表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
623/930

0581 冒険者に迫る悪意

その日の夜。

皇宮外にある第四皇子ビン親王のビン王府。


「何者か!」

部屋の隅に気配を感じ、誰何(すいか)するビン親王。


「お久しぶりです」

聞こえてきたのは女性の声。


「お前か……」

ビン親王にとっては聞き覚えのある声。

正確に何者なのかは知らない。

顔も見たことがない。

なぜなら、常に仮面をかぶっているから……。



その日、陰から現れた女性も、黒いローブに黒い仮面をかぶっていた。

ローブは、ダーウェイやその周辺国家では珍しい衣装だ。

その事からも、以前会った人物であることをビン親王は確信していた。


確か前回会ったのは、リュン皇子とシオ・フェン公主の披露宴(ひろうえん)の翌日。



そう、披露宴に騒動が起き、そこでリュン皇子は巻き込まれて死ぬはずだったのに、死ななかった。

いくつかの手引きを行ったのはビン親王の片腕とも言われるリンスイ。

騒動は起き、リュン皇子を襲撃した者たちはいたのだが……失敗。


「まさかお前たちが、チョオウチ帝国とかいう連中だったとはな」

「正確には違いますが……まあ、あまり詳しく話しても意味はありますまい」

「ふん」

黒仮面の言葉を、面白くなさそうにあしらうビン親王。


だが、黒仮面の次の言葉が与えた影響は激烈であった。


「第六皇子リュンが、親王に封じられることが決まりました」

「なんだと!」


文字通り、ビン親王は飛び上がる。

恐れていたことが現実となったのだ。


「だから言ったのだ! リュンは危険だと! それなのに、兄上たちは聞く耳を持たず……」

驚きから、怒りの表情になってビン親王は言葉を吐く。


「いや、もしや全てを理解したうえで……私とリュンを争わせての相討ちを考えている? あり得る。いずれも、次期皇帝位を狙う相手……自分以外が沈めばそれは嬉しいだろうさ!」


怒りのままに独白(どくはく)するビン親王。

それを、無言のまま見つめる黒仮面。


黒い仮面は、もちろん表情を変えない。

だが、その下の素顔を見ることができたら……禍々しい笑みが浮かんでいたであろう。



「このままではマズい。どうにかせねば」

ビン親王の思考は、リュン皇子への対処へと進んでいる。


「おい、黒仮面」

「はい、何でしょうか殿下」

「リュンを排除する依頼、再び受けろ」


ビン親王は、命令口調だ。

自分よりも下だと認識しているから。


だが……。


「申し訳ございません。ただいま手許に、それだけの戦力がございません」

「なんだと!」

いっそ涼やかに拒否する黒仮面。

それに激高するビン親王。


ビン親王は、完全に下に見ているが、それは親王の勝手。

黒仮面からすれば笑える話でしかない。

前回の襲撃も、自分たちに利があるから受けてやっただけ。

今は受けても利が無いから、受けるつもりはない。


「くそ、役に立たん!」

ビン親王が吐き捨てる。


それを聞いても黒仮面は怒ったりしない。

むしろ仮面の下で、声を立てずに笑っている。


その笑いは……この程度が後継者の一人か、たいしたことはないな……そんな意味合いを持っていた。



このままでも、皇子同士で争いそうだが、さらに(あお)りたいと黒仮面は思った。

そのために提案する。


「殿下、帝都にはいくらでも使い捨てにできる戦力がございましょう?」

「何? 私の軍……ビン王府軍は使えんぞ。王府軍がリュンを襲撃すれば、さすがに親王位から追われる」

ビン親王が答える。


黒仮面は、仮面の下で(あざけ)りの表情を浮かべた。

(こいつは、この親王は、自分の軍を使い捨て戦力だと認識しているのか? 愚かだとは思っていたが、まさかそこまで愚かとは)


