0592(前)
9月2日投稿分、前半部分です……すいません
同時刻、帝都冒険者互助会。
正面の広場から、左手の建物、すなわち上級館に入っていく五人の冒険者たちがいた。
これは全くないわけではないが、かなり珍しい光景である。
なぜなら普通冒険者は、裏手の控室に直結する入口から出入りするからだ。
こちら、正門や正面の広場に面した入口を使うのは依頼者ばかりだから。
五人の冒険者は上級館に入ると、正面の受付に直行した。
この上級館は、三級、二級冒険者に依頼するための建物だ。
当然依頼料、準備するべき報酬は高いため、かなり富裕な商人やシタイフ層が依頼主である。
建物の中には、他の冒険者の姿はなく、依頼者も一人だけ。
そのため、入った瞬間に、五人は目立った。
互助会の案内人たちも、五人がこの帝都の上級館所属の冒険者たちでないことは一目で分かる。
「何かお困りでしょうか」
だから、いつも通り声をかけた。
冒険者に見える依頼者がいないとも限らない。
あるいは……。
「俺たちは、ボアゴー所属三級班『春望』だ」
「ようこそ、帝都冒険者互助会へ」
「実はボアゴーを領するバシュー伯から依頼を受けてこちらを訪れた」
「はい」
「希望は、他の冒険者たちとの情報交換だ。そのため、控室に入れてほしいのだが」
ジュン・ローの言葉に、案内人は少しだけ顔をしかめた。
何やら変なことを言ったらしい。
だが……。
「以前にも同様な情報交換を、こちら帝都冒険者互助会でさせていただいたのだが。規則が変わったか?」
「いえ、そのようなことはございません。冒険者同士の情報交換など、自由に行っていただいて問題ございません。それは今も変わっておりません。ただ……」
「ただ?」
「現在、この上級館所属の冒険者は、全員出払っておりまして」
「全員? 帝都の上級館……三級、二級の冒険者は数百人はいるだろう? 特級館ならともかく、上級館に誰も残っていない?」
「はい」
その後、『春望』は奥の控室を全て見させてもらったのだが……。
「ほんとに誰もいない」
魔法使いバリリが呟く。
「いや、すまん、信じなかったわけではないのだが」
「いえ、信じられないのは分かります。私も十年近く互助会案内人をしておりますが、上級館の冒険者が全員出払ったのは初めてですので」
ジュン・ローの言葉に、案内人が苦笑しながら答えた。
「ああ……なんでこんなことになっているのかを教えてもらうことは……」
「申し訳ございません、依頼内容に関することですので」
「だよな」
ジュン・ローは、案内人の言葉にうなずいた。
当然だ。
教えてなどくれないだろう。
しかし現実的に、誰もいなければ依頼を引き受けることもできないだろう。
互助会としてはどうしているのか?
「実は、全員が出払ったのは本日からでして」
「何?」
「四級まででなんとかなりそうな依頼は、全て標準館の方に回しておりますが……正直、今後どうなるのか、上の方でも判断がついていないと思います」
「……それなのに全員出払った。いや、出払わざるを得ない状況を、受け入れるしかなかったと」
「はい……」
ジュン・ローの意味深な問いに、案内人もその深い意味を理解したうえで頷いた。
つまり、互助会の上の方が拒否できない者からの依頼であると。
そんなハイレベルな場所からの依頼など、そうそうない。
たとえば、『春望』に依頼したバシュー伯ロシュ・テンのような領主……そのレベルでは冒険者全員を吐き出させることは不可能だ。
つまり、シタイフ層の上位の者たちでも無理。
それよりも上となると、たった一つしかない。
つまり、帝室。
それも、皇帝自身か、親王たち。
一介の皇子たちの力は、シタイフ上位層とそれほど変わらない。
だが、親王となれば全く違う。
皇帝は……言わずもがなであろう。
「一つ聞きたいのだが……まさか、特級館の冒険者たちも、全員出払っているのか?」
「はい。そちらはもう少し早くから」
『春望』の五人は、上級館を出た。
「つまり皇帝陛下か三人の親王殿下たちが、冒険者たちを借り上げた……」
「三級と二級は今日から。特級と一級はもっと早くから」
「問題は……」
「何のためか」
剣士ジュン・ローと魔法使いバリリが確認し合う。
