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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
611/930

0569 含蓄

買い物を終え、バンヒューと別れた二人。


涼が嬉しそうに、買ったばかりの羽扇(うせん)をぱたぱた扇いでいる。

自分に向けて。

あるいはアベルに向けて。


「帽子は手に入りませんでしたけど、白扇が手に入っただけで良しとしましょう」

「帽子も、いろいろ売っていただろうが……」

「ええ、ありましたけど、ああいうのじゃないんです。もっとこう、頭の上にボワっと、ロールケーキを半分に切ったようなやつがのるんですよ」

「うん、全然分からん」


涼の適当説明に、理解することを諦めたアベル。

見たことがない衣装を言葉だけで説明されても、人はなかなか頭の中には描けないものなのだ。

仕方がない。



二人が屋敷の長い白壁を歩いていると、門の前に人が立っているのが見えた。

二人が住む屋敷の門の前だ。


「うちに用事ですかね。二人とも外出している時の対応が、これからの課題ですね」

「まあ、人がいないからな。それにしても、なんか(おび)えていないか?」

涼が今後の課題を提示し、アベルが立っている男性の様子を述べる。


男性は、二人が歩いてくるのに気付き、こちらを向いて頭を下げた。


「ああ、すいません、お待たせしたようで。うちに何か?」

「はい。リュン皇子の使いで参りました」

まだ若い、おそらく成人したばかりの男性は、そう言うと手紙を渡した。

だがその間も、門の中が気になっているようだ。


「大丈夫ですよ。そのゴーレムは、人を襲ったりしませんから」

「は、はい……」


門のすぐ内側には、一体のゴーレムが立っているのだ。

門の外には出てこない。

だが、中に入るのも、そのゴーレムがいるために躊躇(ちゅうちょ)される。



その間に涼は手紙を読んだ。

返事も必要だと思ったので。


「承知いたしましたと、リュン皇子にお伝えください。明日、お待ちいたしております」

涼がそう言うと、男は頭を下げて去っていった。


「やはり会話ができないのが痛いです。でも難しいんですよ、人の声帯を氷で再現するのって」

涼が門をくぐりながら、そこに立っていた一体のゴーレムの頭を、やさしくぺしぺしと叩く。

まだまだ完成形には程遠いが、努力の結晶である事は確かなので……。


「話せないけど聞くことはできるんです。で、理解することも」

「それだけでも凄いじゃないか」

「ええ。水田管理ゴーレムの時は、ひたすら王都で声を集めましたからね」

「声を集める?」


涼が、かつての苦労を思い出し、うんうん頷いている。

アベルは、涼が言っている意味が分からないため首を傾げる。



「音声認識は、多くの『声』を集めて分析しなければいけないのです。それが少ないと、認識精度が落ちますから。で、たくさん声が飛び交うのはどこかなと考えたら、酒場でした」

