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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0597 先触れ

その日、涼とアベルは隣家を訪れた。

隣家とは、もちろん第六皇子リュンとシオ・フェン公主のお屋敷だ。

実は今回は、きちんと先触れをしての訪問である。

もっとも、一分前の先触れにどれほどの意味があるのかは分からないが。


「ついに僕らも、先触れをするようになりましたよ! 礼儀は、人が人たる所以(ゆえん)の一つですからね」

なぜか涼が嬉しそうだ。


「ああ、それはいいんだが……先触れって、あれだろ。リュン皇子とかだと、屋敷で働いている若い子が、後で訪問してもいいかと手紙を持ってくる……」

「ええ、それですよ」

「うちに……輪舞邸に、若い子がいないのは分かるが……だから、これというのは」

アベルは、すぐ横に控える『先触れをした者』を見る。


ため息をつきながら。


「これとは何ですか、これとは! 彼は、うちのアイスゴーレムたちのリーダーです! 名付けて、先触れ担当一号君」

涼が示した先にたたずむ、一体の氷製ゴーレム。

彼が、先触れ担当一号君だ。


見た目は、いつも輪舞邸を掃除しているゴーレムたちと変わりないように見えるが……。


「何が違うんだ? やっぱりまだ、話せないだろう?」

「うぐ……確かに話せませんが……。話せなくとも、手紙を渡すくらいはできます!」

「他のゴーレムでもいっしょだろ? 何が違う?」

「ちゃんと見てください、アベル。全然違うでしょう?」


涼が憤慨(ふんがい)したように言うのだが……アベルには違いが分からない。



だが、しばらく眺めてようやく理解した。


「この……頭の上についている、飾りか?」

「そう、ツノです!」


人間で言えば、額のちょっと上の辺りに、十センチほどの飾りがついている。

涼が『ツノ』と主張するものだ。

まるで、頭に鋭い鉄片を突き刺したかのように……。

もちろん、ツノも他と同じ氷なのだが。


「これは、隊長機に付けられるツノです。つまりこの子が、リーダーである証なのです」

「そうか……。この飾り……ツノは何か特別な効果はあるのか?」

「え? いえ、ないですけど……」

「魔石になってて、他のゴーレムよりも力が強いとか、素早く動けるとかも、ないのか?」

「な、ないですけど……」


アベルの確認に、涼が顔をしかめながら答える。


「特に、戦闘能力があるわけでも、ないんだろ?」

「……ないです」

「そうか」

「くっ……いずれバージョンアップしてやるです! その時には、アベルを剣で倒せるようなゴーレムに……!」


人間同士の醜い争いなど我関せずとたたずむ、先触れ担当一号君。

その透徹(とうてつ)した視線は、世界の未来に注がれていたのかもしれない。



役目を果たした先触れ担当一号君が、一人で輪舞邸に帰り、涼とアベルは家人に案内されている。

いつも二人が通される、シオ・フェン公主や侍女ミーファらのいる私邸の方ではなく、いわばリュン皇子の仕事場とも言うべき場所。

そして正確には、屋敷の裏に造られた訓練場に。


「ロンド公、ようこそおいでくださいました」

「リュン皇子、先触れで伝えました通り、ここ数日で手に入れた情報をお伝えいたしたいと思いまして伺いました」

お互いに丁寧な礼を交わす。

親しき中にも礼儀ありだ。


リュン皇子の後ろには、いつもの取り巻きたちがおり、彼らも丁寧に礼をしている。

だが、アベルは気付いていた。

取り巻きたちの顔ぶれが変わったことに。


リュン皇子が最も信頼する年長のリンシュン侍従長、十九歳のリュン皇子と同年の侍従ウェンシュ以外は、顔触れが変わったのだ。

(有能な人材に入れ替えたか?)

