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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
635/930

0592(後) 点検行動

9月2日投稿分……後半部分です……すいません

二人は『春望』の五人と別れた。

何か分かったら教えてくれと言われ、宿の場所まで教えられてから。


「先手を取られまくっています」

「何のことだ?」

「冒険者ですよ。僕らが考えついたことを、先に実行していた親王がいたってことでしょう?」

「まあ、そうだな。しかし三人のうちの、どの親王か……」

「親王たちの屋敷……王府といいましたっけ。そこに行けば、少しは分かりますかね?」

「分かるだろうが……同時に知られるだろう。リョウが……つまりロンド公爵が、第六皇子リュンの側について動き出していると」

「確かに」


アベルの指摘に、顔をしかめて頷く涼。

いずれは知られることであろうが、遅ければ遅いほどいい。

リュン皇子の陣営が、いろいろと準備を整えているようなので……。



「うん?」

涼が歩きながら首を傾げた。


「どうした?」

当然、アベルが問う。


「しっ! アベル、そのまま歩き続けてください」

「なんだ?」

涼が、真剣な表情で……だからこそ、アベルはなんとなくわざとらしく感じてしまう表情で言い、よくわからないままそれに従う。


「もしかしたらですけど、僕たちは監視されているかもしれません」

「こんなに人が多いのに、よく分かるな」

「いえ、僕もちょっと自信が無いので……いくつか点検行動をとりましょう」

「点検行動?」

「尾行されているかどうかを確認するための行動です。具体的には、いろんな所に寄って、相手の動きを探ります」


涼はそう言うと、聖帝広場の中央に出ている露店を目指す。


「昼飯が食い足りなかったから、露店に寄りたいだけじゃ……」

アベルの呟きは、誰にも聞こえなかった。



さすがに、それほど大きくない鶏肉の串焼きを食べながら、涼はアベルに(ささや)いた。

「いつから監視されていたのか分からないのですけど、もしかしたら……」

「『春望』たちを監視していた奴らが別れて、俺たちも監視し始めた?」

「ああ、アベルもそう思います?」

「根拠はないがな」

涼とアベルの考えは一致した。


「ロンド公爵として監視してるんだったら、屋敷から監視してただろう。だがそれなら、リョウはもちろん俺も気付いたはずだ」

「確かにそうですよね」


そこで、涼は少し考えこんだ。

そして呟く。

「ロンド公爵……」


「どうした?」

アベルが問う。


「これから、もう一回互助会に行ってみません?」

「それは構わんが……。点検行動とかいうやつか? あるいは上級館や特級館の情報を得るためか?」

「両方です」

「だが、上級館や特級館には入れんだろう?」

「そう、六級冒険者のリョウやアベルでは入れませんが……」

「なるほど、ロンド公爵として訪れるのか」

「そうです。正式な依頼人としてです」


涼は大きく頷いて言った。


「ある時はC級冒険者。ある時は六級冒険者。またある時は流浪(るろう)の男。しかしてその実態は……ロンド公爵! というやつです」

「うん、俺にはよく分からんが、リョウは楽しそうだな」

涼が楽しそうに言い、アベルは小さく首を振るのであった。




帝都冒険者互助会。

正面の石畳の広場。


いつものように案内人が隅の方にいる。

涼とアベルの記憶が確かならば、昨日、標準館の中で二人を案内してくれた案内人だ。

今日は、広場担当なのだろう。


「六級冒険者のリョウ殿とアベル殿ですね」

案内人も覚えていたようで、近付いてきた二人にそう言って礼をとった。


「昨日はお世話になりました」

涼が丁寧に頭を下げる。


その上で、首から身分証明のプレートを外しながら言った。

「実は私、中央諸国ナイトレイ王国で筆頭公爵の地位にあります、ロンド公爵リョウ・ミハラと申します。こちらが身分証明のプレートです」

「え……」

涼の説明を聞いて、案内人は固まった。



正確に二十秒後。


「し、失礼ですが……確認させてください。ナイトレイ王国のロンド公爵とおっしゃいましたか?」

「はい、言いました」

