0596 四人の三級冒険者
ベルケ特使らは飛んでいき、氷漬けだった幻人二人は消失したが、彼らには連れがいた。
屋敷の外の道で待機していた者たちである。
だが……。
「制圧に向かった御史台の者たちが、戦闘初期に打ち倒されて逃げられてしまったのじゃ」
「ああ、ベルケ特使らが戦闘を長引かせたのは、彼らが逃げる時間を稼ぐ意味もあったのですね」
シャウ司空の説明に、涼は頷いた。
ちなみにタオランなる女幻人と魔法戦を戦っていたシャウ司空であったが、戦闘直後は言葉も話せないほどに消耗していた。
「年を取ると持久力が無くなるわい」
話せるようになった後、そんなぼやきを何度も呟いていたとか。
「ユン将軍の体そのものが、錬金道具解析の道具になっていたのには驚きました」
「うむ。じゃからやつらは、帝都に来て真っ先にユン将軍の体を確保したのじゃな」
「ですが、彼の尋問自体は皇宮や隣接した重監獄ではなく、ここだったので情報収集が足りていなかった」
「それで、外交交渉にも奴を伴って……皇宮に入れたと」
「星辰網の情報とか、吸い出されちゃいましたかね?」
「正直分からん。いろいろ調べる必要がある」
涼とシャウ司空が、状況を確認しあう。
幻人一行が去り、全てが終わったかのような雰囲気であるが……。
「実はまだ終わっていません」
涼が厳然たる口調でアベルに言う。
「お、おう……。なぜ俺に向かって言っているのか分からんが?」
「シャウさんは、部下たちの取りまとめで忙しそうなので、暇そうなアベルに言っています」
「そうか。正直に言えるのは美徳だな」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてないぞ」
なぜか照れる涼に、褒めていないと言うアベル。
「忘れられた三級冒険者四人がいます」
「そうだな。一気に主役の座を、ベルケ特使に持っていかれたな」
「やはりその辺りは三級。まだまだということですね」
「俺ら、それより下の六級だけどな」
「それはそれ、これはこれです」
「次から次に言葉を翻していけるリョウは凄いと思うぞ」
「いやあ、それほどでも」
「それも、褒めてないぞ」
やはり照れる涼に、再び褒めていないと言うアベル。
とはいえ、四人の三級冒険者たちが庭に放置されたままなのは確かである。
もちろん、ベルケ特使らとちょっとした小競り合いになった際に、四人とも完全な<氷棺>の中に再び封印されている。
「あの四人は、全部話したのだろう?」
「そうみたいですね。自分たちからぺらぺらと喋ったそうですよ。冒険者の風上にもおけません」
「いや、御史台に取り囲まれて、皇帝陛下の命だとか言われて尋問されたら従うだろう?」
「しょせん、お金だけで雇われた人たちでしょうからね。三級冒険者などその程度のものなのでしょう」
「俺ら、それより下の六級冒険者な。それに、あの『春望』の五人は、同じ三級冒険者な」
「『春望』の人たちとは、志の高さが違うということですね!」
「そ、そうなのかな……」
涼が、なぜか何度も頷きながら断定し、アベルも仕方なく受け入れる。
少なくとも、アベルは否定する情報を持っていない。
実際、アベルの目から見ても『春望』の五人は、善い奴らに見える。
あの五人と、庭に捕まっている四人が同じ三級冒険者というのも……。
「まあ、一口に三級冒険者と言っても、いろいろいるだろうさ」
アベルはそう言うと肩をすくめた。
「ロンド公、氷漬けになっている四人はどういたしましょうかな?」
一通り、部下への指示を出し終わったらしいシャウ司空がやってきて、涼に尋ねた。
「え~っと、僕が決めていいのですか?」
「皇帝陛下よりロンド公に、捕縛する許可が下りていたのは伺っております。ですがこの四人
……明確な罪を犯したわけではありませぬ」
「確かに、僕を監視してただけですもんね」
そう、四人がやっていたのは、命令を受けて監視していただけ。
涼やその周りに危害を加えたわけでもない。
もちろん涼は、絶対権力者たる皇帝ツーインの許可を得て捕まえるため、涼が罪に問われることはないのだが……。
「しばらく、うちに置いておきましょうか」
「……氷漬けのまま、ということですな」
