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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0573 布陣

北上する鎮圧軍。

その中で、移動しながら開かれる馬上会議。


「編成とか、全て終えて出発したはずなのに、いっつも会議してますよね」

「まあ、そういうもんだ。斥候(せっこう)がもたらす状況は、日々変わるからな。それに合わせて軍のいろんな箇所をいじくらなきゃならん。戦場に着く前に襲撃される可能性、着いてすぐに戦闘に入る可能性、相手が周辺の村などを襲う可能性、その場合の対処手順の改善、変更……移動しながらやることは結構あるんだ」


涼の一般人的素朴(そぼく)な疑問に、経験者として答えてくれるアベル。

そう、アベルは国王陛下なので、軍を率いて出征(しゅっせい)の経験もある。

実際に体験している人の言葉は、やはり説得力がある。



涼は、フェイワンに乗って横を移動する、そんなアベルを見た。


「何だ?」

「いえ、アベルは、リュン皇子に代わって指揮を()りたいのかなと思いまして」

「いや、執りたくないな」

涼の疑問に即答するアベル。


「即答……」

「兵士に死んでくれと命令するのは、いつまでたっても慣れん」

アベルは顔をしかめながら言う。


まったく言葉を飾らない、事実だけを抜き出した本音。



古来より、指揮官が抱く心の痛み。

それは、いつの時代になってもなくならない。



「人が死ぬから、戦争は悪だ……その主張は正しいのかもしれません」

「そうだな。誰しも、人が死ぬのは見たくない。いや、正確には、残された人たちが悲しむのは見たくないのかもしれないな」


人の歴史に戦争はつきものである。

むしろ、人の歴史とは、戦争をし続けるのが(しゅ)であり、その合間に(じゅう)たる平和が挟まっている……そんな主張をする研究者すらいる。



「いずれ、戦争部分はゴーレムが担当してくれるようになるかもしれません」

「そうか? ゴーレムも戦うだろうが、結局、人も同じ戦場に放り込まれるだけじゃないか?」

「ゴーレムに比べれば人の力なんて小さいものです。ゴーレムが出てきたら、人はもう全撤退ですよ。あれ? それだと、結局人も戦場に出ちゃいますね。国際協定で、人は戦場に出てはいけないという約束事を作りましょう」

「そんな約束、守るか?」


涼の提案に、アベルは懐疑(かいぎ)的だ。


「自分の身が危なくなった為政者(いせいしゃ)は、破るでしょうね」

「だろう?」

「そうなったら、僕が、その為政者を抹殺(まっさつ)します」

「……は?」

「ルール破りは許さないのです」

「強制的に、ゴーレムだけが戦場に(おもむく)く状況を作ると」

「そうすれば人は死にません」


涼は良いアイデアだと思っているのだろう。

何度も頷いている。


だが、そんな涼を見るアベルの視線は冷たい。


「何ですかアベル、その目は!」

「戦場にゴーレムが行く時代になると、普通の肉体労働もゴーレムがやるんじゃないか?」

「まあ、そうでしょうね。人間様がやる必要はないでしょう」

「そうなると、どこかの水属性の魔法使いは、どこかのソファーでぬべ~っと寝転んで錬金術の本を読んでいる生活をずっと続けるんじゃないだろうか」

失敬(しっけい)な! ゴーレムが普及しなくても、僕はソファーで寝ころびながら錬金術の本を読みますから!」

「うん、何が失敬なのか全く分からんな」



夕方、鎮圧軍は夜営地に到着した。

これが最後の夜営となる。


明日午前、魔物が布陣しているという緑荘平野に到着し、戦端が開かれる予定だ。


緑荘平野に入ってから一夜を過ごし、翌早朝からそのまま戦闘……そういう会戦もある。

どちらを選ぶかは、指揮官と幕僚たちが多くの情報を検討して決める。


「今回は、前日入りはしないのですね」

「夜、魔物が攻めてきて夜戦となった場合、人間の方が不利だからな。人間同士の戦争なら、そういう有利不利はあまりないのだろうが」

「種族特性は差別です!」


涼は断固主張する。


なんといっても、それは悪魔との戦闘経験からだ。


首を斬り飛ばしても死なない相手との戦闘。

もちろんこちらは、首を斬り飛ばされたら死ぬ。

なんて不公平な!



