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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0583 情報収集 皇子編

涼とアベルは屋敷を出た。

リュン皇子のライバルたる、三人の親王について情報を集めるためだ。


「情報収集の定番は、酒場での聞き込みです!」

「まだ昼だぞ……」


そう、時間はちょうどお昼時。

酒場の多くは開いていないし、開いていても人は少ないだろう。

食事処なら人は集まっているだろうが、ご飯を食べるために来ている人たちから情報収集は難しい。


「それに、親王の情報なんて、一般人に聞いたって正確なところは分からんだろ」

「言われてみれば確かに」

アベルのもっともな指摘に、素直に頷く涼。


「じゃあ、親王を直接知っている人に聞かないといけませんね。三人とも知っているのは皇帝陛下でしょうけど……」

「さすがに忙しいだろうし、聞きにいったら変な目で見られるだろ? それに、三親王が一番悪い面を隠したい相手が皇帝だろうから……」

「ダメですね」

涼は小さく首を振る。


正確な情報を集めるというのは、いろいろと難しいのだ。



「そうなると、一緒に仕事をした事があるとか、なんらかの事でかかわったことがある人たちですね」

「しかも、リョウの知り合いじゃないといかんだろ?」

「いますかね、そんな人……」

涼は考え込む。


なかなか思いつかない。


「そもそも、この帝都にそんなに知り合いがいません」

「知り合いを挙げていった方が早いんじゃないか?」

涼のため息に満ちた報告に、アベルが別のアプローチを提案した。


「まずは、工房統領のロンさんですね」

「最近は一番関わっているしな。知っていることがあれば教えてくれるだろうが、基本的に皇宮の暢音閣(ちょうおんかく)にずっといるだろ?」

「ですよね。教えてはくれるでしょうけど、親王さんたちの情報をあまり持っていなさそうです」

第一候補脱落。



「次は……マタン伯、フォン・ドボーさんでしょうか」

「シタイフ層だしな。ただ、バシュー伯のロシュ・テンもだったが、珍しくどの派閥(はばつ)にも入っていないんだろう? それって、そういう派閥争い関係に関わりたくないってことだろ?」


