0583 情報収集 皇子編
涼とアベルは屋敷を出た。
リュン皇子のライバルたる、三人の親王について情報を集めるためだ。
「情報収集の定番は、酒場での聞き込みです!」
「まだ昼だぞ……」
そう、時間はちょうどお昼時。
酒場の多くは開いていないし、開いていても人は少ないだろう。
食事処なら人は集まっているだろうが、ご飯を食べるために来ている人たちから情報収集は難しい。
「それに、親王の情報なんて、一般人に聞いたって正確なところは分からんだろ」
「言われてみれば確かに」
アベルのもっともな指摘に、素直に頷く涼。
「じゃあ、親王を直接知っている人に聞かないといけませんね。三人とも知っているのは皇帝陛下でしょうけど……」
「さすがに忙しいだろうし、聞きにいったら変な目で見られるだろ? それに、三親王が一番悪い面を隠したい相手が皇帝だろうから……」
「ダメですね」
涼は小さく首を振る。
正確な情報を集めるというのは、いろいろと難しいのだ。
「そうなると、一緒に仕事をした事があるとか、なんらかの事でかかわったことがある人たちですね」
「しかも、リョウの知り合いじゃないといかんだろ?」
「いますかね、そんな人……」
涼は考え込む。
なかなか思いつかない。
「そもそも、この帝都にそんなに知り合いがいません」
「知り合いを挙げていった方が早いんじゃないか?」
涼のため息に満ちた報告に、アベルが別のアプローチを提案した。
「まずは、工房統領のロンさんですね」
「最近は一番関わっているしな。知っていることがあれば教えてくれるだろうが、基本的に皇宮の暢音閣にずっといるだろ?」
「ですよね。教えてはくれるでしょうけど、親王さんたちの情報をあまり持っていなさそうです」
第一候補脱落。
「次は……マタン伯、フォン・ドボーさんでしょうか」
「シタイフ層だしな。ただ、バシュー伯のロシュ・テンもだったが、珍しくどの派閥にも入っていないんだろう? それって、そういう派閥争い関係に関わりたくないってことだろ?」
マタン伯フォン・ドボーは、涼とアベルが護衛依頼を引き受けたことがある。
リュン皇子とシオ・フェン公主の婚礼前のゴタゴタに巻き込まれ、悪い人に操られた挙句、刃傷沙汰を起こし取り調べまで受ける羽目になった。
確かに関わりたくないだろう。
バシュー伯ロシュ・テンは、操られたフォン・ドボーに斬りつけられた……。
彼も、リュン皇子の周りで起きた派閥関連の争いでダメージを負った一人だ。
あまり関わりたくないだろう。
第二、第三候補脱落。
「他……誰かいましたっけ?」
「いや、まだいるだろう? ほら、白焔軍の隊長とかどうだ?」
「ああ! リーチュウ隊長! 皇帝直属らしいですけど、皇宮内で動く場合もありますもんね。まずはリーチュウ隊長にしましょう。手土産はお菓子ですね」
「……リョウはそういうところ、マメだな」
「時間を割いて話を聞こうというのですから、お菓子くらいは」
第四候補確保。
二人はお菓子屋さんに寄って焼き菓子150個を買って、兵部にある白焔軍詰所に向かった。
何事もなく到着したのだが……。
「リーチュウ隊長がいない?」
「はい、ロンド公爵閣下。隊長は本日、皇宮に上がっておいでです」
第四候補脱落。
「万策尽きました」
「大げさだろう」
150個のお菓子を詰所の人に預け、大きなため息をついて兵部を出る涼とアベル。
「でも、一番いけそうだったリーチュウ隊長が捕まえられないのは痛いですよ」
「他にもいるだろう」
「え? いますか?」
アベルの軽い調子の言葉に、驚く涼。
「リーチュウ隊長と仲が良くて、いろいろ経験を積んでそうなご老体が」
「はて……」
アベルの言葉に首をかしげる涼。
だが、しばらく考えて閃いた。
「御史台の司空、シャウさん!」
「正解だ」
そう、リーチュウ隊長はシャウ司空と仲が良い。
それで、アベルはシャウ司空を思い出した。
御史台は、皇宮に隣接している。
だが、入口は大通りに面しており、門は常に開いている。
守衛のような人物もいない。
そして、とても存在感のある巨大な太鼓が置いてある。
「何度見ても威圧感のある入口です」
「そうだな」
涼の素直な感想に、同意して頷くアベル。
この太鼓は、訴えることがある場合に、訴える人が自ら叩くらしい。
なので、シャウ司空に会うためにやってきた二人は、この太鼓を叩いてはいけない。
以前訪れた際に、そう言われた。
