています」

「ゴーレムとは……繋がっていないよな?」

「最終的には、魔法使いがやるみたいな、見えない魔力線みたいなもので繋がるようになればいいなと思っているのですが……今のところは、空気中にある水蒸気を伝って魔力を伝達しています」

「動いている、ゴーレム全部に、あれ一つでか?」


アベルが驚いた表情で問う。

それを見て、涼は笑った。


「ふふふ、驚きましたかアベル。これが、正真正銘の省魔力化です」

「ああ、さっき言ってたやつか。あの魔石って、魚から取り出したやつだよな、リョウが『イワシ』とか言ってた魚の魔物から」

「ええ、クラーケンを倒した返す刀ならぬ、返す捕獲腕で捕まえて僕らの胃袋に収まったイワシみたいな魔物たちのやつです」


小指の爪ほどの大きさの青い魔石だ。

それでもダーウェイでは驚くほどの価値があり、この魔石一個で伯の領地が買えるらしい……。

そんな呟きが、以前どこかから聞こえてきた気がする。



「昔、西方諸国の一番東の端っこ、キューシー公国のゴーレムを解体していじくり回す機会がありました。キューシー公国のゴーレムは、省魔力化の技術で圧倒的に優れていまして……その知見がここに活かされているのです」

「すごいな」

涼が得意げに言い、アベルは素直に称賛した。


アベルも、本国でケネス・ヘイワード子爵らがゴーレムを作っているのを知っている。

試作機を見せてもらったこともある。

もちろん、まだ戦場に出せるほどのものではないが、四足で動くことはできる状態であった。

だがそこに動力源として使われた魔石は、けっこうな大きさだった覚えがある。

ワイバーンの魔石の半分ほどの大きさ……つまり拳半分。

それに比べると、この小指の爪ほどの大きさというのは、かなりのものだ。


「ケネスたちが作っているのは、戦場に出ることが前提になるゴーレムの試作機ですから……うちの子たちとはコンセプトが違います。あっちは、最初からハイパワー機になることを見越していますので、大きい魔石で動けるようにあえて作っているのですよ」


涼が、コンセプトの違いを説明する。


どちらが優れているとか、そういうことではないのだ。

担う役割が違うために、何もかもが違うものになる。

どちらも素晴らしいゴーレム研究である。


「もちろんうちの子たちも、いずれはアイスゴーレム軍団として世界征服に乗り出すのですよ!」

「うん、リョウが言うと冗談に聞こえないから……」


涼が拳を突き上げて言い、アベルが何度も首を振る。

本当に、涼は冗談で言っているのか……それは誰にもわからない。

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