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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0577 取り調べ

翌日。

涼の屋敷は、普段の数十倍の人口密度となっていた。


いつもは涼とアベル二人だけなのだが、この日は朝から御史台(ぎょしだい)の人間がやってきた。

屋敷の主ロンド公が、皇帝陛下の覚えめでたい人物である事は皇宮内ではよく知られている。

工房統領ロン・シェンのような例外でもない限り、普通は知っているのだ……。


しかし、御史台の中には涼の事を個人的に知っている人物もいる。


「ああ、シャウさん、ご無沙汰(ぶさた)しています」

「ロンド公爵、この度はご協力感謝いたしますぞ」


以前お世話になった、御史台ナンバー2シャウ司空(しくう)が、聴取の責任者であった。

幻人という大物であれば、それも当然なのかもしれない。



皇帝陛下の覚えめでたいだけではなく、自分たちの役所のナンバー2とも知り合いらしい。

訪れた御史台の人間たちは、極めて丁寧に屋敷の中へと入った。


彼らはまず、屋敷の広さに驚いた。

次に、屋敷管理ゴーレムに驚いた。

最後に、庭に鎮座(ちんざ)した氷の棺に驚いた。


「して、ロンド公……。この幻人への聴取は、どのように行えばよいのでしょう」

氷の棺の前に立ってしばらく見つめた後、シャウ司空が問う。


「頭の部分の氷を取り除きます。今は、仮死状態……気絶した状態ですが、取り除けばそのうち気がつきます。何か、尋問の際に、頭に被せるものがあるとか聞いていたのですが」

「はい。これを被せます」

シャウ司空がそう言うと、彼のすぐ後ろに控えていた部下が、フルフェイスヘルメットのような、頭をすっぽり覆うタイプの被り物を差し出した。


「これが、切札ですぞ」

そう言って、シャウ司空はにっこり笑った。



その後、約束通り、工房統領ロン・シェンがやってきて、すぐに屋敷の奥から、ヴァイオリンの音色が響き始める。

それを聞きながら、なぜか偉そうに頷く涼であった。



捕虜である、チョオウチ帝国七星将軍ユン・チェンへの尋問の間も、いちおう涼は、尋問が見える場所に座っている。

錬金術の本を読みながらだが。


ユン将軍は、頭の部分だけは氷を外されていたが、首から下は氷漬けのままだ。

それでも、魔法的な、あるいは呪法的な何かをするといけないので、大きな氷の覆いの中で尋問されている。


尋問そのものは、御史台の専門の人間がやっているため、シャウ司空は傍らでゆっくりお茶を飲んでいるのだが……。


「なんという余裕」

その様子を見て、思わず涼が呟く。


七十歳を超えた老人であり、矍鑠(かくしゃく)たる雰囲気(ふんいき)(まと)うシャウ司空が、ゆったりとお茶を飲む姿は、圧倒的な余裕を感じさせる。


連合の先王ロベルト・ピルロ陛下といい、目の前のシャウ司空といい、年齢を経てこそ身につく年長者の余裕というのは、涼あたりがどれだけ背伸びしても身に付けることのできないものだ。

そしてその余裕は、見る者に、ある種の憧れを抱かせる。

「いずれは僕もあんな風に……」

「無理じゃないか?」


涼の憧れの言葉を、無粋(ぶすい)な国王剣士が切り裂く。


「アベル、失敬ですよ!」

涼が()える。


「では試みに問うが、リョウ自身は、ああなれると思うか?」

「ぐぬぬ……」

「だろう? 俺もそうだが、リョウも無理な気がするよな」

悔しそうな涼、肩をすくめるアベル。


そう、分かっているのだ。

なろうと思ってなれるわけではないということは。

分かっているのだが……だからこそ……。


「憧れるのです」

「そうだな。憧れるのは自由か」

そう言うと、二人とも同時に首を振った。



そんな風に涼の元に現れたアベルであるが、その間も、屋敷の奥の方からはヴァイオリンの音が聞こえてくる。

「ロンさん、熱心ですね」

「ああ。あの手のやつは、ちゃんとした指導さえつければ、放っておいても伸びる」

アベルはそう言うと、いつの間にか準備されたお茶を啜った。


ユン将軍の尋問に来ている、かなりの人数の御史台の人間の中には、いわゆるお茶くみをする人もいるらしい。

シャウ司空はもちろん、涼や、やってきたアベルにもすぐにお茶が準備されたのだ。


「この茶、美味いな」

一口啜って、アベルが褒める。


「ですよね。お茶の淹れ方一つとっても、真面目に仕事に取り組む人なのかどうかというのは分かりますよね」

涼が頷く。


完璧な手順で、完璧なタイミングで淹れたお茶は、信じられないほど美味しい。

誰が飲んでも分かるくらいに美味しい。

「誰が淹れてもいっしょ」ではないのだ。



さて、あなたは、お茶を淹れる完璧な手順、完璧なタイミングを知っているだろうか?