アベルは心の中でそう考えた。


もちろん表情にも出さないし、涼に知らせたりもしない。


分かったからといって、全部手札を示すのは愚策。


情報は、開示せず、持っている事さえ気づかれない時が一番強い。

持っていることを知られてしまったら、それを効果的に使う方向に舵を切らねばならないが……。



「ちょっと見てほしい演習があるということでしたが、それがこれですね?」

「はい。魔法使いとして高名なロンド公爵に、ぜひ見ていただきたいと思いまして、訓練場にご足労いただきました」

涼とリュン皇子の視線の先には、十一人の人間がいた。


一人を除いて、十人が左腕に大きめの手甲のようなものをつけているのが見える。

手甲をつけていない一人、その隊長には見覚えが……。


「あれはもしや、ルヤオ隊長率いる魔法砲撃隊ではありませんか?」

「おっしゃる通りです」

涼の指摘に頷くリュン皇子。



ルヤオ隊長と魔法砲撃隊は、先日の緑荘平野でも戦闘にも参加し、涼とアベルが驚く魔法砲撃を見せてくれた。

特に、その連射能力には驚いたものだ。

だがあの時は、馬に乗せて運んでいた組み立て式の道具を、砲撃の際に使っていたはずだ。

今は、そんなものはないが……。


ルヤオ隊長の右手が上がる。

そして、振り下ろされると同時に号令が響いた。


「放て!」


その瞬間、十人全員の左腕から火属性の攻撃魔法が放たれた。

かなり威力が強い。

先日、緑荘平野で見たものよりも強い。


しかも。


「斉射!」

ほとんど間髪を容れずに二射目。

さらに三射目。

そして四射目。


「終了!」

その号令と共に十人は、再び直立不動の態勢に戻った。



「これは、すごいですね!」

涼はそう言いながら拍手している。


その拍手が聞こえたのだろう。

ルヤオ隊長が頭を下げながら、一行のところに寄ってきた。


「ルヤオ隊長、凄かったです!」

涼が絶賛する。


「ありがとうございます」

ルヤオ隊長は、両手を体の前で重ねて礼をとり、頭を下げた。

その表情は、しっかりとしていながらも、やり遂げた感満々である。


「以前、緑荘平野で見た時には、組み立て式の道具を使って砲撃していたと思うのですが、それが先ほどの手甲に置き換わったのですよね」

「はい。あの手甲なら、かさばらず準備の時間も必要なく移動も簡単ですので、魔法砲撃隊の活用の幅がさらに増えるでしょう」

「確かに!」

ルヤオ隊長の説明に何度も頷く涼。



「ロンド公から見て、及第点(きゅうだいてん)でしょうか?」

リュン皇子が笑顔を浮かべながら問う。


「もちろんです。一発一発の威力も、緑荘平野で見た時よりも上でしたよね。これは、連射能力……魔力の消費量とかどうなのでしょうか? どれくらい放てるものなのですか?」

「緑荘平野では、三連射が限界でした。その三連射も、その後は一分ほど間を置かねばならず、限界は三十組……つまり総計九十発まででした。先ほどの手甲ですと、四連射まで可能になり、その間隔も二十秒で次の四連射が可能になります。標準的な魔法使いで、三百発近く放てます」

「なんと! 性能比三倍ですか! すごいですね」

涼は何度も頷いている。


「ロンド公からもお(すみ)付きをいただけたようで。良かったなルヤオ。苦労して開発した甲斐があったな」

「はい、皇子、ありがとうございます」

リュン皇子が褒め、ルヤオ隊長は嬉しそうに頭を下げた。



だが、そこで涼の動きが止まった。

何かに思い至ったようだ。


「先ほどの手甲は……錬金道具ですよね?」

「はい、ロンド公」

「あの手甲を開発されたのって、ルヤオ隊長なのですか?」

「はい……ロンド公」


涼が目を大きく見開いて問い、ルヤオ隊長がびっくりした表情で答えている。


「ルヤオ隊長って、錬金術師です?」

「はい……」

「ルヤオは、素晴らしい火属性の魔法使いですが、錬金術師としても非常に優秀です。緑荘平野で見られた組み立て式の砲撃台は、以前に開発されたものでダーウェイ全土で使われております。ですが、今回ルヤオは、独力で手甲式砲撃台を作り上げました」