「まあ、酒が入ると人は饒舌(じょうぜつ)になるからな」

「それから、いろんな業種の人たちにも協力してもらって『声』を集めて……なんとか水田管理ゴーレムは、声で動くようになったのです」

「なるほど。そこまでいけば、いいよな。例えば、ゴーレム側からの言葉は、板に文字を出すみたいな形でもいいしな」


アベルが適当に言った言葉に、涼は目を見張った。


「なんだ? 俺、何か変なこと言ったか?」

「いえ、変じゃないです。天才です」

「すまん、意味が分からん……」

「確かに、氷の板に文字を出せばいいですね。相手には、それを読んでもらえばいい……。アベル、素晴らしいです」

「お、おう……」


涼の絶賛に照れるアベル。


「これで、全ての懸案は解決しました!」

「いや、最大の問題がないか?」

「はい?」

「俺たちは中央諸国語だから、その酒場で集めた『声』でいいが、ここは東方諸国語だろ」

「あ……」

「東方諸国語の『声』を集めないと、認識精度が落ちるんじゃないか?」

「なんてこと……」


涼はそう呟くと、両手両膝を地面についた。

絶望のポーズだ。



三十秒ほどそのままだっただろうか。


「とぅっ」

変な掛け声とともに立ち上がった。


そして、決意の表情で言い放つ。

「その問題は先送りします」


問題の先送り宣言。

人が、数千年前から使ってきた万能の言葉。

もちろん、その行きつく先は、先送りできなくなっての破局なのだが……。


仕方ないのだ。

破局しそうになった時に、そのポジションにいる人、頑張れ。


こうして、国が倒れ、会社が潰れ、人が路頭に迷う……。

悲しい話であるが……仕方ない。



「とりあえず、僕らの言っていることは理解できるのでそれで良しとします」

「そうか」

「ですので、次に身に付けさせるのは、戦闘能力ですね」

「え?」

「だって、(ぞく)が侵入してきた時に戦って撃退する必要がありますよ」


涼が自信満々に言い放つ。


「本当にそうだろうか」

アベルは疑問に思ったが、小さな声にしておいた。


そもそも、この屋敷の主である涼も、そしてアベルも、それなりの戦闘力を持っている。

わざわざゴーレムが戦わなくとも、二人をこの屋敷で害するのは難しい気がするのだ。



「西方諸国の三メートル級ゴーレムのように、大きさや力の強さで圧倒するのは難しいので、技で戦うしかありません」

「技?」

「ええ。今考えているのは、この子たちに剣を持たせて、アベルの剣を模倣(もほう)させることです」

「俺の剣を模倣……」

「そのうち、アベルが剣を振っているのを、この子たちがじっと見るようになるかもしれませんが、気にしないで剣を振ってくださいね。邪魔はしませんから」

「……覚えておく」


剣を振るアベルの周りを囲んで、ゴーレムたちがじっとアベルを見続ける。

シュールというか、ちょっと怖い光景だ。


アベルもその光景を想像して、小さく首を振った。



「そうだ。僕の剣を模倣させる組も作りましょうか。そして、アベル組と戦うのです。どちらの剣が優れているのか勝負です!」

「……味方同士で争うのはどうかと思う」

「大丈夫です。あくまで模擬戦ですから。そうやって習熟度を高め、いずれはアベルを超えるゴーレム剣士に……」

「本当にやりそうだから怖い」


アベルは、庭の掃除をしているゴーレムたちを見る。

とても平和な光景なのだが、涼が言ったことを想像してしまう。


「今のうちに破壊しておくべきか」

「アベル、何か言いましたか?」

「いいや、何も言っていないぞ。模擬戦なら、まあいいかもな」


アベルの華麗なごまかしに、涼は完全にごまかされた。


「いずれは、飛翔環を付けて、空飛ぶゴーレム軍団とかも面白いかもしれません」

「……はい?」

涼が言い、理解してしまった瞬間、アベルは脳裏に数十体のゴーレムたちが空を飛ぶ光景を思い浮かべてしまった。


剣を持った右手を前に突き出し、空を飛ぶゴーレムたち。



「そんな事が可能なのか?」

「簡単ではないのですよね。アベルも経験したでしょうけど、人の形のものが空を飛ぶのは、とても難しいのです。本質的に、そういう体の形じゃないからです。この子たちも、人間に似た形ですから、空中での姿勢制御は、いろいろ工夫しなければ難しいでしょう。そもそも、アベルみたいに、すぐにその場でいろいろ対処したり、姿勢を変えてなど……人は自然にできますけど、この子たちはできませんから」

「そういうものか」


人が空を飛ぶのは、やはり難しいのだ。


「ウイングスーツとかで……滑空(かっくう)ならいけますか。モモンガみたいに、飛ぶ時に腕と腰の間や、足の間に翼を生やせば……。生やすのは簡単ですね。ああ、でもそれだと、かなりの速度が必要になるんですよね。自律的に動くようにしなければいけませんね」

「……」

「フフフ、これが完成すれば、デブヒ帝国にも大きな顔はさせませんよ。王国の空を守るモモンガ航空ゴーレム隊です!」


涼の妄想は尽きない。

もちろん、現状では完全なる妄想にすぎない。

クリアすべき課題が多すぎる。


「知っていますかアベル、ゴーレムの一番いいところ」

「ん? 何だそれは。いろいろ便利だろう?」

「違います。一番いいところは、お腹が減らず疲れないところです。二十四時間、三百六十五日、倒れるまで働かせ……いえ、倒れないので永遠に働かせる事ができる点なのです」


