0593 許可
涼とアベルは皇宮の門をくぐった。
もちろんフリーパスだ。
とはいえ、門をくぐった先でちょっと止まる。
それは、監視者の動向を探るためではなく、案内してくれる人を待つため……。
皇宮は広すぎるので。
「ロンド公爵様、本日はどちらへ?」
「皇帝陛下にご相談したいことがありまして、こうしてまかりこしました。本来なら先触れすべきところですが、急遽問題が起きまして……」
「急遽、ですか?」
「はい。お手数をお掛けして申し訳ありませんが、陛下にお目通り可能かお尋ねいただけませんか。五分もあれば十分なのですが」
「しょ、少々お待ちください」
皇宮案内人がそう答えると、その後ろで聞いていた別の案内人が急いで奥に向かっていった。
もちろん、いきなり皇宮にやってきて皇帝に会いたいなど、皇子ですら不可能だ。
親王なら可能かもしれないが。
そう考えると、涼の要望は親王クラスの要望ということになる。
「絶対この事を親王たちが聞いたら、横暴だと騒ぎ立てるだろう」
アベルは、涼の後ろからついていきながらそう呟く。
皇宮内の秩序を乱す行為、などと言う可能性もある。
だが実は、涼はそれら全てを理解したうえで、あえて皇宮に来て要望を出したのではないかと思っていた。
先ほど涼が言っていた『威力偵察』とかいうものの変形版だ。
「ロンド公爵様、陛下がお会いになられるということです」
「おお、感謝いたします」
そうして二人が通されたのは、皇帝の私室ではなく、太極殿であった。
ここが、朝政の中心である。
皇帝が請願を聞いたり、逆に官吏らを呼び出して尋ねたりする……執務室に近いだろうか。
もっとも、その玉座の前で廷臣同士の議論が行われることもあるため、かなりの広さであるが。
「ロンド公、いかがした。急遽やってきたと聞いたのだが?」
「陛下、お忙しいところ申し訳ございません」
皇帝ツーインは笑顔を浮かべて問い、涼は頭を下げて時間を割いてくれたことに感謝する。
執務の途中だったらしく、皇帝ツーインの斜め後ろにはいつものように総太監が控え、皇帝の机には書類が山積みになっている。
そして、ツーインの左手には一人の男性が立っていた。
それは、第三皇子チューレイ親王。
剣に秀でた武に寄った親王。
眉間にしわを寄せている。
彼の請願なり協議なりのタイミングで、涼の突然の謁見が入ってしまったのかもしれない。
そう考えれば、顔をしかめているのも分かるというものだ。
決して、涼のことを気に入らずにそんな顔をしているわけでは……ないと思いたい。
「実は先ほど、六人に監視されまして」
「監視?」
涼は言葉を飾らずに、そして事実ありのままを告げた。
その言葉を受けて首をかしげる皇帝ツーイン。
「はい、陛下。私は冒険者でもありますので、噂に聞く帝都冒険者互助会に伺いました、見聞を広めようと。それ自体はとても興味深く、案内の方にもいろいろと教えていただきました。ですが、その互助会を出てから監視が付いたようでして」
いけしゃあしゃあとはこのこと。
純粋な見学を行ったのは昨日であり、今日は違う。
だが、今日は特級館を見学したと強弁できないこともない……中を見せてもらったのは事実だし。
しかもその前に、自分は冒険者でもあるとわざわざ言っている辺りに、涼のあざとい計算が見え隠れする。
そう、アベルは後ろから聞いていて感じていた。
もちろん表情には出さない。
皇帝ツーインと総太監はともかく、鋭い視線を放ってくる第三皇子チューレイ親王がいるからだ。
彼は、ずっと顔をしかめたままだが、涼が監視のくだりを述べたところで、ほんのわずかに表情が動いた。
しかめた表情が、さらにしかめられたというべきか。
「余の賓客たるロンド公を監視する者がいるというのは不快だな」
皇帝ツーインは、はっきりと顔をしかめて言った。
「陛下のお心を煩わせまして申し訳ない次第です」