涼はにっこり笑う。


その瞬間、案内人が生唾(なまつば)を飲み込む音が聞こえた。

『ロンド公爵』の名前を知っているようだ。


「あ……はい……その……プレートの確認は、昨日の互助会カードを確認した道具で……確認できますので、こちらに……」

途切れ途切れになりながらも、案内人はなんとか言い切り、二人を昨日同様に標準館に案内する。


そして昨日、確認に使った水晶玉に身分証メインプレートをかざした。

すぐに結果は出たらしく、とても恭しく返却し……。


「確認いたしました、ロンド公爵様。昨日はご無礼仕りました」

両手を胸の前で重ねる礼をとり、その上で深々と頭を下げた。


「ああ、いえいえ、昨日は六級冒険者として伺ったので問題ないですよ。ですが今日は、帝都に逗留しているロンド公爵として、依頼人として伺わせていただきました」

「ご依頼? 承知いたしました。それは、こちらの標準館……四級以下の冒険者向けでしょうか?」

「いえ、最上級の……特級冒険者の方にお願いしたいです」



二人は、ついに特級館に通された。


そこにあったのは、完全なる静謐。

咳払いの一つ、紙がすれる音の一つも聞こえない。


当然であろう。

特級館の受付には、彼ら三人しかいないのだから。


内装は非常に豪華。

扉一つとっても、高級品であることが分かる。


だが、標準館のようないわゆる『受付』のような感じは全くなく、個室の入口が三つあるだけ。


案内人はその一つを開け、二人を招き入れる。



二人が座ると、ほとんど間髪を容れずにお茶が出された。

香りだけで、最上級の茶葉で、完璧なタイミングで淹れられたことが分かる。

標準館でプレートをチェックしている間に、準備するように言われたのだろうか……。


「こちら特級館にお通しいたしましたが、公爵閣下のご希望に沿うのは難しいと考えております」

「そうなのですか?」

案内人の言葉に、涼は少し驚いた表情になりながらお茶を飲む。


思った通りの美味しさ。


「難しい依頼ではありません。皇帝陛下よりお屋敷をいただきました。その警備に、冒険者を雇いたいと思ってきただけです。そして雇うのなら、最も優秀な方をと思って、特級冒険者にお願いしたかったのですが」

「なるほど。依頼内容は承知いたしました」

「それでも、難しいと」

「はい。と言いますのは、現在特級冒険者は全員出払っておりまして」

「全員が、依頼遂行中?」

「はい」

涼の確認に、案内人は頷いた。


「この特級館はとても静かですが……もしかして特級冒険者だけでなく、一級冒険者も全員出払っていてここには誰もいない?」

「はい、申し訳ございません」


特に涼の表情も口調も変化はない。

最初と同じままだ。


だが、案内人は汗をかいてきた。

背中に、嫌な汗を。


断るしかない状況に、変なプレッシャーを感じているからだ。

もちろん、全員が出払っていることには、案内人の責任は一切ない。


だが、かのロンド公爵に、依頼を受けられないということを伝えるのが……これほど嫌な汗をかかせられるとは。


もちろん案内人も、吟遊詩人の歌は知っている。

目の前にいる人物が、その伝説にすらなっている公爵である事も知っている。


さらに、皇宮において皇帝陛下の覚えめでたいということも、伝わってきている。

冒険者互助会は、ダーウェイにおいては国からの資金的援助が入っている組織だ。

特に、彼ら案内人は、元々皇宮の官吏だった者たちも多い。

また数年後に、皇宮の官吏に戻っていく者たちもけっこういる。


そのため、皇宮内には友人たちも多く、情報はかなり詳しく流れてくる。


だからこそ……嫌な汗をかくのだ。

それは、本来答えるべきではない情報の境界を曖昧(あいまい)にしてしまう……。


「この特級館に属する冒険者の数は、どれほどいらっしゃるのですか?」

「はい……約百人です」

「結構な人数ですね。それを全員雇うとなれば、かなりのお金が必要になりますね」

「はい……」


涼はうっすら笑ったまま問い続け、案内人は背中にかいていた汗が、ついに顔にまで出始める。


涼は、決して圧を出していない。

いつも通りだ。

それは、すぐ横の椅子に座って聞いているアベルが一番理解していた。

だが……。

(有名人のお願いに、否しか答えることができないってのは……胃が痛くなりそうだな)

