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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0575 捕縛

本陣の前に、一人の男が降り立った。

こげ茶色の髪に、同じ色の瞳。

端正(たんせい)な顔と言えるが、多少不機嫌な表情だ。


「そこで止まられよ、敵将」

涼の声が響く。


こげ茶色の男は止まった。


「殿下、ここは私にお任せを」

すかさず、涼がリュン皇子に向かって言うと、皇子は無言のまま頷いた。



「敵将よ、私の名はヘノヘノ・モヘジ。貴殿(きでん)も名乗られるがよい」

涼の堂々とした声が響く。


だが、いつもの声を聞き、いつもの様子を知っているアベルからすると、とてもわざとらしく見える。

(多分、ぐんしとかいうのが、あんな風に振る舞うんだろうな)

アベルはそう決めつけた。


大きく間違ってはいない。

あくまで、涼のイメージの中での軍師だが。



「貴様らに名乗る必要はない」

こげ茶色の男はそう言い放つ。

そして、一歩踏み出そうとして、足を止めた。


動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>に気付いたようだ。


「罠……か?」

「何の備えもなく、幻人を(ふところ)に呼び寄せたりはしません」

「……何だと?」

涼の言葉に、目を見開いて驚くこげ茶色の男。


「幻人と言いました。聞こえませんでしたか?」

涼が、もう一度はっきりと言い直す。



驚きと余裕。

こげ茶色の男と涼、二人の表情の対比、それはお互いが持っている情報の差。


「それでも、まだ名乗らないのですか? どうせ、ダーウェイの力を測ってこいとか言われてやっているのでしょう? 首領も酷い人……いえ、酷い幻人ですね」

「貴様……どこまで知っている」

「まだまだ知っていますよ?」


虎山で会った幻人ガリベチが、思わず口走った内容だ。

こういう時、涼の記憶は冴える。



(時々、白扇でパタパタやっているのが、とても嫌味(いやみ)だ)

あくまで、アベルの個人的な感想である。



涼は、決定打を放つことにした。


「そうそう。マリエ・クローシュさんは、あなたの同僚ですか?」

「……」

涼が発した固有名詞に、完全に言葉を失うこげ茶色の男。


「驚くほどの事ではありません。彼女は先日、ダーウェイ皇宮に現れて名乗ったのです。チョオウチ帝国七星将軍の一人、マリエ・クローシュだと。しかも、上にわざわざ名乗ってこい、と言われたのだそうですよ。私はチョオウチ帝国民ですとか、僕でも言いたくないです。国の名前は、もう少し、カッコいい響きの名前にしてほしいですよね」

「どういうことだ……」

「あなたには知らされていなかったと。もしかして、七星将軍より下のお立場なんですか?」

「ふざけるな……。俺も七星将軍だぞ……」



その瞬間、涼は心の中でニヤリと笑った。


アベルやニルスが時々指摘する、良からぬことを考えている笑みだ。

もちろん、それは誤解。


人畜無害(じんちくむがい)の魔法使いが、そんな事を考えているはずないじゃないですか!



「ではもう一度名乗りましょう。私はヘノヘノ・モヘジです。あなたのお名前は?」

「俺は、チョオウチ帝国七星将軍が一人ユン・チェン。確かに、お前たちの力を測るのが役目だ。そこにいるのは、皇族の一人だろう。ヘノヘノ・モヘジではなく、主人の方は名乗らんのか?」

こげ茶色の男ユン・チェンは、リュン皇子の方を見て言う。


「いいでしょう。私は第六皇子リュン」

「本当に皇族か。しかも皇子とは……ようやくか」

「ようやく?」

「お前たちの力を測るのが役目。だがそれ以外にも役目があってな。それは、皇族を釣りだして殺すことだ!」


ユン・チェンはそう言い放つと、唱えた。

「<炎鎖連破>」


その瞬間、数百を超える炎の弾がユン・チェンから放たれた。

向かう先は、リュン皇子。



だが……。



元々、ユン・チェンの前には『罠』がある。

ユン・チェンは、ただ『罠』としか認識しなかったが、その罠の名は<動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>。

