0589 春望
「無事、届けることができた……」
「はい……」
疲労困憊の体で呟いたのは、リーダーである三級冒険者ジュン・ロー。
それに答えたのは、参謀役の魔法使いバリリ。
他のメンバー三人、斥候チュンク、治癒師シュン・リー、そしてもう一人の剣士ロソも、疲労の色は濃くただ頷くだけ。
三級冒険者といえば、上級冒険者と認識される一流の者たちだ。
そんな者たちが疲労する……。
ちなみにこの五人のうち、年若い剣士ロソだけが四級だが……。
他の四人の三級冒険者と比べても、実力的にはすでに遜色ない。
あとは実績さえ積めば、順当に三級になれるであろう。
そんな、優秀な五人がこれほど疲労しているのは……領主たるバシュー伯ロシュ・テンへの書類を届けるのに手間取ったのが理由だ。
ボアゴーの街を出る時に聞いていた情報としては、領主が泊まっている宿は聖帝広場に面した『月下宴亭』ということであった。
これまでにも、領主が帝都で定宿にしていたために、五人は問題なく『月下宴亭』に到着した。
そして面会を求めたのだが……。
「申し訳ございません。バシュー伯様御一行は、すでに当宿に宿泊されておりません」
「なんだと?」
「五日前に引き払われております」
「りょ……バシュー伯様たちはどちらに?」
「申し訳ございません、伺っておりません」
五人が、宿屋の言葉に、打ちのめされたのは言うまでもない。
何より、バシュー伯らが移った先を宿が把握していないのが致命的であった。
本来なら、それくらいは把握しておくものだろう?
実は、『月下宴亭』の上級職の者たちは伝えられていたのだ。
だが、その手の情報は、取り扱いに慎重さが求められる。
特に、皇宮内で襲撃されたという噂の回ってきたバシュー伯関連となれば、慎重の上にも慎重を期す。
そのため、五人が話した臨時窓口担当には知らされていなかった……。
一流の宿にふさわしからぬ失態。
とはいえ、人がすること。
必ずミスはある。
犠牲になる者たちにとっては、それでは済まないのだが。
五人は帝都を歩き回った。
五人は帝都を探し回った。
五人は帝都をくまなく調べた……。
一度は、中心からかなり離れた『龍泉邸』にも足を運んだ。
その結果……。
「まさか、聖帝広場の反対側にある『玲瓏宿』においでだったとは」
「完全に盲点でした」
剣士ジュン・ローが呟き、魔法使いバリリも同意した。
五人は、最初に聖帝広場付近の宿はあたったのだ。
あたったのだが……。
「『玲瓏宿』だけ門が閉まってて、あとで回ろうってなったんだよね」
「それが失敗だったね」
斥候チュンクが呟き、治癒師シュン・リーが何度も頷いた。
一人無言の剣士ロソであるが、疲労しているのは他の四人といっしょだ。
だが、その視線は一点を見つめていた。
「どうしたロソ」
「いえ、ジュンさん、何でもありません」
ジュン・ローの問いかけに、真っ赤になって顔を逸らすロソ。
だが、そんなロソの行動の理由は、四人も理解していた。
こういう時、ロソはお腹が空いているのだ。
「俺も腹が減っている」
「私もです」
剣士ジュン・ローの言葉に、魔法使いバリリも大きく頷く。
他の二人も。
歩き回れば当然腹は減る。
しかも懸案も片付いたとなれば……忘れていた空腹も思い出される。
「よし、飯でも食うか」
そうして、五人は聖帝広場に面したお食事処に入っていった。
そこは看板メニューの一つに『小麦麵の汁ありトントン麺』と書いてある食事処であった。
「この麺は、甘さを感じるうえに弾力もいいですね」
「今、初めて食べ始めた風を装って上品なことを言っているが、すでに二杯目である事を忘れるな」
涼が即席麺評論家なコメントをし、アベルが危険な状況を指摘する。
そう、すでに一杯を完食し、二杯目なのだ。
二人とも。
「この甘辛炒め卵絡み飯も、お米にいい感じで油がコーティングされていて美味しいです」
「今、初めて食べ始めた風を装って上品なことを言っているが、それも二皿目である事を忘れるな」
涼が即席チャーハン評論家的なコメントをし、アベルが再び危険な状況を指摘する。
そう、トントン麺だけではなく、ご飯系も二皿目なのだ。
二人とも。
アベルは、危険な状況を冷静に指摘しているが、それを止めてはいない。
そう、全く止めていない。
二人で、満腹動けない地獄に落ちていこうかとしたその時。
救済の天使が。
「アベル?」
「うん?」
呼びかけられた方を向くアベル。
そこには、見たことのある剣士が。
「ああ、虎山の時の……ジュン・ローだったよな。久しぶりだな」