もちろん、何のためかという最も知りたい理由の部分は、全く分からない。
「とりあえず、飯でも食うか。何か考えつくかもしれん」
「班長が、お腹が空いているだけに見える」
「多分、チュンクの言うことは正解です」
ジュン・ローが昼食を提案し、斥候チュンクが笑いながら言い、魔法使いバリリも同意する。
とはいえ、お昼時でもあるので、ジュン・ローの提案を退ける者はいない。
五人が歩いてきたのは聖帝広場。
昨晩は、小麦麺の汁ありトントン麺の看板が目立つ店に入った。
「実はその隣も気になっていてな」
「ふむふむ……今日のお勧めは、牛肉とポーマンの絶妙炒めだそうだ」
ジュン・ローがお隣の店を提案し、斥候チュンクがその目の良さを生かして、店先に掲げられた今日のお勧めを読む。
そんな五人の横から、別の、そしてつい昨晩も聞いた覚えのある声が聞こえてきた。
「牛肉とポーマンの絶妙炒めが、今日のお勧めだそうです」
「絶妙炒めって何だ?」
「よくは知りませんけど、きっと炒め方が絶妙なんですよ。今日はここにしてみますか」
そして、五人組と二人組がぶつかった。
「えっと、アベルさんとリョウさん?」
「あれ? 『春望』の皆さん?」
運よく、直前に団体さんが食べ終えて店を出たために、七人は大きめのテーブルを仲良く囲むことができた。
「ジュン・ローたちは、今朝、帝都を発つって言ってなかったか?」
「ああ、そうだったのだが……昨晩、あの後宿に帰ったら領主様から依頼されてしまって……」
アベルの問いに、苦笑いしながら答えるジュン・ロー。そして同じように苦笑する四人。
またいつか、と言って別れたのに、わずか十二時間後に一緒にテーブルを囲んでいたら苦笑したくもなるだろう。
そう、ちょっと気恥ずかしい。
「まあ、いいじゃないですか。まだ帝都に残るのでしたら、帝都の美味しいものをいっぱい食べましょう」
笑顔で涼が提案する。
「そうだな!」
そして七人は、昼食を堪能した。
食べながら話している間に、昨日、涼とアベルが冒険者互助会を訪れたことが話題となった。
「めちゃくちゃ大きかったです」
「ですよね! ボアゴーの街の互助会とは比べものになりません」
涼が両手で大きいを表現しながら言うと、魔法使いバリリが何度も頷きながら同意する。
「だが危険だな。控室で喧嘩をしていた」
「ああ……昔からの帝都互助会の伝統だな」
「あんなのが伝統なのか?」
「人が多いと、争いも増えるみたいだ」
アベルが呆れたように言い、ジュン・ローは苦笑しながら頷く。
「ボアゴーの互助会は、ああいうのはないのか?」
「まったくない。とても平和だな」
「僕はそっちの方がいいです」
「ですよね」
アベルが問い、ジュン・ローが答え、涼が同意し、バリリも頷く。
一口にダーウェイの冒険者といっても、いろいろいるらしい。
「でも、どうしてお二人は互助会へ? 依頼を受けに?」
「いや……なんというか……」
「……見学?」
バリリの無邪気とも思える質問に、一気に答えに詰まるアベルと涼。
「別の建物……上級館とか特級館とかも見たかったのですが、あんまりそっちは行かない方がいいと案内の人に言われてしまいました」
「下手すると戻ってこられないとか言ったな」
「いや、そこまでは……」
涼とアベルが言うと、ジュン・ローが苦笑しながら答える。
そして、言葉を続けた。
「ただ、行っても冒険者は誰もいないそうだ」
「誰もいない?」
「標準館とかは、数万人くらいいるんじゃなかったでしたか?」
「ええ。上級館も数百人の冒険者がいるのですが……全員出払っているそうです」
ジュン・ローの言葉に、涼とアベルが訝しげに問い、バリリが答える。
『春望』の残り三人も頷いた。
「それは……依頼でいないということだよな?」
「そう。それも上級館の方は今日から、全員出払ったと。特級館はもう少し早くからだったそうだが」
アベルの問いに、ジュン・ローが答える。
それを受けて、涼が呟いた。
「親王の誰かが、戦力として雇ったんですかね」
その呟きには、激烈な反応があった。
「それはどういう意味だ、リョウさん!」
「えっ……」
ジュン・ローが身を乗り出して問い、涼は驚いて絶句する。
だが、周りを見回すと、『春望』の他のメンバーも大きな目を見開いて涼を見ている。