「戦いなんだ。元々平等な戦いなんてありえないだろう?」

アベルが正論を言う。


勝てると思うから攻めるのだ。

そう思えるだけの戦力差があるから攻めるのだ。


事の最初から、当然のように平等ではない。



最後の食事は、お肉がゴロゴロ入ったシチューのようなものであった。

それと、おにぎり。


「このライスを固めたやつは、以前、リョウも出してくれたよな」

アベルは、流れ着いたロンドの森で、涼がふるまったおにぎりを覚えていたらしい。


「ええ、よく覚えていましたね。うちの故郷では、おにぎりと呼んでいました。小麦のパンに比べて消化がゆっくりで、腹持ちがいいのです。これで、夜襲されても戦えますね!」

「夜襲は……されたくないな」

「そう言えば、ダーウェイの露店でもおにぎりを時々見かけましたけど、ここにもおにぎり文化が息づいているなんて感慨深いです」

涼はそう言いながら、頬張って食べる。


ダーウェイはというか東方諸国全般、さらに多島海地域でも、主食は米だ。

多少、種類の違いはあるようだが、米文化。

日本食で育った涼は、主食が米である文化は、なんとなく懐かしい気持ちになる。


では、アベルはどうだろうか?


「俺もライスは好きだぞ? 確かに、小さい頃からパンが主食ではあったが……。ルンに拠点を置いてからは、パンもライスもよく食べたな。あそこは食文化が豊かだからな」

腹ペコ剣士には、主食が何だろうが関係ないらしい。



二人は冒険者ではあるが、この鎮圧軍においては、相談役として従軍している。

それも皇帝陛下直々の命令で。

そのため、夜警に立つことはない。


そしてその夜、襲撃はなかった。




翌朝。

「夜襲はありませんでした。わざわざ布陣しているのといい、いかにも正面から攻撃してこいと言わんばかりです」

「そうだな。よほど自信があるのか、あるいは……」

「罠があるのか」


アベルも涼も、何か罠があるという意見は一致している。

だが、どんな罠がと言われると答えられない。


地元出身であるウェンシュ侍従が言うには、障害物が全くない見通しの良い平野が戦場らしい。

森の中などなら罠の仕掛けようもあるだろうが、今回のような平野では非常に難しそうだ。


「案外、本当に正面から戦いたいだけかもしれん」

「結局は出たとこ勝負、行ってみないと分からないと」




そして午前九時。

鎮圧軍は緑荘平野に到着した。


「本当に、だだっ広い平野です」

「草すらほとんどない、剥き出しの地面だな」

そこは草原と言うには荒涼とした大地。

ひざ丈を超える草などなく、半分は草もなく地面が剥き出しになっている。


その向こうに、整然と並ぶ一団が見える。


「本当に、魔物が整列しています」

「ああ、俺も初めて見る光景だ」

二人は、皇宮から支給された遠眼鏡を見ながら言う。


この遠眼鏡は、二人だけではなく、軍首脳はもちろん、隊長クラスも持たされているのだが……。

そんな遠眼鏡を持つ者たちは、ほとんど全員覗き込み、整然と並ぶ魔物たちを見て驚いている。



「こちらの兵たち、あの整列だけで飲み込まれていますよ。それが狙いだったに違いありません! ちょこざいな!」

「何だよ、ちょこざいなって。まあ実際、魔物が整然と並ぶなんて珍しいからな。その光景を見ていつもと違う感情になるのは仕方ないだろう」


憤慨(ふんがい)する涼、諦めるアベル。



「あれって、オークですよね」

「ああ、オークだな」

涼の問いに、元A級冒険者アベルが答える。


オークとは、体長1.5メートル、(ぶた)の頭の、二足歩行、二本の腕を持つ魔物だ。

ゴブリンよりは強いが、体長2.5メートルにもなるオーガに比べれば弱い。

ただ、それらよりは多少賢いらしく、武器を使いこなす事ができるらしい。

実際、並んでいるオークたちも、右手に剣を持ち、左手に円形の盾を持っている。


「ローマ剣闘士スタイルです」

「何だそれは?」

「ほら、ダーウェイの人たちも片手剣ですけど、盾は持っていない……」

「ん? 盾、あるみたいだぞ」

アベルは、黒旗軍の歩兵たちが持つ盾を指摘する。


「あ、あれ? 本当ですね」


涼は、勝手に左手は何も持っていないと思い込んでいた。

なぜなら……。


「ほら、初めて飛翔環で飛んでくれた人、右手に剣だけだったので……」

そう、その人は、左手は何も持たず二本指を立てていた。

人差し指と中指をくっつけて立てて、残りの三本で円を作る。

現代地球であれば、剣指、というやつだろうか。


中央諸国では見たことがない。


「まあ、ここは戦場だしな。敵は目の前だけじゃないし、隊の他の人間と同じように動く必要もある。多くの人間で隊列を組むのであれば、盾があった方が損傷は少ないだろう?」