「殿下、私が言っているのは冒険者のことです」

「冒険者? ああ……なるほど」

黒仮面の想定以上に反応が鈍い。

冒険者の存在自体が、ビン親王の思考の中にこれまでなかったというのが見て取れる。


「第二皇子様、第三皇子様は、冒険者をうまく使っておいでです」

「そうであったか……。よし、冒険者か」


ビン親王は一つ頷くと、声をあげた。


「リンスイ! リンスイはおらぬか!」

呼んだのは、片腕とも頼る臣下。


呼ばれたリンスイが部屋に来た時には、すでに黒仮面は消えていた。



『龍泉邸』で。

「タオラン、ただいま戻りました」

「ご苦労」

ベルケ皇太子の前で片膝をついて報告するのは、黒いローブの女。

手には、黒い仮面を持っている。


その顔は……ベルケ特使と共に参内した一人。


「首尾は?」

「はい。()きつけることに成功いたしました」

「そうか」

タオランの報告に、笑みを浮かべて頷くベルケ。


「冒険者というのは、国を守る戦力としては無視できないものだ。自国が脅かされれば、シタイフ層や皇族を嫌っていようとも、国を守るためにその力を貸す。今のうちに削げるだけ削いでおくに限る」

その呟きは、目の前で礼をとるタオランの耳にだけ聞こえた。




「ケータリングはないんですかね?」

「けーた……何?」

涼が意味不明な言葉を吐き、アベルが首をかしげる。

いつもの光景だ。


「家でダラダラしているところに、お食事処がご飯を届けてくれるサービスです。わざわざ食べに出る必要なく、自分で料理する必要もない素晴らしいサービスです」

「それは、多めに金を出せばどこでもしてくれるんじゃないか?」

「え?」

「そもそも金さえ出せば、家に来て作ってくれるだろう?」

「お金持ちの道楽(どうらく)の話をしているのではありません!」


アベルは当然の顔をして答え、涼は庶民が受けられるサービスとしての話だと憤慨(ふんがい)する。


それはまあ現代日本においても、パーティーのために数百万円のお金を出して一流シェフを家に招き、ディナーを作ってもらう事などはあった。

だが、そういう話ではないのだ!