マタン伯フォン・ドボーは、涼とアベルが護衛依頼を引き受けたことがある。

リュン皇子とシオ・フェン公主の婚礼前のゴタゴタに巻き込まれ、悪い人に操られた挙句、刃傷沙汰(にんじょうざた)を起こし取り調べまで受ける羽目になった。

確かに関わりたくないだろう。


バシュー伯ロシュ・テンは、操られたフォン・ドボーに斬りつけられた……。

彼も、リュン皇子の周りで起きた派閥関連の争いでダメージを負った一人だ。

あまり関わりたくないだろう。


第二、第三候補脱落。



「他……誰かいましたっけ?」

「いや、まだいるだろう? ほら、白焔(はくえん)軍の隊長とかどうだ?」

「ああ! リーチュウ隊長! 皇帝直属らしいですけど、皇宮内で動く場合もありますもんね。まずはリーチュウ隊長にしましょう。手土産はお菓子ですね」

「……リョウはそういうところ、マメだな」

「時間を割いて話を聞こうというのですから、お菓子くらいは」


第四候補確保。



二人はお菓子屋さんに寄って焼き菓子150個を買って、兵部にある白焔軍詰所に向かった。

何事もなく到着したのだが……。

「リーチュウ隊長がいない?」

「はい、ロンド公爵閣下。隊長は本日、皇宮に上がっておいでです」


第四候補脱落。



「万策尽きました」

「大げさだろう」

150個のお菓子を詰所の人に預け、大きなため息をついて兵部を出る涼とアベル。


「でも、一番いけそうだったリーチュウ隊長が捕まえられないのは痛いですよ」

「他にもいるだろう」

「え? いますか?」

アベルの軽い調子の言葉に、驚く涼。


「リーチュウ隊長と仲が良くて、いろいろ経験を積んでそうなご老体が」

「はて……」

アベルの言葉に首をかしげる涼。


だが、しばらく考えて閃いた。


御史台(ぎょしだい)司空(しくう)、シャウさん!」

「正解だ」

そう、リーチュウ隊長はシャウ司空と仲が良い。

それで、アベルはシャウ司空を思い出した。



御史台は、皇宮に隣接している。

だが、入口は大通りに面しており、門は常に開いている。

守衛のような人物もいない。


そして、とても存在感のある巨大な太鼓(たいこ)が置いてある。


「何度見ても威圧感のある入口です」

「そうだな」

涼の素直な感想に、同意して頷くアベル。


この太鼓は、訴えることがある場合に、訴える人が自ら叩くらしい。

なので、シャウ司空に会うためにやってきた二人は、この太鼓を叩いてはいけない。


以前訪れた際に、そう言われた。


「つまり、僕がアベルを訴える際には叩くのですね」

「俺も叩いて、訴え返すわけだな」

涼とアベルの訴訟合戦……。


だが御史台は、いわゆる罪を問う、刑事事件を扱う場所だ。

二人のような、多分、民事訴訟の場合は実はここではない……。



当然のように、酒屋さんで手土産のお酒を買った涼が、太鼓を叩かずに入っていって呼びかけた。

「すいませ~ん」


すると、奥から無言のまま二人の男性が出てきた。

とてもガタイが良く、ちょっと怖そうな感じだ。


だが、出てきて誰が声を出したか分かった瞬間に、文字通り飛び上がった。

「ロンド公爵閣下!」


「あ、すいません。司空のシャウさんにお会いしたいのですが、取り次いでいただけますか?」

「は、はい、少々お待ちください!」

そう言うと、一人が走るようにして奥に戻っていく。


残された一人の表情は、俺を置いていくな……そう語っていた。

少なくともアベルの目にはそう見えた。



しばらくして、二人はシャウ司空の前に通された。


「ロンド公爵閣下、よくおいでくださいました」

「シャウさん、お忙しいところ申し訳ありません」

笑顔で二人を迎えるシャウ司空、頭を下げる涼とアベル。



いくつかの挨拶的会話を交わした後、シャウ司空が問うた。


「それで、本日いらした目的はなんでしょうか?」

「はい……。実は、三人の親王の皆様の事をお聞きしたいと思いまして」

「ほぉ……」

涼が素直に問うと、シャウ司空は少し目を見開いて驚いてみせた。


そしてゆっくりとお茶を一口啜る。

同時に、涼もお茶を啜る。



「それは……ロンド公は、リュン皇子の側につくということでしょうか?」

シャウ司空は、全てを突っ切って、いきなり核心を突いた。


リュン皇子が親王に進むことにも触れず、リュン皇子と涼との関係にも触れず……他の何にも触れずに、いきなり。


だが、涼はうろたえない。

その質問は、想定の範囲内だから。


「親王の方々がどのような方なのかを知らない限り、何も動けないもので」

そう言って、涼はもう一口お茶を啜る。


巧妙に、事実を隠し、述べない。

シャウ司空の頭の中で想像するのに任せる答え。


それでいて、嘘はついていない。


「ふふふ……」

それら全てを理解したうえで、シャウ司空は笑う。


涼も無言のまま、うっすら微笑みを浮かべてお茶を啜る。



交渉は、無言の時間にこそ、その精髄(せいずい)がある。



無言の間に、お互いの頭の中で思考が走り回るのだ。


涼もシャウ司空も、その事を理解している。



もっとも、当事者二人はこの間にもいろいろ考えているので、この場の空気にあてられたりはしない。

するのは、当事者ではない傍観者(ぼうかんしゃ)


(この圧迫される空気は嫌だ……)

口には出さないし、表情にも表さないが、アベルは心の中で顔をしかめている。


アベルも、国王になっての三年間はもちろん、その前の冒険者時代、その更に前の第二王子時代にも、交渉の場は経験している。

その中には、厄介と言ってもいい交渉もあった。


だが、今回はそうではない。

当事者ではないのだ。


交渉する双方を見守るしかできない立場。


見守るしかできない立場というのが、本当に精神的に削られていくというのはアベルも知っていたが……。

(正直、こういうのは経験したくないな)

