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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第四章 学術調査団
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0060 学術調査団

次の日、涼の予定は朝から狂いっぱなしであった。


当初、午前中の早い時間から北図書館に行くつもりだったのだが、ギルド食堂で朝食を食べようとした時点で、計画は狂ってしまったのだ。



「もう品切れ?」

いつもと同じ時間、朝七時過ぎに食堂に来たのだが、なんとすでに品切れ。

「すまねえ、リョウ。王都から来た学術調査団とかのやつらが、朝食分を全部持って行っちまったんだ。昼以降の分は、これから市場回って材料買ってくるから大丈夫だが……他の奴らもすまねぇ」

いつも厨房の奥で楽しそうに料理している料理長が、申し訳なさそうに頭を下げた。


料理長も、もちろん元冒険者で、ギルドマスターより少し上の世代の、元C級冒険者である。

若い冒険者たちからすれば、いつも美味い料理を作ってくれる父親みたいな存在なのだ。

その人が頭を下げれば、強くは言えない。

それどころか、そんな料理長に頭を下げさせる事態を引き起こした『学術調査団』なる者たちへの印象は、この時点で、すでに最悪になっていた。



学術調査団とは、王国内で何らかの異変が発生した場合に、その原因、経過、今後の見通しを調査するために、王都から送られる調査団である。

王国中央大学の学者や、魔法大学の研究者、あるいは宮廷魔法団そのものが中心となって調査することもある。

今回は、中央諸国唯一のダンジョンでの、約十年ぶりの大海嘯、しかも過去に例を見ない大規模な大海嘯であったこともあり、学術調査団の規模も過去に例を見ないほど巨大なものとなっていた。


王国中央大学、魔法大学、宮廷魔法団など、全てが出せる限りの人数を送り出したのである。

その数、総勢五千人。


調査団など、普通は五十人程度、多くても百人を超えることはない。

それが五千人となると……完全に、街の宿泊施設はパンクした。

泊まれなかった人々、多くの場合は調査団の中でも下っ端、荷物運びや護衛としてついてきている者たちであるが、彼らは街のすぐ外で野宿する羽目になっている。




「いったいどういうつもりだ!」


ギルドマスター執務室に、ヒューの怒声が響き渡った。

ヒューの前にいるのは、今回の調査団の幹部三人。


王国中央大学総長クライブ・ステープルス。

魔法大学主席教授クリストファー・ブラット。

宮廷魔法団顧問アーサー・ベラシス。


いずれも王都の学術界においては、大物と言ってもいい面々である。


特に、王国中央大学は、トップである総長自ら調査団を率いるという力の入れようなのだ。

学者と官僚、両方の雰囲気を持つ総長クライブ・ステープルス。

間違いなく、王都における学術界の頂点の一人である。


だが、そんなことはヒューには関係ない。

いや、敵対すれば厄介なことになるということは理解してはいるのだが、それでもこれはあんまりである。



「到着早々、冒険者ギルドの食料を全て接収。しかも、今日からダンジョンに潜るから封鎖を解けだと? さらに、その護衛に冒険者を出せと来たもんだ。ふざけるのも大概にしろ!」

だがヒューの怒声は、三人の誰にも、大した効果を与えてはいないようであった。


総長クライブは冷ややかな表情を浮かべ、主席教授クリストファーはあらぬ方向を見て、顧問アーサーはやれやれという感じで出されたお茶を啜っていた。



「マスター・マクグラス、今回の調査において、国王陛下は内務卿ハロルド・ロレンス伯爵を調査団団長に任命されました。そして我々は、団長たるハロルド・ロレンス伯爵より、全権委任状をいただいてきております」

マクグラスとはヒューのファミリーネームである。フルネームは、ヒュー・マクグラス。

そう言うと、総長クライブは封蠟された手紙と、全権委任状を差し出した。

「全権委任状だと……」


それは文字通り、委任状を持ってきたものに全権を委任する……つまり目の前の三人は、団長ハロルド・ロレンス伯爵同様の、ひいてはそれを任命した国王同様に、蔑ろにしていい相手ではないということである。


そしてヒューは、封蠟された手紙を見る。

封蠟は、蝋で封印し、そこに印璽を捺して封とするもので、誰が差し出した物か、封蠟を見ればわかる。

そして差し出された封蠟は、内務卿ハロルド・ロレンス伯爵によるものであった。


「……確かに、貴殿らに出来る限りの便宜を図るようにと書いてある」

「理解していただけて良かった」

総長クライブは、どことなく冷たい感じではあるが、笑みを浮かべて答えた。

「だが、それでも出来ることと出来ないことがある。ギルドからの食料提供は、出来ない」



「マスター・マクグラス、『便宜を図る』の意味をご理解されていますか?」

「クライブ・ステープルス、『出来る限り』の意味を理解しているのか?」



二人の睨み合いは、別の声によって遮られた。


「クライブ、ヒュー、二人ともやめんか。我らは同じ王国の重鎮ぞ。ギルドの食料に関しては、ヒューが言うのももっともじゃ。ギルド食堂から食料を接収したのはすまんかった。今後は、ギルド食堂に立ち入ったり、ギルドに食料の提供を迫ったりはしない。隣街のカイラディーかアクレから、食料を運んでもらうなり話をつけよう。それでよかろう?」

話をまとめたのは、この四人の中でおそらく最年長である、宮廷魔法団顧問のアーサー・ベラシス。



白いひげを長く伸ばし、魔法使いの灰色のローブを羽織り、大きな杖を持つ。

見るからに魔法使い然とした、魔法使いである。

「はい……ありがとうございます」


アーサー・ベラシスと言えば、今でも王国で十指に入る魔法使いの一人である。

若い頃は冒険者としても活躍していたこともあり、さすがに冒険者の大先輩の仲介は、ヒューも蔑ろには出来ない。



「わかりました。ベラシス顧問がそうおっしゃるのであれば、食料については譲りましょう。ですが、ダンジョン封鎖の解除、これだけは譲れません。そもそも解除してもらわねば、我々が来た意味がなくなりますからな」

総長クライブは、ダンジョン封鎖の解除だけは譲らなかった。


「中で何が起きているか分からない。そんな場所の封鎖を解けなどと……」

ヒューのわずかな抵抗を嘲笑うかのように、いや実際に嘲笑って総長クライブは反論した。

「何が起きているかわからないから調べるのだろう? そのための調査団だ」

これにはヒューもリアルで「むぐぐ」と言ってしまった。


「……わかった。だが、ダンジョンに潜る際には、自己責任を徹底してもらう。何が起きても、ルンの街ならびに冒険者ギルドと冒険者は、一切の責任を負わない。そしてその件に関しては、三人連名で一筆入れてもらう」

「な、貴様っ」

「それが嫌なら、ダンジョンの封鎖は解除しない!」

またもクライブとヒューが睨み合う。



「クライブ、それは仕方なかろうよ。ヒューよ、冒険者を護衛として、正規の金額以上のものを払って雇うのは、もちろん問題なかろう? 冒険者なのだから、お金を稼ぐのは必要であろうが」

元冒険者の顧問アーサー……一方を受け入れ、別の方は相手に受け入れさせる。

交渉の基本はきちんとできていた。

ヒューとしては、それだけに厄介だが。


「わかりました。それは、各冒険者次第です。ただし、これだけは忘れないで欲しい。大海嘯後は、ダンジョンの中がどうなっているのかの資料は、ほぼない。今まで経験したことのないことが起こる、それは現役の冒険者たちにとっても同様です。くれぐれも慎重に潜ってください」


こうして、大海嘯後四日目にして、ダンジョンの封鎖は解除されることになった。


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