「いや、ロンド公が謝る事ではない。この帝都において、そのようなことをする者がいるというのが、余の権威への挑戦やもしれん」
皇帝ツーインは不快な気持ちを顔に出している。
「実は、陛下にお願いしたき儀がございます」
「ふむ? ロンド公を守る護衛をつけるか?」
「いえ、私がその者らを捕らえる許可をいただきたく。さらに捕まえた後、御史台に取り調べをしていただきたいと思いまして」
「ほう? 手助けはいらぬか」
「陛下のお手を煩わせる必要はございません。簡単なことですので」
「さすがはロンド公。吟遊詩人に歌われるだけはある。うむ皇帝の名の下に許可する。捕らえて好きなようにするがよい。御史台には申し伝えておく」
「ありがたき幸せ」
皇宮を出た二人。
「絶対権力者たる皇帝陛下の許可を得ました。何でもできます」
「そうだな」
「それと一つわかりました。第三皇子の手の者ではないと」
「ああ、リョウも気付いたか。御史台に調べさせる許可をとった時にも、あの第三皇子、チューレイ親王だったか、その表情は動かなかった」
二人とも、チューレイ親王の様子には気を配っていたのだ。
「ただアベル、僕らは親王以外の大きな動きを見落としていました」
「親王以外の動き?」
「ええ。例の幻人たちです」
「つまり監視していた者は、幻人の手先の可能性もあるということか」
「そういうことです」
アベルの言葉に、大きく頷く涼。
「確か、まだ外交交渉が続いているだろう?」
「ええ。もう十日くらいになりますか。特使の人たち、毎日皇宮に来ているそうですね」
アベルが問い、涼が肩をすくめて答える。
外交交渉は時間がかかるものなのだ。
「しかし……幻人たちの動きは確認できんだろう。表立っての特使たちは、宿と皇宮を行き来するだけだろうし。裏で動いている者たちの動きは、俺たちでは知りようがない」
「そうなんですよね」
アベルの指摘に、涼も顔をしかめて頷く。
「いっそ、幻人たちが、もう一度皇宮を襲撃すれば分かりやすいのですけどね」
「するわけないだろうが」
「でも、一度は襲撃したわけですし。二度、三度とあってもおかしくないですよ」
「いやいや。そもそも、一度目の襲撃も……ある種の宣戦布告だぞ、あれは」
「でも今、特使なる人たちがいけしゃあしゃあと乗り込んできています」
「だよなあ」
正直、チョオウチ帝国なる国の動きが、アベルには理解できない。
何か裏があると思えるのだが……ではそれは何かと問われると答えられない。
アベルは小さくため息をついてから、ふと何かを感じ取った。
「監視、まだされているよな?」
「されていますね。ついに、アベルも感じ取りました?」
「ああ、なんとなくだが分かった」
「くぅ……なんとなくだが分かるとか言ってみたいです。そっちの方がカッコいいです!」
「うん、意味が分からん」
隣の家の芝は青いらしい。
「もう少し屋敷に近付いたら捕まえましょう」
「そ、そうか」
涼が事も無げに言い、アベルが受け入れる。
だが、次の一言はアベルにも衝撃的だった。
「そう言えばアベル、うちの屋敷に名前を付けることにしました」
「……は?」
「ダーウェイでは、家に名前が付いているのですよ。スーさんちは、蘇邸とか……親王さんたちのところは、何とか王府ってついてるでしょう? さっきの第三皇子チューレイさんなら、チューレイ王府? それでうちは、輪舞邸にします」
「お、おう……」
宣言し、何やら嬉しそうに、ロンドロンド~りんぶでロンド~♪と歌っている涼。
よく意味は分からないが、別に涼が喜んでいるならそれでいいかと受け入れるアベル。
妥協こそ、世界平和への第一歩に違いない。
「では、そろそろやりましょう」
「うん?」
「<スコール><氷棺6>」
その日、黒いマントの赤毛の剣士と、白いローブの黒髪の魔法使いの後ろをついていく、氷のオブジェを積んだ六台の<台車>を、一部の帝都人は見ることになった。
そして、後々噂したのだ。
「最近の氷売りは見栄えがいい」と。




