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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0586 戦力強化

「全ての懸案は解決しました!」

「懸案、というほどだったか?」

お隣さんから、自分の屋敷に戻って、お茶を一杯飲んでから涼は言い放った。


だが、またしてもアベルの反応が(かんば)しくない。


「またアベルは否定ばかりです! ダーウェイ数十億の民に責任を持つ案件だったのですよ。軽々(けいけい)に判断していいものではありませんでした。これを懸案と言わずして何と言うのですか!」

「あ、はい……」

涼の剣幕(けんまく)に押され、さしたる抵抗もなく受け入れるアベル。


いちおう言っておくが、ダーウェイに数十億の民がいるかどうかは不明である。

さすがにそこまではいないと思うが……。


「とりあえず、充実した隣家訪問でした」

「そうだな。ミーファが順調に成長しているのを確認できたのは良かったな」

「ミーファは頑張り屋さんですからね。恐怖師匠がいなくとも、毎日訓練を続けるのです。いえ、むしろそんな恐怖を(まと)った視線にさらされていない方が、のびのびとやれるのかもしれません」

「何だ、恐怖師匠って……」


涼のいつもの適当造語に、小さく首を振るアベル。


だが、そこで思い出したことがあったらしい。


「さっきの公主護衛隊長のビジスだったか。彼女の相手は、俺じゃなくてリョウがやった方が良かったんじゃないか?」

「僕は魔法使いですよ?」

「だが、彼女だろ。以前、船の上でリョウに斬りつけてしまったのは」

「まあ、そうですけど……あれは不幸な事故だったのです。そういうことは、よくあります」

「うん、よくあったらいかんだろう」

涼が懐の深さを演出し、アベルが常識的な意見を述べる。


「そうは言っても、仕方ないじゃないですか。悪い人たちにいちいち誰何(すいか)していたら、倒すタイミングを失っちゃいますよ。先制攻撃こそ勝利への近道です」

「間違いましたで攻撃されたら大変だろうと言っているのだが……」

「いきなりの攻撃でも防げるだけの力をつけなければいけないということです。世界は優しくありませんからね」

「うん、世界の問題じゃないと思うんだ……」



とにかく、次の一歩を踏み出す時が来た。


「リュン皇子を陰ながら応援すると決めたからには、やるべき事をやらねばいけません」

「うん? やるべき事って何だ?」

「当然、僕たちの戦力強化です!」

アベルの問いに、当然ですという表情で言い切り、右拳を突き上げる涼。


アベルには、なぜ『当然』なのかは分からない。

とはいえ、戦力を強化して悪いことなど無さそうな気はする。


だからアベルは問うた。


「具体的にどうする?」

「え……いえ、具体的には、まだちょっと……」

涼の答えは、しどろもどろだった。


アベルは小さくため息をつく。

それを、しどろもどろだった人物は非難した。


「僕だけじゃなくて、アベルもちゃんと考えてください! いつも僕ばかりに押し付けて!」

「そうは言ってもな。俺、毎日剣を振って、強くなる努力してるし」

「何ですかその言い方は! いかにも僕が遊んでばかりいるように聞こえるじゃないですか」

「そんなことは言ってないぞ」

涼の指弾(しだん)を、軽やかにかわすアベル。



ガルルという擬音(ぎおん)がぴったりな涼であったが、何かを思いついたのか、そうだ! と呟いた。


「アベルの戦力強化の具体策を思いつきましたよ」

「……一応聞いてやる、なんだ?」

アベルの視線も態度も、不審まみれだ。


「それです」

涼がアベルの手首を指さした。


「ん? 飛翔環?」

「それを自由自在に、もっと高速で使いこなせるようになると、戦力強化になります」

涼にしてはまともに聞こえることを言う。

アベルですら認めざるを得ないような。


しかし、それが簡単ではないことを、アベルは知っている。

使ってみたからこそ、よく分かるのだ。


「この飛翔環、速さは出んぞ? まあ、どんな使い方をリョウが想定しているか知らんが」

「もちろん、個人戦が最終的に至る、完全三次元戦闘です!」

「……は?」


アベルには、意味が分からない。

だから素直に言うことにした。

「意味が分からん」


その言葉を聞いて、頬をプクーっと膨らませ、不満を表す水属性の魔法使い。


だが、水属性の魔法使いは心が広いのだ。

海よりも深く、氷よりも冷静な心で説明してあげることにした。


「まずアベル、戦闘中の人間にとって死角はどこでしょうか」

「そりゃあ、背後だろう」

「そうですね。他には?」

「他? ああ、まあ頭上か」

少し考えて、アベルは答えた。


基本的には、背後が最も危険な死角だ。