クククとか悪い笑いを発しながら説明する涼。

小さく首を振るアベル。


ゴーレムは、ブラック企業にちょうどいいらしい。


「そうでした、アベル。これから、アベルが練習するべきことがあります」

「練習するべき事?」

「極めれば、歴史に名を残せます。今から特訓です」

「……は?」




翌日。

約束通り、リュン皇子が屋敷にやってきた。


「リュン皇子、ようこそおいでくださいました」

「ロンド公爵閣下、突然の来訪失礼いたします」


涼は先に立って案内する。


そして再び発生する二度見。


「あれが、ゴーレムですか」

「はい。昨日はお手紙を持ってこられた方を驚かせてしまったようで」

「報告は受けました。中央諸国では、あのようなものが戦場に……」


今回、兵を率いての鎮圧を命じられているからだろう。

見える光景が、戦場と結びついたようだ。


「人が傷つき血を流すよりはマシだ、という考え方は、確かにありますので」

涼が言ったのはそれだけだ。



普通の人間は、自分の命令一つで人を死に追いやる状況には耐えられない。

死に追いやられる現場を、直に見たことがあればなおさらだ。


だが、古今東西、国の為政者(いせいしゃ)にはその決断を迫られることがある。

善い事ではないだろう。

辛い事でもあるだろう。


だが、厳然たる歴史の事実でもある。


そして時に、為政者候補たちもその試練にさらされる。

少しだけ小さな規模で。

だが、その熾烈(しれつ)さ、苛烈(かれつ)さに変わりはない。


目の前のリュン皇子は、その試練に立ち向かおうとしているのかもしれなかった。



粗茶(そちゃ)ですが」

椅子に座った涼とリュン皇子の前に、お茶が出された。

今回は、涼が覚えている日本式のお茶だ。

出したのは、アベル。


涼とリュンが一口飲む。


涼は小さく頷いた。

十分に及第点だったので。



昨日あの後、特訓したのはお茶の淹れ方であった。


お湯を注ぐ温度。

蒸らしの時間。


基本的に、気をつける要素はこの二つだけだが……これだけで、飲む人が受ける印象は全然違うものになる。


誰がやっても同じ、適当にやっても同じ、ではないのだ。


どんなところにでも、丁寧にやる人の仕事の結果と、丁寧じゃない人の仕事の結果は差が出てしまう。

悲しい話。



一通りの時候(じこう)の挨拶も済んで、リュン皇子は訪問の理由を切り出した。


「公爵閣下にお時間を割いていただいたのは他でもありません。昨日、私は帝都北のモアソン地域の魔物鎮圧に閣下を伴えという皇帝陛下の命令をいただきました。その件に関してです」

「ええ殿下、そうだと思っておりました。確かに昨日、陛下がこちらにお見えになってそのお話をされました。とはいえ、あまり気にする必要はないと思います。私とアベ……アルバートの二名が増えるとだけ考えていただければ。我々は、戦場でも自分の身は自分で守れますので、殿下は指揮に集中ください」

「指揮は、私に任せていただけると?」


そこでようやく、涼はリュン皇子が来た、細かな理由に理解が及んだ。

つまり、指揮権は誰が持つかの確認であり、明確な涼の立場の確認だ。


「はい、私は指揮には口出ししません。皇帝陛下もはっきりとおっしゃいました。兵の動かし方、判断その他は、全て殿下に任せると。私はあくまで相談役です」

「承知いたしました。では、これまで通り編成作業を進めさせていただきます」



再び、涼はお茶を啜ると、編成内容を質問した。


「今回、殿下の領地の軍を中心にしてはいるけれども、最も数が多いのは黒旗軍一万とか」

「おっしゃる通りです。私の領地軍は、せいぜい二千です。混ぜて運用はできませんし、その必要もないでしょう。領地軍は本陣に置き、黒旗軍を前に出す形になるかと」

「なるほど」


リュンの説明に涼が頷く。



そこでリュンは、少し考えた後、口を開いた。

「公爵閣下にお尋ねしたいことがございます」

「はい、何でしょう?」

「閣下は、魔物襲撃の現場に居合わせたことがあるという話を聞きました。それは事実でしょうか」

「ええ、事実です」

涼は頷く。


「バシュー伯ロシュ・テンさんの領地ですかね。叔父さんの、ボアゴー副代官フー・テンさんの鎮圧に従軍した経験があります。皇帝陛下が今回の殿下の鎮圧軍に従軍しろと仰ったのは、その辺りの経験も考慮されたのでしょう」