涼の問いに、ルヤオ隊長が小さく答え、リュン皇子が絶賛する。


リュン皇子は、ルヤオ隊長を非常に高く評価しているようだ。



涼は、小さく、本当に小さく……だが、ぶるぶると震えている。



しばらくすると、リュン皇子の方を向いた。


「皇子、僕は皇子の味方です」

「え? はい……承知しております。そうお願いしましたし」

突然の涼の宣言に、リュン皇子はよく理解できずに答える。


「皇子陣営の不利になる情報の漏洩(ろうえい)は行いません」

「……はい」

「ですので、可能ならばですが、先ほどの手甲の魔法式を見せていただくことなどは……いえ、もちろん皇子だけでなく、ルヤオ隊長が了承してくださればです。もちろんもちろん、拒否されたからといって、何か不利益になることをしたりとかそういう事はありませんし……」


涼が必死に説明している。


「ルヤオが良いと言えば、私は構いませんが……」

「え、え~っと……」

リュン皇子が笑いながら許可するが、ルヤオ隊長の返事が明快ではない。


「僕にできることならなんでも協力します! 魔法でも錬金術でも……」

「あの……その……閣下のところの氷のゴーレム……」

「え? あの子たちが欲しいですか?」

「いえ! ゴーレムの魔法式や機構に興味がありまして……」

「一人お貸ししましょう。魔法式が見られるようにして」

「ほんとですか!」


涼が太っ腹なところを見て、ルヤオ隊長が喜ぶ。


だが、涼の後ろから声が聞こえてきた。

「大丈夫か?」

それは、いつもお小言を言う剣士の声だ。

「技術者同士の情報と知識の交換こそが、新たな時代の地平を切り開くのです!」

「いや、リョウが書いたゴーレムの魔法式って、中央諸国語だろ? 彼女読めるのか?」

「あ……」


お小言ではなく、適切な指摘でした。



「実は以前、中央諸国語を勉強したことがありました」

涼がアベルに提起された懸念を表明すると、ルヤオ隊長はそう答えた。


中央諸国で造られた珍しい錬金道具や、中央諸国で発表された錬金術の新たな知見などを理解するために、勉強したらしい。


「素晴らしいですね!」

驚き、称賛する涼。


それを受けて、顔を真っ赤にするルヤオ隊長であった。



一行は部屋に入った。


涼とアベル、リュン皇子とリンシュン侍従長、ウェンシュ侍従、ルヤオ隊長の六人。

他の取り巻きたちは、役割を与えられて下げられた。

つまりリュン皇子の周りでは、この三人の地位が高いのだろう。


涼辺りからすれば、緑荘平野でのイメージがあるためウェンシュ侍従はどうかと思うのだが……。

「父親が、亡くなった公だったろう」

アベルが(ささや)いたので涼も思い出した。

ウェンシュ侍従の父親が、緑荘平野の辺りを治めていたのだということを。


首都近くを治めているということは、代々の皇帝から信頼されてきたということだ。

いつの時代、どんな国家においても、信頼できない者に首都近くを治めさせたりはしない……。



「それでロンド公、本日は、掴んだ情報をお伝えいただけるということでしたが」

「ああ、はい、そうです」

リュン皇子が口火を切り、涼が頷く。


「実は先日、屋敷でちょっとしたことがありまして……」

「屋根が破壊されたとか」

「やはり、お隣ですからご存じでしたか」

涼が苦笑する。


ベルケ特使ら四人が飛び上がった時、屋敷の屋根を突き抜けた。

当然、それは惨事であり……そこは今、工部お抱えの大工が修復している。

もちろん輪舞邸はかなり広いために、壊れていないところで生活するのに何の問題もない。


「まあ、それで去っていった幻人たちはいいとして……同じタイミングで捕まえた者たちがいました。そこから分かったのが、第四皇子ビン親王が、冒険者を雇っているということです」