だから、敵に囲まれないようにするし、背中を壁に預けるなど後背に回り込まれないような立ち回りを、常に意識する。


だが、それ以上に、頭上からの攻撃は反応しにくい。

物理的な攻撃としては決して多くないが、攻撃魔法ならあり得る……。


「そう、頭上です。もし空中から、剣を構えた相手が降ってきたらどうしますか?」

「普通はそんなことはないが……」

「たとえば屋内の戦闘、天井の高い廊下などで、戦闘開始前からそこに潜んでいた敵などです。あり得ないとは言えないでしょう?」

「まあ、可能性はある……」


斥候(せっこう)のような、身のこなしの軽さを信条としている者たちが相手であれば、絶対にないとは言えない。


「それをアベルがやるのです!」

「俺?」

涼がビシッと右手人差し指をアベルに伸ばして言い放つ。

しかしながら、やはりアベルの反応は鈍い。


「相手の後方に回り込むとみせて、実は飛翔環で空中に上がり……相手がどこに行った? と探している間に、頭上から急降下! 脳天からその魔剣を突き刺して打ち倒すのですよ」

「なるほど。面白そうではある」


涼の説明に、ようやく頭の中でイメージできたのであろう。

アベルは腕を組んでいるが、まんざらでもない表情だ。


だが、少し考えて、大きな問題があることに気付いた。


「だがリョウ。さっきも言った通り、この飛翔環は速くない。相手の後方に回り込んで、一瞬見えなくなったとしても……空に上がるほどの時間は稼げないぞ」

「まあ、そこですよね、問題は」

アベルの指摘に、うんうんと頷く涼。


もちろん、方法は考えてある。

なんといっても、涼は錬金術を(たしな)んでいる。

そして、解体してもいいように、飛翔環を二個購入している!

そう、「こんなこともあろうかと!」の精神だ。


「僕らが購入した、一般的な飛翔環にはリミッターがつけられていると思います」

「りみったー? 何だそれは?」

「ああ……制限装置、ですかね。動きが早くなりすぎないように。出力が大きくなりすぎないように」

「なんでそんなものがついている?」


アベルには理解できない。

そんなもの、無い方がいいに決まっているだろうに。



「早くなりすぎると、普通の人には制御できなくなるからです」

「どういうことだ?」

「例えば、今アベルが使っている速さの十倍の速度が出たとして……。すぐには使いこなせないでしょう?」

「だろうな」

「いずれは慣れるかもしれませんが、慣れる前に壁にぶつかっちゃったら?」

「……命を落とすだろうな」

「そう、それを防ぐためです。そもそも、その飛翔環を使う普通の人たちは、今以上の速度が出る必要はないのです。むしろ、出過ぎると、使い勝手が悪くなるのです」


何であっても、ハイパワー、ハイスピードならいいというものではない。

一番いいのは、ちょうどいいパワー、ちょうどいいスピードなのだ。


うん、あんまり夢はないけどね。


「でも、そんなのは夢がありません!」

夢を追いかける水属性魔法使いがここにいる!


「性能の限界に挑むのです! 全ての制限を外して、人の領域を突破するのです!」

「それをやったとして……俺は壁にぶつかったりはしないのか……?」

「失敗すればぶつかるでしょう」

「ぶつかったら死ぬんじゃないか?」

「ぶつかれば死ぬでしょう」

「おい……」


涼の、当然という顔での答えにため息をつくアベル。


「それがなんだというのですか! 命の一つや二つ、限界への挑戦の前にはたいしたものではないでしょう? 大丈夫、僕もちゃんと見守りますから。任せておいてください」

「リョウは見守るだけか。自分は飛ばないのか……」

「飛びませんよ? 危ないですから」

「なぜ、危ないことを俺にさせる……」


再び、大きなため息をつくアベル。

だが、それがきっかけだったのか、別の案を閃いた。


「飛翔環は飛翔環で練習はするんだが……戦力強化なら、別に俺たちが強くなるだけが道じゃないんじゃないか?」

「はい? どういうことですか?」

意味が分からず問い返す涼。


「人を雇えばいい」

提案するアベル。


「ダメに決まっているでしょう」

言下に却下する涼。


「僕ら自身が、いわば皇帝陛下のお客様です。屋敷をいただいていますし、自由に使っていいというか、やると言われましたけど……でも、お客様です。泊めてやったお客様が、勝手に人を雇ってきたら……アベルだってびっくりするでしょう?」

「まあな。だが、恒常的に雇うのではなく、必要な時だけ雇うならどうだ?」

「なんですかそれ? そんな便利な制度がありましたっけ?」

「あるだろう。そして、俺たちだってそうだろう?」

「もしやそれは……」

「そう、冒険者を雇う」

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