0060-2
0060が長かったために、2つに分けました。
ゴールデンウィークなので、追加投稿です。
ギルド食堂の朝食を食べ損ねた涼は、朝食を食べられる店を探して、通りを歩いていた。
ダンジョンが開放されていた頃であれば、街中央にあるダンジョン入り口に向かう通りは、数多くの屋台が軒を連ねていたのだが、大海嘯後封鎖されて以降は、数えるほどしか出ていない。
これはダンジョン周辺の冒険者が減って、売り上げが減るからというのもあるが、それ以上にダンジョン産の魔物肉の供給が減ってしまったからという理由の方が大きい。
ダンジョンの四、五層はゴブリンのために肉は使えないが、十層までの他の階層からは、なかなか美味な肉が獲れていたからだ。
そしてダンジョンが封鎖された現在、ごくわずかに出店している露店も、さすがにこの時間では準備すらできていなかった。
そのため、涼が探していたのは通り沿いの料理屋だったのであるが……それらも未だに開いていない。
「これは……もしや朝食抜き……?」
朝食は大切である。
一日の活力は朝食から、である。
食べなきゃやっていられない!
そう思いながら、開いてる店を探しているうちに、黄金の波亭の前に着いた。
ここは、アベル帰還感謝祭が開かれ、涼が飲み潰れた場所。
味は保証付き。
そして、アベル達、赤き剣の定宿でもあった。
黄金の波は、入り口から入ると、まず正面に宿のカウンターがある。そして右手に、食堂がついた形になっている。
「うそ……赤き剣がもういない?」
「はい、先ほど……三十分くらい前だったでしょうか、パーティーで出て行かれました。宿を引き払ったわけではないので、遠くへの依頼などではないと思いますが……」
宿のカウンターでは、宿の女将と客らしい人物が話していた。
客は、背はリンと同じ程度で低く、リンと同じような黒い魔法使いのローブを羽織り、リンと同じような大きな杖を持っていた。
声を聞く限り、まだ成人前の女の子の様だ。
だがその女の子は、赤き剣がいないということを聞き、目に見えて落ち込んでいた。
「もしかしたら、冒険者ギルドとかに行けば会える可能性が……?」
「そうですね、可能性はあるかもしれませんね」
そういうと、女将は入ってきた涼に気付いた。
「あら、リョウさん、いらっしゃいませ」
その声を聞いて、女の子は後ろをぐりんと振り返って、涼を見た。
そして涼の元に走って来て、腕をつかんで言った。
「お兄さん!」
「お兄さん?!」
女の子の呼びかけを聞いて、女将さんが素っ頓狂な声を上げる。
「いや、違いますから」
どこかで生き別れた兄妹だと思われたのかもしれないが、もちろん涼は一面識もない女の子である。
「お兄さん、冒険者ですよね。私、冒険者ギルドに今すぐ行かないといけないのです。連れて行ってください」
「え……」
涼は、はたして朝食にありつけるのだろうか……。
もちろん、女の子のお願いを無視して、黄金の波亭の美味しい朝食を食べてもいいのだが、基本的に涼はお人好しである。
そのため、魔法使いの女の子を連れて、さっき歩いてきた大通りを、今度は逆方向に歩いていた。
「さっきも言った通り、この通りを南に行けばギルドはあるんだけど……」
「はい、でも、もし見逃してしまったら大変なことになります。私、この街に来たばかりで、本当に右も左もわからないものですから」
魔法使いの女の子の名前はナタリー。
学術調査団の中の、宮廷魔法団付きとして、昨晩王都からやってきたばかりだと言う。
宮廷魔法団は、黄金の波亭などその周辺数軒に分散して宿泊しているが、ナタリーは黄金の波亭に泊まっていたそうだ。
「私の魔法の先生の先生、つまり大先生な方から、赤き剣のアベルさんに直接手渡すようにと手紙を預かってきたのです。そのために冒険者ギルドに……」
「なるほど、いろいろ大変ですねぇ」
そんな話をしているうちに、二人は冒険者ギルドに到着した。
そのタイミングは絶妙だったと言えよう。
到着したその時、ギルドからアベル達、赤き剣の面々が出てきたのだから。
「アベル、ちょうどいいところに」
「リョウ、どうした」
「こちらのお嬢さんが、アベルに渡したいものがあるそうです。大丈夫、ファンレターではありませんよ」
「ファンレターってのが何かわからないが、もの凄く馬鹿にされている感じを受けるのは気のせいだろうか」
アベルはそういうと、ナタリーの方を見た。
「あ、あの、これ、王都のイラリオン先生からです」
そういうと、ナタリーはアベルに封蠟された一通の手紙を渡した。
イラリオンからと聞いて、アベルだけでなく風属性魔法使いのリンも驚いていた。
「ここで読んでいった方が良いだろうな。ちょっと食堂で、座って読もう。リョウと君も……えっと」
「ナタリーです」
ナタリーという名前を聞いて、リンがさらに驚いていたが、それに気づいた者は誰もいなかった。
「そう、ナタリーも一緒に。もしかしたら、返信を渡すことになるかもしれないからな」
そういうと、赤き剣とリョウ、ナタリーの六人は、ギルド食堂に入った。
だが、現在、食堂には食べるものは何もないのであるが……。
アベルは、イラリオンからの手紙を一読すると、頭をかいて、手紙をリーヒャに渡した。
その間に、リンがナタリーに質問していた。
「ナタリーって、ナタリー・シュワルツコフ?」
「はい、そうですが……」
「シュワルツコフと言えば、水属性魔法の大家よね……」
そこまで言って、リンは少し考えこんだ。
(水属性の魔法使い……僕以外の水属性の人に会ったのは初めてかも……)
涼が、内心ちょっとだけワクワクしたのは秘密である。
「私自身の魔法の腕は、まだ全然でして……毎日研鑽に励んでおります」
そう言って、ナタリーは顔を伏せた。
イラリオンからの手紙は、リーヒャからウォーレン、そしてリンに渡っていた。
「そう……」
リンの短い言葉が、ナタリーに対してのものだったのか、それとも手紙に対してのものだったのか……リョウには判然としなかった。
「要するに、宮廷魔法団がダンジョンに潜るのをサポートして欲しいということだな」
「ダンジョン? 封鎖されているのに?」
涼が当然の疑問を口にする。
「ああ。そこは、調査団のお偉いさんたちが交渉するらしいぞ。ギルマスも、最終的には許可せざるを得んだろう。調査団は、国が送り込んできたものだからな。そうなると、調査団は当然、ダンジョンに慣れた冒険者たちを雇うことになる……だから先に個人的なコネクションで唾つけとこう、というのが今の手紙だ」
そういうと、アベルは今まで以上に困った表情になった。
「アベルがそんな表情になるってことは、大海嘯後のダンジョンは相当に厄介ってことですか?」
「半分正解だ。そもそも、大海嘯後はダンジョンに潜ること自体が禁止される。その慣例は、数十年前に、当時のA級パーティーが、大海嘯後のダンジョンから戻ってこなかったことに由来する。しかもただのA級じゃない……リーダーはS級にすら届くと言われた人外の剣士。それすらも戻らなかったことからできた慣例なんだ」
「厄介じゃないですか……どうして半分正解?」
「A級が戻ってこれなかった事も含めて、未だに、大海嘯後のダンジョンで何が起きているのかは誰も知らない。何が起きているか分からないところに行くのが嫌、ってのが理由の半分さ」
そういうと、アベルは肩をすくめた。
(うん、これは近付かないのが吉ですね)
涼は、しばらくはダンジョンに近付かないことを固く心に誓ったのであった。