「やっぱりアベルか。そっちはリョウ。帝都で会うとは奇遇だな」
アベルは虎山の山狩りでジュン・ローを救ったことがある。
その際、ジュン・ローはとても感謝していた。まさに命の恩人……。
「いや、ジュン・ローたちこそ、ボアゴー所属だろ? バシュー伯ロシュ・テン殿の領地。帝都からけっこう離れているだろうに」
「ああ、依頼を受けてな。それこそ今、領主様の宿に行ってきたばかりだ」
ジュン・ローが言うと、他の四人は苦笑した。
なにやら大変だったらしいのは、涼とアベルも感じ取った。
「まあ、大変なことがあっても、人は平等にお腹が空きます。皆さんも食べましょう。このお店、当たりですよ」
涼はそう言うと五人が座れるように端の方に寄った。
元々大きなテーブルであるため、ぎちぎちにならなくとも七人いけるようだ。
「そういえば、俺ら、正式に紹介もしていないんじゃないか?」
「ん?」
「班名すら名乗っていないだろう?」
「班名?」
ジュン・ローの言葉に首を傾げるアベル。
「多分、パーティー名のことですよ」
そこに涼が助け舟を出した。
もちろん、いつもの適当解釈なのだが……今回は合っている気がする。
「三級班『春望』の班長ジュン・ローだ。こっちが班員バリリ、チュンク、シュン・リーそしてロソ。過日は、命を救っていただき助かった。感謝する」
そう言うと、ジュン・ロー以下『春望』の五人は、両手を胸の前で重ねるダーウェイ式の正式な礼をとって、頭を下げた。
「いや、気にするな」
「班名『春望』……カッコいいですね!」
涼が、班名を褒める。
涼の中で春望と言えば、詩聖と呼ばれる杜甫の「国破れて山河在り」だ。
「昔の有名な詩人の詩からお借りしました」
魔法使いのバリリが笑いながら言う。
「ほっほぉ~」
涼が驚く。
もしかしたら、この『ファイ』にも杜甫がいたのかもしれない。
『春望』の五人は礼をとると、じっとアベルを見ている。
数秒もすれば、さすがにアベルも名乗るのを待っているのだと気付く。
「あ~、俺はナイトレイ王国元A級パーティー『赤き剣』のアベルだ。こっちでは、まだ六級だが」
「A級というと……やはり強いのでは?」
「そう……国一番だな」
「やはり!」
照れながらもちょっと胸を張って答えるアベル。
見込んだ通りの優秀な冒険者であったことに納得するジュン・ローら『春望』の五人。
それらを見ながら、なぜか一人うんうんと頷く涼。
だが、そんな頷く涼に、『春望』の魔法使いバリリが気付いた。
「アベル殿の『赤き剣』は、アベル殿とリョウ殿の二人だけなのですか?」
「『赤き剣』は他に三人いたが、今は解散というか、活動を停止している。そして、リョウは『赤き剣』ではない」
「えっ……」
アベルの説明に驚く魔法使いバリリ。
「はい、この東方諸国では、仕方なくアベルのお世話をしています」
「お世話……」
「アベルは一人では何もできない子なので、僕が仕方なく……」
「本気にされると困るからやめろ」
涼が可哀そうな人を見る目でアベルを見ながら説明し、アベルが誤解される前に否定する。
「確かに、リョウ殿ほどの魔法使いなら、国一番のアベル殿と比べても遜色ないでしょう」
魔法使いバリリが何度も頷きながら言う。
それに不思議そうに首をかしげて涼は問うた。
「バリリさん、どうして僕が強力な魔法使いだと?」
「自分で強力と言えるとは……」
「寝る間を惜しんで磨いてきた魔法には自信がありますから」
アベルの小言に、あえて胸を張って答える涼。
強力な魔法使いといわれて嬉しそうでもある。
「いえ……私は、体から漏れる魔力を見ることができるのですが、リョウ殿はまったく魔力が漏れていないので。そんな方は初めてですから」
「おぉ! バリリさんも魔力が見れる! なんか東方諸国に来てから、そういう人が結構多い気がします。でも、そう、僕は魔力の制御にはちょっと自信があるんですよ。ふふふ」
涼が嬉しそうに答える。
実際、魔力制御に自信はある。
自信はあるのだが……それでも人間相手なら、という条件付きとなっているのはまだ悔しいと感じている。
「人外の相手にはまだまだですけどね」
「人外? 例えば?」
「そう……クラーケンとかですね」
涼は答えてから、いつかぎったんぎったんにしてやるのです! と宣言する。
「クラーケン……すいません、ちょっと想像がつきません」
魔法使いバリリは素直にそう答えた。
とりあえずのお互いの挨拶が終わった後、七人は楽しく歓談した。
適度に食べ、適度に飲み、楽しく会話する。
そんな素晴らしい夜であった。
平和なディナーでした。