「なるほど、そういうものですか」

アベルの説明だが、涼は正直理解できていない。


きっと、盾を持つ文化の無い日本育ちだからだろう。

戦国時代でも、戦場で盾は持っていなかったし……。


だがそれは、涼の認識不足でもある。

鎌倉時代前、源平合戦の頃は持盾といって片手で持つ盾はよく使われていた。

鎌倉幕府滅亡から室町幕府初期までの『太平記』にも、盾を構えて突っ込んでいく描写がある。


日本刀が完全に両手使いになり、槍や薙刀など両手で使わざるを得ない武器が戦場の主流となるにつれて、盾が使われなくなったと言われている……。




さて、緑荘平野では……。


オークは魔法を放たないため、近接戦を仕掛けてくるだろう。

一体どんな戦いになるのか……それは経験豊富なアベルにも、経験未熟な涼にも、全く想像できなかった。


ふと遠眼鏡を外した涼は、味方陣営で、遠眼鏡など全く見ていない一団に気付いた。

その人たちは、なにやらせっせと組み立てている。

それを監督、指揮しているのは領地軍魔法砲撃隊のルヤオ隊長だ。


魔法砲撃隊の隊員たちが、一人一つずつ使う何からしい。


「アベル、ルヤオ隊長たちが何かを組み立てています」

「本当だな。あれは……ああ、砲撃隊の馬の後ろに載せていたやつか」

確かに、砲撃隊の隊員たちが乗ってきた馬から、道具を降ろしている。

馬に載せていたのなら、それほど重い道具ではないのだろう。


「木製の何か……。王国には、あんなのないですよね?」

「無いな。彼女らが、『魔法隊』ではなく、『魔法砲撃隊』であるその理由があれなんじゃないか?」

「なるほど。さすがはアベルです」


アベルの指摘に、涼は素直に称賛した。

そう、時々アベルは鋭い指摘をする。

そう、時々。

そう、時々……。


「なあ、リョウ。称賛は嬉しいが、何か余計なことを考えていないか?」

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。ほら、しっかり見ないと」


アベルの指摘に焦る涼。

やはり、時々とはいえ鋭い指摘。

気をつけねば!



二人は現在、鎮圧軍本隊にいる。

そこは、本陣と呼ばれているようだ。

二人がいるのは本陣の中では隅の方だが……。

いちおう皇帝ツーイン直々に、リュン皇子を守ってくれと言われている涼としては、ある程度近くにいないと、何か起きた時に対応できないので。

だが、近すぎると、供回りの人たちの視線が痛いので、本陣の隅っこにいるのだ。


もちろん、行軍中ではないため、全員馬から降りている。


本隊の人間が騎乗する馬たちは、一カ所に集められているのだが、涼には気になることがあった。

それらの馬たちが、アンダルシアとフェイワンを取り巻くようにいることだ。

いじめているのではない。

むしろ、かしずいているかのように。



もちろん、気のせいだろう。



周りにいる馬たちの中には、リュン皇子の騎乗馬もいる。

それは、帝室に献上された馬であり、立派で気位も高いはずの馬だからだ。

そんな馬がかしずくわけが……。


「どうした、リョウ」

「いえ……馬の世界も大変なんだろうなと」

「人間と違って、完全な実力主義の世界なのかもな」

「それは、すごく大変ですね」


涼は小さく首を振る。

気の休まる暇もなく、常に実力を示し続けなければならない。

ソファーに、ぬべ~っと寝転がって本を読んでいる余裕などないだろう。


「僕は、人間で良かったです」

「そうだな。そうじゃないと、ソファーで寝ころんでいる余裕なんてないだろうしな」

「なぜ分かった……」


涼の想像していることなど、アベルにはお見通しだったらしい。



二人は本陣の隅にいるのだが、そこにも、先ほどからリュン皇子に意見具申(いけんぐしん)をしている人物の声が聞こえてくる。

ウェンシュ侍従だ。


「殿下、突撃すべきです!」


いろいろと説明や、提案をしているが、骨子はそれらしい。


だが、リュン皇子は首を縦に振らない。

ただ一言、「待て」と言うだけだ。



そして、しばらくすると、リンシュン侍従長に告げる。

「ルヤオを」

リンシュンは無言のまま頷くと、設置が完了し確認してまわっているルヤオ隊長を呼びにいった。


「殿下」

「ルヤオ、準備は?」

「はい。設置、完了いたしました」

魔法砲撃隊のルヤオ隊長が答える。


「よし、始めるぞ」


リュン皇子のその言葉で、戦いが始まった。

ついに、『水属性の魔法使い 第5巻』の発売日8月20日(土)まで一週間を切りました!

いっぱい加筆&改稿してあります。

この《なろう版》を読んだ方でも、新たに楽しく読んでいただけるはずです。


27万字という、場合によっては他の本の倍の文字数……献本が手元に届きましたけど、4巻までと比べてもかなり分厚いです。

それが、税込1,399円!


お買い得ですよ!

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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