「ええ、そうだと思います」

涼の見立てに、リュンも頷く。


そこで、リュンは何かに気付いたようだ。


「閣下、そのフー・テン殿というのは、もしや、以前のバロー伯ですか?」

「ああ……そんな名前を聞いた覚えがあります。五年前の皇太子殿下の事件で、地位を失ったとか」

「はい……。あれで、皇宮内の全てが変わってしまいました」

答えるリュン皇子の表情は暗い。


涼としても、フー・テンの時から気になってはいるのだ。

いつか、きちんと調べてみようと思うのであった。



「今、相手の戦力を探らせているところなのですが……それは、正直うまくいっておりません」

「先に鎮圧に向かった公が、二千の兵を動員したが敗れたと陛下から伺いましたが」

「はい。公の領地内ですから、地理にも明るい部下は多かったはずです。それでも負けた……それも、二千もの兵を出しながら。ですので、できる限りの情報を集めたいのですが……」


戦いは、戦場でぶつかる前から起きている。


「殿下の姿勢は素晴らしいと思います。故郷には、戦う前に『五事(ごじ)七計(しちけい)』による入念な情報分析をしてから戦に臨めと書いてある兵法書があります」

「五事七計……」

「『道』『天』『地』『将』『法』の五事、『主』『将』『天地』『法令』『兵衆』『士卒』『賞罰』の七計です。おそらく、殿下が昔から学んでこられたものと、そう変わらないと思います」


戦いの本質は同じだ。

相手を上回れば勝ち、相手が上回れば負ける。

相手を上回るための方法、手段を、人は何千年にもわたって追求してきた。


人の歴史は戦争の歴史だという人すらいる。

それはすなわち、相手を上回るための方法を追求してきた歴史と言ってもいいのかもしれない。


それは、地球だろうが『ファイ』だろうが変わらないのだ。


そんな涼に興味をもったのだろう。

リュン皇子はこう切り出した。


「閣下、戦についてお話ししたいことがあるのですが……」



二人の、戦についての話し合いは四時間にわたって続いた。



それは、今回の鎮圧軍に関しての事だけではなく、国家レベルでの軍、戦に関しても。


その中で、涼が最も強調し、何度も口にしたのは……。


「何度でも言います。殿下、『(いち)(いわ)(みち)』です」

「はい。為政者と民の心が一体となる政治を平時から心がけよということですね」

「そうです。そうすれば、いざという時、民は為政者のために命を投げうって戦ってくれます。それは国のために命を投げうってくれるということと同義です。何においても同じです。普段の努力こそが、いざという時に良き結果を生む。いざという時だけ頑張ってもダメです」

「戦の本質が、普段の生活の中にもあるというのは本当に興味深いです」

「人がやる、という点において全ては共通していますので」



そんな会話を終え、リュン皇子は帰っていった。



「興味深い会話だった」

「実際に国を切り盛りし、戦場で兵を率いて戦うアベルには今さらでしょう」

「いや、そうだとしても、何度でも思い出すべきことがいくつも入っていたぞ。勉強になった」

アベルは笑顔で答える。


そう、アベルは善い奴なのだ。


「ハッ、しまった」

「どうした?」

「お昼を過ぎています」

「まあ、熱心に話し込んでいたしな」

「僕の故郷には、腹が減っては戦はできぬという言葉があります」

「飯を食べに行くか」


ことわざ、故事成語、そして『孫子』……世界には、含蓄(がんちく)の多い言葉がたくさんあるらしい。

そういえば、小説第5巻、電子書籍特典SS「コナ村からの帰還後」の冒頭が公開されております。

皆様、読みました?


https://twitter.com/TOBOOKS/status/1555871312018657281

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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