「つまり、僕がアベルを訴える際には叩くのですね」
「俺も叩いて、訴え返すわけだな」
涼とアベルの訴訟合戦……。
だが御史台は、いわゆる罪を問う、刑事事件を扱う場所だ。
二人のような、多分、民事訴訟の場合は実はここではない……。
当然のように、酒屋さんで手土産のお酒を買った涼が、太鼓を叩かずに入っていって呼びかけた。
「すいませ~ん」
すると、奥から無言のまま二人の男性が出てきた。
とてもガタイが良く、ちょっと怖そうな感じだ。
だが、出てきて誰が声を出したか分かった瞬間に、文字通り飛び上がった。
「ロンド公爵閣下!」
「あ、すいません。司空のシャウさんにお会いしたいのですが、取り次いでいただけますか?」
「は、はい、少々お待ちください!」
そう言うと、一人が走るようにして奥に戻っていく。
残された一人の表情は、俺を置いていくな……そう語っていた。
少なくともアベルの目にはそう見えた。
しばらくして、二人はシャウ司空の前に通された。
「ロンド公爵閣下、よくおいでくださいました」
「シャウさん、お忙しいところ申し訳ありません」
笑顔で二人を迎えるシャウ司空、頭を下げる涼とアベル。
いくつかの挨拶的会話を交わした後、シャウ司空が問うた。
「それで、本日いらした目的はなんでしょうか?」
「はい……。実は、三人の親王の皆様の事をお聞きしたいと思いまして」
「ほぉ……」
涼が素直に問うと、シャウ司空は少し目を見開いて驚いてみせた。
そしてゆっくりとお茶を一口啜る。
同時に、涼もお茶を啜る。
「それは……ロンド公は、リュン皇子の側につくということでしょうか?」
シャウ司空は、全てを突っ切って、いきなり核心を突いた。
リュン皇子が親王に進むことにも触れず、リュン皇子と涼との関係にも触れず……他の何にも触れずに、いきなり。
だが、涼はうろたえない。
その質問は、想定の範囲内だから。
「親王の方々がどのような方なのかを知らない限り、何も動けないもので」
そう言って、涼はもう一口お茶を啜る。
巧妙に、事実を隠し、述べない。
シャウ司空の頭の中で想像するのに任せる答え。
それでいて、嘘はついていない。
「ふふふ……」
それら全てを理解したうえで、シャウ司空は笑う。
涼も無言のまま、うっすら微笑みを浮かべてお茶を啜る。
交渉は、無言の時間にこそ、その精髄がある。
無言の間に、お互いの頭の中で思考が走り回るのだ。
涼もシャウ司空も、その事を理解している。
もっとも、当事者二人はこの間にもいろいろ考えているので、この場の空気にあてられたりはしない。
するのは、当事者ではない傍観者。
(この圧迫される空気は嫌だ……)
口には出さないし、表情にも表さないが、アベルは心の中で顔をしかめている。
アベルも、国王になっての三年間はもちろん、その前の冒険者時代、その更に前の第二王子時代にも、交渉の場は経験している。
その中には、厄介と言ってもいい交渉もあった。
だが、今回はそうではない。
当事者ではないのだ。
交渉する双方を見守るしかできない立場。
見守るしかできない立場というのが、本当に精神的に削られていくというのはアベルも知っていたが……。
(正直、こういうのは経験したくないな)
心の中で何度も首を振った。
「まあ、よろしいでしょう。私が知っている事であればお話しします」
「ああ、ありがとうございます、シャウさん」
「なんの。ロンド公の影響は非常に大きいですからな。誰につくかというのは、私も興味があります」
シャウ司空は、新たにお茶を注ぐ。
そして、話し始めた。
「まず、第四皇子、ビン親王殿下ですが……」
「ああ、第四皇子様は必要ありません」
「でしょうな」
涼がにこやかな笑顔のまま告げ、シャウ司空も笑みを浮かべたまま受け入れる。
二人とも、聞く必要もない人物だと認識しているらしい……。
アベルは小さく首を振った。
「まず、第四皇子ビン親王以外のお二人は、皇太子殿下が亡くなられた五年前の時点で、すでに親王に封じられていました」
「そうだったのですか」
涼は、なんとなく皇太子が亡くなった後で、三人が親王に封じられたと思っていたのだが、違ったようだ。
「第四皇子ビン様が親王に進まれたのは二年前。その時点で、確かに先のお二方とは差がありました。それが、ビン親王が焦っておられる理由の一つかもしれません」
「なるほど」
それはあるだろうと涼も思う。