「ほぉ……それは、どれくらいの人数ですか?」

「帝都にいる三級、二級冒険者全員です」

「それは……」


涼の言葉に、アベル以外の四人が絶句する。

それは、リュン皇子ですら例外ではない。


だが、最初に口を開いたのはリュン皇子であった。

「帝都の三級、二級冒険者ということは、互助会の上級館にいる冒険者たちですね。以前私が聞いた時には、そこの所属は七百人くらいいたはずです」

「数百人と説明を受けましたので、皇子の認識で合っていると思います」

涼が、互助会で受けた説明から同意する。


「三級、二級を七百人って……いくらかかるんですか」

「あり得ないだろう……」

ルヤオ隊長とウェンシュ侍従も、愕然(がくぜん)とした表情のまま呟いている。


「ロンド公の情報を疑うわけではないのですが……その情報の出処(でどころ)はどちらでしょうか?」

先の二人よりは早く冷静に戻ったらしいリンシュン侍従長が問う。


「私が捕まえた四人の三級冒険者です」

「捕まえた?」

「ああ、大丈夫です。捕まえる前に、ちゃんと皇帝陛下に捕縛(ほばく)の許可をいただいておきましたので」

「そ、そうですか」

「それで、御史台にも協力してもらって……でも冒険者の方からぺらぺらと喋りましたけど」

リンシュン侍従長の言葉に、涼は大きく頷いて答えた。


横に座って見ていたアベルには、誤解が生じているような気がしたが……気にしないことにした。

涼が皇帝の許可を得たからどうこうではなく、簡単に捕まえたことに驚いているのではないかと。



「そんな感じで、三級、二級の冒険者は第四皇子ビン親王の所にいるのですが、実は一級、特級冒険者も全員雇われていると思います」

「なんですって?」

涼の更なる言葉に、眉根を寄せて問い返すリュン皇子。


「誰がというのは明確には分かっていないのですが……まず皇帝陛下ではありません。さらに、今出てきた第四皇子ビン親王でもありません。さらに、多分なのですけど第三皇子チューレイ親王でもない気がしました。皇宮でお会いしたチューレイ親王殿下の表情からですけど」

「陛下でもなく、チューレイ親王でもビン親王でもないとなると……」

「そう、多分、一番厄介な相手だと思います。第二皇子コウリ親王が、一番強い冒険者をすでに手駒にしています」

「そう……コウリ兄様ならあり得ます」


涼の推測に、リュン皇子は頷いて同意した。


「第二皇子であるコウリ兄様は、先を見越して、多くの手を事前に打つのが得意です」

「ほっほぉ」

「分かっています。コウリ兄様が次期皇帝……その前の皇太子の座に最も近いことは。ですがそれでも……」

リュン皇子はそれ以上言葉を続けなかった。

だが、リンシュン侍従長、ウェンシュ侍従、そしてルヤオ隊長全員が、力強く頷く。


次期皇帝位争いで大きくリードされているのは分かっている。


正妃をとらない限り、ずっと皇子のまま……親王に進まない限り、親王たちの持つ圧倒的な権力の前で簡単に叩き潰される。

そのために、これまで雌伏(しふく)の時を過ごしてきた。

それゆえに、競争は出遅れている。


だが、だからこそ、強い心をもって進まねばならない。


正妃は(めと)った。

功績もあげた。

皇帝から親王に進む内諾も受けた。


「ロンド公にはお伝えしておきます。一カ月後、私は親王に進みます」

「おぉ、ついにですか!」

リュン皇子が伝え、涼は驚きながら喜ぶ。


まずは親王に進まねば何も進まない。


「一週間後、皇宮から正式な発表があります。それまでは内密に」

「もちろんです」

「とはいえ、多くの人がその前に知るのでしょうけど。情報はいろんなところから漏れますので」

「ああ……確かに」

リュン皇子と涼は苦笑した。


「これから先は、今まで以上に大変になると思いますが……ロンド公、どうかお力添えいただきたく」

「もちろんです。共に進んでまいりましょう」

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