一般の人が、普段使いとしての……まあ、確かに少し割高かもしれないが……そんなサービスの話だ。


「素直に食いに行きゃあよくないか? そもそも運んでもらったら、冷めるだろう? 味も風味も変わるだろう? 作ってもらったのをその場で食べるのが一番美味いぞ」

「いや、そうなんですけど、そういう話じゃないのです! いろいろ忙しい人にとっては、外に食べに行く時間すらないのです。アベルだってそうだったでしょう?」

「俺? そうか?」

「王様をしていた時とか、部屋にご飯を運んできてもらってたでしょう? それがケータリングなのです!」

「なるほど……そういうやつか……」

アベルはようやく得心がいき、うなずいている。


「だが、出来立てを食べる方が俺は好きだった……」

「まあ、それは否定しません……」


世界には、忙しい人たちがいっぱいいるのだ。



そんな会話をしながら、二人は屋敷でお弁当を食べている。

このお弁当は、お隣さんであるリュン皇子とシオ・フェン公主のお宅から届けられたものである。

本当は、リュン皇子もやってきて一緒に食べる予定だったのだが……急に皇宮から呼び出しが入ったとかで、二人のお弁当だけ届けられたのだった。


「リュン皇子がうちにきて話をする予定だったのですけど、その内容って、やっぱりあれについてですよね?」

「まあ、このタイミングで普通に考えれば、自分の親王位に関することだろうな」

涼の問いに、アベルも頷いて答える。


タイミングとしては、それ以外には考えられない。


「依頼とかされたらどうします?」

「依頼?」

「他の親王三人の暗殺依頼です」

「なんでだよ……」

涼が悪そうな顔をして、悪そうな内容を言い……いや、悪そうではなく明確に悪いことだろうか。

アベルは呆れて首を振る。


「リョウはそもそも、皇帝の賓客みたいなもんだろ。そんな人物に暗殺依頼とかするわけないだろうが」

「でもほら、僕ら冒険者でもありますし。マタン伯のフォン・ドボーさんの護衛依頼とか、冒険者として受けましたから……。シタイフ層からの依頼実績もあるわけですよ」

「いや、そうだが……。それでも、ロンド公としての身分を知っていれば、冒険者依頼は無理だろう? 百歩譲ってそれをしたとしても、暗殺依頼は無い」

「ですかね。暗殺公爵とか、すごくないです? そんな物語とかありそうですよね」


なぜか涼は(えつ)に入っている。

公爵暗殺はよくありますけど、言葉をひっくり返しただけでこんなにカッコよくなるなんてとか、暗殺公とかなら歴史上にいそうですねとか言っている……。


アベルは小さくため息をつき、重々しく言った。


「暗殺では国はもたんぞ」

「う……なんという正論」



今日、そもそも二人が外出もせずに家に留まっているのは、リュン皇子の件だけではない。

午後に、皇宮から物が届くからだ。


例の、ユン将軍捕獲の件に関して、皇帝ツーインから褒賞として下賜(かし)される物が。

それを受け取るために、家にいる……そんな側面もある。

だが、何が届くのかは知らされていない。


「二人とも、既に素敵な東服をいただいているんですけどね」

鎮圧から戻った翌日、涼にもアベルにもカッコいい東服が下賜されている。


「あれだけではとても足りないということだったな」

「はい。気になりますね」

食べている間は忘れていたのだろうが、思い出してソワソワし始める涼。



そしてしばらくすると……。



「来ました!」

声がかけられるよりも早く、<パッシブソナー>で感知した涼が、門に向かって走る。

「無駄に早い」

アベルは苦笑してから、歩いて門に向かった。


アベルの到着と同時に、勅使(ちょくし)も到着した。

その勅使は、名前は知らないが、二人の見覚えのある人物。

「え~っと、尚宝監(しょうほうかん)太監(たいかん)さん?」

「はい、ロンド公」


そう、暢音閣(ちょうおんかく)などを管轄する尚宝監の太監さんである。

最初に会った時、工房統領ロンを怒鳴っていた人……。


その太監を先頭に、かなり巨大な荷物を積んだ、かなり巨大な荷車が門をくぐって屋敷の中に入っていく。

そして、その荷車の傍らにも二人の見覚えのある人物が。

その人物の名前は知っている。


「ロンさん?」

「はい、ロンド公、アルバートさん」

そう、工房統領ロンその人。


「え……まさか、下賜されるものって……」



屋敷内の庭で、皇帝ツーインからの宣旨(せんじ)が読み上げられた。

「グランドピアノ『シェン-ロン』一番台を下賜する」

「やっぱり、ピアノ……」

驚く涼。


太監は宣旨を読み上げると、涼に渡した。

涼は驚きながらも、きちんと受け取る。

小さい頃、学校で習ったように、賞状を受け取る要領で……。


だが、受け取ると、我に返った。


「グランドピアノ『シェン-ロン』?」

「はい。銘入れを行いました。『シェン-ロン』と」

「いいですね!」


銘……それはいわばブランド名。

制作者の名前が入れられることが多いが、名前を少し変えてあったり、号してであったり……。

他者が作ったものと区別できればそれでいい。


『シェン-ロン』……そういえば、工房統領ロンのフルネームは、ロン・シェンだ。

地球においても、『神龍』を『シェンロン』と発音する国があった……。



「あ、でも、そんな素晴らしいものの一番台を、この屋敷に置いちゃっていいんですか?」

「はい。私の希望ですし、皇帝陛下も許可してくださいました」

「その……いずれ僕たちは国に戻るのですが……」

「置いていかれても大丈夫です。もちろん、持っていかれても構いませんが」


涼の懸念に、ロンが笑顔で答える。


「だそうです、アベル。運ぶことになったらよろしくお願いします」

「いや、無理だろ?」


ピアノは置いていかれることになりそうだ。

だが、それまで涼はピアノを弾き放題ということである。


「ああ、何て素晴らしい……。ロンさん、太監さん、ありがとうございます。皇帝陛下にも、僕がとても喜んでいたとお伝えください」

涼は笑顔で頭を下げたのであった。



その日から、ロンド公の屋敷では、ピアノの音が聞こえない日はなかったとか……。

やりました!


秋葉原の「書泉ブックタワー」における、先週のラノベ売上ベスト1位です!

(以下引用)


【先週の売上ベスト】は 

1位『水属性の魔法使い 第1部中央諸国編5』

2位『転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す7』

3位『本好きの下剋上 第5部 女神の化身9』

4位『オーバーロード 16 半森妖精の神人 下』

5位『新・魔法科高校の劣等生 キグナスの乙女たち 4』


https://twitter.com/shosen_bt/status/1561592158976483328


そうそうたる作品群……瞬間風速で頑張りました、うちの子!

これも読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