「それで、第三皇子チューレイ親王についてですが。歳は二十四歳、まっすぐな性格で、皇宮では珍しく剣に秀でた、武に寄った方です」
「ほぉ~」
シャウ司空の説明に、涼とアベル二人とも驚く。
ダーウェイは武より芸に重きが置かれていると聞いていたからだ。
現皇帝も、そのきらいがあると。
「ただそれだけに、現在の皇宮においては支持が厚いとは言えません」
武に携わる者たちは、皇宮において主流ではないからだろう。
「ご本人も、武人的な気難しさと言いますか……まっすぐ過ぎと言いますか……」
「ああ、なんとなく想像がつきます」
シャウ司空が苦笑しながら説明し、涼もなんとなく想像できるために頷いた。
悪い人ではないのだろう。
二度もシャウ司空の説明に出てきた『まっすぐ』という言葉が、よく表している。
人としては尊敬できる部類。
傍から見ている分には、素晴らしい人物と言うべきなのかもしれない。
だが、そんな人物が上司となった時……組織が大きければ大きいほど、驚くほど多くの場所にひずみがうまれる。
そして、ギスギスしてくる。
周りや直属の部下たちが疲弊してくる。
人間の組織というのは、本当に不思議なものだ。
人として間違ってはいない。
間違っているのは組織の方……なのだろう。
だが……。
そこで、口を挟んだ人物がいた。
「ちょっと質問があるのだが……」
アベルだ。
「先の……亡くなられた皇太子も、武の人だったと以前聞いたのだが……今の第三皇子とは、違ったのか?」
「ええ、違いました」
アベルの問いに、シャウ司空は大きく頷いた。
そして、言葉を続ける。
「先の皇太子殿下は、確かに武の、尚武の気風でした。ですが、それは芸よりも武ということで、ご本人は決してまっすぐ過ぎたり、気難しかったりと言うわけではなく……。むしろおおらかな性格をしておいででした」
「ほっほぉ」
「民ともよく交わり、若い時から、市中を出歩いておられました。私も、その場におられた殿下に、悪漢の取り押さえを手伝っていただいた事もありました」
シャウ司空は、懐かしい目になって言った。
その場面を、思い出しているのだろう。
「チューレイ殿下は……申し訳ありませんが、先の皇太子殿下とは器の大きさが……」
さすがに言い過ぎと思ったのだろう。
言葉はそこで途切れ、苦笑いしながらお茶を啜った。
「そうなると、やはり一番気になる第二皇子ですね」
涼が大きく頷いて言う。
「ほほぉ、ロンド公は、第二皇子コウリ親王が気になりますか」
「はい。一度も声を聞いておりませんので、判断がつきません」
「声? 声を聞けば判断がつく?」
「顔を見て、声を聞いて、十秒もお話しすればだいたいは」
涼はそう言うと、にっこり笑った。
もちろん、その人の全てが分かるわけではない。
だが少なくとも、信用していい人か、距離をとるべき人か、自分に合う人かどうかくらいは分かる。
そもそも、賢い人かどうかなどは顔を見ただけで分かるわけだから、これだけ分かれば、自分にとっては十分な情報は揃うと言える。
もちろん、それらがなぜ分かるのかは、論理的に説明はできない。
なんとなく、分かるから分かる。ただそれだけなのだ。
「声は何とも言えませんが……そうですな、今年二十九歳の第二皇子コウリ親王は、文武両道に優れ、政治能力にも長け、先を読む能力にも秀でた方と言えるでしょう」
「ほほぉ。凄いですね」
第三皇子チューレイ親王との評価の差に驚く涼。
これは……。
「完璧じゃないですか」
「そう、完璧に近いと言っていいでしょうな」
涼の言葉に、苦笑しながら答えるシャウ司空。
「でも、シャウさんは、第二皇子の事が好きではないのですね」
「いやいや、そんなことはないですよ」
涼が笑いながら確認し、シャウ司空が笑いながら否定する。
それが、表向きの否定である事は涼とアベルも理解した。
シャウ司空は、第二皇子が好きではない。
その理由は、答えてくれなさそうだ……。
「私が言ったことに嘘はありません。ですが……いえ、それなのにと言うべきでしょうか。それなのに、五年経った今でも、皇帝陛下はコウリ親王を皇太子には立てておりません」
「言われてみれば、確かに」
シャウ司空の説明に、涼は頷く。
文武両道に優れ、政治能力、先読みなども優れているのに……。
年齢も二十九歳であれば、皇太子になるのに早すぎるということもない。
むしろ遅いくらいかもしれない。
「ロンド公、私が話せるのはここまでです」
シャウ司空はそう言うと、話を打ち切るのであった。