多くの人が知らない。

学ばないと、調べないと、知らないものなのだ。

だから完璧な手順、完璧なタイミングを知っている人というのは、ちゃんと自分で学んだ、あるいは調べた人物だと言える。


何のために?


それが必要であることを知っていたから。

それが必要であることを知っているから。


そんな人は、立場が変わり別の仕事をしても、上手くやれる。


何を調べるべきなのかが分かるから。

いつまでに調べておくべきなのかが分かっているから。


たかがお茶、されどお茶……。



その日、尋問は夕方まで続いた。

もちろん、ヴァイオリンの練習も夕方まで続いた。


「それにしても、何も起きませんね」

「……またリョウは、何かよからぬことを考えているのか」

「僕は常に世界の平和について……」

「嘘はすぐばれるぞ」

涼の言葉を、一刀で切って捨てるアベル。


「いえ、ほら、氷漬けになっている捕虜さんです」

「ユン将軍な」

「そう、その将軍さんなんですが、おとなしすぎです」

「……はい?」

アベルは意味が分からず首をかしげる。


ユン将軍は、おとなしいというより、尋問(じんもん)中、全く口を開かずずっと無言のままだ。

確かに、おとなしいと言えばおとなしいのだが……。


「いえ、魔法……あの人は呪法使いでしたか。その呪法とかで暴れたりしないなぁと思いまして……」

「リョウの氷の壁で囲っているんだろう?」

「ええ、囲っていますけど、透明ですし……。いや、一度くらいは頑張って呪法で攻撃してみたりするもんじゃないですか?」

涼が、いかにも期待外れですという顔をしながら言う。


「もしアベルが捕らわれの身となったとして、脱出を試みたりはしないです?」

「……するだろうな」

「でしょう?」


そう、それが普通なのだ。

だが、ユン将軍は動かない。

尋問中も、無言で、ほとんど目をつぶったまま。


「逆に不気味です」

「言われてみれば確かに」

涼が呟き、アベルも同意した。



翌日も、同じように尋問と練習が朝から夕方まで行われた。


「ロンド公、必要な情報が集まりました」

その日の尋問が終わり、ユン将軍が再び完全な氷漬けとなった後、シャウ司空が涼に告げる。

ヘルメット型情報収集器による情報収集が完了したらしい。


「恐ろしいですね……知らないうちに頭の中にある情報を抜かれるというのは……」

涼が小さく首を振りながら正直な感想を述べる。

「悪いことはできないということですな」

シャウ司空が笑いながら言う。


そして、言葉を続けた。


「とはいえ、情報を抜き出しただけで、我々が理解できる形にはまだなっておりませんでな。読めるようになるまでに、分析器にかけて数日かかります。まあ、あの捕虜はもう必要ありませんが」