アベルも、案内人のことは可哀そうだなと感じている……。



「しかし……どなたも雇えないとなると、困ります」

「申し訳……ございません」

涼がちょっとだけ首をかしげて呟き、今まで以上に汗を流しながら案内人が謝罪する。


「これは……皇帝陛下にお願いすれば、解決していただける問題ですかね?」

「え?」

涼の問いの意味が分からない案内人。


「皇帝陛下に、特級冒険者に護衛して欲しいですとお願いすれば、特級冒険者の幾人かをこちらに回していただくことは可能になりますかね」

「そ、それは……」

「お金のかかる特級、一級冒険者を全員借り受けているとなると……この巨大なダーウェイと(いえど)もそんなことができる方は限られているでしょう? 皇帝陛下か親王殿下のどなたか。となれば、皇帝陛下にお願いするのは一番いいでしょう?」

「皇帝陛下に……願い出れば、おそらくは、禁軍が……」


禁軍とは、皇帝直属部隊だ。

中央諸国などで言うなら、近衛兵というべきものだろうか。


皇帝陛下の下には特級冒険者はいない。

皇帝陛下に言えば禁軍を回してもらえると。



今の会話を言い換えれば、そういうことになるようだ。



涼は、矛先(ほこさき)を変えることにした。


「昨日、こちらを訪れた際に、上級館には多少なりとも依頼人が入っていく姿が見受けられました。その方々の依頼は、受けていらっしゃるのですよね」

「はい、昨日まででしたら……」

「でも、今日はもう誰もいない」

「はい……」

「では、昨日依頼を受けた三級、二級の方が依頼を終えて戻ってこられたら、私が雇用することが可能になりますかね」

「そ、それが……」


涼は、特級、一級冒険者を雇うことを諦め、二級、三級冒険者を雇うことにした……風を装って提案した。


案内人の顔を流れる汗がさらに増える……。


「戻ってこられた冒険者たちも……そのまま……回されることになっておりまして……」

「すでに予約が入っていると?」

「は、はい、予約、そうですね……予約という言い方が近いかと思います」

「そんなことが可能なのですね」

「普通は不可能なのですが……」

「まあ、親王殿下の方々であれば可能と」

「……申し訳ございません」


案内人は否定しなかった。


親王の誰かが雇ったことは確定した。



涼とアベルは、冒険者互助会をあとにした。



「案内人さんが可哀そうでした。彼には何の罪もないのに」

「全く同感だが……あの、滝のような汗はリョウの圧力のせいだろ?」

「またアベルはそうやって、僕を悪者に仕立てようとする! ひどいです」

「そんなつもりは一切ないんだがな」


涼が反論し、アベルが笑いながら言う。


「親王たちが冒険者を雇ったのは確定しました」

「そうだな。どの親王が雇ったのかまで分かればいいんだが……」

「僕が思うに、第四皇子は雇ったと思いますね。それも、使い捨てにするつもりで」

「それは……リョウの偏見だろう?」

「ええ、否定はしません」


涼の中では、第四皇子は一段低く見られているようだ。


「でも、御史台司空のシャウさんも、僕と同じ意見でした」

「……不幸だな、第四皇子」

涼が、自説を補うために矍鑠たる老人シャウ司空を引っ張り出し、アベルは小さく首を振る。



「ここで選択できる確実な方法はただ一つです」

「ん? 確実な方法? 何に対して確実なんだ?」

「冒険者失踪事件を解決するのに確実な方法です!」

「いつの間に失踪事件になったのか」


いつもの涼の飛躍展開にため息をつくアベル。


そう、よくある展開だ。

そう、いつもの展開だ。

そう、この後に提案されるのも……。


「アベルが第四皇子の王府に単騎特攻をかけるのです!」

「だろうと思ったよ!」

涼による予想通りの提案に言い返すアベル。


威力(いりょく)偵察です。強引にちょっかいをかけて、相手の反応を引き出すのです」

「いつも思うんだが、それって突っ込んだ俺はひどいことになるよな?」

「そこをうまく切り抜けるのが、元A級冒険者の腕の見せ所でしょう? あ、今はただの六級冒険者でしたか……」

「おう、六級冒険者だから、そういう危ないことはしないぞ」

「いつの時代でも、下っ端が最前線に送られるのです。六級のような下っ端が!」

「リョウも下っ端の六級冒険者だからな」