そこに入ってきた物理攻撃、魔法攻撃を全て凍りつかせる水蒸気の魔法。

凍りつかせられない威力の強い魔法の場合は、対消滅で道連れにして消えていく。


動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>は、完璧に役割を果たす。

分厚く撒かれた機雷が、対消滅の光を発しながら、攻撃魔法とともに消えていった。



動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ>を突破した魔法は、一本もなかった。


「くっ」

悔しそうな声を発して、ユン・チェンは飛んだ。


「<アイスウォールパッケージ 収縮>」

事前に、この場を中心に半径500メートルの半球形で生成されていた氷の壁が、涼が唱えた瞬間、一気に収縮する。



ドゴンッ。



そんな音を発して、飛んで離脱しようとしたユン・チェンと収縮していた<アイスウォールパッケージ>が衝突した。


「<スコール><氷棺 複層氷>」

想定外の衝突をし、一瞬気を失いそうになって落ちてくるユン・チェンを、涼は氷の棺に閉じ込める。

無詠唱で魔法を行使する可能性を考えて、魔法を通しにくい『複層氷』製の、氷の棺で。



「幻人の逆さ漬けです」

涼が、でき上がった氷棺をぺしぺしと叩いて、満足そうに言った。


「えっ……あ、はい」

驚きで言葉が出ないリュン皇子。


可能なら捕まえちゃいましょうと、涼は提案していたのだが……本当に捕まえられるとは思っていなかったからだ。


こうして、モアソン地域の騒動は幕を閉じたのであった。




一路、帝都を目指して進む一行。

来るときは、後ろの方からついてきた涼とアベルだが、今は黒旗軍に遠巻きに囲まれながら移動している。

その理由は、涼の後方にある。


アベルは、その理由をチラリと見る。


涼の魔法<台車>に乗せられた氷の棺。

その氷の棺は、少しくすんで中身はよく見えない。


「あえて中が見えないようにしてあるのは……」

「仕方なくこのような形をとっていますが、いわば戦争捕虜です。彼は見世物(みせもの)ではありませんから、可能な限り人道的配慮を行っています」

アベルの問いに、真剣な表情で答える涼。


その表情だけ見ればとても立派なのだが……涼の後ろからついてくる<台車>に載ったオブジェとの対比で考えると、とてもシュールだ。


「あと、いつもの<氷棺>と違って、この複層氷を使った<氷棺>は音が中に伝わりません。ですので、近くで話してもこの人には聞こえないからいろいろ安全です。いちおう、気絶していますけどね」