「ということは、屋敷にはもういらっしゃらないということですね。ご苦労様でした」

「いやいや、ご迷惑をおかけした」

涼が丁寧に頭を下げ、シャウ司空も両手を重ねての礼をとる。

挨拶は大切。


そうして、御史台は引き揚げていった。



その事を喜んだ人物が一人。

「では明日から、また暢音閣(ちょうおんかく)の方に来ていただけませんか!」

工房統領ロン・シェンである。


「工房ならピアノも弾き放題です!」

涼の方を向いて言う。


「それは結構、魅力的ですね」

涼もまんざらでもないようだ。


結局、翌日から涼とアベルは再び暢音閣を訪れるのであった。




その頃、皇宮内太極殿で。

「何? チョオウチ帝国の特使だと?」

「はい陛下」

ダーウェイ皇帝ツーイン・ツァオが顔をしかめて確認し、丞相(じょうしょう)ビャン・ビャンが(うやうや)しく頷いた。


丞相とは、ダーウェイにおける行政を取り仕切る最高責任者ともいうべき立場だ。

中央諸国であれば、王国の宰相(さいしょう)や、連合の執政(しっせい)にあたるだろうか。


そのため、丞相ビャン・ビャンは、この巨大なダーウェイにおける最高行政責任者なのだが……すでに八十歳を超えている。

長く皇宮の中心にあって、ダーウェイを支えてきた重鎮(じゅうちん)の一人であるが、さすがに寄る年波には勝てない。


そもそも一度、十年前に引退したのだ。

当時のダーウェイは、英邁(えいまい)にして文武両道に優れた皇太子が実務を取り仕切り、芸を愛する皇帝が一歩下がって自らの嗜好(しこう)を楽しむ。

それが、国全土に明るく楽しい雰囲気すら広げていた。


それを見ながら、丞相ビャン・ビャンはある種の達成感を胸に抱き、丞相の職を辞し、田舎に隠棲(いんせい)したのだった。



誰もが、ダーウェイには明るい未来が待っていると思っていた。


その五年後、皇太子が暗殺されるまで。



皇太子がその居城たる東宮で暗殺され、皇帝ツーインも特に政治に関してのやる気を失って、ダーウェイ中枢は少しずつ壊れていった。

ダーウェイ自体、皇帝とその周辺が、中枢として巨大な権力を持つ構造になっている。

その中枢の動きが変になれば、巨大なダーウェイ全体の動きも変になっていく。


さすがに、シタイフ層の多くが、これはまずいと感じた。

そのいくつかは、残った皇子たちの下に集まり派閥(はばつ)を形成し……。

別のいくつかは、再び中枢を正常な形で動かすために、引退した重鎮たちの呼び戻しを働きかけた……。


そうやって呼び戻された重鎮たちの一人が、丞相ビャン・ビャンである。

とはいえ、ビャン・ビャン自身が最も分かっている。

丞相という重い役は、もう担えないと。


そのため、呼び戻される際にも固辞した。

何度も固辞した。

最後には、やる気を失ったと言われた皇帝直々のお声がかりによって、やむを得ず戻ってきた。


だが、できるだけ早く後継者を育てて退くべきだと考えている。


実際、以前と違って、ダーウェイの隅々にまで目が行き届いていないと感じていた。

以前なら、思い立ったらすぐに馬に乗って、直接現場を見に行くことすらあった。

丸一日馬を駆けさせて向かったこともあった。


それくらいしなければ、実際のところ対応できないのだ。

報告が上がって来る頃には、民は疲弊(ひへい)しきっている。

それらが、暴動や反乱へとつながる場合も出てくるから……。


しかし今はもう、馬を駆けさせることもできなくなった。


「皇太子殿下さえご存命ならば……」

何度その言葉を呟いただろうか。

おそらく丞相ビャン・ビャンだけではあるまい。

多くの官吏が同じ言葉を呟いたはずだ。

それだけ、亡き皇太子は大きな存在であり、ダーウェイの希望だった……。



「チョオウチ帝国の特使が、『中黄』に至った、そして皇宮への訪問を希望していると言ったな。だがそんな者たちが北の国境を越えたという報告、余は聞いておらぬぞ」

「はい、陛下。我が丞相府にも伝わってきておりませんでした」

「……行政が正常に回っておらぬということか」

「申し訳ございません」


皇帝ツーインが顔をしかめたまま首を振り、丞相ビャン・ビャンが謝罪する。

丞相は、行政の最高責任者だからだ。


「いや、ビャン丞相の責任ではない。あれ以来、余が(ほう)けていた、そのつけだ。多くの者に迷惑をかける……」

皇帝ツーインは、ため息をついた。


皇太子が亡くなってから、自分が皇帝としての務めを投げだしていた自覚がある。

その結果、皇子たちが派閥を作ってシタイフ層が割れ、民たちにも迷惑をかけてしまったと理解している。



「正式な特使であるのなら受け入れて話を聞くとしよう。そう言えば、そのチョオウチ帝国の情報が届いておったな」

「はい。我が国が北方国境で接するペイユ国の更に北に、新たに建国された国であるとか。ですがそこは……」

「ああ、ビャン丞相の言いたいことは分かる」


皇帝ツーインは眉をひそめながら、大きく頷いて言葉を続けた。


「一年のほとんどは雪に覆われ、当然作物など育たぬ。およそ人が住める場所ではないはず……」

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