「僕は魔法使いです。肉体労働は剣士のアベルに任せます」

「お断りだ」


結局、涼の提案はアベルに受け入れてもらえないのである。

そこまで含めて、二人のじゃれ合いなのだが。



冒険者互助会を出てしばらく歩いたところで、涼が首を傾げた。

「どうした?」

当然、横を歩いているアベルは気付く。


「やっぱり監視されています」

「ついてきているのか。そういえば帝都では……というか、ダーウェイに入ってからは、監視されることなんてなかったよな?」



涼とアベルの危険な二人組は、どこに行っても、常日頃から監視されている印象を持たれるかもしれないが、実はそうでもないのだ。

実際、ダーウェイに入ってからは監視されていない。

せいぜい、皇帝陵のフェンムーに向かう時に、白焔軍に監視から包囲までされたくらいで。


「まだ、アベルは監視者に気付かないんですか?」

「ああ、分からん。これだけ人が多いと、俺には無理かもしれん」

「アベルがいつも言う、気配が! もまだまだですね」

「これだけ人が多い中で気づける、リョウの魔法が異常なんだよ」


涼がちょっと胸を反らして言い、アベルが素直に涼の魔法を称賛した。


実際、帝都の人口は異常だ。

どこを歩いても人が多い。

そうなると、自分たちに向けられた監視の視線に気付けという方が無謀であろう。



「さて……誰が監視してるんだろうな」

「アベル、少し口角が上がっています」

「いや、俺は笑ってなどいないぞ」


涼の指摘をアベルが否定するが……アベルの顔を見慣れた涼からすればバレバレだ。


「まったく……平地に波乱を起こすことを求める王というのは、民にとっては困る王ですよね」

「そんなつもりはまったくない」

「無自覚に民を苦しめる王……」

「たとえそうであったとしても、筆頭公爵が(いさ)めるんだろう?」

「当然です!」

「そんな悪い王は排除して、筆頭公爵が平和な統治を行う」

「もちろんです!」

「その結果、筆頭公爵が書類まみれになるのも仕方ないな」

「そ、それは……」


アベルの反撃にあたふたする涼。


だが、いい方法を思いついたようだ。

「そんな悪いアベル王を、良き王に変えてしまえばいいのです」

「どうやって?」

「え? い、いっぱい勉強してもらって……」

「その勉強は、筆頭公爵が教えてくれるんだな。教科書作りで書類まみれにならないといいな」

「なんというアリ地獄……」


涼は絶望した。



「で、監視はどうだ?」

「やっぱりついてきます」

何事もなかったように問うアベル。

何事もなかったように答える涼。

ただのじゃれ合いだから、そういうものだ。


「皇帝からは、それなりの信頼を得ているから、そっち系じゃないよな?」

「多分。でも、ダーウェイという国は大きな組織ですので、皇帝陛下の意向とは別に、諜報機関が動いている可能性もあるかもしれませんよ!」

アベルの問いに、涼は可能性を述べる。


地球にいた頃に見た映画やドラマでは、アメリカ大統領の知らないところで、CIAやNSAといった諜報機関が勝手に動いているのは定番の流れだった!

もちろん、全てフィクションだが。


「具体的に何人だ?」

「二人、二人、二人の六人です」

「それは……追っているのは一組じゃなくて、三組いるということか?」

「ええ」

「三組同時に監視開始か。何だろうなそれは」

アベルも首をかしげる。


「よし、決めました!」

「うん?」

「ちょっと皇宮に行きましょう」

「は?」

「え? じゃあ、全員いきなり首を刎ねて、何もなかったことにしますか?」

「なぜその二択なんだ」


結局、二人はとても穏やかな提案である、皇宮行きを選択したのであった。

一話とばして投稿してしまっていました……混乱させて申し訳ありませんでした。

0592(前)

0592(後)

の順番で読んでいただけると話が繋がります。

(「0592(前)」を投稿し忘れていたんです……すいません)


これからも投稿し続けていきますので、楽しく読んでいただけると嬉しいです。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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