涼が説明する。

そうしておかなければ、近くで話している情報全てを取られてしまうかもしれない。



「だが、それにしても、あまりにもあっさりし過ぎていなかったか?」

「あっさり?」

「ああ。さっきの戦闘さ」

「まさか……この人、わざと捕まったと?」


アベルの指摘に、愕然(がくぜん)とした表情になる涼。

軍師ぶっているのに、相手の(てのひら)の上で転がされていたと知ったら、愕然とするのは仕方ないかもしれない。


「この人の方が、僕より上ということですか。認められません! こんな人、このまま氷で圧殺して、いなかったことにすれば……」

「おい、ばか、やめろ」

涼の呟きに、慌てて止めるアベル。


捕虜虐殺は、未然に防がれた。



「もちろん、そんな事するつもりはなかったですよ?」

「本当かよ……」

「この目を見てください!」

「口の辺りが、もう少しだったのに、という風に読み取れる」

()(ぎぬ)です!」


自供してしまうと、圧倒的に弱い立場になってしまうのは、いつの時代、どこの世界でも変わらないらしい。


「まあ、この男はそんなに賢そうには見えなかったが……」

「アベルによる差別的発言です」

「……本当に悪い奴は、まだ表に出てきていないんじゃないかと思っただけだ」

「なるほど。謀略家、東洋風に言うと謀士というやつですね」

涼がうんうんと頷いている。


「この男、連れて行かれる先は皇宮だよな?」

「そうかもしれません。あるいは皇宮に隣接した御史台にある、重監獄とかじゃないですか? ほらフォン・ドボーさんが入れられた」

「皇宮内は、多くの魔法が使えないが……隣接する御史台も使えないのかな? それなら、こいつが入っても大丈夫という判断だろう」

「皇宮内で魔法が使えないというのは、リュン皇子が言っていましたね。この前は、星辰網が壊されててマリエさんが飛んできましたけど」

「そう、それだ。思い出した」


アベルが、何かを思い出したらしい。


「その氷の中の男……ユン・チェン、両手両足に飛翔環のようなものを着けていなかったか?」

「よく気付きましたね。確かにそれっぽいものを着けているんですよ」

涼は分かっていたらしく、アベルの確認に頷く。


「何でリョウは気付いていたんだ?」

「いえ、最初は気付かなかったのです。この氷の棺に入れてからいろいろ調べているうちに、気付きました。でも最初に言っておきますけど、僕らが買った飛翔環とは、少し違うみたいです」

「ほぉ」

「なんというんですかね。ピーキーというか、性能を高めてあるけど極めて扱いにくいというか……」


F1カーと普通車の違いみたいな感じだろうか。

F1カーは速度は出るし舵もききやすい。むしろ出過ぎて曲がりやす過ぎる。

だから扱いにくい……。



「まあ、もっと正確に分かったら教えてあげます」

「ああ、楽しみにしている」


涼の言葉に、アベルは笑みを浮かべて頷いた。

それも当然だろう。

この幻人たちは、ダーウェイの中心である『中黄』以外でも飛んでいると思われるのだ。

実際、今回のモアソン地域は半分以上が『中黄』ではない。

だが、そこでも飛んでいるとなれば……。



世界中どこでも空を飛べるかもしれない。



アベルはそう考えて笑みを浮かべたのだ。

もちろん涼も理解している。

だから移動している今も、<氷棺>を通していろいろと調べている。


もちろん、それは魔法の習熟度を上げることにもなるので、涼にとっても意味のある調査と言えるだろう。




一泊した後、鎮圧軍は帝都に帰還した。


帝都、禁城内でも朝政の中心となる太極殿(たいきょくでん)の前の広場に、鎮圧軍は入る。

この広場は数万人でもゆうに入る事ができる広さであり、今回のような皇帝による閲兵(えっぺい)に使われたりする以外は、普段、何もない状態だ。


「リュン、でかした」

皇帝ツーインは、リュン皇子の両手をとって称賛した。

これはめったにない事らしく、廷臣たちも驚いている。


「陛下、もったいなきお言葉」

リュン皇子が恐縮している。


「何を言うか。損害微少、しかも敵首魁(しゅかい)を捕らえたとなれば、これ以上の成果はないぞ」

「……ははっ」

皇帝ツーインの激賞に、もの言いたげなリュン皇子。

だが何も言わない。


事前に、涼から言い含められているからだ。

全ては指揮官の手柄ですと。



もちろん、皇帝ツーインもある程度は理解している。

少なくとも捕縛に関しては、涼が大きくかかわっているのだろうと。

なにせ、氷の棺の中に幻人は捕らわれているのだから。


ロンド公爵の二つ名にあるではないか。

氷瀑(ひょうばく)、あるいは白銀公爵と。

氷の棺は、凍った滝たる氷瀑の二つ名にふさわしい。



一通りの報告が終わり、幻人の収監の段になって涼は発言を求めた。


「どうされた、ロンド公」

「実は、皇帝陛下にお願いがございます。この幻人、氷の棺に入れたまま我が家で預からせてはいただけないでしょうか」

「ふむ」

涼の言葉を吟味(ぎんみ)する皇帝ツーイン。


「この者を奪い返すために、他の幻人が来るかもしれぬ。その備えのためにということか」

「はい。あくまで可能性にございますが」

「よかろう。確かに、ロンド公の元に置いておくのが一番安全であろう。だが、この者にはいろいろと聞きたいことがある。御史台の者が行くと思うが……」

「もちろん、御史台の取り調べにも協力させていただきます。陛下のおかげで我が家は広うございます。存分にお使いください」


こうして、幻人ユン・チェンは、涼の屋敷の庭に置かれた。

もちろん、氷の棺のまま。



屋敷の庭を掃除する氷のゴーレムたち。

その中に置かれた氷の棺。

それを見て満足する屋敷の主。


全てを見て、小さく首を振るアベルであった。

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