心の中で何度も首を振った。



「まあ、よろしいでしょう。私が知っている事であればお話しします」

「ああ、ありがとうございます、シャウさん」

「なんの。ロンド公の影響は非常に大きいですからな。誰につくかというのは、私も興味があります」


シャウ司空は、新たにお茶を注ぐ。


そして、話し始めた。


「まず、第四皇子、ビン親王殿下ですが……」

「ああ、第四皇子様は必要ありません」

「でしょうな」

涼がにこやかな笑顔のまま告げ、シャウ司空も笑みを浮かべたまま受け入れる。


二人とも、聞く必要もない人物だと認識しているらしい……。


アベルは小さく首を振った。



「まず、第四皇子ビン親王以外のお二人は、皇太子殿下が亡くなられた五年前の時点で、すでに親王に封じられていました」

「そうだったのですか」

涼は、なんとなく皇太子が亡くなった後で、三人が親王に封じられたと思っていたのだが、違ったようだ。


「第四皇子ビン様が親王に進まれたのは二年前。その時点で、確かに先のお二方とは差がありました。それが、ビン親王が焦っておられる理由の一つかもしれません」

「なるほど」


それはあるだろうと涼も思う。



「それで、第三皇子チューレイ親王についてですが。歳は二十四歳、まっすぐな性格で、皇宮では珍しく剣に秀でた、武に寄った方です」

「ほぉ~」

シャウ司空の説明に、涼とアベル二人とも驚く。


ダーウェイは武より芸に重きが置かれていると聞いていたからだ。

現皇帝も、そのきらいがあると。


「ただそれだけに、現在の皇宮においては支持が厚いとは言えません」

武に携わる者たちは、皇宮において主流ではないからだろう。


「ご本人も、武人的な気難しさと言いますか……まっすぐ過ぎと言いますか……」

「ああ、なんとなく想像がつきます」

シャウ司空が苦笑しながら説明し、涼もなんとなく想像できるために頷いた。


悪い人ではないのだろう。

二度もシャウ司空の説明に出てきた『まっすぐ』という言葉が、よく表している。


人としては尊敬できる部類。

傍から見ている分には、素晴らしい人物と言うべきなのかもしれない。


だが、そんな人物が上司となった時……組織が大きければ大きいほど、驚くほど多くの場所にひずみがうまれる。

そして、ギスギスしてくる。

周りや直属の部下たちが疲弊(ひへい)してくる。


人間の組織というのは、本当に不思議なものだ。



人として間違ってはいない。

間違っているのは組織の方……なのだろう。


だが……。



そこで、口を挟んだ人物がいた。

「ちょっと質問があるのだが……」

アベルだ。


「先の……亡くなられた皇太子も、武の人だったと以前聞いたのだが……今の第三皇子とは、違ったのか?」

「ええ、違いました」

アベルの問いに、シャウ司空は大きく頷いた。


そして、言葉を続ける。

「先の皇太子殿下は、確かに武の、尚武(しょうぶ)の気風でした。ですが、それは芸よりも武ということで、ご本人は決してまっすぐ過ぎたり、気難しかったりと言うわけではなく……。むしろおおらかな性格をしておいででした」

「ほっほぉ」

「民ともよく交わり、若い時から、市中を出歩いておられました。私も、その場におられた殿下に、悪漢の取り押さえを手伝っていただいた事もありました」


シャウ司空は、懐かしい目になって言った。

その場面を、思い出しているのだろう。


「チューレイ殿下は……申し訳ありませんが、先の皇太子殿下とは器の大きさが……」

さすがに言い過ぎと思ったのだろう。

言葉はそこで途切れ、苦笑いしながらお茶を啜った。



「そうなると、やはり一番気になる第二皇子ですね」

涼が大きく頷いて言う。


「ほほぉ、ロンド公は、第二皇子コウリ親王が気になりますか」

「はい。一度も声を聞いておりませんので、判断がつきません」

「声? 声を聞けば判断がつく?」

「顔を見て、声を聞いて、十秒もお話しすればだいたいは」

涼はそう言うと、にっこり笑った。


もちろん、その人の全てが分かるわけではない。

だが少なくとも、信用していい人か、距離をとるべき人か、自分に合う人かどうかくらいは分かる。

そもそも、賢い人かどうかなどは顔を見ただけで分かるわけだから、これだけ分かれば、自分にとっては十分な情報は揃うと言える。


もちろん、それらがなぜ分かるのかは、論理的に説明はできない。

なんとなく、分かるから分かる。ただそれだけなのだ。



「声は何とも言えませんが……そうですな、今年二十九歳の第二皇子コウリ親王は、文武両道に優れ、政治能力にも長け、先を読む能力にも秀でた方と言えるでしょう」

「ほほぉ。凄いですね」

第三皇子チューレイ親王との評価の差に驚く涼。


これは……。


「完璧じゃないですか」

「そう、完璧に近いと言っていいでしょうな」

涼の言葉に、苦笑しながら答えるシャウ司空。


「でも、シャウさんは、第二皇子の事が好きではないのですね」

「いやいや、そんなことはないですよ」

涼が笑いながら確認し、シャウ司空が笑いながら否定する。


それが、表向きの否定である事は涼とアベルも理解した。


シャウ司空は、第二皇子が好きではない。

その理由は、答えてくれなさそうだ……。



「私が言ったことに嘘はありません。ですが……いえ、それなのにと言うべきでしょうか。それなのに、五年経った今でも、皇帝陛下はコウリ親王を皇太子には立てておりません」

「言われてみれば、確かに」

シャウ司空の説明に、涼は頷く。


文武両道に優れ、政治能力、先読みなども優れているのに……。

年齢も二十九歳であれば、皇太子になるのに早すぎるということもない。

むしろ遅いくらいかもしれない。


「ロンド公、私が話せるのはここまでです」

シャウ司空はそう言うと、話を打ち切るのであった。

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