「もしかしたら、先方から何らかの反応があるかもしれませんし」
「承知いたしました」
涼が少し考えてから結論を出し、シャウ司空も同意して頷いた。
輪舞邸の庭に、四つの氷のオブジェが建てられた。
その周りを掃除し、窓を開け閉め、時々荷物を運ぶ氷のゴーレムたち。
そこには、ファンタジーな光景が広がっている。
しかも、剣士がその周りで飛翔の練習をしているとなればなおさらであろう。
「アベル、かなり上達しましたね」
「だろう? 空中での急な方向転換もできるようになったぞ」
涼が褒めると、アベルは直進からの180度ターンをやってみせた。
本当に楽しそうだ。
「普段のアベルが纏う殺伐とした雰囲気が一変して、いい感じです」
「俺、殺伐とはしていないだろ?」
「自分で自分のことは分からないものです」
「理不尽なことを言われているのは分かる……」
輪舞邸が平和と幸福に満ち足りていた頃、同じ帝都内であっても、殺伐とした雰囲気を纏った者たちもいた。
「四人だぞ? 三級冒険者が四人とも、戻ってこないとはどういうことだ?」
「聖帝広場から監視し始めた二人……しかも冒険者らしいのだろう? なんだ、そいつらは特級館の冒険者だったとでもいうのか!」
「そんな二人組、聞いたことない……」
「こんな事……殿下にどう報告しろというのだ」
その言葉が出た瞬間に、全員が黙り込んだ。
ここは、第四皇子のビン王府第五別棟。
ビン親王が雇った冒険者たちは、ここを拠点に依頼を遂行している。
「リンスイ様がみえられたぞ!」
一人の冒険者がそう言うと、その場にいた冒険者全員が、片膝をついた。
入ってきたのは、四十代半ばの男性。
第四皇子ビン親王の片腕と目されている側近リンスイ。
髪を丁寧に結い上げ、小さな茶色の冠で留めている。
着ている茶色の東服は一見地味に見えるが、見る者が見れば上質の布を丁寧に仕立てたものであることが分かるであろう。
「問題が起きたらしいと聞いてやってきたのだが?」
「はい……」
リンスイの優しいとはとても言えない口調に、この場を取りまとめる責任者となっている二級冒険者サン・キーが答える。
ここにいるのは、全員が二級冒険者か三級冒険者。
つまり、この場を取りまとめているサン・キーも、他と同格の二級冒険者だ。
ただ、他の者に比べれば長く冒険者をしているために、まとめ役になっただけにすぎない。
まとめ役に指名された際には、親王の覚えめでたくなれると喜んだサン・キーであったが、わずか一日でこのような失態の報告をする羽目になったのは想定外であった。
心の中では苦虫を噛み潰しているが、もちろん表情にはそれは出さない。
彼は二級冒険者だ。
ダーウェイ広しと雖も、決して多いとは言えない二級冒険者。
これまでも数多くの依頼をこなしてきた。
その中には、帝室関連の依頼もいくつもあった。
問題なくこなしてきたからこそ、ここにいる。
とはいえ、今回のような失態の報告はしたことがない……。
「三級冒険者四人と連絡が取れなくなりました」
「その者たちは、何をしている時に連絡が取れなくなった?」
「聖帝広場から、新たに監視対象となった者たちを監視していました」
「その監視対象というのは……シタイフ層の誰かか?」
「いえ……報告を受けた限りでは、冒険者と」
「なるほど、特級館の冒険者か」
リンスイが呟くように言う。
それに対して、サン・キーは何も言わなかった。
嘘はついていない。
目の前の人物が勝手に誤解しただけ……。
実際、その二人組が誰なのかは分かっていないのだから。
わざわざ否定する必要もない……。
リンスイはしばらく考えた後、問う。
「そもそも、なぜその二人を監視対象に加えた?」
「バシュー伯が雇った三級班『春望』と密談していたためです」
一緒に昼食を摂っただけでも、見る人が見れば密談に見えるのだ。
不幸な涼とアベル。
「バシュー伯……派閥に入っておらぬだけに動きが読めぬ。バシュー伯周辺の監視を強めよ。それで、連絡の取れなくなった四人の行方が分かるやもしれん」
「はっ」
指示を出して、リンスイは第五別棟を出た。
「もっともっと混乱を引き起こさねば……まだまだ足りぬな」
リンスイのその呟きは小さすぎて、誰の耳にも届かなかった。