涼は困った。
涼がそう考えたのは、自分たちが冒険者を戦力強化に使えないかと考えたからだ。
第六皇子リュンの。
しかし、二人……特にロンド公爵がリュン皇子に協力するというのは、公にされていない。
そのために、ここで自分たちが考えた策だからと答えると、いろいろとマズいことになりそうな気がするのだ。
まだ、公開するのが早すぎる情報が漏れるのはよろしくない。
だから、答え方に迷う。
「えっと……ちょっと思いついただけです」
結局、いい答え方は思いつかなかった。
「……そうか」
ジュン・ローはいちおうそう言っているが、何かを疑っている。
涼にはそう見える。
だから、涼はアベルに助けを求めた。
「アベルが、冒険者を雇ってぶつければ安上がりだという、鬼畜のような策を言ったのです。でも僕は、ぶつかっている親王たちはそこまで酷い策を採るとは思えませんと言ったのですがね」
「おい……」
「ああ、すいません、アベル、つい言ってしまいました。これは内緒でしたね」
ジト目で見るアベルに、涼は謝罪する……笑いながら。
「なるほど。さすがアベルさん、冷酷だが効果的な策かもしれん」
ジュン・ローが、変な感心をしている。
「確かにありそうですね。つまり、冒険者たちは親王殿下方の戦力として雇われた……。でも、親王殿下ともなると、自前の戦力がかなりあるでしょう? わざわざ冒険者を雇わずとも……」
魔法使いバリリが誰とはなしに問う。
「使い捨て戦力?」
「リョウも冒険者なんだぞ……少しは言葉を選べ」
涼のあまりに直截的な表現に、小さく首を振って呆れるアベル。
冒険者を使い捨て戦力と指摘されれば、さすがにいい気持ちはしない。
ここにいる七人は、全員冒険者なのだ。
「親王殿下たちが抱える戦力はかなりのものだ。帝都に置いてあるだけでも、それぞれ数千人と言われているし、各領地で抱えている戦力ともなればどれほどか、想像もつかん。だがそれとは別に、使い捨て……まあ、先兵として冒険者を雇うというのはありかもしれない。三級、二級ならば」
「その言い方だと、一級や特級は違うと聞こえるな」
「ああ、違う」
アベルの問いに、ジュン・ローははっきりと頷いた。
「一級冒険者ともなれば、その戦闘力は皇帝陛下直属の禁軍よりも上だ。そして特級ともなれば、間違いなく人外。アベルさん、あんたは確かに強い。だが、特級の連中はもはや人間であることを疑うほどだ」
「それほどか」
「ああ。俺も、一度特級冒険者が戦うのを見たことがあるが……頑張ってあの頂に行こうとは考えられないものだった」
ジュン・ローは、小さく首を振ってから言葉を続けた。
「あの連中は、ダーウェイ全土のあらゆる戦う者たちの中で頂点の一角だ。しかも現在の特級冒険者の中には、六聖のうちの半数がいる。これまでにも一人くらいはいたし、多い時で二人いたそうだが、現在は半数の三人。特級冒険者が充実している証拠だ」
「六聖?」
「なんかカッコいいですね!」
ジュン・ローの説明にアベルは首を傾げ、涼はカッコ良さそうな言葉が出てきたので喜ぶ。
「六聖というのは、ダーウェイにおける魔法使いまたは呪法使いたちの頂点だ」
「もしや、六属性それぞれの頂点とか?」
「そう、リョウさんの言う通り」
「おぉ~」
「物理職の頂点は、六剣と言われ……特級冒険者に一人いる」
「六聖と六剣、いいですね!」
涼が嬉しそうだ。
そして、涼はアベルの方を向いて言う。
「良かったですね、アベル」
「何が良いんだ?」
「アベルが倒すべき相手が十二人もいるじゃないですか!」
「はい?」
「突撃する前に、ちゃんと遺言書を書いていってくださいね。『遺産から、毎週僕にケーキを奢る』って。それさえあれば、僕は全力で応援しますから!」
「……もし遺言書を書かなかったら?」
「残念ですが、アベルを応援しません」
厳然たる口調で涼は告げた。
「そうか。だが安心しろ。その十二人のところに突撃なんてしないから」
「またまたあ、アベルの剣は血を求めているでしょう?」
「そいつらの血じゃなくて、リョウの血でいいんじゃないか?」
「だ、ダメですよ! 僕の血は美味しくありませんから!」
涼は慌てて拒否する。
そんな二人の会話を、『春望』の五人は、笑いながら見ているのであった。




